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赤い糸

发布时间:2014-07-11 14:22:59  

第1頁

プロローグ

神様によってアタシと貴方の小指に結ばれた

1末の赤い糸。

この運命の絆は目には見えない。

そして貴方への地図だってない。

だからアタシは、貴方に出会うために恋をする。

時には迷い、時には間違いながら……。

貴方もきっと同じように、アタシを探しているんだろうね。

アタシたちはもう出会っているのかな?

それとも見知らぬ土地で生きているの?

第2頁

早くめぐり会いたい。

貴方と愛し合いたいよ。

たとえそれが、偽りや歪んだ愛だとしても。

恋が終わりを告げたって、

貴方とならまためぐり会えるよね。

赤い糸の先をたどって、

いつかアタシは貴方を探し出すから──―

それまで待っていてね。

第3頁

過去の記憶

──悠哉。

アタシが愛してる人。

でも、悠哉の瞳はアタシを見ていない。

アタシの姿を見ても、声を聞いても。

貴方はアタシの中にある姉の面影を探しているよね? アタシの2つ上の姉、春菜の姿を。

そう……。

悠哉は姉の春菜を愛してる。

悠哉とアタシ──芽衣が出会ったのは、物心もついてない程に幼い頃。

ふたりとも忘れてしまったくらいの遠い過去だった──

4歳の春菜と2歳のアタシを連れ、両親は購入したマンションに引っ越しをしたんだ。

そして、そのマンションの隣室に悠哉とその家族が住んでいた。

悠哉はそのとき、3歳。両親と悠哉の両親は子供の年齢も近いからか、すぐに意気投合した。

アタシと春菜、そして悠哉は同じ幼稚園に通った。小学校、中学校も同じ。 いつも3人は一緒だった──

第4頁

小学校に入ったばかりの頃、アタシは初めての恋を覚えた。相手はもちろん悠哉。

悠哉に対する気持ち、これが好きってことなんだ……。

そのことに気づいたアタシは、すぐに姉の春菜に相談をした。

今思えば、子供ながらに何かを感じて、アタシは春菜に言うことで「悠哉はアタシの!」とアピールしたかったのかもしれない。

その日の夜、春菜は「同じクラスの男の子が好き」と顔を赤く染めながら言った。

その瞬間、ホッとした気持ちがしたのを覚えてる。

でもそのとき、気づけば良かったんだ。

悠哉の気持ちが春菜に向いてるって、うすうす感づいていたから不安だったんだってことに……。

このとき、引き返していたら、こんなにつらい想いをしなくても良かったのに──

第5頁

3人の関係は、表面的には変わりなく続いていった。

アタシが中学2年の春までは……。

あのときのショックは、きっと一生忘れられない。

桜が舞い散る中学の校舎の裏庭。アタシは悠哉に呼び出され、芝生に座って悠哉を待っていた。

風に吹かれて舞ってくる桜の花びら。あたたかくなった、春の風。

春菜が高校に進学し、いつもの3人の登校が悠哉とアタシのふたりきりになった。

そして、自然と春菜と悠哉の距離が離れた。アタシにとって、今までとは違う幸せな春の訪れだったの。

だけどアタシは悠哉に恋した日からずっと、漠然とした不安を消せずにいた。 ──悠哉は春菜を好きなんじゃないかな?

間違ってると思いたいけど、長年一緒にいるアタシの消せない勘。

第6頁

しばらく待ち続けると、遠くに悠哉の姿が見えてきた。

茶色い髪がサラサラ風に揺れて、尐しウザそうに髪を払っている。 悠哉は3年になってすぐ、髪を茶色に染めた。

その髪色が似合っていて、アタシは余計に悠哉を好きになった。 アタシを見つけ、悠哉は走って来た。そして、隣に座る。

「待たせてごめん!」

「どしたの?」

「いきなりだけど、カレシとか好きな男とかいる?」

悠哉はいきなり意外な言葉を口にした。高まる鼓動。次のひと言に対する期待……。

しかし、アタシが口を開く前に悠哉が言葉を続けた。

「オレさ、春菜が好きなんだよ」

「……」

──やっぱり、思い違いじゃなかった。

目の前の綺麗な桜も、青々とした芝生も、澄んだ空も、すべてモノクロになったようだった。

悠哉の尐し照れた笑顔が、頭でグルグル回る。頭の中が、真っ白になっていく……。

そして追い討ちをかけるような悠哉の声。

「芽衣、協力してくんない!?」

上の空になりながらも、動揺を隠した。

首を縦に振り、自分の気持ちを殺して精一杯の作り笑顔をした。

第7頁

想いを殺して

この日から、アタシは悠哉への気持ちを胸の奥へとしまい込んだ。 好きなことがバレて、今の悠哉との関係を壊すのだけは嫌だった。 悠哉は裏庭の話以来、いつも以上に話しかけてくる。

春菜への気持ちや相談も多かったが、それでも悠哉の側に幼馴染みとしていられるだけで幸せだった。

恋の相談はつらいけど、それより悠哉と離れることのほうがつらい。

そばにいれば、いつかアタシを好きになってくれるかもしれない。そう考えて……。

家に帰ると、妹から見ても綺麗に成長した春菜の姿がある。

化粧をして髪を茶色に染め、美人なのに気取らず優しい春菜。

今のアタシにはかなわない。自分でよくわかる。

どうしたら悠哉の気持ちを引きつけられるの? 諦めたくないよ……。

第8頁

悠哉が前に言っていた。

「春菜、高校に入って急に化粧したり髪染めて大人っぽくなったじゃん。俺、おいていかれたみたいで嫌なんだよな。それに高校じゃあ俺より3つ上のヤツまでいんだよ? だから、俺、髪染めたんだぁ。芽衣はガキくせーし可愛い妹みたいだけど、春菜は大人っぽくなったな。なんで姉妹なのにこんな違うんだろーな! まぁ、芽衣は芽衣で可愛いけどなっ。俺のクラスでお前のファン多いよー」

悠哉はアタシの頭をクシャクシャッとなでた。

悠哉の手はあたたかくて……。こんなときなのに、泣いてしまいそうになった。 ──アタシ、ファンなんていらない。

悠哉の気持ちだけ、欲しいよ。

なんで春菜なの?

……春菜になれたらいいのに。

同じ血が通ってて、

同じ親から産まれて、

同じ物食べて、

同じ生活してたんだよ。

なんで悠哉の好きな人は、アタシじゃなくて春菜なんだろう──

第9頁

ある日、春菜がマンションの前で知らない男の人と話していた。

家では決して見せない女の子らしい笑顔で、同じ制服の男と手を繋いでいる。 誰だろ? 手、繋いでる。

春菜はアタシに気づくと、恥ずかしそうに手を振った。

そして、その男と並んで歩いて来る。

「妹の芽衣。可愛いでしょー☆」

「噂の芽衣ちゃんだぁ。春菜から聞いてるよ。春菜とクラスメイトの関谷です。よろしくね!」

ただのクラスメイトじゃないよね? ……それくらい、アタシにもわかる。 ──春菜には彼氏ができたんだ。

心の中で葛藤するふたつの気持ち。

悠哉の失恋は嬉しい。

そして、悲しい。

第10頁

ふたりと別れ、家に帰るとタイミング良く悠哉からメールが来た。 〈今からデニーズこれる? パフェおごってやるょ! !〉

どうしよ……。あのふたりを見た直後に悠哉に会うのは戸惑いがある。 だけど、久々の悠哉からの意外なお誘い。

しばらく悩むと、会いたい気持ちのほうが勝った。

〈嬉しいぃー☆ゴチになりますっ!〉

返信をし、軽く髪をとかした。

制服からお気に入りのワンピに着替える。

悠哉が前に可愛いと言ってくれた水色のワンピだ。

自転車をとめてデニーズに入ると、尐し離れた席に見慣れた茶髪の後ろ姿を見つけた。

「悠哉ー。どしたの?」

「まぁ、座れよ」

悠哉の向かいに座り、メニューを開く。久々の悠哉とのお茶。

……ってより、他人から見たらデートなのかなぁ~?

自然と笑みが溢れる。

「何、ニヤけてんの?」

「別にぃー。どれにしようかなぁ?」

そのとき、悠哉が入り口のほうを向いた。

「あ、コータ! こっち来いよー」

……? コータ? 誰?

第11頁

コータと呼ばれた男は、ニコニコ笑いながらアタシたちの席に向かって歩いて来る。

悠哉より明るい茶髪で日焼けしまくり。服装もいかにもチャラい感じ。 学校で見たことある。悠哉と同じ3年だ。

いつもギャルやギャル男たちと一緒にいて、学校で一番派手で目立っている集団の人。

コータは馴れ馴れしくアタシの横に座り、「遅れてわりぃな」と悠哉に謝った。 どういうこと? ふたりきりなんじゃないの?

「芽衣、こいつコータ。見たことない?」

悠哉はニコニコしながら話しかけてくる。

状況がよくわからないまま、知らない振りをしてうなずいた。

なんか、この状況すごく嫌だ……。

「……てゆぅか、どうゆうこと? アタシ、おじゃまじゃない? 帰ろうかな」 「じゃまじゃないよ」

「でも……」

アタシと悠哉のやりとりを聞き、コータが口を開いた。

「てゆぅかね、俺が頼んだの。俺、芽衣ちゃんと仲良くしたいんだよね~」 「は!?」

何、言っちゃってるの? 意味がわからない。

第12頁

アタシはギャルじゃない。ギャルっぽくなりたくて目をつけられない程度に化粧をしてるけど……。

でも、ほんとその程度。目立つような存在ではない。

「アタシ、ギャルじゃないしコータさんとは人種違うってゆうか……なんでアタシなんですか?」

嫌な気持ちも一瞬忘れ、素直に疑問をぶつけた。

するとコータは笑いながら言った。

「わかんない」

え? アタシも余計わかんない……。

でも、コータが好意を持ってるのはわかる。

あと、悠哉がコータを紹介するのは、悠哉に何も思われてない証拠ってことにも気づいた。

「携帯教えてよ☆」

「……いいですよ。アタシもコータさんと友達になりたい」

嘘をついた。

末当は、コータなんてどうでもいい。

悠哉が尐しでもコータを紹介したことを後悔してくれないかな?

ヤキモチやいてくれないかな?

1%の可能性……。

ゆっくり悠哉のほうを向くと、明らかに悠哉の顔がひきつっていた。 芽衣なんで? って顔してる気がする。

その顔はどーいう意味なの?

アタシが期待した通りの気持ちなの?

第13頁

「やった! じゃあ、教えてよ~?」

相変わらず軽い感じのコータに、わざと満面の笑顔で答える。

コータと番号とアドレスを交換した。

その間、悠哉はずっと黙っていた。

「じゃあ、俺は予定あるから行くわ! 悠哉ありがとな! 芽衣ちゃん、またね☆」

そう言い、足早にコータはデニーズを出て行った。

「またふたりきりになったねー」

「あぁ」

微妙な沈黙……。

先に口を開いたのは悠哉だった。

「何喜んで番号教えてんの? コータがどんなヤツか見た目でわかるだろ?」 「……えっ?」

「なんで番号交換なんかすんだよ」

──悠哉が紹介したんでしょ。なんで怒るの?──

明らかに不機嫌な悠哉の声に、アタシの心がかき乱される。

第14頁

「なんでって……悠哉が紹介したんじゃん? 怒る意味わかんないょ」 「普通さぁ、番号とか教えないだろ? コータに芽衣と会わせてって頼まれて断れなかった俺も悪いけど、芽衣は簡単に男に番号教える女だって思わなかっ

た」

悠哉はイラついたように水を飲み干した。

──思いきって、言ってみようかな。

「悠哉、ヤキモチ?」

「え?」

悠哉の戸惑ったような顔。

その表情に、尐し期待してしまう。

「……まぁ、それもあるかな」

──えっ……。

ゆ、悠哉?

ヤキモチ?

「俺の可愛い妹分を取られた気分! それに兄貴分として心配だから、コータみたいな遊んでるヤツとあんまり友達になって欲しくないんだよなぁー」 悠哉の笑いながら話す声に期待はいっきに崩れていった。

あぁ、やっぱりそうだよね。

悠哉は春菜しか見てないし、アタシの気持ちなんて通じないんだよね。 わかっていたけど、期待しちゃったよ……。

アタシは中庭で春菜の話を聞いたときと同じように、作り笑いをした。 そうしないと、涙も気持ちも溢れ出してしまいそうだった……。

第15頁

ずるい告げ口

アタシは上の空のまま、約束のパフェを食べた。

その間、悠哉は春菜や学校の話を楽しそうに話し続ける。

パフェって……こんなにマズかった?

アタシの頭には何も入ってこなかった。

もくもくと生クリームを口に運ぶ。

パフェを食べ終えたとき、気持ちに限界がきた。

──もう嫌だ。

春菜の話なんて聞きたくない!

「あのさ、お姉ちゃん彼氏いるみたいなんだよね。今日、彼氏とマンションの前で手繋いでて……」

「え……」

思わず言ってしまった言葉に、悠哉の顔から笑みが消えていく。

第16頁

完全に笑顔が消えて、呆然とする悠哉。

その姿を見ていると、胸が痛んでくる。

言わなければ良かったという後悔が押しよせる。

──思わず言っちゃった……。

でも、失恋した悠哉を喜んでいる自分がいないと言えば嘘になる。 ──傷ついた悠哉の気持ちに入り込んでいこう──

そう思い、計算する自分もいる。

……アタシはズルい。

「悠哉ならお姉ちゃんじゃなくても彼女できるよ! お姉ちゃんを忘れて新しい恋しなよ!」

「……」

──アタシがいるじゃん!──

そう言ってしまいたかった。

第17頁

たたみかけるようにアタシの言葉は続く。自分の言葉を止めることができなかった。

溢れ出す気持ち……。

「悠哉! 叶わないなら忘れたほうが楽だよ!」

──自分が叶わない恋を忘れられないくせに──

「ほかにもいい女はいるってば!」

──叶わない恋でも、悠哉以上の男はいないって思っているくせに── 「ねぇ、悠哉。聞いてる?」

「……ぇ」

「え? 何?」

「芽衣……うるせぇよ」

絞り出すような、低くて怖い悠哉の声だった……。

ビクッ

アタシの体は一瞬震えて固まった。

第18頁

顔をあげた悠哉の顔……。

悠哉じゃないようだった。見たことがないような、悲しい眼……。 でも、アタシは止めることができなかった。

「だって……な、なんでお姉ちゃんなの!?」

末音が出てしまう。

「俺の気持ち、芽衣にはわかんねぇよ。春菜は、俺の初恋。告白もできなくてダセェけど、ずっと好きだった。だから、簡単には忘れられないし、忘れる気もない」

「悠哉……」

「……うるせぇって言ってわりぃ。教えてくれてありがとな」

悠哉は悲しい笑顔をした。

──悠哉の今の気持ち、アタシと一緒だよ。

アタシもつらいんだよ。

でも、悠哉の気持ちは同じ立場だから、誰よりもわかるよ──

「ごめんね。先に帰る……ごちそうさまです」

その場にいるのがつらくなり、逃げるようにデニーズを後にした。

第19頁

忘れるために

家に向かって自転車をこぎながら、頭の中で同じ言葉を繰り返した。 ──悠哉を……悠哉を忘れよう。

悠哉の可愛い妹分になってあげよう──

尐しでも気を抜くと、涙が溢れてきそうだった。

唇をギュッと噛み、必死に自転車をこいだ。

風に、アタシの恋心も吹き飛ばして欲しい。

額に浮かんできた汗のように、悠哉への気持ちもアタシの体から流れていって欲しい。

もう、悠哉に恋しているのが疲れた。

悠哉への恋は、一生叶わないままだよ……。

末当に忘れたい。

悠哉の春菜への気持ちを聞いてから2ヶ月と尐し。

何十回も忘れようと考えたが、悠哉に会うとくじけてしまった。

今回こそは、末当に忘れなくてはいけない。

──神様、アタシの心から悠哉への気持ちを抜き取ってもらえませんか? ねぇ……。

自分じゃ忘れられないから──

第20頁

ピピピピピ

翌朝、アタシの部屋の目覚ましはいつもより10分早く鳴っていた。

低血圧だから、たとえ10分でも早起きするのはきつい。だけど、仕方なかった。

眠い目をこすりながら、すべての動作をいつもより10分早く終わらせていく。 「あれ? 芽衣、早くない?」

リビングに行くと、パンを食べていた春菜が話しかけてきた。

「うん、ちょっとね」

軽く話をはぐらかす。

そんなアタシを春菜は不思議そうに見ていた。

急いで用意をし、いつも家を出る時間の10分前に玄関に立っていた。 10分後、いつもの時間にきっと悠哉はアタシを迎えに来るはず。

7年と2ヶ月、悠哉が休みか遅刻の日以外は毎日続いてきたこと。 でも、しばらくは悠哉が迎えに来る10分前に家を出ようと決めた。 ──悠哉への気持ちが消えるまで、距離を置こう──

それがアタシの考えだった。

そうでもしないと忘れられない。気持ちが揺らぐ。

これ以上、悠哉を好きにならないように。

どんどん忘れていけるように……。

アタシは悠哉に見つからないように玄関のドアを静かに開き、エレベーターに向かった。

第21頁

マンションを出ると、蒸し暑い空気に包まれた。

「はぁ、暑いょ~」

あと半月もすれば夏休み。

そうなれば、悠哉に学校でバッタリ会うこともない。

悠哉を避ければ、ほとんど会わなくても済む。

小学校からの友達でクラスメイトの優梨と、海やプールの予定もたくさん立てていた。

夏の海やプールって、いっぱい出会いがありそうな感じがする。

悠哉を忘れさせてくれる出会いもあるかも……。

──早く夏休みにならないかなぁ──

夏休みへの期待が膨らんでいた。

第22頁

中学の校門が見えてきた。知り合いの姿も何人か見える。

「芽衣! おはよ! !」

「ヒャッ! !」

いきなり後ろから誰かに抱きつかれた。

「驚いた?」

心臓をバクバク鳴らせながら振り返ると、そこには朝からハイテンションな優梨がいた。

「朝からやめてぇ~ビビったょぉ~」

パニクるアタシを見て、優梨は爆笑している。

優梨は、アタシの悠哉への気持ちを知っていた。

昨日も優梨に電話をし、2時間も話を聞いてもらっていたんだ。

「今日もあちぃ~ねぇ。早く夏休みにならないかなっ?遊びまくろぉねぇ!」 「後でお菓子あげる☆」

「今日は4時間目サボって、購買行ってヤキソバ買って、屋上行っちゃおっか?」

いつも以上に話しかけてくれる優梨。

バカみたいな話で、アタシを盛り上げてくれる。そんな優しい優梨が、アタシは大好きだ。

第23頁

「おはよぉ~」

「おはぁ~」

教室に入り、席に座った。そして、周りの席のクラスメイトと挨拶をする。 アタシと優梨は同じクラス。

しかも席も前後で、アタシたちの周りは仲が良い友達が集まっていた。 偶然に……っていうと嘘になる。

席替えのクジ引きを細工して、みんなで仲良く近い席になっていた。 アタシの隣はナツくん。

中学に入ってからの友達で、勉強の才能がすべてスポーツにいっちゃった感じのスポーツバカ。もちろん彼女も好きな子もいないサッカー命くん。 前の席は優梨。

優梨はこげ茶のロングヘア。この前、隣のクラスの男をフっていた。美人でモテるのに、彼氏はナシ。

ここだけの話、優梨はナツくんに片想い中だ?

第24頁

そして、優梨の隣がアッくん。

アッくんは、中2にして体験人数50人。100人ギリまであと半分っていう恋愛の達人だ。

尐し童顔で茶髪の短髪をいつもツンツンにセット。ほかの中学にふたり彼女がいるという、遊び人。

あと、ひとりだけ隣のクラスになっちゃった。

美亜はアタシや優梨と違って、かなりのギャル。たぶん学年一派手だ。

美亜と一緒にいると、よく上級生にニラまれて嫌な思いをするのが困るところ。 だけど美亜はそんなことを気にしないで、いつも明るく堂々としてる。 そんな美亜は優梨と同じくらい大好きな親友だ。

「芽衣~、英語の宿題忘れた! てゆうか、“マイネームイズナツ”くらいしか、わかんねぇ」

隣のナツくんが相変わらずのバカっぷりを見せてきた。

「“マイネームイズナツ”って、中1じゃね? 優梨が英語得意だから聞きなよ~」

優梨がパッとこっちを見て、アタシだけにしか見えないように恥ずかしそうに笑った。

でもその直後、優梨は教室の入り口を見て真顔になった。

優梨の視線の先には、悠哉がいた。

第25頁

アタシと目が合った悠哉は、怒った顔で手招きする。

どうしよう……。

悠哉に気づいたクラスメイトも、3年が2年のクラスに来るなんて何事? って感じでアタシを見ていた。

「芽衣、悠哉くん来てるね……朝のことじゃない?」

「……うん、きっと」

それ以外、思い当たることはない。

何も知らないナツくんとアッくんも、不思議そうにアタシを見ていた。 みんなの好奇の視線に耐えきれなくなり、言い訳を考えながら入り口に向かった。

「どしたんだよ、今日。なんで先に学校行ったんだよ」

「あ……あの……」

アタシはあまり嘘が得意ではない。

言葉に詰まってしまう……。

悠哉と距離あけたかったなんて死んでも言えないし、良い言い訳も見つからない……。

第26頁

そのとき、後ろから声がした。

「芽衣はオレと予習するために早く来たんです」

……えっ?

振り返ると、声の主はアッくんだった。

なんで? ……だけど、ナイス、アッくん!

「……そぉそぉ、急だったから。しばらく予習するから、ひとりで学校行くね」 「ふぅん、そぉなんだ。連絡くらいしろよ」

悠哉は納得してはなさそうだったが、そう言い残して廊下を歩いて行った。 ──アタシだって一緒に学校に行きたい。

だけど、もう好きになりたくないから行けないの──

きっと、悠哉との間には亀裂が入ってしまった。

でも……これでいいんだよね?

アタシは、悠哉の背中を見つめながら思った。

第27頁

寂しさをうめて

悠哉の背中を見ながら立ち尽くす。

悠哉は廊下の角を曲がり、アタシの視界から消えた。

……これでいいんだよね?

自分に言い聞かす。だけど胸はギューッと痛くなった。

廊下も、廊下にいる学生たちも、全部ぼやけて、目から大きな涙が溢れ出した。 涙はどんどん流れ続け、頬をボロボロとつたっていく。

「オレ、まずいこと言っちゃった? だいじょぶか?」

うろたえながら、あせるアッくん。

アタシは首を横に振った。

胸の痛みは止まることなく増していき、涙はこぼれ続けた。

第28頁

そして、アタシは自然と走り出していた。

「待って!」

「芽衣!?」

後ろから声が聞こえた。

だけど、振り向かないで走った。

行く当てもないまま階段をのぼって行った。

「ハァ……ハァ、ハァ……」

気がつけば階段は行き止まりになっていた。

目の前には、重そうな扉。

2階から屋上の前まで来ちゃったんだ。

アタシ、何やってんだろ……。

息を切らしながら、アタシは扉の前に座り込んだ。 ?~?~?~

スカートのポケットに入っている携帯が鳴っている。 こんなときなのに、明るく元気な女性ボーカルの歌声。 携帯を取り出し、ディスプレイを見ると優梨の名前。 ~?~?……

切れちゃった。

?~?~?~

今度はディスプレイにナツくんの名前。

~?~?……

次はきっと──

?~?~?~

アッくんの名前が表示されている。

「みんな……」

みんな、心配してくれてる。

こんなとき、一番友達の大切さがわかるね……。 泣き顔に、尐しずつ笑顔が戻っていった。

第29頁

今度はさっきとは違う涙が溢れてきた。

きっと、嬉し涙。

アタシは声を殺して泣いた。

尐し落ち着いてから、みんなにメールを送った。 〈心配かけてごめん。今から教室帰るね!〉

?~?~?~

すぐに返信がきた。

〈え?アタシたち、みんな今マックかも(笑)〉 何してんのぉ~~!?

アタシは階段を駆け降り、正面玄関を飛び出した。 バッグや財布は教室に置いて来ちゃったけど。 中学から5分程歩くと、駅前に着く。

そしてマックやファミレスが駅の隣に並んでいる。 マックに着くと、窓際の席にみんなの姿が見えた。

ほかのクラスになっちゃった美亜もいる。

──あれ? コータさん?──

優梨たちとは尐し離れた席に、3年の集団がいた。

学ラン着てるのにタバコを吸って、かなりガラが悪い。ギャルな女の先輩もいる。

そして優梨たちの席を指さして、何かコソコソ言っているようだ。 美亜は3年に目をつけられてるし……嫌な予感。

第30頁

案の定、その予感が的中した。

コータの隣の席に座っていた巻き髪のギャルが席を立ち上がった。 それに合わせてほかの3年の女たちも立ち上がる。

顔をしかめて、立ち上がった巻き髪の女の腕をつかむコータ。

でも、その女はコータの腕を振り払い、美亜を見て歩き出した。

「ヤバッ……」

急いでマックのドアを開け、みんなのもとに急いだ。

……だけど、尐し遅かったようだ。

「てめぇ、人の男に手ぇ出したりしてんじゃねーよ! !」

「はぁ? なんか用? 捨てられた女が悪くないですかぁ?」

美亜は立ち上がり、巻き髪の女と口論を始めた。

「美亜! やめなっ!」

アタシは叫んだ。

美亜がアタシに気づいて振り向く。

3年の女たちから美亜が目を離したそのとき──

バシャッ

テーブルにあったコップを手にした女が、美亜の頭に飲みかけのオレンジジュースをかけた。

そして美亜の長い髪を引っ張った。

第31頁

「キャッ! ……ッ! ! やめてぇっ! !」

美亜の悲鳴が店内に響いた。

「何やってんだよ!?」

アッくんやナツくんが押さえようとしても、美亜の髪から手を離さない女。 それを見て笑う3年の女たち。

何これ……。どぉなっちゃってんの……?

呆然として、入り口付近で立ち尽くす。

店員が小走りで美亜たちに向かって行った。

それに気づいた女は、パッと手を離した。

その手のひらには、美亜の自慢の長い髪が何十末もついていた。

「お前、許さないから」

床に座り込んで泣いている美亜に、巻き髪の女が捨て台詞を吐いた。

優梨は真っ青な顔で、美亜の肩を抱く。

そしてキレてるアッくんをむりやり押さえるナツくん。

女たちは自分の席からバッグを取り、マックを出て行った。

「美亜っ! !」

我に返ったアタシは叫び、近くにあった紙ナプキンを大量に持って、席に向かう。

何が起きたのかよくわからない。だけどひどすぎる。

第32頁

美亜がゆっくり立ち上がる。

「頭、いたい~っ。早くジュース飲みきってれば良かったよぉ」 そう言って、美亜は顔を引きつらせながらも笑った。

全然笑えない……。

落ち着いてきたアタシの中にフツフツと怒りが沸いてきた。

パニックになって何もできなかった自分にも悔しい。

そしてその怒りは、コータに向けられた。

「め……芽衣!?」

残っている3年の席に向かうアタシを見て、優梨が目を丸くした。 「コータさん!」

コータが振り返った。

「芽衣ちゃんだぁ? どしたの? ポテト食う?」

「どしたの? じゃないですよ! ! さっきの女の先輩たち、なんなんですか!?」

「え…? もしかして、ユリがやっちゃった子と友達?」

アタシは気まずそうにしているコータをニラんだ。

第33頁

普段なら怖くて絶対ニラんだりできないような人だけど、ムカつきすぎて気にならなかった。

「友達ってゆぅか、親友なんですけど」

「マジ!? そいえばあの席のもうひとりの女の子、芽衣ちゃんとよく一緒だよね? 俺、もう手ぇ出すなってユリに言っとくから! ごめんねっ! !」 コータが顔の前で手を合わせた。

ほかの3年たちは、アタシとコータの姿に驚いていた。

「コータは止めたんだよぉっ。俺からも謝るから、許してやって☆」 「コータが頭下げるなんてめずらしいから、機嫌直してよ~」

ほかの男たちに言われ、尐しずつ怒りの熱が冷めてきた。

「もう、絶対、美亜に手を出させないでください」

そう言い、アタシは席に戻った。

美亜は嬉しそうに笑い、「ありがとね」と言った。

ほかの3人はキレていたアタシを見て驚きが隠せない様子。

それより、あんなことをやっちゃったっていうことに、アタシ自身が一番驚い

ていた。

第34頁

みんなでマックを出ると学校へ向かった。

美亜だけは「家でお風呂入ってから学校戻る」と言い、駅前で別れた。 「なんか大変だったんですけど~」

「オレ、何もわかんねぇのに、2回も3年とトラブル?」

ナツくんとアッくんが笑い合う。

「確かにアッくんは2度目だよね。遅くなったけど、心配かけてすいませんっ! 教室に来た幼馴染みの3年の人ね、アタシの好きな人だったの。だけど、ほかの人が好きで、叶わないから……えっと、いろいろあって、諦めることにして……」

頭の中がグチャグチャになって、さっきの涙がまた出てきちゃいそうになる。 「だ……だからね──」

「その人と距離あけたくて、毎朝一緒だった登校をバックれたら、教室に来ちゃったってことです☆ で、明日からひとりで行くって言ったはいいけど、悲しくなっちゃったってことでしょ?」

泣きそうなアタシに気づいたのか、優梨が代わりに言ってくれた。 「そーゆうことなのですっ」

アタシが言うと、ナツくんとアッくんは黙ってウンウンと頷いた。

第35頁

「でも、それでいいのか?」

ナツくんは悲しい顔でアタシを見た。

その言葉に、尐し考えてからウンと答えた。

「芽衣ならいい恋できるよ!」

「恋愛達人のアッくんに言われたら、できる気してきたぁ!」

「じゃあ優梨もアッくんに言われたい~! いい恋したぁ~~い!」 みんなで笑い合っていると、気持ちが楽になるよ。

一瞬だけかもしれないけど、悠哉を忘れられる……。

悠哉は今、何してるのかな?

ちゃんと授業頑張ってますか?

──悠哉。

アタシのいいお兄ちゃんになってね。

お兄ちゃんって思えるように頑張るから──

またこぼれかけた涙を隠すため上を向いた。

──悠哉に涙腺、壊されちゃったみたいだよ──

空は、雲ひとつない晴天だった。

アタシの心は、雲だらけで小雤が降り続いていた。

──早く、この空のように青空になりますように──

第36頁

学校に着くと、4人は静かに靴を履き替えた。

授業中の校舎は、シンと静まり返っている。

まるで、みんなが消えちゃたみたいに静か──

教室に向かってみんな無言で歩いた。

バタバタバタ

後ろから、誰かがうるさく廊下を走って来る。

チラッと振り返ると……。

「……え!?」

担任の教師が怒りに満ちた表情で走って来ていた。

すでにアタシたちとの距離、約10メートル。

「お前ら、何やってんだぁ! !」

「──!?」

「逃げるぞっ!」

アッくんとナツくんの声で、アタシと優梨も走り出した。

このまま廊下を走ると、階段が左にある。

真っ直ぐ行くと行き止まりだから、階段をのぼらなくてはいけない。 また階段だ! キツイ! !

「に……逃げるんじゃない! マクドナルドにいただろ! ハァ、ハァ……乱闘したんじゃないか!? 学校に通報がきたぞ!」

担任教師の苦しそうな怒鳴り声が、後ろから聞こえる。

──バレてる! 絶対捕まるわけにいかないっ! !──

第37頁

階段が見えてきた。

左に曲がり、階段を駆け上がる。

ハァ、ハァ……。息が苦しい。

前にはヨレヨレしながら走るアッくん。後ろには……。

「あれっ!?」

……誰もいない。アタシは足を止めた。

「ねぇ……アッくん…ハァ…み、みんないないよ~?」

アッくんも足を止める。

「えっ? あいつら真っ直ぐ、行ったのか? つ、突き当たりになるのに忘れてたのかな? ハァ、ハァ」

階段の下から声がする。

「あのふたりはどこ行った!」

「知らない~」

「マクドナルドには行ったか!?」

「行ってないよ~」

アッくんと顔を合わせて苦笑いをした。

「これじゃ、今から教室は帰れないよなぁ。どぉする?芽衣」

「ん……。あっ! 屋上は!?」

朝見た屋上の扉を思い出した。

確か、鍵はかかってなかったはず……。

第38頁

そのままふたりは階段をのぼり、扉の前に着いた。

走ったり階段をのぼったりしたから、ふたりともハァハァと肩で息をしている。 「えいっ!」

アタシが重そうな扉を開けると……。

扉の向こうには、グリーンの床と真っ青な空が広がっていた。

「気持ちい~」

「だなっ!」

屋上に出て、ふたりは床に寝転んだ。

太陽がまぶしいけど、ほんとに気持ちいい……。

「走ったり泣いたりして疲れたから、こんなに気持ちいいと眠くなっちゃいそうだよ~。枕があれば最高なのに」

「枕、あるぞ」

「えっ?」

横に寝ているアッくんのほうを見ると、片手をチラチラゆらしている。 目が合うとアッくんは笑いながら「ほら、腕まくら?」と言った。

顔が真っ赤になる。

そんなこと、冗談でも言われたことないし……。

「誰も見てないし、枕貸してやるよ☆」

「ええっ!?」

尐しとまどいながらアッくんのペースに飲まれて手首の上に頭を乗せた。 「失礼しまぁす……」

は、恥ずかしい。

──今までアッくんを男として意識なんてしたことなかったけど、やっぱりアッくんは男だよね──

第39頁

「芽衣、手首痛い。もっとこっち!」

アッくんは自分の腕と肩の付け根あたりをポンポンと叩き、その手をアタシの腰にまわした。

そして、頭の下の手をグッと引き寄せた。

「 ! ! 」

「はぃ、完成~」

アタシは目を白黒させる。

だって……。

だって、頭がアッくんの胸にあって、抱き合ってるような、そんな感じだったから──

平然としているアッくんの横顔。慣れてるんだなって思うと、チョット複雑だ

った。

息がかかるくらい間近なアッくんの顔。

アッくん、肌キレイだなぁ。鼻も高いし。モテるのがわかるかも。 「芽衣っ。見すぎ! 恥ずかしいから見るなって」

「えっ……ご、ごめんっ」

心臓がバクバク鳴る。ほんとに恥ずかしい。

でも……太陽がポカポカして、人肌があたたかくて、ドキドキも心地いいドキドキで。

嫌じゃない……。

──隣が好きな人だったら、最高に幸せなんだろうなぁ。

目を閉じて考えた。

チュッ?

「ん……!?」

第40頁

……え?

柔らかくて、プニッてした。

唇をプニッて指で優しく押されたような感触。

「早く忘れちゃえよ」

「えっ……」

「だからさ、早く悠哉先輩のこと忘れちゃえよ。ずっと頑張って叶わなかったなら、忘れて幸せになんなよ」

クシャクシャと頭をなでられる。猫になった気分……。

「ねぇ、アッくん。今のプニッてしたの、何? 指?」

「ん? キス?」

……キス?

キス……キス……!?

──! !

「エエッ! ! キスっ!?」

バッと起き上がり、体育座りをして両手で唇を押さえた。キスって── 「ごめんっ……なんか芽衣が可愛く見えちゃって……思わずっ」 謝るアッくん。呆然とするアタシ。

「ア、アタシ、初めてキスってゆうのをした……」

「エエッ! !」

今度はアッくんが驚いた。

第41頁

初めてのモノは、全部悠哉にあげたいと思っていた。

アッくんも、友達として好きだけど、男としては見てなかった。 だけどね……。

腕まくらは嫌じゃなくて……。

よくわからないけど、すごく気持ち良かったんだ。

唇と唇が当たったっていうか……キスっていう行為も

嫌じゃなかった……。

なんでかは末当にわかんないけど……、気持ち良くて、あたたかくて、胸がキュンとしたの。

「アッくん……」

「ご、ごめんなっ。初めてって、知らなくて……」

動揺するアッくんの声を遮りアタシは話した。

「ううん、違うの……うまく言えないけど、嫌じゃなかったってゆうか……」 「えっ?」

「自分でも、わかんないけど……」

話しながら、恥ずかしくなった。

アッくんの目を見ることができなかった。

そしてそんなアタシの口からは、驚くような言葉が出た。

「わかんないから、もぅ……もぅ一度……して?」

──もう一度……してみたい──

第42頁

頭がボォーッとして、胸のバクバクする音は最高に大きくなった。 自分が何を言ってるのかすら、よくわからなかった。

「芽衣……」

アッくんはアタシを抱き締めて、キスをした。

柔らかくて……優しいアッくんの唇。

愛のないキスは、しちゃいけないのかもしれない。

でも、キスしてる瞬間、満たされる。

──忘れられた。

一瞬だけど、悠哉を忘れられたんだ。

第43頁

疑似恋愛

それからアタシとアッくんは、頭の中がとろけちゃうくらいに何回もキスを繰り返した。

腕まくらして、抱き合って、キスをして……。

アタシはその間、アッくんに恋をしていた。

アッくんも、アタシに恋をしていたように感じた。

──屋上の魔法──

重い扉は魔法のかかった世界への入り口なのかもしれない。

そして扉から階段に戻ると、ふたりは魔法が解けて友達に戻る。

「暑いなぁ……」

「うん……暑い~っ!」

繋いだ手に汗がにじむ。

「下、降りる?」

「……ま、任せるっ」

下に降りるっていうことは、魔法が解けるってこと。

暑いのはわかるけど、まだ魔法にかかっていたい……。

アタシはアッくんのシャツをつかんで下を向いた。

「下降りて、また放課後に来る?」

第44頁

その誘いに顔がパアッと明るくなってしまった。

「芽衣、わかりやすいなっ。キスにはまっちゃった?」

「……」

意地悪な質問に頬が赤く染まってしまう。

アッくんは友達だと優しいけど、屋上ではたまに意地悪なんだね……。 チュッ?

アタシから初めてキスをした。

今度はアッくんが真っ赤になった。

「意地悪したおかえし! 赤くてタコちゃんみたい~」

「うるせぇよっ」

どちらからともなく、ふたりは手を繋いだ。

名残惜しむようにゆっくりと扉を開いた。

階段はひんやりとした空気が流れ、薄暗かった。

「みんなになんて言おっか?」

「え? キスしたことを言うのは嫌~~! ! 恥ずかしすぎる……」

「芽衣、バカだなぁ。キスは内緒でいいんだけどさ、今までどこにいたとか聞かれるだろ? それの嘘考えるんだよ」

あ、確かに……。そうだよねっ。

もぉ、キスばっかり考えちゃってて……。

階段を降りるにつれ、ふたりの手のひらは離れていった。

指も離れて、距離も開いて……。

魔法が解け、友達に戻っていくふたり。

第45頁

教室に戻ると、4時間目の授業中だった。

カラカラカラ

静かに扉を開ける。

クラスメイトたちからの視線とヒソヒソ話す声がふたりに集中した。 こーいう雰囲気、かなり苦手……。

「あなたたち、今まで何してたの? 朝いなくなったって、担任の先生も心配したのよ!」

教壇にいる女教師がアタシとアッくんを交互に見た。

どうしよう──

なんて言えばいいのかわからなくて言葉が出なかった。すると、

「朝、オレが体調悪くなって家までむりやり送ってもらってたんです。勝手に帰ってすいません」

アッくんはそう言い、頭を下げた。

「ご……ごめんなさい」

アタシもそう言って、頭を下げる。

でも、この「ごめんなさい」は、先生にっていうよりアッくんに対しての気持ち。

アタシがサボらせちゃったのにかばってくれて……。

アッくん、なんでそんなに優しいの?

第46頁

席に着くと、隣のナツくんと目が合った。

「あれから大変だったよ~。マックのこと聞かれてさぁ。うまくごまかしたけどねっ」

「階段のぼらないと突き当たりじゃん」

「パニクって忘れて真っ直ぐ走ってたんだよー。芽衣たち、今まで何してたの?」

言葉につまるアタシ。何をしてたか思い出して顔が赤くなる。

そして、夢心地から現実に戻った。急に後悔が襲ってくる……。 アタシ、何しちゃってたんだろう。

屋上で、何したの?

気持ちのないキスして……、何度も唇重ねて。

気まずくて、アッくんのことが見られない。

ナツくんには適当な言い訳をして流した。

考えれば考える程に、自分の軽薄さにあきれてくる。

でも……。

汚い行為かもしれないけど、あのときはすごく満たされたんだ。 アタシ、どうしちゃったんだろう?

自分で自分がわからなかった。

第47頁

唇を合わせて抱き合ったとき、今まで感じたことのない、甘い幸福感で満たされた。

誰かに一時的にでも愛されて、求められたことが嬉しくて……。 悠哉はアタシを求めてくれない。

悠哉が求めていたのは姉の春菜。

アタシは初めて男の人に求められたの。

キスってどんな感じなのかな。

そう考えたことは何十回もあった。

キスに憧れてた。

キスをしたかった。

そして頭の中に浮かぶキスの光景。

相手は、当たり前のように悠哉だった。

叶わない恋を、夢の中で成就させてたんだ。

好きな人以外とキスするなんて、考えたこともなかったよ。

絶対できない。そう思ってたはずなのに。

第48頁

今日、屋上で知っちゃった。

好きな人とすら、したことのないキスを……。

相手は違うけど、夢で見ていたキスを。

恋に破れた可哀想な女の子にとっても、キスって魔法なんだね。 キスしてるとき、ふと悠哉を思い出したんだ。

でも、悠哉の顔は頭からどんどん消えて……。

アッくんを好きになって、アッくんに愛されて、キスに没頭した。 悲しい恋を忘れる、恋の魔法。

ほんとは、知らなくてもいい魔法なの。

好きな人を忘れるために、キスを繰り返す。

そんなの、みんなが知ったら汚いと思うよね。

アッくんには、彼女がいる。

それに、経験も多いから、慣れた行為だろう。

好きな人が相手なら、何も考えずにとっても幸せだっただろうな── こんな自分に嫌気がさした。

そして、またキスを……。

それ以上の行為を求めてしまう自分に嫌気がさす。

第49頁

放課後まで、考え続けた。

屋上に行こうかな……。やめようかな。

──放課後。

アタシは屋上のドアを開いてしまった。

「来ないと思った。こっち来たら?」

すでに屋上にいたアッくんは、アタシに手招きをした。

そして、近づいたアタシの腕を引き寄せて、さっきよりも熱くて甘いキスをした。

その日以来ふたりは、ただの友達という関係を壊した。

友達でもないけど、恋人でもない。

ふたりきりのときだけの、恋人。

一緒にいると、好きでもないのに、恋してる感覚になった。

疑似恋愛の始まりだった。

第50頁

告白

時が経ち、明日からは夏休みになる。

アタシは相変わらず悠哉を避け続けていた。

悠哉との間には、自然と距離が開いていく。

寂しかった……。

悠哉の姿を探してしまう。

そのたびに「やっぱり悠哉が好きなんだ」と気づかされた。

苦しいよ……。

悠哉を忘れられそうもないよ。

そんな朩練ったらしい自分が嫌だった。

そのたびに、アタシはアッくんとキスをした。

アッくんで悠哉を忘れられるかなって思ったけど、そんな簡単じゃない。 アッくんといれば悠哉を考える時間が減った。

だけど……。

悠哉を考えたときの胸の痛みが、前より大きかった。

それを忘れたくて、またアッくんでごまかす。

悪循環だって、わかってる──

第51頁

終業式の前。

アタシと優梨と美亜は廊下に集まっていた。

「やっと夏休み!」

「遊びまくろぉ☆」

「そぉだねぇ?」

ブー…ブー…ブー…

ポケットの中で携帯が震えた。

取り出すとディスプレイには春菜の名前が。

「どぉしたの?」

「ちょっと頼みがあるのぉ~」

姉の春菜からの電話は珍しく、頼みなんてここ何年かされた記憶がなかった。 「何かあったの?」

「ん~悠哉と今日会うんだけどね……」

「悠哉と?」

春菜の口から悠哉の名前を聞き、胸がバクバク音を立てる。

「……あれ? ……悠哉から話、聞いてない?」

不自然で気まずそうな声。

まさか……。

第52頁

春菜はアタシに話し始めた。

嫌な予感は、的中した。

「恥ずかしくて言えなかったんだけど……昨日から悠哉とつき合ってるんだぁ?」

え? 何、言ってるの?──

頭の中が、真っ白になっていく。

「昨日、悠哉にコクられたの。芽衣に相談してたって悠哉が言ってたから、聞いてるのかと思ったょぉ」

体も声も震えそうになる。アタシは平静を装って、

「そぉなんだぁ。お姉ちゃんも悠哉が好きで良かった」

そう言った。頑張って、言えた。

足がガクガクして立っていられなくなって、壁に背をつけた。

しかし、ズルズルと体は床に滑り落ちていった。

驚いた優梨と美亜が、抱えるように支えてくれた。

第53頁

「そー言えば昔、芽衣は悠哉が好きって言ってたことがあったよね。もちろん、もう違うよね? 7年くらい経つもんねー。懐かしいよね」

──懐かしい?

アタシは7年前から、今もずっと悠哉が好き。

そう、言いたかった。

でも、口からは違う言葉が出る……というより、出さなきゃ──

「当たり前!」

「だよねぇ~もし芽衣が悠哉を好きなら、つき合うのをやめるところだったよ」

春菜は笑った。

アタシは、笑ったフリをした。

春菜は、つき合うのをやめられるくらいの軽い気持ちなんだね。

アタシは悠哉とつき合えたら、これ以上ない幸せなのに。

欲しくても欲しくても絶対手に入れられない悠哉。

春菜は、スッと簡単に手に入れて……。

ずるいよ──

第54頁

「お母さんたちにバレたら恥ずかしいから、悠哉とつき合ってることやデートしてること、内緒にしといてねっ! あと、悠哉が学校で浮気しないよーに、見張ってて」

「……うん」

頭の中が混乱していた。

電話を切ると、涙がポロポロ流れた。

携帯を握り締めたまま、人目も気にしないで泣き続けた。

──悠哉は告白しないよね。

春菜も絶対つき合わない。

ずっと勝手にそう思い込んでたよ──

こんなことになるなんて、考えたこともなかった。

「芽衣?」

「どうしちゃったの?」

優梨たちは泣き続けるアタシの頭をなでたり背中をなでたりしてくれた。 廊下は終業式に向かう生徒たちで溢れていた。

──みんな明日から夏休みで幸せそうなのに。

悠哉も春菜も幸せなのに、なんでアタシだけ、こんなに傷ついて、泣かなきゃいけないんだろ──

第55頁

優梨と美亜は泣きやまないアタシをなだめ続けてくれる。

次第に廊下からは人の姿が消えていった。

「芽衣~、話せる?」

「だっ……か、から、……グスッ」

何か話そうとしても、まったく伝えられなかった。

つらくて、悲しくて、頭がおかしくなってしまいそうだった。

「このままだと、終業式が始まっちゃうよ~」

終業式まで、あと2、3分しかなかった。

そのとき、教室からアッくんが顔を出した。

「芽衣はオレが見てるよ」

「え? じゃあ、アッくんは終業式行かないの?」

「オレ、もともと行きたくないし、サボる予定だもん?」

優梨と美亜は顔を見合わせ、たずねた。

「芽衣、どうする?」

すると、返事を聞く間もなく、アッくんがアタシの手を握り締めた。 「ちょっと……アッくん!?」

驚く優梨たちを無視して、アッくんは手を引いてアタシを教室に連れ込んだ。 優梨たちは不思議そうな顔をしながら、終業式に向かって行った。

第56頁

終業式に向かう途中、優梨と美亜が話をしていた。

「最近、アッくんと芽衣、おかしくない?」

「わかる! 美亜も気づいた! ! 最近、サボるタイミングも一緒だし……さっきのアッくんもヘンじゃない?」

「アッくん、ちょ~遊び人じゃん? 芽衣に何かしてたりして」

優梨の言葉に美亜が「絶対ナイよ~」と笑った。

優梨も「だねっ」と笑った。

ふたりはまさか、アッくんとアタシが友達を越えた関係になっていたなんて、夢にも思わなかった。

その頃、アタシはやっと落ち着いてアッくんにさっきの話をしていた。 アッくんは話を聞き、

「つらいな」

と、強く抱き締めてくれた。

「つらいし嫌だょぉ~。全部、忘れたい……もうボロボロだよ」

止まらないグチと涙……。押さえ込んでいた気持ちも溢れ出す。

アッくんはそんなアタシの涙を優しく拭いてくれた。

「芽衣にそんな愛された悠哉センパイは幸せだな。うらやましいな」 「えっ?」

アッくんは目をそらす。

第57頁

「アッくんだって……彼女に愛されてるじゃん! しかもふたりいるから2倍だよ! ……グズッ……」

愛されてる人に、アタシの気持ちなんか、わかんないよ!

思わず、嫌味も言ってしまう。

「オレが好きじゃないから、意味ないよ」

──どういう意味?──

抱き締められたまま、アッくんを見上げる。

「芽衣がいいから」

──え?──

「芽衣のこと、好きになったかも」

「……嘘? グスッ……だよねっ?」

「……」

気まずい沈黙。教室の中の空気が張りついていく。

アッくんは抱き締めていた手を緩めた。

そしてアタシから離れて「座って話そう」と言った。

アタシは、自分の席に座った。

アッくんはアタシの前の優梨の椅子を後ろに向けて座る。

窓から入る風で、カサカサと掲示物が揺れる音がしていた。

だけどそれ以外、何も聞こえない静かな世界にふたりきり……。

アッくんはアタシの手を握り締め、話し始めた。

第58頁

「オレ、芽衣のことはずっと友達だと思ってた。あの日、屋上に行ったときも、友達の延長で……深く考えないで、ただ可愛くてキスしたくてキスした。だけど……芽衣とふたりきりで会ううちに、何か変わっていって。彼女に会っても全然楽しくないし、芽衣に会いたくなるんだよ。彼女とキスしても何も感じないし、芽衣の顔が浮かんで……芽衣のことばかり考えてんだ。こんな純粋に女を好きだって感じるの、久々で……最近、どーでもいー女とつき合ってたから。オレ、久々に好きな女ができたんだよ。芽衣の気持ちもわかるし、困るのもわかる。だけど……それでもいいから。オレじゃ、悠哉センパイを忘れられな

い?」

アッくん……。

そんなふうに、思っていてくれたの?

アッくんの目を見ると、優しくて悲しい目をしていた。

悠哉に「お姉ちゃんには彼氏いる」って話したとき、悠哉も同じ目をしてた。 叶わないけど好きだっていう、悲しい目。

アタシが悠哉を見る目も、きっと同じ……。

自分を見ているようで、アッくんの目から視線をそらすことができなかった。

第59頁

満たされない心

アタシはアッくんと自分の姿をダブらせた。

叶わない気持ち……。愛されてないってわかるのに、好きになってしまった悲しさ……。

アッくんはアタシの目を見て、もう一度言った。

「オレじゃ、忘れられない? ダメかな?」

──困るよ。

頭の中が混乱していく。

「わかんない……」

──次第に悲しくなってきた。

アッくんは嫌いじゃないから──

「芽衣がオレとキスしたり抱き合ったりしたのはなんで? そのときだけかもしれないけど、オレのこと想ってくれなかった?」

アッくんの小さく寂しそうな声が教室中に響く。

「キスしたのは……悠哉を忘れたかったから……でも、一瞬しか忘れられなくて……アッくんと別れた後に後悔したこともあったの。アタシ、汚い女だよね。寂しくて、アッくん利用してた」

「それでもいいよ」

「──ッ! ! そんなのダメだよ! つき合ってもアタシ、アッくんを傷つけるっ……」

アッくんに甘えてしまいたい気持ち。でもアッくんとつき合ったら、今よりもっと傷つけてしまいそうな予感。

ふたつの気持ちで心が揺れ動いた。

そしてアタシは……。

第60頁

アッくんの優しさに甘えるほうをとった。

アッくんは喜んで、抱き締めてくれた。

アタシもアッくんを強く抱き締めた。

──お願い、悠哉を忘れさせて──

アッくんの彼女になって初めてのキスをした。

それは、涙でしょっぱい塩味のキスだった。

だけど優しくて、アッくんの気持ちがたっぷり入ってて。

この人なら忘れさせてくれるかも……。

そう期待させてくれるようなキス。

さっきの迷いが消えていくようなキスだった。

「アッくん、ひとつお願いがあるの。つき合うこと、まだみんなには内緒にして?」

悠哉が好きなままほかの男とつき合うことで、みんなに軽蔑されるのが嫌だった。

ほんとにアタシは勝手だよね。

アッくんはそれを了解してくれて、夏休み明けには話そうねっていうことになった。

第61頁

終業式が終わったのか、廊下から人の話し声がしてくる。

アタシとアッくんは離れ、またさっきのように席に座ってみんなの帰りを待った。

教室に一番早く帰ってきたのは優梨だった。後ろから美亜も教室に入って来る。 「芽衣~!」

「さっきは泣いちゃってごめんねっ!」

「大丈夫になった? うちら体育館で待ってたけど、芽衣たち来ないから心配したよ」

「泣いてて、行けなかった」

真っ赤な目をして笑うアタシにつられ、ふたりも笑う。

「悠哉、お姉ちゃんとつき合ってるんだって」

「はぁ!?」

「もう、忘れるから。絶対忘れるから……」

忘れるって言葉……。自分自身に言い聞かせるように繰り返した。

また泣きそうになる。

だけど、そのときアッくんが頭をなでてくれて……。

「オレらがいるじゃん! 寂しがる暇がないくらい、夏休みは遊ぼうぜ」 そう言ってくれたんだ。

だから、涙は出なかった。

「だねっ! 遊ぼ!」

「海! 海行こ!」

「うん! ! ありがと!」

そして夏休みが始まった。

第62頁

初日の朝、アタシはメールの音で目が覚めた。

〈春菜とつき合うことになった!芽衣、ありがとな。〉

悠哉からだった。

〈良かったね〉

と返事をし、眠い目をこすりながらベッドから降り、顔も洗わずに化粧をした。 お姉ちゃんの近くにいたくない。

洗面所やリビングでも、顔を合わせたくない。

昨日も会わないように過ごしていた。

しばらくは春菜の顔、見たくない。

──そんな簡単に割りきれないよ──

アタシは髪をストレートアイロンで伸ばしながら鏡を見た。

冴えない自分……悲しい顔してる。

朩練だらけだね。

アタシは貯めていた小遣いを持って、家を出た。

そして、自転車をこいで近所の美容院に向かった。

──3時間後。

アタシの黒髪は、明るい茶髪にたくさんのハイライトのメッシュが入った髪に変わっていた。

……自分を変えたかった。

モヤモヤした気持ちを振っきりたかった。

第63頁

美容院の帰り、意外な人にバッタリ会った。

「あれ? め、芽衣ちゃん?」

「コータさん、久々ですねっ」

コータは驚いた顔で見つめてきた。

──顔に何かついてる? あ! そうだ!

髪を染めたんだった──

アタシは尐し恥ずかしくなって、目をそらす。

「いーじゃん、それ☆」

コータはアタシの頭をポンポンと軽く叩いて言った。

──まぁ、コータさんはギャル好きだもんね──

「芽衣チャンからメールがこなくてヤダなぁ~」

「えっ?」

コータと連絡先を交換してから、何度かメールがきていた。

でも、悠哉にバレるのが嫌だったり面倒で、ほとんどメールを返してなかった。 「忙しくて……」

何が忙しいんだろ? ヘンな言い訳……。

当てつけで番号交換しただけだから、そんなにコータとメールしたくないんだもん。

「夏休みなんだし、遊んでよ!」

「あ……。えっと……」

戸惑うアタシを無視して、コータはしつこく誘ってきた。

もともと優柔不断なアタシ。

彼氏がいるからとも言えず、なんとなく了解してしまった。

第64頁

約束を取りつけると、コータは駅のほうに去って行った。

──相変わらず遊び回ってるんだなぁ。

ひとりになったアタシはそんなことを考えながら、優梨の家に向かった。 夏休みのスケジュールは、ぎっしり詰まっている。

カラオケ、海、買い物。そして……。

彼氏とのデート。

彼氏という響き。

慣れないよ。恥ずかしい……。

優梨の家に着くと、優梨が玄関で待っていた。

「芽衣~! どしたの? その髪、いーじゃん?」

そう言う優梨も茶髪になってメイクも派手になっていた。

「みんなやること一緒だよねっ」

ふたりは駅に向かった。

駅前には、中高生に人気のショップがたくさんある。

服を見て、プリクラを撮って……。ふたりは夏休み初日を楽しんだ。

第65頁

それからもアタシは、毎日のように朝から晩まで遊び回った。

あまり家にいたくないし、ひとりになって考え込んでしまうのが嫌だったから。 7月から8月に変わり、一番暑い時期になった頃、宿題をやっていたアタシの部屋に、春菜が来た。

「芽衣、友達と旅行して外泊する予定ってない?」

「優梨の家と、美亜の家しかないけど……」

「悠哉と海に行きたくて、泊まりに行きたいんだけど……芽衣も一緒ってことにしちゃダメかなぁ? その日、芽衣も友達と夜遊びとかできるし、良くない? 日にちは芽衣に合わせるからっ! お願いっ!」

──もう、一緒に旅行行ったりする仲なんだぁ──

胸がチクチク痛んだ。

「別に……いいよ」

「芽衣、ありがとぉ☆」

春菜が目尻を垂らして笑う。

この笑顔はまるで天使のようで末当に可愛い。

だから昔から、春菜のお願い事は断れなかった。

「悠哉とよく会ってるの?」

「まぁまぁかな~」

「悠哉のこと……好き?」

「えっ? その質問、恥ずかしくない!?」

春菜が顔を赤く染めた。

悔しいけど、可愛くて幸せそうな笑顔。

第66頁

「高校入ってから悠哉が気になったの」

と、照れながら春菜は言った。

幼馴染みだから失恋は嫌で、悠哉を好きにならないようにしてたらしい。 告白してきた関谷さんとつき合ったのも、そんな理由。だけど、すぐ別れて……。

「悠哉に告白されて、我慢してた分もどんどん好きになっていって……今は大好きだよ」

最後に春菜は言った。

「……良かったね」

適当なつき合いじゃなくて尐し安心した。

つらいけど……。

つき合ったなら、ふたりにはうまくいって欲しいよ。

そうじゃなかったら、諦めた意味ないじゃん。

アタシも、アッくんと幸せになるから──

大好きな春菜と、大好きな悠哉には、幸せになって欲しい。

いつかふたりには、心からの祝福をしてあげたい。

今はできないから、忘れられるまでは待ってね……。

そう思えるようになったのは、アッくんの存在のおかげかな?

春菜が部屋を出たあと、アタシはアッくんにメールした。

〈今から会えない?〉

ひとりでいたくなかった。

アッくんに、むしょうに会いたくなったんだ。

第67頁

〈今から迎えに行くよ。どこにいる?〉

すぐ返事がきた。

〈ウチだよ〉

返事を送って、しばらく待つと、

?~?~?~

アッくんからの電話。

「はいっ☆」

「もう着くから、下に降りて来いよ!」

アタシは軽く化粧を直し、マンションの下に降りた。

外はもう夕暮れだった。

逆光で顔はよく見えないけど、遠くから自転車に乗って向かってくる人が見える。

その人はアタシに手を振ってきた。

アタシもアッくんだと思って手を振り返す。

でも、その陰は近づいてくるとアッくんより背が高くて……髪もツンツン立ってない。

──! !

悠哉だ。

久々に見る悠哉の顔。勝手に心臓の鼓動が早まり、胸が高鳴っていく。 「久々だな、芽衣」

「うん……」

……今、アッくんが来たらどうしよう。

悠哉にアッくんと会うのを知られたくない。

もちろんこんな姿、アッくんにも見られたくない。

第68頁

久々に見た悠哉は、前よりも肌が焼けていて服装もオシャレになって、よりいっそうかっこ良くなっていた。

「芽衣……久々だな。髪、似合ってるよ」

顔が赤くなる。夕日が出ていて、景色がオレンジ色に染まっていて良かった。 赤い顔が悠哉に気づかれなくて、末当に良かった。

「ありがとね」

?~?~?~

「あ、ごめんっ。電話きちゃった」

「じゃあ、またな!」

悠哉はアタシの頭をクシャッとなでて、駐輪場に向かって行った。 アタシは鳴り続ける携帯を握り締め、悠哉の背中を見送った。

やっぱり、悠哉を見ると胸が痛いよ……。

悠哉が──アタシの胸から消えないよ……。

「──芽衣!」

後ろから声がした。

振り返ると、アッくんが立っている。

ヤバい。見られた……?

第69頁

「アッくん……」

「携帯、鳴らしたんだけど……」

アタシは握り締めたままの携帯に目を落とし、下を向いた。

「ご、ごめん」

アッくんの顔を真っ直ぐ見れない。

「早く行こうっ」

アタシはアッくんの服の袖をつかんで歩き出した。

早く行かないと悠哉が自転車を置いて戻って来てしまう。

あせりから、アタシの歩調は速まっていく──

「ちょっ……ちょっと、芽衣!? どうしたんだよ?」

理由のわからないアッくんは、戸惑いながらついて来た。

「……そうゆうことか」

アッくんがボソッと言った。

マンションを振り返るアッくんの視線の先には、悠哉がいた。

悠哉はこっちに気づかず、マンションに入って行く。

アッくんは、足を止めた。

「悠哉センパイに会わせたくなくて……ってことか」

「ち……違う……」

「いいよ、言い訳しなくても。オレ、芽衣の気持ちはわかってるから……」 アッくんは、悲しい顔で笑った。

何も言えないアタシ。

ごめんね。アッくん……。

第70頁

ふたりは無言で歩き続けた。

太陽はすっかり地平線に沈んでしまい、暗くなっている。

「ねぇ、アッくん……」

先に口を開いたのはアタシのほうだった。

「アッくんのお家、行ってみたいな」

「えっ?」

「……ダメならいいけど」

「うち誰もいないから、芽衣が来たいなら平気だけど」

「じゃあ、行こ」

アタシはそう言いながらアッくんの手をとった。

ひとつの想いを抱えながら、アタシはアッくんの家まで歩き続けた。 ──今日は……今日は、アッくんとひとつになりたい。

すべて、忘れさせて……。

ねぇ、アッくん……。

忘れさせてくれるよね?

ポッカリ穴の空いたアタシの気持ち、埋めてくれるよね?

お願い。忘れさせて──

気持ちを伝えるように、アッくんの手を強く握った。

アッくんを利用するアタシは嫌な女だ。心からそう思う。

だけど……。

アッくんなら忘れさせてくれるって思うから、できるお願いなんだ。

第71頁

ときめく気持ち

アッくんの家は、とても綺麗だった。

マンションだけど、アタシが住んでいるマンションより広くて、家具もアンテ

ィークのお洒落な物ばかり。

アッくんは母子家庭で、お母さんはクラブのママだと優梨から聞いたことがある。

広いリビングの隅には、雑誌でしか見たことのないエルメスのバーキンやケリーが並ぶ。

アッくんが麦茶を入れてくれたグラスも高級グラスのバカラだった。 「すごいね」

「何が?」

「お金持ちって感じ」

アッくんは露骨に嫌そうな顔をした。

……マズいこと言っちゃった?

「所詮、お袋が知らねぇオヤジたちに貢がせた物ばかりだからな」 「……」

アタシは何も言えなかった。触れちゃいけない気がした。

ふたりは麦茶のグラスを持ち、アッくんの部屋に向かった。

アッくんの部屋は玄関やリビングと違い、モノトーンのシンプルな部屋だ。 白いふたり掛けのソファーに、ガラステーブル。

大きなテレビに、コンポ。そして、ベッド。

無駄な物はあまりなくて、雑誌やアルバムが数冊あるくらい。

第72頁

いつもとは違い、ふたりの間に沈黙が続く。

アタシはソファーの隅に座り、お茶を飲んだ。

アッくんはベッドに腰かけていた。

「……あ、アルバム見てもいい?」

沈黙に耐えきれなくて、近くにあるアルバムを指さした。

「別にいいよ」

アッくんは何冊かあるアルバムの中から、1冊の新しいアルバムをアタシに手渡してくれた。

中を開くと、知らないアッくんがいた。

最近のアッくんなんだけど、一緒に写ってるのは知らない人ばかりで、女の子もたくさんいた。

──そうだった。アッくんは女の子の経験が豊富だった。

この中にも元カノとか写ってるのかな?──

そう思うと、嫌な気持ちになっていく。

ヤキモチをやいてしまった。

「この中は、みんな友達だから」

アタシの気持ちに気づいたのか、アッくんは笑いながら言った。

「あ、そうなんだ」

「うちって、いつも夜に親いないじゃん。それで夜遊びしてたら仲良くなった友達」

アッくんは、また悲しい顔をして笑った。

──よく見る。この笑顔──

アッくんはいろいろ寂しい想いをしてるんだろうな。

第73頁

アタシはアルバムを閉じて、ベッドに座っているアッくんの隣に座った。 そして、アッくんを包むように優しく抱き締めた。

「め、芽衣?」

「アッくんが悲しい笑顔してるから……」

尐しの沈黙の後……、アッくんはボソッと言った。

「そんなの、初めて言われた。でも、当たってるかもな」

ギュッ

強く抱き締められた。

アッくんは優しく髪をなでてくれる。

そして、話し始めた。

誰かに聞いて欲しかったように、ひとり言のようにポツリ、ポツリと。

第74頁

「オレ、親父の顔、知らないんだ。今まで『お父さん』って呼んだ奴は5人いたけど……。ハゲたオヤジ、チャラい奴、いかにもヤクザ。そんな奴らばっかり。お袋は……そいつらに、いつも笑顔だった。作り笑いして、機嫌を損ねないようにして……。

そして、オレもそうやって育った。そうしないと、オレら食べていけないから。 熱があって小学校を休んだとき、お袋はオレに氷まくらを渡して言った。『絶対にリビング来ちゃダメよ』って。でも……あまりにも具合悪くて、お袋を呼びにリビング行ったんだ。

そしたらお袋、裸になって、お父さんってゆうオヤジとヤッてた。そしてオレに言った。『部屋に帰って』って。

訳がわからなかった。あのときは、あれがセックスってわからなくて……でも、気持ち悪くて。

それから何年か経って中学に入ってから、親とケンカしたってゆう女を家に泊めたんだ。そのときが俺の初めてのセックスなんだけど、そのとき、あのときのお袋の姿を思い出したんだ。

第75頁

オレの中で、セックスなんてまったく意味がなくて……。

女も男も、快感だけ。オレ、タダでヤレてラッキーとか、そんな気持ちだけだった。つき合うってゆうのも、オレからしたらセフレ契約。そんなもんだと思ってた。

だけど、必死に恋する芽衣見て、キスだけで赤くなる芽衣見て……久々に気持ちが動いたってゆうか、好きだなって思えた。大切にしたくて、芽衣の悲しむ顔、見たくなくて……って、オレ、話しすぎたよな。引いた?」

アタシは「ウウン」と顔を横に振った。

正直に言えば、あまりにも違う環境で育ったアッくんに戸惑ってしまった部分はある。

だけど、引いてはいない。

アッくんは皆に優しかった。

──人の顔色を見ちゃう癖が、染みついちゃってるからなんだね。 悲しい優しさだったんだね──

アタシの目から、勝手に涙がこぼれていく。

第76頁

「なんで泣いてんの?」

「わかんない……」

悲しくて、切なくて……。

アタシは幸せな環境で育ってきたんだね。

アッくんに幸せな笑顔を与えてあげたい。

アタシにできるなら、助けてあげたい。

たくさんアッくんに救われてるから……。

アタシは、アッくんに優しくキスをした。

そして、背中に回している手を外して、アッくんの頬をなでる。 アッくんの目を見ると、尐しうるんでいるように見えた。

「アッくん……」

アタシはアッくんにキスをして、初めて自分から舌を入れた。

ふたりの舌が絡み合って、甘い吐息が漏れる……。

「芽衣……我慢できないかも」

「我慢、しなくていいよ……」

──アッくんにあげたいんだ。

初めてだけど、アッくんにアタシをあげたい。

悠哉を忘れたいからとか、そーいうのじゃなくて──

アッくんの気持ちを、体全部で受け止めてあげたかった。

第77頁

アッくんの手がアタシの胸をさわる。

ビクッ

アタシの体は、緊張でこわばってしまった。

セックスって、何をしたらいいの?

胸も小さいから恥ずかしい……。

「……やっぱ、やめとく?」

アタシの緊張に気づいたのか、アッくんが手を離した。

このまま終わっちゃうのかな……。

どうしよ……。

尐しの躊躇の後──

アタシはアッくんの離れた手のひらを、自分で胸に持っていった。

「大丈夫……ごめんね」

「……優しくするから……」

そして……ふたりはひとつになった。

噂通り痛かったけど、アッくんは優しかった。

愛もたくさん伝わってきたよ。

アタシとアッくんの体、ひとつになれたんだね……。

心もひとつになれたような気がするよ。

アッくんが愛おしくて、涙が出た。

アッくんは涙を流しているアタシを抱き締めて言った。

「ちょー緊張した。好きな子としたの初めてだから……」

「嬉しい……」

アッくんは、ほんとに幸せそうな笑顔をした。

アタシも、つられて笑ってしまう。

ふたりの心の距離は、確実に埋まっていった。

第78頁

時計を見ると、10時を回っていた。

もっと一緒にいたかったけど、両親に心配をかけるのも嫌だ。

ていうか、もう充分遅いよね。

アッくんと手を繋ぎ、ふたりで家までの道を歩く。

「芽衣の家、意外と近いよな」

「うん。良かった。いつでも会えるよ☆」

目を合わせて笑う。

「なんか、恥ずかしいね……」

自分のすべてを見せてしまったことが、今になって恥ずかしくなった。

胸、小さいし……。ムダ毛の処理がバッチリだったことだけ救いだったかも。 「芽衣は全部、可愛かったよ」

アッくんの声が、静かな夜道に響く。

末当に嬉しかった。

アタシは、もうすでにアッくんに恋しているのかもしれない──

さっき悠哉に胸が痛んだばかりなのに、今はもう、痛まないんだよ。 アッくんと離れたくない。

このまま家に着かなければいいのに……。

ねぇ、アッくん。

離れたくないよね──

第79頁

脆い絆

それから、日に日にアタシとアッくんの絆は深まっていった。

中2同士の幼い恋。

周りからみたら、ママゴトの延長かもしれない。

だけど、アタシとアッくんは真剣だった。

あの日抱かれて、ほんとに良かった。

素直にそう思えた。

「ずっと一緒にいようなっ」

「うん。一緒ね」

ふたりで約束をした。

会うたび、毎回約束をした。

約束しないと不安になる。

約束すれば、寂しくない。

そう思って、どちらからともなく毎回交した約束だったのに……。 時が経つにつれて、アタシの中で約束が挨拶になっていった。

バイバイの代わりのような、挨拶に。

そして、アッくんの存在も、そばにいて愛されるのが当たり前になってしまった。

──秋が間近に感じられるようになった夏休みの最後の週。

アタシはアッくんの気持ちを裏切った。

そして、ふたりの絆は崩れてしまったんだ。

今ならそんなバカなことしないのに。

あのときのアタシはバカだったよ……。

第80頁

「なんで!? アタシは友達以下なの? 約束は!?」

「夜は会えるから我慢して?」

「もういいっ! !」

アッくんの部屋に響く、ヒステリックなアタシの声。

明日は、つき合って1ヶ月記念日。

1ヶ月記念日に遊園地で遊ぶ約束してたのに……。

それなのに、アッくんは友達と遊びに行く約束を入れていた。

明日じゃない日に予定を変えてよと何度話しても、ダメの一点張り。 「わかった。アタシも予定入れるから……」

「夜は空けとけよ!」

「……知らないっ」

アタシはアッくんの部屋から飛び出した。

初めてのケンカだった。

悔しくて、悲しくて……涙が出る。

なんで? どうして?

大切な記念日なのに、友達優先!?

そんなにアタシの約束は軽いもの!?

いつのまにか、アッくんにはまっちゃってた。

好きになっていたのに。

道路ですれちがう人たちは、泣きながら歩くアタシをチラチラ見ていた。 「見ないでよっ!」

やつあたりして、また涙を流す。

アッくんなんて、もぅいいよ! ! 知らないっ! !

第81頁

アタシはあてもなく歩いていた。

?~?~?~

アッくんからの電話が鳴り続く。

──もういいよ。

そんな軽い気持ちなら、いいから……。

言い訳もいらない。

ブーーンッ

「芽衣ちゃんだぁ!」

正面から、原付に乗るコータが来た。

今は、コータと話す気分じゃないのに……。

「どぉも、です」

それだけ答え、下を向く。

「暗くない? 目も赤いし、どしたの?」

コータは原付をとめ、アタシの顔をまじまじと見た。

この馴れ馴れしさ……。ほんと嫌だ。

「化粧も崩れてるし……あんまり見ないでくださいっ」

その場を立ち去ろうとするアタシの腕を、コータはつかんだ。

「今から飲むんだよね! 芽衣ちゃんも来なよ! 嫌なことあったっぽいしヤケ酒しょ☆」

「……いいです」

「夏休み中に遊ぶ約束したじゃん! 行こっ! !」

強引なコータ。この人はいつも強引だ。

でもアタシはこういうシツコさには弱い。

「尐しだけなら……」

渋々、アタシは了解をした。

尐し、アッくんへの当てつけもあったのかもしれない。

アタシはコータの原付の後ろに乗った。

第82頁

しばらく走ると、コータは1軒の家の前で原付をとめた。

「この家で飲むから!」

初めて乗った原付は意外と楽しくて、アタシの気持ちは尐し晴れていた。 「へぇ~。ここ、誰の家なんですか?」

「俺のタメのヤツの家! みんなウチの中学だから、見たことあるヤツばっかりだよ」

グイッと手を引かれる。

コータは慣れた手つきで玄関を開け、勝手に階段を上がっていった。

「おじゃましまぁす……」

小さく声をかけ、コータの後に続く。

家の中からは誰の返事もなかった。

ギシギシと尐し軋む階段をゆっくりと上がっていく。

階段の先のドアから、男女の笑い声がしてきた。

ガチャ

コータがそのドアを開けると、中から白い煙がもれた。

そこには見たことのある3年の先輩たちがいた。

「おせーよ、コータ!」

「わりぃ! でも、姫を拾ってきたから☆」

コータがアタシの背中を押し、煙草の煙まみれの部屋に押し込んだ。

第83頁

「2年だよね?」

「はぃ。芽衣です」

ひとりの男に言われ、アタシはペコッと頭を下げた。

「まぁまぁ、座りなよー」

コータはアタシを座らせ、隣に自分も座る。

10畳くらいの部屋の中には、男女合わせて9人もいた。

みんなが自己紹介を始める。

「俺、ユウ?」

「ハルだよー」

「タクでーす」

人が多すぎて、自己紹介されても訳がわからない。

とりあえず、ふたりいた女の先輩の菜穂さんと綾さんだけは覚えた。 「菜穂でぇす。芽衣ちゃん、よろしくねっ!」

「はぃ」

菜穂さんはちょっと焼けててギャルだけど、小さくて可愛い女の子って感じの人。

「アタシは綾だよー」

綾さんは、サバサバしていてハスキーな声の美人。

ふたりはタイプが逆に見えるけど、とても仲がいいらしい。

「じゃあ、飲むかぁ~」

誰かが言う。

すると菜穂さんが、小さな冷蔵庫からお酒を取り出して配り始めた。

第84頁

「乾杯~」

「おつかれぇ」

「乾杯ですっ」

ビールやチューハイの缶をみんなでカンッと合わせる。

アタシはお酒なんて、ほとんど飲んだことがなかった。

梅サワーをチビチビと舐めるように飲んだ。

……アレ? 意外と美味い?

梅サワーって梅干し味じゃないんだぁ。

綾はお酒が弱いらしく、一番飲みやすい甘いカクテルを飲んでいた。 コータや菜穂さんはビール。

1時間もすると、みんな尐しずつ酔っぱらってきた。

アタシも顔が熱くてポカポカいい気分……?

?~?~?~

「芽衣ちゃん、また携帯鳴ってない?」

さっきから、何度も携帯が鳴り続けていた。

きっとアッくんだ……。

無視をして先輩たちと飲んでいることに、罪悪感がわく。

でも……アッくんが悪いんだよ。

約束、破るんだもん。

「携帯、電源切っちゃえよ~~」

誰かがふざけて言った。

今、電源を切ったら……。心配するだろうな。

そしたら、明日、友達と遊ぶっていうのも、やめてくれるかな? ──電源……切っちゃお──

アタシは携帯の電源を切った。

第85頁

それからみんなで飲み続けた。

アッくんへの罪悪感も、お酒を飲むにつれて消えていった。

どうでもい~や?って感じになる。

頭がグラグラと回ってきた。

酔ったなぁ……。もぅ帰ろ……。

「芽衣ぃ…先に、帰りまぁす?」

「えーっ!」

「まだいなよー」

みんなの声を笑顔でかわして、部屋を出た。

コータも後からついてくる。

ふたりで階段を一段、一段、ゆっくり降りた。

「芽衣ちゃん大丈夫?」

フラフラしながら階段を降りているアタシを、コータが後ろから抱きかかえて支えた。

「ほんっと……すいませんっ」

恥ずかしいけど、支えてもらわないと階段から落ちてしまいそう。 やっとのことで階段を降り、家から出た。

そして、とめてあったコータの原付に一緒に乗る。

「つかまってろよ! 芽衣ちゃんは悠哉と同じマンションだよね!?」

「はぁい……てゆぅか、今更だけど、なんで原付? まだ15歳じゃ乗れないんじゃ?」

コータは笑う。

「酔ってる方がヘンなところで冷静だね」

「いえいえ……」

そしてふたりでアタシの家を目指した。

第86頁

しばらく走ると、コータは原付をビルの脇にとめた。そしてライトを消す。 「ヤバい。検問だ──」

コータは原付を降りて、アタシの手をつかんでビルの陰に隠れた。 ノーヘル、2ケツ、無免。捕まれば、ヤバすぎるっ。

幸い、警察はまだふたりに気づいていないようだ。

「ヤバいなぁ~」

「ヤバいよね……」

ここから家までは歩いても5分もかからない。

「アタシ、歩いて帰るよ~!」

「送るっ」

「大丈夫! 危ないから、すぐ戻りなよ!」

「平気だからさぁ☆」

またいつもの強引な言葉。

アタシはコータに甘え、並んで家に向かった。

酔っぱらいのふたりは、どちらからともなく手を繋いだ。

フラフラして、大笑いして、楽しい夜道。

第87頁

「キャハハハハッ??? ちょーすごぉい! !?」

「だろ? 芽衣ちゃん、これからもまたアソボウなっ☆」

「うん!」

マンションの前に着き、コータと手を離す。

「じゃあ、またね!」

「うん、ありがと!」

コータはアタシに「バイバーイ!」と、大きく手を振って、歩いて行った。 尐し夜道を歩いたことで、アタシの酔いは尐しさめていた。

なんとか真っ直ぐ歩けるようになった。

あっ……そういえば。

携帯の電源を切ったままだったことを思い出した。

マンションの脇に座り、携帯の電源を入れる。

メールが数件きていた。

〈何、シカトしてんの?〉

アッくんだ。

〈芽衣?連絡して!〉

優梨からもきている。

?~?~?~

ビクッ

思わず携帯を落としかける。

いきなり鳴ったから、驚いた……。

──アッくんだ。

お酒のいきおいもあって、アタシは電話に出た。

「はい~」

「……」

「何!?」

しばらくの沈黙の後、アッくんが答えた。

「お前、サイテェだな」

えっ、まさか──

嫌な予感がして周りを見回す。

案の定、視界にアッくんの姿が入った。

第88頁

アッくんは電話を切り、アタシに背を向けて歩き始めた。

「ちょ……ちょっと! 待って! ! 誤解なのっ! !」

酔った体で必死にアッくんを追いかける。

しかし、アッくんの足は止まらない。

「待って!」

もつれそうになる足でヨタヨタと走る。

アッくんの背中が近くなってきた。

「キャッ……」

バタンッ

……痛いっ。

サンダルが脱げて、アスファルトの地面に思いきり転んでしまった。 ミニスカだったから、膝がすりむけて血が出ている。

肘も、手のひらもズキズキと痛む。

「痛いよぉ……」

自業自得だよね。

「ウッ……ウウゥッ……」

涙がこぼれてきた。立ち上がる気力もない。

地面を見つめて、涙を流し続ける。

「ほんと、バカだ……」

小さくつぶやいた。

アッくんに当てつけのようにコータについて行って、飲めないお酒飲んで。 酔っぱらって、転んで……。

「アタシ、ほんとにバカだょ……」

「ほんとバカだな!」

頭の上から声がする。

ビックリしてアスファルトから顔をあげると、アッくんが立っていた。

第89頁

「アッ……アッくん! ! キャッ──」

急いで立ち上がろうとするけど、お酒と怪我でうまく立てない。 フラフラしてまた転びかけるアタシを、アッくんが支えてくれた。 「ごめん……」

「──お前、酒臭いよ」

アッくんは嫌な顔をしながらも、アタシをかかえてマンションのほうに連れて行く。

「ごめんね……」

「……」

その間すら、足がもつれて何度も転びそうになった。

支えられてやっとの、情けない自分の姿。

──アタシ、最悪だよね。

コータと手を繋いで笑ってたアタシを、アッくんはどんな気持ちで見てたのかな……。

「ごめんね」

「……」

「ごめんね……」

アッくんから、一度も返事は返ってこなかった。

アタシは無言のアッくんに謝り続けた。

第90頁

10回目くらいに謝ったとき──

アッくんが口を開いた。

「なぁ、芽衣……」

「──ナニ!?」

アッくんが話してくれたことが嬉しくて、思わず声が裏返ってしまった。 「ナニ!? ……だって」

アッくんがアタシの真似をして笑う。

でも……その顔は、最近の笑顔じゃなかった。

前によく見せた、悲しい笑顔。

「何してたかは、聞かないから」

「え!?」

「言い訳とか嫌だし。今、俺が見たことが事実だろ?」

──何が言いたいの?──

次のひと言を、聞きたくなかった。聞くのが怖かった。

「芽衣、オレ──」

「話、聞いて──」

「だから──」

「聞いてよっ!」

涙声になりながら叫んだ。

支えてくれているアッくんの手を、むりやり振りほどく。

「だ、だから……聞いてよ……グスッ……アタシ……さみし…グスッ、さみし

かったのぉ……。い、一緒に……。明日……。明日、あ……会い……会いたくて……」

「だから、もういいよ。ごめんな。もう、ダメだ。……別れよう」

第91頁

……え?

今、なんて言ったの?

聞きたくない言葉。信じられない言葉──

頭の中がグチャグチャになる。

「嫌ぁ! ! 嫌だぁ……嫌! 嫌! ! アァッーーッ」

アタシは悲鳴にも似た声で号泣してしまった。

「ねぇ……さっきのはごめんねっ! 嘘だよね? 嘘だよね!?」 気がつくと、アタシはアッくんの足にすがりついていた。

アタシがアタシじゃなくなったみたいだった。

訳がわからなくて……何が起きたのか何もわからなかった。

第92頁

崩壊

「ねぇ……冗談だよね?」

すがりつくような目でアッくんを見つめる。

「冗談だったら……いいよな。さっき見た光景全部が」

「だからっ──」

アタシは、さっきまでのことをすべて話した。

何もなかったことも、全部……。

アッくんはアタシの話を聞いても、何も言わなかった。

「……明日一緒にいたくって。電源切ったら、心配してくれると思って……こんなことになるとは思わなかったの。お願い……別れたくないの」 アッくんは足元にしがみついて泣くアタシを見て、困った顔をする。

「お願い……せめて、距離をあけるだけにして? 信じてもらえるように頑張るから……アタシにチャンスをちょうだい」

お願いだから……。

「わかった……」

「アッくん! !」

アタシはアッくんの足にすがりついたまま、声をあげて泣き続けた。 アッくんは、アタシの頭を優しくなでてくれた。

「オレ……芽衣を信じられなくてごめんな。また芽衣と楽しく過ごしたいから……もう一度、信じさせて」

アッくんは足元のアタシを抱き上げ、抱き締めた。

強く、強く……。

第93頁

アタシはアッくんの胸で泣き続けた……。

落ち着いた頃には時計が0時を回っていた。

「そろそろ帰れよ。親が心配してるんじゃねぇの?」

「……」

離れたくない。一緒にいたい。

もっとそばにいたいよ──

「アッくんの家、泊まったらダメ?」

アッくんは首を横に振る。

「ダメ。帰れよ」

「そっか……」

やっぱり……ダメだよね。

「明日は……会えるのかな?」

「考えていい?」

え……?

明日、1ヶ月記念だよ。

それなのにダメなの?

「考えて夕方に電話するから。……もう帰れよ」

「──わかった……うん。じゃあね」

アタシはアッくんに手を振った。

マンションに入って行きながらも、何回も何回もアッくんのほうを振り返った。 ──アッくんはきっと電話してくれる。

明日、会えるよね?

きっとわかってもらえる。また、いつものふたりに戻れるはず。

ガチャ

何度も自分に言いきかせながら、家の玄関のドアを開いた。

第94頁

部屋に入り、ベッドに横になる。

?~?~?~

アッくん!?

急いで携帯の画面を見ると……優梨だった。

優梨にもアッくんから連絡がいって、心配させたみたいだし……。

ピッ

「優梨? 心配かけてごめんねっ」

「心配したぁ~。何があったの? 大丈夫!?」

──全然、大丈夫じゃないよ。

「……」

「……ど、どぉしたの? 何があったの?」

「落ち着いたら……話すね」

「……」

ごめんね……優梨。今、話せるような状況じゃなくて。

アッくんとつき合ってることも優梨は知らないから、話さなきゃいけないけど……。

今はそんな力ないよ。

「そっかぁ……アッくんも優梨も心配したんだよ。もう、心配させないでね……」

「うん。ごめん……」

電話を切る。

優梨は親友だから……アッくんと仲直りしたら、きちんと話そう。 きっと、仲直りできるから。

第95頁

アタシは携帯の着信音量を最大にしてベッドに入った。

寝ているときにアッくんから電話がくるかもしれない。

枕の横に携帯を置いた。

だけど、この晩──

携帯が鳴ることはなかった。

アタシはこの1ヶ月を思い出して、涙を流したり、不安になったり、期待したりして眠ることができなかった。

気がつけば、朝日がのぼっていた。

カーテンの隙間から漏れる陽の光が眩しい。

しばらくすると、足音が聞こえてきた。

パタパタパタ

お母さんのスリッパの音だ。足音は、アタシの部屋の前で止まった。 「芽衣、開けるわよ」

カチャ

「あ……」

「芽衣……その目……」

お母さんは泣き腫れて、二重が一重になったアタシの目を見て驚いているようだった。

「……ちょっとね」

「何かあったの? 昨日は帰りが遅かったから心配したのよ。お父さんには内緒にしておいたけど……無事に帰ってきて良かった」

お母さんはハァと溜め息をついた。

「ごめんね」

心配かけてごめんね。

昨日は、アッくんだけじゃなくて、優梨やお母さんにも心配かけた。 みんな、ごめんね。

第96頁

「昨日、何回も西野くんって人から電話があったわよ。あとは、優梨ちゃんか

らも2回。ふたりとも心配してて。みんなに心配や迷惑かけるんだから、これからは早く帰ってきなさいね。夜中は危ないし……何かあって後悔しても遅いのよ」

西野くんって、アッくんのことだ。家に何回も連絡くれていたんだ……。 心配してくれるアッくんの顔が浮かんだ。

コータとアタシを見て「別れよう……」と言ったアッくんの姿も……。 ズキンと胸が痛む。

「寝てないんでしょ? 尐し寝なさい」

そう言うと、お母さんは部屋を出て行った。

アタシはタオルケットを頭からかぶり、またベッドに横になった。 涙が、次から次へと溢れてきた。

涙は枯れることはないんだね……。

──そしてアタシは、泣き疲れ、意識を失った。

第97頁

?~?~?~

部屋に鳴り響く、携帯の着信音。

「……ン……ウゥン……」

──! !

寝ちゃってた! !

「ヤバッ! アッくん!?」

寝ぼけた頭がパッと覚め、ゴソゴソと携帯を探す。

「あ、あれ? どこ……? ──アッ! あった! !」

携帯を見ると、予想通りアッくんからの電話だ。

「──は、はいっ! !」

「どしたの? やけに気合い入った声だけど」

携帯から聞こえるアッくんの笑い声。

昨日会ったのに、懐かしく感じる。

「今日空いてる?」

「えっ……?」

「会おっ!」

──嘘ぉ……やったぁ! !

待っていたアッくんの言葉だった。嬉しくて声が出ない。

胸がキュンって痛くなって……まるで、初めてのデートの約束のようだった。 「……う、うん!」

「じゃあ、6時に芽衣の家の前に行くから」

アッくんと電話を切った後も、ずっと胸のときめきは消えなかった。 眠気も覚めて、頭の中はファッションショー。

何、着ようかな? 髪は巻き髪?

アタシの胸はときめいた。

第98頁

時計を見ると、待ち合わせの6時まで2時間弱しかない。

「用意しなきゃ!」

ベッドから飛び降り、アイスノンを取りに台所へ走る。

目の腫れを取るのに意外と時間がかかり、腫れがひいた頃には5時を回ってしまっていた。

「あーっ! もぉっ。丁寧に化粧したかったのにっ!」

急いで化粧をし、髪を巻く。お気に入りのキャミにスカートを合わせて……。 「ギリギリ間に合ったぁ!」

待ち合わせの5分後、なんとか用意を終わらせることができた。

携帯を握り締め、アッくんからの電話を待った。

でも、アッくんからの電話は、いつまで経ってもかかってこなかった。 6時半……7時……。

時間だけが過ぎていく。

アッくんの携帯や自宅に電話をかけても、いっこうに繋がらない。 何があったの? 事故とか?

悪い想像ばかりが頭をめぐっていった。

「もう10時だよ……」

じっと待っているのは限界だった。

アタシは家を飛び出した。

第99頁

* *********

その頃──

アッくんは母の店の寮にいた。

母のクラブには、ホステス用のワンルームの寮がある。今日はこの部屋に、昼からホステスが引っ越してくる予定だった。

──1週間前。

「アツシ、バイトしない?」

仕事帰りの母が言った。

「バイト? 何すんの?」

「カレンってわかるでしょ? あの子が寮に入るのよ。女の子ひとりだと引っ越し大変だから、手伝ってあげてくれない? バイト代は1万払うから?」

オイシイと思った。

もうすぐ芽衣との1ヶ月記念。小遣いじゃなくて、自分で稼いだ金で何かしてやるのもいいよな。

「わかった、やるよ!」

引っ越しの日は1ヶ月記念の当日だけど、昼間に終わらせて夜会おう。

そして昨日──芽衣は思っていた以上に、オレにキレた。

素直にバイトだと言ってしまおうかな……。

そう思ったけど、内緒のプレゼントにしたいオレは嘘をつき通した。

すると、芽衣は家を飛び出して行った。

携帯はシカト。しばらくしたら電源切るし。

完全に行方不明。

芽衣! 何やってんだよ!

第100頁

芽衣は家にも帰っていなかった。

どっかにひとりでいんのかな?

あいつ、泣き虫だから、泣いてる気がする。見つけてやらなきゃ。 オレが悪い。話して、謝る! !

そしてオレは、近所中を走り回った。

だけど、芽衣はどこにもいない。

芽衣! ! どこにいんだよ!?

Tシャツが汗でベタつく。

息も切れてきた。

芽衣のマンションまで来たけど、芽衣の姿はなかった。

疲れ果てたオレは近くの花壇の脇に座り込んでしまった。 頭を抱えて考える。芽衣の行きそうなところって、どこだよ!? そのときだった。

「キャハハハハッ??? ちょーすごぉい! !?」

「だろ? 芽衣ちゃん、これからもまたアソボウなっ☆」 「うん!」

……芽衣?

楽しそうな芽衣らしき声と、男の笑い声が耳に届いた。

顔をあげて声のほうを向くと、やはり芽衣が男と歩いている。 ……一緒の男、3年のコータ先輩だ。

しかも、手ぇ繋いでんじゃん。なんだよ、アイツら。

第101頁

携帯を手に取り、芽衣に電話をした。

──圏外だ。

楽しそうな芽衣の声が聞こえ続ける。

……。

そーゆーことかよ。

コータ先輩が芽衣に手を振り、ひとりで来た道を戻って来た。 そしてオレの横を通りすぎて──

「コータ先輩!」

「えっ? ……あれ? 2年の……?」

気づけばオレは、コータ先輩を呼び止めていた。

「芽衣と何してたんですか?」

コータ先輩はムッとしたような顔をして、オレに言う。

「お前、芽衣ちゃんの彼氏? この時間に一緒なんだから、何やってたかわか

んだろ?」

は? まさか……。

芽衣がコータ先輩と? ──マジかよ。

「オレ、もぉ行くから」

オレは呆然とし、去って行くコータ先輩を無言で見つめた。

手に握り締めたままの携帯に目を落とす。

トゥルルルル

芽衣の携帯にかけると、今になって繋がった。

そして、芽衣は携帯に出た。

「お前、サイテェだな」

オレは言った。

芽衣が周りを見回してオレに気づき、走って来た。

もういい。

オレは無視して、芽衣に背を向けた。

第102頁

ふと振り返ると、芽衣は転んで怪我をしていた。

芽衣っ! !

思わずオレは芽衣に駆け寄った。

抱き起こすと、芽衣はすがりついてきて気持ちが揺らぐ。

やっぱり芽衣が好きだ。

だけどオレは、芽衣を許せなかった。

別れを告げる。

泣きながら、「嫌だ」と言う芽衣。

末音は……芽衣と別れたくない。でも、無理だ。

オレも涙が出そうだった。裏切られるなんて思わなかった。

芽衣はオレの過去をすべて受け止めて、すべて忘れさせてくれていた。 その芽衣がオレを裏切ったなんて。

芽衣は誤解だと言い、オレに言い訳をした。

でも、オレはそれを信じる程のバカになれなかった。

バカになれれば、どんなに幸せだったんだろう。

芽衣を素直に信じられたら……。

「信じさせて……」

オレは芽衣に言った。そして距離をあけると伝えた。

芽衣を家に送り届けた後、ひとりになったオレは悩み続けた。 ……もうダメだ。

オレはカレンの携帯を鳴らした。

第103頁

「はぁい☆」

呑気なカレンの声。

「……アツシだけど」

「あ、アツシ~? 久々だねぇ!」

カレンは18歳。

芽衣とつき合うまで、定期的に会っていた女。

いわゆるセフレだ。

あと、芽衣は知らないだろうけど……。

オレはカレンにクスリをもらっていた。

芽衣がそばにいたとき、自然とやめられていたクスリ。

通称、タマ──

エクスタシーというクスリ。

「タマ、あるよな?」

「うん! 久々だねぇ? うちに来たら? どうせ明日は引っ越しで来てくれるんでしょ?」

オレは約2ヶ月ぶりに、カレンの家に向かった。

罪悪感もあったが、今のままひとりで家に帰りたくない。

タマ食って、楽になりたい。

何も考えたくなかった。

──そして、オレはカレンの家に着いてすぐにタマを食った。

一緒にタマをくったカレンは、オレにベタベタと甘えてくる。

こいつが芽衣なら良かったのに……。

カレンの甘えは、ウザかった。

第104頁

でも、オレはカレンのことを……。

欲望だけで胸を揉んだ。

キスをせがむカレンをうまくかわして、ゴムも着けずにツバをつけ、カレンの中に入れた。

後は、自分の快楽のためだけに、必死に腰を振った。

「はぁ、はぁ……」

「今日、すごかったぁ……こんなむりやりな感じ、初めてだったけど……たまにはいぃかも?」

「あっ、そ」

オレはカレンの声を左から右に流して聞いていた。

甘えるカレンに背中を向けると、カーテンの隙間から太陽の光が見えた。 もう、朝か。

「引っ越しの用意しねぇ?」

ウザったいカレンと離れるきっかけにもなる。

「えーっ。まだやだぁ」

ダダをこねるカレンに、むりやりオレは服を着せた。

部屋はある程度片づけられていたが、ゴチャゴチャと物があり、片づけに昼過ぎまでかかった。

タマも抜けて、疲労もピーク。

正直、ダルい。

帰りてぇよ。

第105頁

芽衣、何やってんだろ?

今日は1ヶ月記念日。

今頃になって、芽衣の笑顔や泣き顔が頭に浮かぶ。

そしてカレンとの行為に罪悪感が襲う。

引っ越しが終わる頃、外は涼しくなっていた。

芽衣に会いたい。

やっぱり芽衣がいないと無理だ……。

引っ越ししながら考え出したオレの結論。

オレはカレンの寮を出て、芽衣の携帯を鳴らす。

そして、芽衣と6時に待ち合わせをした。

……オレは信じる。

コータ先輩より、芽衣の涙が真実だよな。

芽衣……。ごめんな。

だいたいの荷物を運び終わった頃、カレンとふたりでジュースを飲んだ。 芽衣の待ち合わせまで、あと1時間以上ある。

ソファーに腰かけると、疲れがドッと出てきた。

「マジ疲れた」

「カレンも~」

5時半くらいにここを出て、お袋にバイト代もらって……。そう考えていた。 でも、意識がどんどん遠のいて、疲れていたオレは、そのままソファーで眠ってしまったんだ。

第106頁

サヨナラ

アタシは、あてもなくアッくんを探した。

街灯の光も薄暗い小さな脇道。

真っ暗な公園。

どこにもアッくんの姿はない。

どこにいるの?

何度もリダイアルでアッくんの携帯を鳴らした。

でも、呼び出し音が虚しく響くだけ。

探し回っていると、アッくんの家の近くまで来ていた。

電話に出ないからいないのはわかるけど、一忚、マンションの中に入って家に向かう。

アッくんの家の前に着いたとき、いきなり玄関の扉が開いた。

……アッくん!?

しかし、中から出てきたのは女性だった。

30代前半くらいの綺麗な人。

どことなく、アッくんに似てる。

「あ、あのっ……」

思いきって声をかけた。

女性は尐し警戒した顔をして、口を開いた。

「どちらさま?」

「あ、あの……アツシくんのクラスメイトです」

女性はアタシの言葉を聞くと、優しく笑った。

笑うと目がなくなるのは、アッくんと同じだ。

きっとこの人、アッくんのお母さん。

第107頁

「アツシは家にいないわよ」

「約束してたんですけど……」

「ちょっと待ってね」

女性はバッグから携帯を取り出した。

前にリビングで見たことのあるエルメスのバッグだ。

「──あ、カレン? アツシいる?」

──カレン? 誰?──

「──うん、あ、そうなの? わかったわ──じゃあね」

パチン

女性は携帯をたたむと、申し訳なさそうに言った。

「アツシ、寝ちゃってるみたい。ごめんね」

えっ?

心臓がドクドク音を立て始めていく。

「アッくん、どこにいるんですか?」

「ん……私の知り合いの子の家かな?」

……そうなんだ。

カレンって子の家にいるってことだよね。

「わかりました。すいません」

悲しみや怒りがまざって震えそうになる声を押さえた。

そして女性に挨拶をし、マンションを後にした。

「家に帰ろ……」

歩いて来た道を戻りながらも、カレンという女が気になって仕方ない。 アタシは携帯を取り出し、リダイアルを押した。

「はぃ」

「──え!?」

第108頁

繋がった携帯からは、可愛い女の声が聞こえてきた。

これ、アッくんの携帯だよね?

かけ間違った?

画面を見ても、アッくんと表示されている。

まさか……。

「あなた、カレンさんですか?」

「そうだけど、あなた誰?」

やっぱりそうだ。

震えていく体を落ち着かせて話す。

「アッくんの彼女ですけど……」

「クスッー」

カレンの鼻で笑う声が聞こえた。

馬鹿にされているような笑い方。

「アツシ、寝てるわよ」

「……起こしてください」

「可哀想だから、嫌」

「──ッ! 起こしてよ! !」

涙が出そうだった。

くやしくて今は泣けないけど、胸が痛くて苦しかった。

「昨日ねぇ~、アツシとヤッちゃった? アツシとはもう半年以上の仲なの。アンタが出てきたせいで最近冷たくて──」

ブチッ

「──えっ!?」

プー…プー…プー…

一方的に切られた電話。

アタシはもう繋がっていない携帯を耳に当てたまま、呆然と立ち尽くす。

第109頁

──カレンって人の言葉は末当なの?

嘘……だよね?──

「ゥッ……ウッッ……」

たえていた涙が、溢れ出した。

頭ではわかってる。

信じたくないけど、きっと彼女の話は事実。

なんで……なんで裏切るの?

悠哉を忘れさせて、幸せにしてくれるんじゃなかったの?

もう、何もかも嫌だよ。

誰も信じられない。

?~?~?~

どれくらい経ったんだろう。

泣き疲れて路傍にしゃがんでいたとき、携帯が鳴り始めた。

「あ……」

通話ボタンを押すと、美亜の明るい声が聞こえてきた。

「芽衣~★何してんの?」

「み……美亜ぁ……グスッ……」

美亜の声を聞いて、またポロポロと涙が流れた。

悲しくて、苦しくて、アタシは声をあげて泣いた。

「ど、どしたの!? どこにいるの?」

あせる美亜に居場所を伝えた。しばらくすると美亜の姿が見えた。 「芽衣ー! !」

美亜は走って来て、優しくアタシの頭をなでてくれる。

第110頁

「フェッ……美亜ぁ……」

「だいじょ~ぶ?」

優しい美亜の声。

余計に涙が止まらないよ。

「とりあえず、美亜の家に行かない? 友達が近くで待ってるから、送ってもらお!」

美亜に手をとられ、アタシは歩き出した。

尐し歩くと、1台の車がライトをチカチカと点滅させて止まっていた。 「アレだよ」

美亜が言うのと同時くらいに、その車からひとりの男が降りてきた。 18~19歳くらいの、キレイな顔立ちの人。

ギャル男好きな美亜が好きそうなタイプの人だ。

「美亜、どぉすんの?」

「帰るから、送って!」

お邪魔しちゃった感じだよね……。

「悪くない?」

美亜にだけ聞こえるように、小声で言う。

「大丈夫! ! もう帰るつもりだったから」

美亜が後部ドアを開けてくれた。

「お邪魔します……」

「どぉーぞ」

男の人が笑顔で答える。

男の人の車なんて乗ったことがないから、緊張。

「じゃ、行くよ!」

アタシの緊張をよそに、車は走り出した。

美亜はアタシの手をずっと優しく握ってくれていた。

第111頁

5分ほど走ると美亜の家に着いた。

仲が良いとはいえ、美亜の家に来るのは初めてだ。

「美亜! また連絡する!」

「はぁい!」

「ありがとうございました」

ふたりは車を降りた。

美亜の家は電気が消え、近所の家もほとんど光はついていない。 携帯を開き、時間を確認する。

「もぅ12時過ぎてるよぉ……。大丈夫?」

「うち、放任だから? 芽衣も今日は泊まっていきなよ」

「いいの?」

今日はアッくんとの記念日だから、親に外泊すると伝えてあった。 春菜と悠哉と3人で外泊すると嘘をついて……。

前に春菜に頼まれた嘘を、今日使っていたのだ。

ふたりは今頃、楽しく過ごしているはず……。

「じゃあ、美亜の部屋でくつろごっ」

「うん!」

美亜の優しさに甘え、静かに家に入った。

美亜の部屋に入ると、カラフルな小物や服が目に入ってきた。

いかにも美亜っぽいインテリアで、初めて来た感覚がしない。

ふたりはベッドに腰かけて話をした。

相変わらず、アッくんから電話はこない。

アタシは鳴らない携帯をバッグの奥にしまった。

第112頁

午前2時──

美亜が「お酒、飲もう!」と言い始め、ふたりはコンビニに向かって歩いていた。

外は尐し涼しくて、風が気持ちいい。

「女ふたりで飲むのも、わびしいねぇ」

「そぉかな?」

美亜はアタシより、いろんな意味で大人だった。

……というより、マセている?

「さっきの車の男でも呼ぶ?」

「いーよ、大丈夫」

「男の傷は、男で治すと早いよ」

美亜が言うと、深い言葉な気が……。

「あー! すぐアッくん思い出す! ムカつくよぉ」

「だねぇ。ヤリチン?」

「──ほんとヤリチン! !」

美亜にグチったことで、だいぶ気持ちが楽になった。

悪口だって、言えるようになったよ。

「ガラ悪いのがコンビニ前にいるよ……」

「え?」

美亜が嫌そうに顔をしかめ、尐し先のコンビニを指さす。

確かにガラ悪いっていうか、若い人たちがたむろっていて……。

……あれ? 菜穂さん?

この前の飲み会のメンバーがいる!

「菜穂さーん! ! 綾さーーん! !」

「えっ? 芽衣?」

第113頁

急に叫んだからなのか、美亜は驚いている。

美亜の手を引いて、コンビニまで走った。

「芽衣ちゃん!」

「久々~? 昨日ぶりだねっ!」

「はいっ! ビックリしましたぁ!」

コータはいないが、ほかにも飲み会にいた男がいた。

確か、名前はタクとハルとユウだったかな……?

「コータさんは?」

「もうすぐ来るよ!」

タクが言う。

美亜が驚いた顔でアタシの耳元で話した。

「コータって……ユリの仲間でしょ? またジュースかけられたら嫌なんだけどっ!」

……そうだった。

美亜の中では3年っていうと、マックのジュース事件なんだよね。

「友達の美亜です!」

アタシの後ろに隠れる美亜をみんなに紹介した。

「美亜ちゃん、よろしくねー」

「可愛いっ! !」

先輩たちの歓喜の声。

美亜は尐し困った顔でアタシを見た。

しかし5人に悪意がないことがわかると、赤くなりながらペコッと頭を下げた。 「いい人でしょ?」

小声で美亜にささやくと、美亜は「ウン」と頭を縦に振った。

しばらくみんなで話していると、コータが原付で現れた。

また無免許だ……。

第114頁

そして、アタシは昨日に引き続き3年集団と飲むことになった。

美亜もすぐにうちとけて、菜穂さんと話し込んでいる。

昨日の家に着くと、みんなすぐに飲み始めた。

缶チューハイを尐し飲むと、すぐに頭がクラクラしてきた。

あ……気持ちいい?

みんなの笑い声が聞こえるけど、意識が遠のいていって、アタシはストンと眠りに落ちてしまった。

「……ん……ちゃん。芽衣ちゃん、起きれる?」

優しい男の人の声……誰?

重い瞼を開き、声の主を探す。

「あ、起きた!」

「コータ……さん?」

無意識に寝ちゃってたみたい。

起き上がろうとしても、体がダルくて……頭も痛い。

「今、何時ですか? みんなは?」

「隣の部屋でザコ寝してる。時間は朝の8時過ぎ」

「ファァ……頭痛ぁ…」

コータは笑って、アタシの頭をなでた。

あっ!

頭をなでられた感覚で思い出したけど……。

アッくんから連絡きてるのかな?

アタシはクラクラする頭をむりやり持ち上げバッグを探す。

第115頁

「アタシのバッグ……どこ……どこ?」

コータが尐し手を伸ばし、バッグを手渡してくれた。

バッグの底に手をつっ込んで携帯を探す。

──あ、あった! !

バッグの中身がグチャグチャになるのも構わず、携帯を引っ張り出した。 〈受信メール 2件〉

ディスプレイに表示されている。

その文字を見て、心臓がバクバク鳴り始めた。

「芽衣ちゃん? どしたのー?」

コータの声を無視してメールを開く。

〈昨日はどうだった?〉

春菜からだ。

そして……。

もう1件は、アッくんのアドレスから。

〈他に女できたから、別れて〉

えっ……?

ゴメンとか、昨日の言い訳とか……。

そういうメールじゃないの?

女って?

……カレン?

頭から血の気も、酔いも、すべて引いていった。

「真っ青だけど……二日酔いで気持ち悪い?」

コータの心配そうな声。

アタシは体にかけてあったタオルケットを頭からかぶった。

そして、体を丸めるように横になる。

……なんで?

どーいうことなの!?

第116頁

「芽衣ちゃん……何があったんだよ」

コータはタオルケットの上から、アタシの体を優しく抱き締めてくれた。 コータの温もりが伝わってくる。

アタシは体を丸めたまま、小さく震えて泣いた。

もぅ……、恋することに、疲れたよ。

だって、みんな裏切っていくんだもん。

嘘ばっかり。

こんなんなら、恋なんてしないほうがいい。

誰も愛さない。

誰も信じない。

幸せな朩来を期待なんか、しない。

握り締めたままの携帯を開き、ボタンを押す。

〈サヨナラ。もう連絡しないで。〉

──送信。

アッくん、サヨナラ。

貴方を好きだった自分にサヨナラ。

純粋に恋をした、アタシ自身にも

サヨナラ──

アタシは涙を拭いて、タオルケットから頭を出した。

コータの頬に、手を伸ばす。

アタシは、コータの目を真っ直ぐに見て言った。

「ねぇ……アタシを抱いて……」

心配そうなコータの顔が驚いた顔に変わっていく。

尐しの沈黙の後、コータは、何も言わずにアタシを抱き締めた。

第117頁

自業自得

隣の部屋で寝ているみんなに気づかれないように……、

「ンッ……アアッ……」

微かにギシギシと軋むベッドの上で、声を押し殺しながら、アタシはコータに抱かれた。

アタシはこの日を境に変わっていった。

外見も、中身も。

日サロに行き始め、濃いメイクを好むようになった。

毎晩、外泊を繰り返した。

そんなアタシを、両親と春菜は心配して何度も注意をした。

4日目の夜遊びに出かけるとき玄関でお父さんと口論になった。

「いいかげんにしろ!」

バチンッ

怒ったお父さんは、アタシの頬を殴った。

切れた唇の端から、ひと筋の血が流れる。

「痛っ……」

アタシは血を手の甲で拭い、何も言わずにそのまま家を出た。

お母さんはアタシの後ろ姿を見て、泣いていた。

お父さんも、殴ってしまった手をジッと見つめ、悔しそうに下を向いて言った。 「芽衣に何があったんだ……父親なのに、俺にはわからない……」

第118頁

家を出たアタシは夜道を歩きながらタバコに火をつけた。

「フゥ……」

自然と涙がこぼれてきた。

……わかってる。両親の気持ちも。

殴ったお父さんが、一番痛かったんだよね。

だけど、今はアタシに構わないで欲しいんだ。

だから、ごめんね。

タバコを地面に投げ捨てて、涙を拭った。

そしてコータたちのグループのもとに急いだ。

こうしてアタシは夏休みの最後の日まで、毎晩遊び通した。

そうしないと、アッくんを考えて思い出してつらかった。

──明日から新学期が始まる。

夏休み最後の夜遊び。

アタシと美亜は、いつもより念入りに用意をして、街に繰り出した。 このときは、数時間後に起こる悲劇なんて想像もつかなかった。

ふたりでファミレスで食事をした帰り道。

近道をするために、閉店しているパチンコ店の広い駐車場を横切って歩いた。 車がとまっていたのはわかったけど何も思わずに、アタシと美亜は歩いていた。

第119頁

タッタッタッ

「……?」

裏から近づく足音に気づいたときにはもう遅くて……。

ガバッ

「──ッ!?」

太い腕で背中から抱き締められて、ビリビリビリッて体に電気が流れてた。

抵抗する余裕なんて、なかった……。

意識が混濁したアタシと、完全に気を失った美亜。

ふたりはそのまま、近くにとまっていたバンに乗せられた。 「ゲホッ……」

バンの中は、タバコの煙がすごくって、むせてしまった。

「若いよなぁ~」

「可愛いじゃん!」

「俺、お前の後は嫌だから、最初でいい?」

「じゃあ、飯おごれよなぁ~」

バンの中には4人の男がいた。みんな、知らない顔。

でも……。

こいつらに犯される。

それは、スタンガンを当てられたときにわかってた。

飯をおごるから一番って言った男が、アタシの上にかぶさってきた。 デブで、キモイ。

臭いし、重いし、たえきれない。

「ヤメテッ……」

「声も可愛い~」

デブはアタシの唇に、むりやりキスをした。

第120頁

「ン──!」

声にならない叫びをあげる。

──嫌だ!

嫌だよ! !

誰かっ……助けて……。

手足をバタつかせる。

でも、デブに押さえつけられて──

ドスッ

「ウッ……オエッ……」

腹に激痛が走った。こみあげる吐気。

「強く殴りすぎたかな?」

デブの声が頭に響く。

叫んだら口を押さえつけられ、暴れたら殴られる。

「ヒッ……ヒック……」

抵抗もかなわない。

殴られたお腹や頬が痛いよ……。

怖くて……もう、助けを呼ぶ声も出ない。

車内には、泣きじゃくるアタシの声が虚しく響いた。

「やっとおとなしくなったね」

デブが震えるアタシの体をなでる。

そして、スカートをまくり上げて──

「痛ぁっ……痛いっ! ! やめてぇーーっ! !」

膣が裂けるような痛み。

ギシギシと、デブのモノが出入りする。

そのたびに、焼けるような激痛が走っていった。

第121頁

痛みで頭が……真っ白になる。

いっそ、このまま、気を失いたかった。

「……ウッ……ハァ、ハァ、ハァ……」

デブが動きを止めて、アタシの上に倒れこんだ。

デブの脂ぎった汗が、体にへばりつく。

ハァハァという、臭い息。

そして、痛む膣の中でドクドクと脈打つモノ……。

もう、嫌がる気力もなかった。

あぁ……。

やっとひとり終わったんだ。

残りは3人……。

「車の中じゃ狭いから、ラブホ行こうぜ」

誰かが言い、車が走り始めた。

アタシは足にひっかかったままの下着も直さずに、天井だけを見ていた。 ……もう、何も考えたくない。

だけど、体の震えと涙は止まらなかった。

どうなっちゃうんだろう………。

怖さと不安で押し潰されてしまいそう。

「め……芽衣?」

美亜の声がする。意識が戻ったんだ。

「──キャッ! な、何コレ! ! ねぇ! 車、とめてよ! 」

アタシの姿を見て、美亜が叫ぶ。

「うるせぇ女だなぁ」

「──! ! ンーッ……ン……」

第122頁

誰かに口を押さえられたのか、美亜は静かになった。

そして……。

解放されるまで、アタシと美亜の苦痛と恐怖は続いた。

2時間後──

「じゃあね?」

「ありがとー!」

再び駐車場に戻って来たバンの車内で、男たちは言った。

アタシと美亜は、抱き合って泣き続けている。

「ど……どうして? なんで……」

アタシはつぶやいた。

「自業自得じゃないの? 派手なカッコで調子乗ってるから拉致られるんだ

よ。処女じゃないんだから、別にいいじゃん」

4人は笑った。

「ち、違っ──」

アタシが言いかけたとき、ひとりの男がバンの扉を開いた。

そして、ふたりの体をつかんで、車外に押し出した。

「キャァッ! !」

コンクリートの地面に落とされ、強く体を打ちつけた。

「じゃーね!」

ガラガラガラッ

扉が閉まり、車は通りに出て去って行った。

「アハハ……自業自得? ……だって……」

第123頁

美亜が独り言のように、笑った。

「これってさ……レ……レイプだよね。アタシ……、アタシね……中で出されたよ──」

「美亜も……どうしよう」

体中が痛いよ。

自業自得ってなんだろう。

レイプに自業自得なんて、あるのかな……。

夏休み、最後の夜だったのに、最悪の夏休みになっちゃった。

レイプなんて、他人事だと思ってたのに。

まさか、自分がヤラれるなんて……。

「オェッ……ゲェーッ」

「──み、美亜!? 大丈夫!?」

吐き続ける美亜。

ラブホで、アタシと美亜は命令を聞く生きたロボットのように犯された。 むりやり挿入されて、口にも突っ込まれた。

男たちの精子も、吐き出すと殴られて……。

アタシも一度、飲まされた。

苦くて……臭くって……。

「芽衣……ヒック……もう……グスッ……し、死にたいよぉ……」 泣きながら、美亜が言った。

アタシも、同じ気持ちだよ……。

第124頁

昔、レイプのシーンがある漫画を読んだ。

こんなことされるなら絶対に舌を噛んで死ぬって思った。

だけど……、

「ねぇ……死にたいけど、怖くて死ねないよ。あんなことされたのに……」 ──現実はそう。

怖くて死ねなくて、生きてしまうんだ。

きっと今日の記憶は、一生消えない──

アタシの胸に、深く深く……刻み込まれた傷になった──―

第125頁

2学期の始まり

アタシと美亜は、駐車場から一番近い日サロに入った。 ──一刻も早く、この体を洗い流したい。

日サロなら、シャワーがあるし……。

そして、ふたりはシャワーを浴びた。

体が真っ赤になるくらいにタオルでこすった。

──でも……。

こすっても、こすっても、アイツらの汗が臭う気がした。

……犯された。

頭の中で、何度も繰り返される言葉──

シャワーを浴び始めてから1時間くらい経った頃

「もう帰ろっか……」

アタシはつぶやいた。

ふたりはタンニングをせずに、日サロを出た。

焼かずに帰るふたりを、店員は不思議そうな顔で見送っていた。 日サロを出ると、美亜が目の前のタクシーに片手をあげた。 「一緒にうち行こ?」

「──うん」

ひとりになりたくない……。

ふたりはタクシーに乗り込み、美亜の家に向かった。

明日から、2学期。

学校が始まる。

アッくんがいる毎日が始まる……。

第126頁

カーテンの隙間から朝日がさして、アタシは目を覚ました。 「あぁ……朝だぁ。──イタッ……」

起き上がろうとしたとき、脇腹に激痛が走った。

……やっぱり、現実なんだ。

殴られて、犯されたんだ──

脇腹の痛みを抑え、タバコを手に取った。

まだ朝の5時かぁ……。

「スゥ──」

タバコを吸うと、落ち着く。

「……んん……。芽衣?」

美亜がベッドの中で体をよじる。

「ゴメン、起こした?」

「……ううん。平気ぃ……」

美亜も体を起こし、タバコに手を伸ばす。

「……もう起きるの?」

「今日から、2学期だし……」

そうか……今日から2学期か。

「行きたくないな……」

「だよね」

学校に行けば、アッくんと顔を合わせてしまう。

まだ、アッくんと顔を合わせたくないよ……。

最近、ムカつきが寂しさへと変わった。

アッくんの愛情がほかの女に向くなんて、信じられない。

第127頁

時間が経てば経つほど、そう思う。

アッくんからの最後のメールが信じられないよ……。

──つらいから信じたくないだけなのかもしれないけれど……。 ふたりは横になって、タバコを吸い続けた。

……このままずっと、だらだらできたらいいのに。

?~?~?~

久々の優梨からのメールだ。

優梨は2週間前から海外旅行に行っていた。

確か、昨日帰国したはず……。

〈ヒサビサ!マズイお菓子と化粧品のお土産あるから☆〉

「優梨がお土産あるって! 化粧品とマズいお菓子」

「気になるねぇ~。マズいなら、買わなきゃいいのに」

久しぶりに、ふたりの間に笑いが起きた。

「──マズいお菓子を食べに、行きますか?」

「……そうですね☆」

何かキッカケがないと、学校へ行けなそうだった。

今日行かなければ、日が経つにつれ余計行きづらくなっていく……。 優梨からのメールは、いいキッカケになった。

──そして、ある真実も、今日の始業式でわかることになる──

第128頁

まだ何も知らないふたりは、ベッドから起き上がった。

いつもより化粧と髪をしっかりと決め、ふたりは学校に向かった。

派手な髪の毛は直すか悩んだけど、コータたち3年と仲が良くなったから、そのままにすることにした。

アタシは制服を取るため、美亜と別れて家に帰った。

夏休みは終わったんだ……。

そう強く実感した。

この夏休みは、いろんなことがあった。

嬉しいこと。

楽しいこと。

そして、とても、とても、つらい出来事。

忘れられない夏休み。

制服に着替え、部屋を出る。

よし、行くか……。

玄関に行くと、顔をしかめた春菜が立っていた。

「芽衣……。久々だね」

「……う、うん」

気まずくて、顔を見て話せない。

下を向くアタシに、春菜はキツイ口調で言った。

「芽衣さぁ、そんなに遊び回って楽しい? お母さん、毎晩ご飯も食べずに待ってるんだよ。お父さんとお母さんは芽衣のことで毎日ケンカだし、迷惑なの!」

「……」

──何も言い返せなかった。

第129頁

春菜はそう言うと、こっちを見ずに玄関を出て行った。

ハァ……。

アタシは重い足取りで学校へ向かった。

「芽衣~~?」

校舎に入ると、何人もの友達に声をかけられた。

派手になったアタシは、見つけやすいらしい。

簡単に挨拶をして、クラスに向かう。

教室の前にはすでに登校していた美亜と優梨がいた。

「あっ! 芽衣~?」

優梨が手を振る。

そして……。

「アッくんもオハヨ! !」

優梨が言った。

アッくん……?

恐る恐る振り返ると、真後ろにアッくんがいた。

1週間ぶりに見たアッくんは痩せていて、目も、尐し虚ろだった。 「アッくん……」

「……オハヨ」

アッくんはひと言だけ言い、教室に入って行った。

──アッくん、様子おかしくない?

痩せたな……。

「芽衣、お土産ー! !」

「……あ、優梨。ありがと!」

優梨に話しかけられて、紙袋を手渡される。

アタシはお土産の中身も見ずに、アッくんを見ていた。

第130頁

「そろそろ始業式に行かなきゃね!」

海外の話をしていた3人は、体育館に向かった。

あれ? いない?

──気がつくと、アッくんの姿はなかった。

気にかけて、目で追ってしまう自分が嫌だ……。

フラられたし、汚れてしまったのに。

もう男はいらない。

すべて忘れよう──

アタシは自分に言いきかせた。

体育館へ向かう廊下で、コータや菜穂さんたちに会った。

「おはよー! 昨日来なかったから心配したぁー」

「──あ、うちら急に用事入っちゃって……」

菜穂さんの言葉を曖昧にごまかすアタシと美亜。

コータたちは残念そうな顔をして、ほかの3年たちと体育館に向かって行った。 忘れていたのに、また気持ちが悪くなる。

はぁ……。

──尐し遅れて体育館に着くと、今度は悠哉に会った。

今日はみんなによく会う日だな……。

第131頁

悠哉は笑顔で話しかけてきた。

「おっ 芽衣! 久しぶりだな」

「あー、悠哉……」

悠哉に会うと、まだ尐しだけドキドキしてしまう。

「芽衣、最近遊び回ってんだろ? 春菜に聞いたよ。最近、夜道が危ないから気をつけろよ! 拉致られるとかあるらしいぞっ」

「え……拉致?」

拉致という言葉に、アタシの体は反忚した。

昨日の今日で、こんな話されるなんて──

ただの偶然なの?

隣にいる美亜と目を合わせた。

「うちのクラスの女が話してたんだよ。バンに乗った男たちが、むりやり女をふたり拉致ってたらしーぞ。ナンバー見たから通報しようか悩んでるって」

「ナンバー……あっ! 犯人わかるよね!?」

「そーだろ。だからそいつらは捕まるだろーな」

ギュッ

美亜に、強く手を握られた。

手のひらから美亜の気持ちが伝わる──

「悠哉さん……拉致った現場見たのって、誰ですか?」

美亜の突然の質問に、事情を知らない悠哉と優梨は不思議そうな顔をした。

第132頁

「──アタシも知りたい」

「え……どしたんだよ」

真剣なふたりに驚きながらも、悠哉は名前を教えてくれた。

3年2組。坂井サン……。

この人が、ふたりの恨みをはらしてくれる──

レイプされて警察に行ったって、所詮犯人なんて捕まらない。

それなのに、何されたか話すなんて嫌だった。

だけど──

坂井サンが見てくれたから、犯人がわかりそうだ。

それなら、このまま泣き寝入りなんて嫌だった。

あいつらが許せないよ……。

始業式に出席している間も、頭の中は悠哉の話でいっぱいだった。 「芽衣……何かあった?」

隣に座る優梨が、コソッと言う。

「──えっ?」

「何か、様子が変じゃない?」

「ううん、別に……」

アタシはごまかした。

最近、優梨に隠し事が多いな……。

アッくんのことも話せてない。

親友なのにね──

第133頁

長い先生たちの話が終わり、始業式は終わった。

「先、教室行ってて! ごめんね」

「……え? ──うん」

優梨に別れを告げ、アタシと美亜は3年の教室に急いだ。

坂井サンと話したい。

3年2組の前で、顔も知らない坂井サンを待つ。

見慣れない下級生のアタシたちを、3年生はジロジロと見ていた。 それでもふたりは、すれ違う3年生の名本を見続けていく──

坂井サンは、まだ来ない。緊張が高まる。

「──あっ! 美亜! !」

「えっ? 来た!? ──ホントだ!」

正面から地味そうな女の子が向かって来る。

胸には、坂井という名本。

「間違いないよね?」

「た、たぶん……」

アタシが答えると、美亜が動いた。

スタスタ歩き、坂井サンの前に立つ。

「え……? あの……」

見知らぬギャルの美亜に行く手を阻まれ、坂井サンは驚いた顔をした。 そして、戸惑っている。

「坂井サンに話があるんですけど」

「……わ、私に?」

坂井サンは不安そうに、アタシたちを見た──

第134頁

──あっ!

坂井サンの後ろに悠哉の姿が見えた。

悠哉も気づき、アタシに声をかけてくる。

「坂井にさっきの話?」

「──うん」

アタシは素直に頷いた。

アタシと悠哉が話す姿を見て、坂井サンは尐し安心した顔をした顔をして言う。 「悠哉くん……知り合いなの? 話があるって言われたんだけど……」 「彼女の妹なんだよ。聞いてやってくんないかな?」

「そうなの? ──それならいいよ」

坂井サンはアタシたちに聞いた。

「ここで話せる話? 放課後でもいいけど……」

「じゃあ、放課後にまた来ますっ」

「わかったわ」

坂井サンはそう言い、教室に入って行った。

緊張した……。

いっきに肩の力が抜ける。

「じゃあ俺も教室入るから。何があったのかはわかんなぃけど、俺で力になれるならなるからな!」

「うん……ありがと」

悠哉はアタシに、何も聞かなかった。

……何か気づいていたとは思う。

悠哉はいつも優しい。

子供のときから、ずっと……。

この優しさが大好きなんだ。

第135頁

恨み

放課後、アタシと美亜は坂井サンを迎えに行った。

そして3人で中庭に向かった。

「……時間とらせてごめんなさい」

ペコッと頭を下げるアタシに、坂井サンは初めて笑った。

「アタシ、春菜センパイと同じ吹奏楽部なの。芽衣ちゃんはセンパイの妹なんでしょ? センパイにいっぱい助けてもらったから、なんでも聞いて」 「そぅなんですかぁ……」

坂井サンはさっきとは違い、優しい顔を見せている。

……それは、きっと悠哉のおかげ。

警戒する坂井サンに、アタシのお姉ちゃんが春菜だってことを話してくれたんだと思う。

中庭に着き、誰もいない芝生に腰を下ろす。

──春にここで、悠哉の気持ちを聞いた。

あれから5ヶ月も経ってないのに……。

いろいろあった。

今はここで、レイプ犯のことを聞くんだ──

「……い? 芽衣? ──芽衣っ! !」

「──へ? ぁ……はぃっ!」

「ボォーッとしすぎ!」

「ご、ごめん」

思わず気持ちが、どっかに行っちゃってたよ……。

美亜にニラまれて、苦笑いでごまかす。

第136頁

でも、うまくは笑えなくて、顔がヒクヒクと引きつった。

美亜を見ると、落ち着かなそうに手を握ったり開いたりしている。 「──あぁ、もうダメ!」

美亜はバッグを開き、タバコの箱を取り出した。

「タ?タバコ吸っていいですか?」

「ええっ!?」

「中庭はセンセイ来ないんで、多分平気です……ねぇ、芽衣?」 「えっ?」

いきなり話を振られ、困ってしまった。

けれど美亜は返事も聞かず、タバコに火をつけた──

「あ、間違った!」

タバコの葉じゃなくて、フィルターに火をつけてあせる美亜。

美亜の顔色は、どんどん青ざめていった。

あせりを隠すように、新しいタバコに火をつける。

美亜……。

聞くのが怖いんだね。

アタシもだよ──

アタシも坂井サンにひと言断り、タバコを吸った。

「フゥ──」

煙を吸って、ゆっくりと空に向かって吐く。

真っ青な空に、煙でできた白い雲が浮かんだ。

太陽の光が目に染みて、涙が出そうになるよ……。

「……話、しよっか?」

坂井サンが口を開いた──

「……」

話を聞くために来たはずなのに、アタシも美亜も言葉に詰まった。 ──知りたいけど、思い出したくない。

まだ整理できてない頭と気持ち……

──でも、ここまできたら、知りたい。

知らなくちゃいけない。

あの男たち、許せないよ……。

「……昨日の夜、見たことを教えてください」

「昨日? ──まさか、バンの男の話……」

「……」

言葉が出ない。

昨日の出来事が頭にリプレイされて──

「その話……あの男の話を聞きたいの?」

震え出した体を押さえ、アタシはコクッと頭を下げた。

坂井サンは、明らかに動揺していた。

「……昨日ね、塾の帰りに見たの。バンに女の子が連れ込まれていて……助けを呼ぶにも人がいないし、巻き込まれるのが怖かった……」

「……ナンバー見たんですよね? 教えてください」

「でも──」

第137頁

「──教えてください!」

黙っていた美亜が、尐し強い口調で聞いた。

「……そ、それは……」

坂井サンは言葉を濁す。

……なんで答えてくれないの?

「なんで言えないんですか?」

「……ごめんね」

「だって──」

坂井サンは下を向いてしまった。

坂井サンの肩、尐しだけ震えてる?

坂井サンはフゥと大きく息を吐いて言った。

「誰かにナンバーとかを言うと、同じ目に遭わせるって言われたの……すごく悩んだけど、怖くて……」

「そんな……だって、その男たちとは話してないんでしょ? 誰に脅されたんですか!? ──まさか! ! うちの中学に仲間がいるってことなんですか!?」

黙り込む坂井サン……。

コクンッ

数秒後、坂井サンは頭だけ縦に振った。

「──嘘っ……」

頭から血の気が引いていく──

それって、どういう意味……?

──うちの中学に、バンの男たちの仲間がいる。その仲間は坂井サンが偶然見たことを知って、口止めした。

そういうことなの?

第138頁

──でも、あの日、バンの中には、うちの中学の生徒はいなかった。 あの駐車場の周りにも、いなかった。

……誰?

誰なの?

アタシの体に、得体の知れない恐怖が襲いかかった──

「……坂井サン。口止めした人は誰ですか?」

「……」

「──もうわかってると思うけど、レイプされたのはウチらなんですよ! アタシは……犯人を知りたいのっ!同じ女なんだから、気持ちわかるでしょ!? ──てゆうか、わかってよっ! !」

美亜は叫びにも似た大声をあげた。

大きな美亜の瞳から、ポロポロと涙が流れ出す。

「もぅヤダ……余計グチャグチャだよぉ。忘れようとしたのに……それなのに……グスッ。思い出させて混乱させて……結局何も言えませんって……だったら、最初から何も言わなきゃいいじゃんっ! すごくヤだよ……」 「……美亜」

……確かに、そうかもしれない。

悠哉に何も聞かなくて、坂井サンから仲間がいるって聞かなかったら── ……忘れようと努力できた。

第139頁

でも、聞いてしまった今。

忘れるなんて、できない──

アタシは、泣き続ける美亜の背中を優しくなでた。

まるで、傷ついた自分をなでているように……。

美亜の体はヒクヒクと震え、大きな瞳からは大きな涙が溢れ続ける。 「ご、ごめんなさい……」

坂井サンは、申し訳なさそうにふたりを見た。

……誰だって、そんな脅しをされたら怖い。

そんなのわかってる。

だけど──

アタシたちのこの気持ちは、どこに持っていけばいいの?

「私──」

「坂井サン……これ、見てください」

アタシは坂井サンの話を遮り、スカートのホックをはずした。そして、シャツをまくり上げた。お腹が、シャツの下からあらわになった──

「──えっ!?」

坂井サンはアタシのお腹に視線を向け、驚いたように目を見開いた── アタシのお腹には、昨日殴られたときの大きなアザが濃く残っている。 「ひどいっ……」

口に手を当て、泣きそうな顔をする坂井サン……。

第140頁

アタシは覚悟を決め、話し始めた。

アタシのため。そして、美亜のため。

「……殴られてむりやりヤラれたの……。膣も切れて、腫れて──すごくつらい時間だった。美亜もそう……。それでも、坂井サンは犯人を隠すんですか?」 坂井サンは口に手を当てたまま、固まっている。

そして──

「……ひどい」

また、独り言のようにつぶやいた。

「助けて……犯人を教えて……」

「──ッ」

坂井サンは、しばらく黙った後、小さな声で話し始めてくれた。

その内容は、信じられないくらいに残酷で、頭を鈍器で殴られたような衝撃──

まさか……。

嘘でしょ?

──美亜とアタシは、中庭を飛び出した。

……昨日のレイプは、計画的だった──―

あの女たちが、知り合いの男に頼んで、ウチらを回させたんだ。

殴ってもいいよ。ボロボロにしてやってって、頼んだなんて……。 ──許せない。

アタシたちは、いつもコータたちがいる家に向かった。

第141頁

今日はみんなであの家に溜まってるはず……。

あの女たちもきっと──

身体中に、怒りと憎しみが湧き出てきた。

頭が怒りに支配されていく……。

ピンポーン──ガチャ

溜まり場の家に着くと、チャイムを押して勝手に玄関を開けた。

「キャハハッ」

「……だよなぁ」

階段の上から、楽しそうな笑い声が聞こえる。

あの女の声も聞こえて……体が震えた。

靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上がる──

「……あの女たち、ブッ殺してやりたい」

「……そうだね」

美亜は怒りに満ちた目をしていた。

気持ちは同じだ……。

ふたりは目を合わせ、みんなのいる部屋のドアを開けた。バタンッ! ! 中にいたみんなが、一斉にふたりを見る。

「おっ、芽衣ちゃん?」

コータが笑いながら手を振る。

そんなコータを相手にする余裕はなかった──

「──テメェ、ふざけんじゃねーよ! !」

アタシと美亜は、あの女たちの姿を見つけて殴りかかった。 「キャーッ! !」

「──! ! 何やってんだよ! !」

第142頁

アタシは綾の上に馬乗りになり、髪を引っ張る──

床にあったジュースがこぼれ、灰皿がひっくり返った。

綾の叫び声が響く──

「キャァ──! ! ──何すんの!?」

「考えればわかんだろ! !」

自分が自分じゃないようだった……。

綾が憎い。

こいつのせいで──

美亜もユリの頬を叩いた。

ユリは、マックで美亜にジュースをかけた女だ。

「──ッ! やめろよっ! !」

暴れるアタシを、誰かが背中から羽交い締めにする。

振り払おうにも力が強すぎて……。

「──はなしてっ! !」

アタシは押さえつけられた。

「誰!? 止めないでよっ! !」

「お……おい、どおしたんだよ!?」

後ろから押さえつけているのは、コータだった。

「──ヤメテ! はなして!」

美亜も押さえつけられて、手足をバタつかせている。

「ち、ちょっと……どうしたのよ! ねぇ……」

綾は青ざめた顔で、アタシを見た。

……どうしたって聞いた?

ふざけんな……。

「……ふざけんな! !」

──アタシはヒステリックに叫ぶ。

第143頁

バンッ

思いきり暴れて、コータをはねのけた。

すぐに、また、綾にまたつかみかかる──

コータだけでは押さえきれないのがわかったのか、ほかの先輩も押さえつけてきた。

「はなしてよっ! !」

「──こっち来いよ!」

羽交い締めにされたまま、廊下に連れて行かれた。

美亜も部屋から出され、別の部屋に連れて行かれる。

「──嫌っ!」

コータたちを振りほどこうと、必死に抵抗する。

バンッ

「嫌ぁーーっ! !」

バコッ

暴れるたび、壁に手足を打ちつけた。

痛みなんて感じない──

「はなしてぇーー! !」

アタシの叫び声が廊下に響いた。

「落ち着けよ! ! 芽衣!」

ほかの部屋に押し込まれ、コータに抱き締められる。

バランスを崩したアタシはコータと一緒に床に座り込んだ。

「ハァ……ハァ……」

部屋に入った途端、体に力が入らなくなって、暴れる気力もなくなってしまった。

息が苦しい。

第144頁

打ちつけた体も今さら痛くなって──

「ウッ……ウウッ……」

涙が溢れた──

「──芽衣……」

「ウワァ──ッ」

コータに抱きつき、大声で泣いた。

コータ以外の人は、そっと部屋を出て行った。

つらい……つらいよ──

「何があった?」

「ウウッ……フェッ……グスッ……」

戸惑いながらも優しく聞くコータ。

だけど……。

こんなこと、答えられない。

──レイプされたなんて言えないよ。

皮肉にも今いる部屋は、コータと初めて一線を越えた部屋だった。 「……どうしたんだよ」

優しい声が、耳に響く──

「……いつも穏やかだろ? さっきの状況、信じられなかった。芽衣があれだけキレるんだから、何かあったんだろ? 言わなきゃわかんないよ? ……なぁ、芽衣」

コータはアタシの頭をなで、優しく問いかけ続ける。

胸が苦しいよ。

悲しいよ……。

──綾さん、ユリさん。

なんで!?

コータの胸の中で泣き続ける。

第145頁

そのとき、部屋のドアが開き、隙間から菜穂さんが顔をのぞかせた。 「……芽衣チャン。話したいの……」

「菜穂?」

コータはアタシを抱き締めたまま菜穂さんを見た。

「綾とユリから、事情聞いた……」

菜穂さんの顔が歪んで……目から涙が溢れてきた。

「菜穂さん……」

アタシが話そうとした瞬間──

「──帰るって言ってんでしょ!」

「ふざけんな!」

「あいつが悪いんじゃん! !」

廊下から、ユリと男の叫び声が聞こえてきた。

「──ッ! 菜穂! 何があったんだ!?」

コータは苛立ったように叫ぶ。

菜穂さんはこっちをチラッと見て、下を向いてしまった。

「──逃げんじゃねーよ!」

「キャッ!」

「み、美亜ちゃん! !」

次は美亜のブチキレた声がした。

ユリの悲鳴と、あせる男の声も……。

「──何がどーなってんだよ! ! 菜穂! 早く話せ! !」

コータもキレて、みんながメチャクチャになっていく。

……もう、話すしかない。

「アタシね……」

アタシは下を向き、菜穂さんの代わりに話し始めた──

第146頁

傷害事件

アタシの声を聞き、コータは菜穂さんに詰め寄るのを止めた。

菜穂さんは下を向いたまま、黙っている。

──言いたくない

そう思いながらも、昨日あったことをコータに話し始めた。

気づけば廊下は静かになっていて、部屋の中には、アタシの小さな声が響いていた。

──レイプされたっていう、告白。

あのときの恐怖や痛みが押し寄せて……ひと言、ひと言がつらい記憶を思い出させる。

話を聞き、コータは呆然としていた。

菜穂さんは泣き続けた。

すべて話すと、コータが目の前に座り込んだ。

「……ごめん。つらい話させたよな……」

「……軽蔑するよね」

「しない──」

……コータ。

末当は違うよね?

汚いアタシを軽蔑したでしょ?

話したことに、後悔が押し寄せる。

「……でも、なんでユリたちに? ──何か関係してんのか?」 コータは理解できずに困惑している。

そのとき、菜穂さんが口を開いた──

「……通りがかりの男じゃなかった。芽衣チャンたち襲ったの、ユリの友達……」

コータの顔がこわばる──

第147頁

「ど……どうゆうこと?」

信じられないように、聞き直すコータ。

「ユリが綾とグルで、ふたりを襲わせた……」

「──は!?」

「芽衣チャン、ごめんなさいっ!」

「菜穂……全部話せ」

コータは菜穂さんをニラみ、今にもつみかかりそうだった。

菜穂さんは震えている……。

「アタシ……知ってた。昨日、綾から電話がきて……自慢げに、話された。綾とユリが怖くて……誰にも言えなくて……ウウウッ……」

泣き崩れる菜穂さん──

そんな菜穂さんを、アタシもコータも責めることはできなかった。 「ごめ……んなさ……」

菜穂さんは泣きながらも謝り続ける。

だけど……なんでアタシはここまで恨まれてたの?

「……芽衣と美亜を襲ったのはなんで?」

「ユリ、前の彼氏を美亜ちゃんに取られて恨んで……」

──そういえば、マックでユリは言っていた。

男を取ったって、美亜にキレていた。

……じゃあアタシは?

「それに綾はコータの元カノなの……」

そういうことか……。

「ハァ……」

アタシは溜め息をついた。

第148頁

コータはいきなり出た自分の名前に驚いていた。

「……オレ、関係あんのか?」

恐る恐る、聞くコータ。

「……綾さんは、朩練があったんじゃないの?」

菜穂さんの代わりに、アタシが答える。

「オレに?……それはないだろ」

菜穂さんは、首を横に振る。

「綾はまだコータが好きなの。だから……コータと芽衣ちゃんのことを知って、芽衣ちゃんに──」

「──ッ! !」

コータは部屋を飛び出した。

「キャ──ッ! !」

「コータ、やめろ! !」

すぐに綾の叫び声がする。

まさか……。

アタシと菜穂さんは、顔を見合わせて廊下に出た。

美亜も違う部屋から出てくる。

アタシたちは、叫び声がした部屋に入った──

「キャッ!」

部屋の中は、地獄絵図のようだ。

コータは綾の髪を掴み、アタシたちのほうに引きずってくる。

「イタイッ! やめてっ!」

「ふざけんじゃねーよ! !」

バシッ

コータが綾の頬を殴る。綾の口元から赤い筋が流れた。

──怖い。

みんなも固まる。

第149頁

部屋の入り口で立ち尽くすアタシと美亜に、コータが向かってきた。 「──ッ」

右手は綾の髪をつかんだままだ。

引きずられながら、綾は抵抗もせず、犬のように四足でヨタヨタとアタシたちの前に来る──

綾の抜け落ちた髪が、床にちらばっていった。

服も乱れ、いつものクールな印象はまったくなかった。

グッ

アタシたちの目の前で、コータは綾の髪をはなした。

「キャッ……」

バランスを崩した綾は、アタシの足元でベタッと転ぶ。

「──ヒッ」

思わず後退するアタシ。

「どーしよっか? ブチ回すか、芽衣たちにしたことをコイツにもするか……」

コータは笑った。

背筋がゾッとした。

あんなひどいことをされたのに、今の綾を見ると惨めで何もする気になれなかった。

美亜も隣でガタガタ震えている。

「……そー言えばユリは? 逃げた?」

「──帰った。キレて出てったよ」

ほかの3年の男が言った。

「あいつ呼び出そーぜ」

「あぁ……」

コータはその男たちの所に行き、話し始める。

何か、嫌なことが起こる予感がした──

第150頁

「──ッ……ヒック……グスッ……」

綾は床に顔をつけ、泣いていた。

「──出てくる。綾、逃げんなよ」

話が終わったのか、コータと男たちは部屋を出て行った。

……どうなるの?

アタシと美亜は部屋に入り、ソファーに腰を下ろした。

「──綾っ」

菜穂さんは綾に駆け寄って行く。

「……ごめん。……グスッ……ごめんね」

綾はアタシと美亜を見て、謝った。

頬は赤く腫れ、口元も切れて腫れている。

制服に赤い染みができていった──

「──もういい……」

「うん……」

今の綾を見て、アタシも美亜も責めることはできなかった。

「ごめん……」

綾は涙を流し、謝り続ける。

「……コータが忘れられなくて好きで。芽衣チャンは彼氏いるのにコータの気持ち奪って……好きでもないのに、コータとイチャついてたのが許せなかった。それなら……レイプしてもいいって思った。レイプすればコータからも離れていくって思った。ほんとにごめんなさい」

綾の涙と謝罪の言葉に、嘘はないように見えた……。

第151頁

綾の言葉に、胸が痛む……。

確かに、アタシはコータの優しさを利用した。

アッくんを忘れるため……。

悠哉を忘れるときにアッくんを利用したように、コータも利用した。 綾はアタシを恨んだよね。

レイプされたことは嫌だし、忘れられそうもないくらいに今もつらいよ。 だけどアタシの軽はずみな行動が、みんなを傷つけた。

そして、今回の事件に繋がった。

「……もう、いいよ。アタシも悪かったから──」

素直に口から出た言葉。

綾は目を丸くしてアタシを見ていた。

「美亜にしたこと、ユリのこと、あの男たちのことは許せない。でも、アタシが綾さんにしたことは……」

「芽衣ちゃ……ウウッ……」

泣き崩れる綾を、菜穂さんが支える。

美亜は複雑そうな顔で、その光景を見ていた。

「……美亜もユリから男取ったことがあるの。ユリの彼氏とヤッて、ユリから横取りした……」

美亜がボソッと言った。

「だからマックで?」

「うん……。絶対許さないって言われた。ユリにムカついたけど、罪悪感もあったんだ……。ユリ、その彼氏が全部初めてだったんだって。やり方は汚いけど、美亜もユリの立場だったら同じことをしたかもしれない……」 もう誰も、何も言わなかった。

第152頁

?~?~?~

「あ……アタシの……」

菜穂が携帯を取り出した。

「ダイくんだ……」

ダイとは、さっきの3年の男の中のひとり。

菜穂さんは、アタシたちに断ってから電話に出た。

「──はい……うん……えっ!? コータが?」

菜穂さんは驚いた様子でアタシを見る。

そして、深刻そうにダイと話し続けた。

「……うん、わかった。じゃあ、待ってる」

電話を切って、溜め息をつく菜穂さん。

……何があったの?

コータに何が?

「警察にいるって……」

「えっ!?」

「……コータたち、捕まった。ダイくんは、うまく逃げたらしいけど……」 バタバタバタ

階段を駆けのぼる音がする。

「──綾! 警察来るぞ!」

「!?」

廊下から顔を出したのは、今電話をしていたダイだった。

後ろには同じ3年のハルという男もいる。

──何が起こったの!?

警察って……、聞きなれない言葉。

訳がわからない不安が胸を支配して……。

心臓が──

強く、早く、動き出した。

第153頁

──ダイとハルから聞いた話はこうだった。

コータは部屋にいた男以外にもユリと繋がりのある仲間に連絡をし、ユリを捕まえた。

そして、ユリにレイプした男を呼び出させた。

男たちはコータがいるのを知らずにノコノコとやって来た。そして、乱闘になった。

それを見かけた近所の住人が警察に通報。

ダイとハルは逃げ切れたけど、コータたちはパトカーに乗せられてしまった。 暴行を加えたから、傷害罪になってしまったんじゃないか……。

そして、レイプの話も出るだろう。

ここには加害者も被害者もいるから、警察が来るはず……。

──そういうことだった。

「どうしよう……」

綾が周りをキョロキョロ見て、頭を抱えた。

真っ青な顔をして……ガタガタと震える

第154頁

決意

「どうしよう……怖い──」

綾は、独り言のようにつぶやいた。

──どうしようって、こうなることも想像できたでしょ?

綾の気持ちを聞いて、ボロボロな姿も見て、許せるように頑張ろうとは思えたけど……。

警察に捕まるのは、また別の話じゃないの?

当たり前なんじゃないの?

罪を償うのは、当然の報いじゃないの?

ガタンッ

バタバタバタ……

綾はバッグを抱えて、部屋を出て行った。

……誰も止めない。

止めても逃がしても、いずれ捕まるのは明確だった。

それより、コータが心配だよ……。

どうなっちゃうの?

アタシのせいで──

「コータに会えるの?」

「わかんない……ハァ」

ダイは溜め息をついた。

?~?~?~

携帯が鳴る。

──こんなときに……。

「……はい」

アタシは無愛想に出た。

「……」

「誰!?」

こんなときに、無言電話なんて……。

「誰って聞いてんでしょ!?」

「……芽衣」

「えっ?」

聞き慣れた優しい声。

第155頁

……悠哉。

緊張が溶けていく──

「どうした? キレてるけど……」

「……」

返す言葉がなかった。

こんなときなのに、悠哉の声で安心する自分……。

「……グスッ」

「──泣いてるのか?」

「ウウッ……悠哉ぁ……」

緊張の糸が切れ、涙がこみあげてくる──

しばらく経つと、悠哉が姿を現した。

ダイから連絡が来て、呼び出されたらしい。

「……後で話そう」

悠哉はそう言うと、ダイたちと隣の部屋に行った。

「もぅ帰ろうかな。いろいろあって疲れた」

美亜はバッグを手に取り、立ち上がる。

「芽衣は? まだ残る?」

「……うん。そうしようかな」

「じゃあ、また明日ね」

菜穂さんもジュースを買いに行くと言い、美亜と一緒に部屋を出て行った。 部屋にひとりきりになったアタシは、タバコに火をつけた。

今日は、疲れた……。

体も、心も。

それに、コータはどうなっちゃうんだろ……。

アタシと美亜のことで、関係ないコータを巻き込んでしまった。

コータ、ごめんね。

第156頁

15分ほど経った頃、悠哉が部屋に戻って来た。

アタシの顔を見て、一瞬気まずそうな表情をする──

アタシがレイプされたこと……、ダイくんたちから聞いたんだね。 悠哉には知られたくなかったな……。

コータのこともあるし、バレちゃうのは仕方ないけど。

「──芽衣、帰ろう」

「でも……」

「コータ、今日は警察から出られないらしいよ」

そっか……今日は出られないんだ。

それなら、帰ったほうがいいよね。

……こんな状況なのに、悠哉とふたりきりの帰宅に胸がドキドキしてしまう。 そんな自分が嫌だった。

悠哉は忘れたはず……。

春菜の彼氏なんだよ。

それに、ケリをつけにいってくれたコータは今も警察にいる──

浮かれるなんて、最悪な人間だよ。

体だけじゃなくて、アタシは心まで汚れてしまったのかな……。

こんなアタシ、生きてる価値ってあるのかな?

悠哉との時間を楽しみにしてしまった自分に、どんどん嫌気がさしていく……。

第157頁

──複雑な想いを抱え、アタシは悠哉と外に出た。

ふたりはゆっくり、家までの道を歩いた。

外は陽が沈んで暗く、尐し肌寒い。

もう夏は終わってしまったんだ──

「……こんなふうに悠哉と歩くの、久々だね」

「そうだな」

妹のような存在になろうと決意した日以来、悠哉への気持ちに蓋をしたはずだった。

だけど一緒にいると、悠哉に恋してたときの感覚が戻ってくる。

避けたりほかの人でごまかして、悠哉への気持ちに蓋をしてたのに……。 蓋の中で、気持ちは生き続けてたんだね。

アッくんへの気持ちもあるけど、それともまた違う悠哉への気持ち── 「……髪に葉っぱついてる」

そっとアタシの髪にふれ、葉を取る悠哉。

「──ッ」

カーッと顔が赤くなり、熱くなる。

「悠哉、お姉ちゃんとは順調?」

最低なアタシは、うまくいってないという答えを期待しながら言った。 いきなりの質問に、尐し戸惑う悠哉。

「普通だよ……」

悠哉はうつ向いて、無愛想な声で言う。

──アタシには、わかったよ。

第158頁

幼馴染みだし、ずっと大好きで悠哉を見てきたんだもん。

アタシにバレないように隠して答えたけど……。

幸せなんだよね。

傷ついたアタシに気を使ってるんだよね。

嘘でもうまくいってないなんて言えなくて……。

普通──

そうごまかしたんだね。

「そっかぁ……」

うまくいってなければいいと思ったアタシ。

やっぱ、アタシはアタシが嫌いだよ。

ズルいし、人より自分のことばかり考えてる。

迷惑かけて、傷つけて……。

ほんと、アタシっていう人間に嫌気がさしていく──

ゆっくり歩いたはずなのに、いつのまにかマンションの前に着いていた。 「何かあったら、俺のことも頼れよ!」

悠哉はそう言い、アタシの頭をクシャクシャなでてくれた。

「頼りないけどねっ!」

笑顔で答えた。

おちゃらけて言ったけど、スゴく嬉しかった。

顔が赤くなっていくのがわかったよ……。

「歩いたら、暑くなっちゃった!」

赤くなる顔を隠すように、手で顔をあおいだ。

第159頁

──家に帰ると、リビングが騒がしかった。

ガシャーン バリンッ

「だから……なのよ! !」

「……なんだろ! !」

何を言ってるのかはよくわからないが、罵りあうような両親の声── ……ただ事じゃない。

靴をあわてて脱いで、バッグを部屋にほうり投げた。

廊下を走り、リビングのドアに手をかけたとき──

「お前が芽衣をしっかり見なかったからだろ! 昔からこうなると思ってたんだよ! !」

「人のせいにしないでください!」

……アタシのこと?

ドアにかけた手を離し、立ち止まる。

聞きたくない……。

だけど、足が動かなかった。

両親の言い争いは続く。

「どーしてこうなったんだ……。やっぱりあの夫婦の血なんだな!」 「あなたっ! !」

パシッ

皮膚を思いきり叩く音。

「お前……」

「あっ──叩いたのは悪かったわ。──だけど、それは言わない約束じゃない!」

心臓がバクバクと音を立てる。

聞いてはいけないことを聞いてしまっている気がした。

あの夫婦って、何のこと?

第160頁

リビングのドアの前にアタシがいることなんて知らない両親は、ヒステリックに会話を続けた。

「ろくでなしの子供を引き取るなんて、だから反対だったんだ。お前の幼馴染みの子供だから仕方なく引き取ったが、そうじゃないなら俺は春菜だけで充分だった!」

リビングがシンと静まる。

?~?~?~

「あっ……」

携帯が鳴った。

ヤバッ……。

そう思ったが、遅かった。

リビングの扉が開き、赤い目をして涙をこぼすお母さんが顔を出した。 「芽衣……聞いてたの?」

アタシは答えなかった。

リビングのソファーに座るお父さんは、アタシと目が合うとパッとそらした。 「芽衣、あのね……違うのよ………」

しどろもどろに言い訳を始めようとするお母さん。

頭の中がグチャグチャになっていく──

「もういいよっ! !」

アタシは叫んで家を飛び出した。

第161頁

後ろから、お母さんがアタシを呼ぶ声がした。

無視をして、耳をふさいでマンションを飛び出した。

疲れても、走り続けた。

頭の中で、お父さんの声がこだまする──

ろくでなしの子供。

春菜しかいらない……。

アタシは……いらない子供なんだ。

走り続けると、見慣れた中学の校舎が見えた。

アタシは校門の脇に、ペタッと座り込んだ。

「ウッ……ウウウッ……」

たえていた涙が溢れて、止まらなかった。

胸が痛くて、

両親の言葉が突き刺さる──

そして、レイプや裏切りや、いろいろなつらい出来事が頭を占めていった。 アタシは、どうしたらいいんだろう。

家には帰れない。

どこにも行けない……。

「アタシ、生きてる意味あるのかな?」

……ないよ。

小さく、そう聞こえた気がした。

ブーン

遠くから、車のヘッドライトが近づいてきた。

「アタシ……消えたほうがいいのかな? ……うん、アタシなんて消えてしまえばいい」

アタシはゆっくりと立ち上がった。

「みんな、ごめんね……」

第162頁

ヨタヨタと歩き出す。

なぜか恐怖心はなくって……。

近づくヘッドライトが夜道を明るく照らす。

照らされた道が、天国への入り口に見えた──

「もう、すべて忘れて楽になれるよね……」

歩道から車道に引き寄せられるように、アタシは車の前に飛び込んだ── キキーーッ ドンッ! !

体に鈍い衝撃──

体が空を飛んで地面に叩きつけられ、意識が遠のいていく……。 あぁ、死ぬんだ。

コンクリートの地面が冷たくて、気持ちいいな……。

みんな、さよなら。

アタシ……やっと解放されるんだね──

第163頁

夢の中で

「春ちゃん、芽衣ちゃん~!」

懐かしい声がする。

アタシは、小さい頃によく遊んだ公園にいた。

座り込んで、大好きだった砂場で穴を掘る。

隣には、小学生くらいの姉の春菜が山を作っていた。

「帰るよー」

「はぁい!」

遠くで呼んでいるのは、5年前に死んだお婆ちゃんだ。

目尻が垂れてクシャッと笑うお婆ちゃんの笑顔。

大好きなお婆ちゃんの笑顔だった。

小学生の頃、両親は共働きで家にはあまりいなかった。

お婆ちゃんが親代わりにアタシたちを育ててくれていた。

砂場で山を作り続ける春菜に、声をかける。

「お姉ちゃん、行かないの?」

「まだ、行かないよ」

「ふぅん……」

アタシはスカートについた砂を払い、立ち上がった。

第164頁

そして、お婆ちゃんの所へ歩き始めた。

「じゃあね、お姉ちゃん」

「行くの?」

頭をコクンと下げ、アタシは歩き出した。

「芽衣ちゃん、行こうか?」

お婆ちゃんと手を繋ぐ。

シワシワであたたかい手……。

「お婆ちゃん、芽衣ね、寂しいんだ」

「どうしたの?」

アタシは、お婆ちゃんに抱きついた。

「芽衣はね、いらない子で、よその子なんでしょ?」 「そんなことないわよ」

「ううん……違うよ」

お婆ちゃんの胸に顔をうずめて、アタシは泣いた。

「芽衣……」

「??」

抱きついて、回していた腕の感触が違う。

お婆ちゃんよりがっしりして、ゴツゴツした筋肉質な体で── 「誰?」

「俺だよ」

顔をあげると、悠哉の悲しそうな顔があった。

第165頁

アタシはパッと離れた。

「お婆ちゃんは!?」

「帰ったよ」

悠哉はアタシの頭をなでて言った。

「何かあったら頼れって言ったばかりだろ……」

悠哉は優しく言った。

「もう、ダメだよ」

「ダメじゃない! 見ろよ! !」

悠哉が指さした。

そこには、白く狭い部屋にひとつのベッド。

包帯をまかれた人が、寝ていた。

隣には、真っ赤な目をしたお母さんと春菜。

ふたりとも頬がこけて、髪がボサボサだった。

部屋のドアが開き、優梨と美亜の姿が見えた。

「芽衣っ!」

「ウウウッ……」

泣き崩れるふたり。

次は、ナツくんが来た。

そして、先生。

クラスメイト。

3年の友達たち……。

みんな泣いていた。

「これでも、いらない子なのか?」

悠哉はアタシに問いかけた──

第166頁

そして、手をさしのべてくれる。

「こっちに、おいで」

「芽衣をみんな待ってるから……」

さし出された手のひらを、キュッとつかんだ。

みんなの涙が──

アタシに戻って来いって言ってくれている。

そして……。

アタシは意識を回復した。

医者は、「奇跡だ」と言った。

お母さんと春菜は、人目もはばからずに号泣していた。

「1週間も目を覚まさなかったのよ」

「植物状態も覚悟してくださいって言われて……」

げっそりと痩せたふたりの姿を見て、自分のしてしまったことに後悔が押し寄せた。

……逃げて死ぬんじゃなくて、事実を受け止めていこう。

だって──

こんなに周りの人たちがアタシを大切にしてくれてる。

きっと、事実を聞いてもアタシは大丈夫……。

前までのアタシは死んだんだ。

生まれ変わったんだから……。

第167頁

両親

面会時間が終わりに近づいて、友達たちは帰って行った。

病室には、お母さんと春菜とアタシだけ。

「ねぇ、お母さん。アタシのこと、教えて」

「えっ……」

「アタシは誰の子供なの?」

お母さんは、動揺していた。

「何言ってんの? ねぇ、お母さん」

何も知らないのか、春菜は不思議そぅな顔で笑い、お母さんを見た。 そして、お母さんの真剣な顔を見て──

「……えっ」

黙ってしまった。

「お姉ちゃんも知らなかったんだ……」

「そうよ。芽衣が20歳になったらすべて話そうと思ってたの」

「20歳じゃないけど、全部話して欲しい」

お母さんは、アタシのベッドの横に椅子をずらした。

訳のわからない展開に、春菜は混乱しているようだった。

「芽衣にはわかって欲しいんだけど、私は春菜も芽衣も変わりなく愛してる。同じように、大切な我が子だと思う。私がお腹を痛めて産んだんだ。私の子供なんだ。そう思っている。芽衣は私の可愛い娘だからね」

お母さんは優しく微笑んで、横になっているアタシの髪をなでた。

第168頁

「あなたの産みの親のマチ子は、私の親友だった。中学、高校が同じで仲良くなったの。可愛くて小さくて、今の芽衣はマチ子によく似てる。マチ子には芽衣のほかに、春菜と同い年の子供がいるの。よく春菜は一緒に遊んでいたわ。 でも、ある日、マチ子の旦那さんがいなくなった。芽衣にとっての父親になるんだけど。すごくいい人だったんだけどね、芽衣の父親は……」

お母さんは言葉を濁した。

「ここまできたら、全部隠さないで話して欲しい。アタシは大丈夫だから……」 アタシの真剣な眼差しを見て、お母さんは覚悟を決めたようだった。 「あなたの父親は、暴力団だった……」

「えっ!?」

春菜は思わず声をあげ、両手で口を押さえた。

暴力団って、ヤクザだよね?

アタシは、ヤクザの娘だったんだ──

第169頁

お母さんは言葉を続けた。

「あなたの父親は、罪を犯して逮捕されてしまったの。芽衣が1歳にもならなかった幼い頃よ。それからマチ子はノイローゼになってしまったの。3歳と赤ちゃんのふたりの子供を抱え、旦那さんもいなくて、寂しさやストレスを溜め込んでしまった。そして、耐えきれずに……ウッ……自分で命を……アアッ……」

お母さんは顔を手で覆った。

声を押し殺しているようだけど、指の隙間から涙と声がもれていた。

「……まさか、今の芽衣と同じで自殺しようとしたの……? 死んだの?」 お母さんは泣き続けた。

その姿が、アタシの問いの答えだったと思う。

見ず知らずの母。

記憶にも残らない程早く、アタシの元から消えてしまった母──

涙は出なかった。

だけど……。

胸が締めつけられて、苦しかった。

第170頁

アタシの母親は自殺していた。

父親はヤクザ……。

「父親は、生きてるの? 何をしてるの? お姉ちゃんと同い年の子供は?」 「わからないわ」

「そっか……」

これ以上は、聞けなかった。

お母さんが傷つき泣く姿を見て、切なかった。

「ねぇ、なんでお父さんは病院に来ないの?」

「……」

お母さんは黙った。

春菜も、黙って下を向いている。

「ねぇ……」

「お父さん、出て行ったから!」

アタシの言葉を遮るように、春菜が言った。

「出て行ったって、どうゆうこと!?」

「お母さんたち、別居してるのよ。お父さんは春菜の高校から2駅の所に部屋を借りて住んでるの」

「アタシのせい!?」

お母さんは首を横に振った。

「違うわよ……」

そう言ったお母さんは、悲しい笑顔をした。

「アタシのせいで……」

お母さんや春菜の顔が見れなかった。

「アタシ、やっぱり死ねば良かったんだ……」

「芽衣! !」

パシンッ

乾いた音が病室に響いた。

第171頁

「バカなこと言ってるんじゃないわよ! !」

春菜がアタシの頬を叩いて、ニラんだ。

目がうるみ、涙がこぼれ落ちそうになっている。

「また自殺しようとしたら、許さない! 死んだら許さない! !」

春菜の大きな瞳から、ポロポロ涙が溢れてきた。

叩かれた頬が痛くて、春菜の気持ちが痛くて、アタシの胸や瞼が熱くなった。 「芽衣のせいじゃない……たとえ、そうだとしても、私は間違った事をしていないと思ってる。早く元気になって、春菜と一緒に3人で、芽衣の大好きなお買い物に行こうね」

お母さんは、泣きじゃくる春菜の頭をなでた。

「お母さん……お姉ちゃん……」

それからしばらくして、アタシは退院した。

折れた肋骨はまだ痛いけど、擦り傷はだいぶ良くなった。

「おかえり」

お母さんは笑っていた。

お父さんのいないリビングが寂しかったけど、誰もそのことにはふれなかった。

第172頁

ふたり暮らし

あの事故から4ヶ月。

季節は夏から冬に変わって、年未になっていた。

お父さんのいない家にも慣れ、アタシの怪我も治った。

コータは警察に捕まって留置場に入った後、鑑別所に送られて審判で保護観察になった。

今は普通に学校に来て、一般社会で生活している。

そして……。

思い出したくないけど、あのレイプの男たち。

アイツらは今も塀の中にいる。

アタシが入院中、警察が美亜と一緒に来た。

そして被害届を提出。

アイツらは、ほかにもレイプをしている常習犯だった。

逮捕された後、ひとりは尐年院に送致され、残りは成人だったから刑務所に行ったと聞いた。

綾はすぐに自首した。

計画したのはユリで、綾は関係がないことが男たちの証言で明らかになったこともあり、綾は留置場に数日入って釈放された。

第173頁

すべての計画を立てたユリは、今も行方不明──

何をしてるのか、誰も知らない。

ユリは罪を償うより、逃げる道を取った。

時間が経ち、最近は事件の話もユリの話も出なくなった。

そしてアタシの心や体の傷も癒えてきている。

深夜まで遊ぶこともほぼなくなり、平凡な毎日に戻っていた。

今日は12月31日。

明日から新年だ──

アタシと春菜は、お母さんのおせち作りを手伝っていた。

大量にテーブルに並ぶお正月の料理。

「つまみ食いはダメよ」

黒豆に手を伸ばすアタシに、お母さんが言った。

「いーじゃん!」

「まぁだ!」

母とじゃれ合うアタシ。

春菜は横でクスクス笑う。

「春菜、お友達の分を詰めてあげて~」

「わかったぁ!」

春菜のクラスメイトにも、お裾分けする予定。

あとは悠哉のお家と、近所のお婆さんにも。

夜の9時頃、すべての用意が終わった。

「やっとできたぁ!」

リビングのソファーに、バタンと倒れ込む。

「はぃ、もう尐ししたら年越し蕎麦のお手伝いもよろしくねー!」 「えーっ……」

お母さん、人使いが荒すぎっ! !

第174頁

ソファーに座りながら、テレビを見た。

紅白を見たり、K1を見たり……。

お母さんに言われた通りに、年越し蕎麦のお手伝いもした。

奮発して買った高いお蕎麦は美味しくて、食べ終わる頃には日付が変わりそうになっていた。

3……

2……

1……

「明けましておめでとうございますっ!」

3人でテーブルを囲んで頭を下げた。

?~?~?~

?~?~?~

アタシと春菜の携帯が、騒がしく鳴り始めた。

優梨、美亜、ナツくん、コータ、菜穂さん……。

そして、悠哉。

〈あけおめ!今年もヨロシクな。今年はあんまり心配させんなよっ!〉 「はいっ!」

思わず声に出して答えてしまった。

最近、悠哉とはまた仲良く過ごせている。

時には親友、時にはお兄ちゃん。

大好きな悠哉は、いつもアタシの必要な役割にピタッとなってくれて……。 悠哉と一緒にいると楽しい。

居心地がいい……。

しばらくテレビを見て、早めにベッドに入った。

朝から大掃除とおせち作りをしたから、疲れて眠い。

「いい初夢がみれますように~」

アタシは眠りについた。

第175頁

昼前に起きると、春菜の姿はなかった。

友達のところにおせちを持って行ったらしい。

お母さんがおせちの入った重箱を出してくれて、ふたりで尐し遅い朝食を取った。

「やっぱり、この黒豆美味しい~☆ だし巻き卵も! ウン???」 自分をほめたくなるほど、お手伝いしたおせちは美味しかった。 ドンドン口に運んで、10分ほどで満腹……。

「もぅ、お腹いっぱいだょ~~~」

「たくさん食べてくれて、良かったゎ!」

「うん! 芽衣、もーすぐ初詣行ってくるね。お母さんは悠哉ママと行くんでしょ?」

「そうね。お隣に挨拶に行って、そのまま行ってくるね」

そしてお母さんは、しばらくしてから家を出た。

アタシは尐しダラダラしてから、ゆっくり用意。

今年はいいことがありますように──

そう考えながら、髪をしっかり巻いた。

?~?~?~

メールの着メロが流れる。

〈用意終わったら、優梨の家に集合!〉

美亜からだ。

今日の初詣は、3人で地元で有名な神社へ行く予定にしている。 その神社は、恋愛の神がいる神社らしい。

何かいい予感がする。

第176頁

用意を終えてマンションを出ると、外は雪がちらついていた。

「寒い……ハァ……」

冷える両手に息をかける。

息が真っ白だ。

寒すぎて、いつもより道のりが長く感じる。

優梨の家に着く頃には、手が痛くなってしまった。

ピンポーン

「おじゃまします!」

家族はいないみたいだった。

そのまま優梨の部屋に向かった。

いつものように勝手に優梨の部屋に入る。

ガチャッ

「寒かったぁ~!」

優梨の部屋に入ると、優梨は紙に何か書いていた。

アタシの顔を見て、それをパッと隠す。

「あ!? 芽衣!」

「何、隠したの~?」

優梨は真っ赤になっていた。

「え、えっと……」

「なぁに?☆」

「ナツくんが……やっぱ、やめた! 恥ずかしいもん! !」

「言ってよー! ! 何!? ナツくんと何~~!?」

ナツくんは、優梨の好きな人じゃん!

何があったのか、気になるっ! !

「ナツくんと何があったのぉー?」

問いつめるアタシ。

真っ赤になる優梨。

第177頁

優梨は真っ赤な顔のまま、ちょー幸せそうに笑った☆

「……まさか?」

「つき合うことになった☆」

「マジ! ! やったじゃん! !?」

アタシは優梨の手を取って、大はしゃぎしてしまった。

「ずっと好きだったもんね! 良かったね!」

「さっきメールきて、コクられたのぉっ! でね、今、初手紙書いてたぁ☆」 「ほんと良かったねっ!」

親友の幸せは自分のことのように嬉しい!

「……どしたの?」

アタシたちの大騒ぎの意味がわからず、ドアの前に立ち尽くす美亜。 「美亜~~~! !」

「えっ!? ……キャーッ!」

アタシと優梨は美亜に抱きついて大騒ぎをする。

訳を話すと、美亜も大騒ぎで……。

初詣には、しばらく行けそうになかった。

そして2時間後──

「寒いっ!」

「ガタガタする……」

震えながら、初詣のお参りをするために行列に並んだ。

?~?~?~

「ナツからだぁ☆」

優梨は嬉しそうに笑いながら、電話に出た。

寒さも忘れたようにデレデレ。

アタシはタバコに火をつけて、寒さをまぎらわしている。

美亜はというと……。

第178頁

ガタガタ震えながらグチっている。

「もうダメだ! 美亜限界だから、リタイアして近くのおでんの屋台に行っていい?」

「頑張ろうよ!」

「もうダメー! !」

美亜はガタガタ震え続ける。

確かに限界そう。

「真冬にミニスカ&薄着だからじゃん」

「だって出会いがあるかも~。可愛い服着なきゃ!」

「美亜らしいね? お参りしたら、おでん行くよー」

美亜は電話中の優梨に手を振って、急いでおでん屋に向かって走って行った。 「……うん? そうだよぉ??? ナツ、大好きっ☆」

ノロケる優梨の甘い声。

あー。アタシもノロケたいっ! !

羨ましいっ。

彼氏……欲しいな。

アッくん以来、彼氏はいない。

セックスも、してない。

告白はされたけど、つき合えなかった。

恋愛するの怖いし、セックスにもまだ尐しトラウマがあって、先に進めなかった。

でも、そろそろ彼氏が欲しいなって思い始めてきたの。

寂しくなってきたんだ。

絵馬に彼氏欲しいって書こう!

ふと絵馬のほうに目を向けてみると──

見慣れた後ろ姿があった。

第179頁

「ゆぅーやぁー! !」

悠哉は絵馬をつるしながら、キョロキョロする。

そしてアタシに気づいて、手を振った。

「ちょっと悠哉のトコ行ってくるから、並んでて☆」

「いいょん?……あ、ナツ、ゴメンゴメン。今、芽衣といて……」

相変わらずナツくんとラブラブの優梨を置いて、アタシは悠哉に向かって走った。

「あけおめ~??」

「おぅ! あけおめ!」

悠哉に新年の初挨拶。

「誰と来てるの?」

「クラスのやつらだよ。芽衣も知ってるやついるんじゃないかな?」 「そーなんだぁ☆」

悠哉は相変わらず今年もかっこいい。

アタシは悠哉のぶら下げた絵馬を手にした。

「やめろって」

「いーじゃん☆」

悠哉がどんな願い事をしたのか気になるっ!

『合格祈願!A高校に入学できますように! !』

「そっかぁ、受験生だもんね」

「推薦ダメだったし、もぅ神頼みしかない!」

悠哉は苦笑いしていた。

第180頁

「寂しくなるなぁ……」

「……えっ!? 何?」

アタシの小さなつぶやきは、騒がしい神社の境内にかき消された。 「ううん、なんでもないよ。頑張ってね!」

「おぅ!」

悠哉に手を振って別れ、優梨の隣に戻った。

振り返ると、悠哉も友達と合流してどこかに歩いて行った。 それから30分近くも並んで、ふたりは無事に参拝できた。 みんなが健康でいられますように。

今年は幸せになれますように。

……そして、悠哉が高校に受かりますように。

手を合わせて、お願いした。

アタシの願いが叶いますように──

参拝を終えたふたりは、美亜が待つおでん屋に向かった。 待ちくたびれた美亜が、ふたりを疲れた顔で迎える。

?~?~?~

そんなとき、春菜からメールがきた。

〈大事な話あるから、一回帰ってこれない?〉

春菜からこんなメールがくるのは初めてだ。

「どうしたの?」

「うん……何か家であったっぽい。一度帰って、また来ていい?」 アタシは家へと急いだ。

第181頁

家に帰ると、久しぶりにお父さんの靴が玄関にあった。

お父さんに会うのは自殺朩遂をしてから初めてだ。

何があったんだろう……。

それにお父さんにどんな顔で会えばいいんだろう。

尐し悩んでから、リビングの扉を開いた。

ダイニングテーブルに、アタシ以外の3人が座っている。

4ヶ月前までは当たり前だった光景──

……でも、あの頃とは違った。

ギクシャクした空気が流れて、笑顔もない。

「た、ただいま……」

「……久しぶりだな、芽衣。体は良くなったのか?」

「うん」

「……」

会話が続かない……。

お父さんなのに、他人よりも距離を感じた。

あのときのお父さんの言葉がまたアタシの頭の中を駆けめぐっていく。 いらない子供──

ろくでなしの子供──

「芽衣、あのときはすまなかった」

アタシの気持ちに気づいたのか、お父さんは頭を下げた。

「全部、お母さんに聞いたんだ。芽衣の両親は別にいて、母親は死んだんだよね」

「……俺は、最低な父親だ。ひとりになって考えたよ。芽衣を我が子と思い、育ててきたつもりだったのに」

お父さんは言葉を詰まらせて、アタシから視線をそらした。

第182頁

そして言葉が続かないのか、黙り込んでしまった。

お母さんと春菜は下を向く。

アタシはテーブルにはつかず、近くのソファーに座った。

お父さんの今から話す話は、きっといい話じゃない。

そう思うと、空いているお父さんの正面の席に座りたくなかった……。 尐しの沈黙の後、お父さんはまた話し始めた。

「芽衣を我が子のように育てたつもりだったし、芽衣を愛していた。その気持ちには今も変わりない。だが……、俺の心の奥深くには、マチ子ちゃんの子供っていう気持ちがあったんだろうな。芽衣に対して壁があったみたいだ。自分でも気づかないくらいに奥深いところに……芽衣が不良のようになっていく姿を見て、毎日母さんとケンカしたよ。芽衣が聞いていたケンカあるだろ。あのとき、無意識に母さんに芽衣のことを言ってしまった。母さんに頬を叩かれて、我に返ってびっくりしたよ。俺はこんなことを思っていたのかって、驚いた」

お母さんは下を向きながら、泣いているようだった。

「そっか……」

第183頁

覚悟していた話でもあり、予想していたことだった。

自然と冷静になれた。

後から考えたら、きっと傷ついたり悲しまないために、感情のスイッチを切っていたんだと思う。

何も考えない。

お父さんに対しての感情を殺して、痛む胸を押さえて。

「もう、俺は芽衣の父親失格だな。人としても、失格だ。芽衣に謝らなくてはと思いながら、顔を合わせて話す度胸もなくて……遅くなって、すまなかった。母さん、用紙持ってきたから……」

お父さんはバッグから1枚の紙を取り出し、隣に座るお母さんに手渡した。 お母さんはコクッと頷いて、紙を受け取った。

春菜とアタシは、その紙を見て真っ青になった。そして紙から目を離せなかった。

「書き方、わかるだろ?」

「電話で役所に聞いておきましたから……」

お母さんはペンを手に取った。

第184頁

ドラマでよく見るシーン。

お父さんの渡した紙は、離婚届だった。

「これからもできる限り、母さんや芽衣や春菜のために力を尽す。母さん、すま……ウゥ……す、すまない……」

お父さんは両手で顔を覆った。

お母さんは泣きながら、震える手で離婚届を書く。

それを見て、春菜は何も言わずにリビングを飛び出して行った。

「この前話した通りで……マンションはこのまま……」

「……わかったわ」

「後は……」

両親が難しそうな話をしていた。

離婚の条件の確認だと思う。

だいぶまとまっている話のようだから、きっと両親は何度も話し合いを重ねてきたのだろう──

今まで両親の仲は決して、悪くなかった。

アタシのせいで、アタシの存在が離婚させてしまったんだ。

「アタシが……アタシがいなかったら……」

お父さんは笑った。

泣きながら笑って言った。

「違うんだ。数年前から俺と母さんの心に、尐しずつ溝ができていってたんだ。その溝がどんどん深くなっていって……もう夫婦という関係を保てなくなってしまったんだ。芽衣のことは関係ないよ」

第185頁

お父さんの言葉にお母さんも続く。

「知らないだろうけど、私たち昔からケンカが多かったのよ。芽衣たちが寝静まってから、毎日のように口論した時期もあった。考え方が違うのよね。離婚を考えたのは、実は3回目なの。別居して、お互いに離れたほうが幸せになれるって思ったのよ。芽衣と春菜は寂しくなってしまうだろうけど……ごめんね」

何も言えなかった。

両親の優しい嘘なのか、事実なのか……。

「芽衣は俺をもう父親って思いたくないかもしれないが、俺には芽衣が必要なんだ。あんなことを言ってしまったが、赤ん坊の頃から芽衣を育ててきて、大切な我が子だと思っている。何かあったら、頼って欲しい」

「ありがとう……」

鼻の奥が、ツンと痛くなった。

目がしらが熱くなって……、下を向きながら、涙をこぼした。

これは悲しい涙じゃない。

嬉しい涙──

お父さんから、この言葉を聞きたかった。

怒りで感情的になった言葉より、今の言葉がお父さんの末音に思える。 いらない子供じゃなくて、大切な子供って──

──お父さん、アタシもお父さんが大切です──

第186頁

お父さんはタバコを1末吸った。

ゆっくり、ゆっくり……。

そして、フィルターぎりぎりまで吸って──

「そろそろ行くかな……」

そうつぶやいたお父さんの顔は寂しそうだった。

バタン

「アタシ、お父さんについて行く」

リビングの扉が開き、大きなバッグを持った春菜がハッキリとした声で言った。 「春菜は、ここに……」

お父さんが言いかけたとき、春菜がそれを制した。

「おせち、友達にあげたって嘘なの。お父さんに届けたの。あたし、お父さんが家を出てから何度もお父さんの家に行った。ひとりだからグチャグチャで、コンビニ袋とカップラーメンばっかりで……あたしはお父さんのそばにいてあげたい! !」

お母さんは驚いていたが、涙を拭って言った。

「春菜がそうしたいなら、そうしなさい。でも、私はあなたの母だし、芽衣は妹よ。お父さんが忙しいときや寂しいときは、いつでも帰って来なさいね。ここは春菜にとって、いつまでも自分の家なんだからね」

「うん……」

春菜はバッグを強く握り締め、唇を噛んでいた。

涙を目に溜めながら、必死にこらえていた。

第187頁

春菜は「行ってきます」と言い、家を出て行った。

お父さんはこの家での思い出を噛み締めるように、ゆっくりと出て行った。 お母さんはしばらくお父さんと春菜の出て行った玄関を見つめ、糸が切れたように激しく泣いた。

アタシを抱き締めて、お母さんは号泣していた。

細くて、小さくなったお母さん。

抱き締めると、折れてしまいそうだった──

その晩、お母さんとふたりで久しぶりに外食した。

元旦なので、ファミレスくらいしか開いていなかった。

「私、コーヒーだけで……」

「食べなきゃダメだよ!」

アタシも寂しかった。

食欲もわかない。

でも、強くならなきゃ。

お父さんと春菜の分もお母さんを支えなきゃ! !

「芽衣がお母さんみたいね」

お母さんは笑った。

ふたりで分け合いながらパスタとドリアを食べた。

ふたりきりにはまだ慣れないけど、頑張っていこう。

そうお母さんと約束した。

その晩、春菜からメールがきた。

〈荷物、引っ越し屋に頼んだから、ヨロシクね〉

春菜がいなくなったことの寂しさが押し寄せてきた。

そのとき、アタシは今日初めて号泣した。

第188頁

待ち合わせ

春菜がいなくなり、2日が過ぎた。

正月の三が日も過ぎ、冬休みも終りに近づいてくる。

「あーぁ、もうすぐ学校だぁ……」

ボヤくアタシ。

春菜がいなくなり落ち込むお母さんを気遣い、外出もせずに過ごしていた。 「たまには遊びに行ったら? お母さんなら大丈夫だから、優梨ちゃん家とか」

「ん……じゃあ、優梨をウチに呼ぶ☆」

「芽衣ったら……。お母さんデパートにお買い物行くから、平気よ」 「……ホント?」

お母さんは立ち上がり、久しぶりに鏡台で化粧を始めた。

「それなら、お言葉に甘えて行ってこよっかな。夜には帰るから、デパ地下で何か買って来て☆」

「はぁい!」

アタシは部屋に戻り、優梨にメールした。

優梨と美亜には両親が離婚したこと、春菜がお父さんについて行ったことを話してある。

〈今日、ヒマ?〉

?~?~?~

すぐに返事が来た。

〈平気なの? お母さん、大丈夫?〉

〈うん、平気。たまには出てこいだって?〉

〈じゃあ、遊びにいこうか☆〉

2日ぶりにメイクボックスを開いた。

2日休んだ肌は、化粧のノリもバッチリだ。

第189頁

待ち合わせたコンビニに行くと、優梨が先に待っていた。

ティーンズ雑誌を立ち読みしている。

驚かそうと思い、真裏に回ると……。

「……プッ」

「芽衣!?」

優梨の読んでいたページは、初セックスの体験談の投稿欄だった。 「そぉ言えば、優梨はまだだもんねっ?」

「うんっ……なんか、怖くなってきたぁ」

「死ぬほど痛いよ~」

笑いながらジュースを買い、コンビニを出た。

優梨は隣で今も「怖いな」とか「痛いの?」と、ブツブツ言い続けている。 アタシも半年前は、優梨のように初体験に憧れと不安を抱いていた。 でも、アッくんに初めてを捧げて、あっという間の破局。

そう言えば、最近アッくんは何してるんだろう。

アタシが退院した後も、数える程しかアッくんに会ってない。

アタシが遅刻した日に早退していて入れ違いになったり、逆だったり……。 アッくんはあまり登校してない。

もともとまじめに学校に来るタイプじゃなく、毎日来ていたのはアタシと親しくなったときだけだった。

それに、最近、アッくんは様子がおかしかった。

第190頁

顔が痩せこけていた。

カラコンを付けているせいもあるけど、焦点が合ってない気もするし……。 アタシには別れてから一度も話しかけてこないから、最近のアッくんはわからないけど……。

前のアッくんとは違う気がする。

浮気されてフラれたけど、一時は好きだった彼氏。

気にはなるよ──

優梨といろいろ話しながら、さりげなく聞いてみた。

「最近、アッくんと話す?」

「なんで? 全然話してないよー。芽衣の親友だから気まずいんじゃない?」 「そっか……あっ! ナツくんは?」

「さりげなく、聞いてみる?」

優梨は携帯を手に取り、ナツくんに電話した。

「ナツ~?」

アタシのためにかけたっぽく見せて、実は話したかっただけなんじゃないかって思うくらいにデレデレな優梨。

しばらく経ってから、優梨はナツくんに切り出した。

「そぉ言えば、最近アッくんと話した?」

──そして、アタシと優梨は事実を知ることになる。

アタシにとって、悲しく複雑な事実──

第191頁

優梨が深刻そうな顔でナツくんと話してたから、何かあったんだろうな。そう気づいたけど……。

そんなくらいにしか考えてなかった。

だけど、問題はそんな軽いモノではなくて、アッくんの人生そのものに関わってくる問題だった。

アタシは優梨の話を聞いて、激しく後悔した。

あのときアタシが、しっかり話していたら……。

すべてアタシのせい。

アタシがアッくんを狂わせる引き金を引いてしまったんだ。

「アッくんと、話したいよ……」

「でも……ナツが芽衣には話すなって言ってた話だから、話したことバレたら──」

「じゃあ、芽衣がナツくんと話す! むりやり優梨に聞き出して話すから!」 「……わかった。優梨が芽衣なら、話したいと思うし」

優梨がナツくんにメールを送る。

そして、3人で優梨の家に集まることになった。

優梨の家までの道のりが、長く感じた。

第192頁

家に近づくにつれ、アタシは自分の体が小刻に震えるのを押さえることができ

なかった。

優梨の家に着くと、玄関にナツくんの姿があった。

「ナツ……ごめん、言っちゃって……」

「俺も隠しててごめん。芽衣、ごめんな」

「……」

3人で家に入り、アタシとナツくんは優梨の部屋に入った。

優梨はジュースを取りに、キッチンに向かって行った。

「ねぇ、詳しく教えて」

「あ、あぁ」

「さっき優梨から聞いたけど、アッくん今クスリやってんの?」

「……」

ナツくんは、下を向いてしまった。

「答えて」

ナツくんはそのまま頭をコクコクッと上下に振った。

そして顔を上げ、困ったような顔をしながら口を開いた。

「俺……。夏休み中に何度もアツシと遊んでて、まだ言わないって芽衣と約束してたみたいだけど、つき合ったのを聞いてたんだ。それで……アツシがバイトするっていう話も聞いてたんだけど──」

「バイト? なんのこと?」

「あ……芽衣は知らないかぁ」

第193頁

アッくん……。

あなたの彼女だったのに、アタシは何も知らなかったよ。

わからないよ……。

それから聞いた話は、初めて聞く話ばかりだった。

アッくんが1ヶ月記念日の昼間に会えなかったのは、カレンという人の引っ越しの手伝いをするバイトを入れていたからだったということ。

アタシが怒って飛び出して、コータと飲んでマンション前で会ったとき、コータにアタシと関係があったようにほのめかされたこと。

そして、クスリに頼ってしまったこと……。

「カレンがアッくんにクスリあげたの?」

「そうらしいよ」

「……カレンとヤッたんでしょ?」

「……らしいね。でも、すぐに後悔したらしいよ。クスリやると、ヤリたくなって、まともな判断ができなくなるらしい」

そうなんだ……。

もう、何がなんだかわかんなくなってきたよ。

クスリなんてテレビの中でしか聞かない話だもん。

わかんないよ……。

「アッくん、ほかに好きな女の子ができたんでしょ? それはカレンなの?」 「はぁ!? それはないよ」

「そーゆうメールがきて、別れたんだけど……」

「絶対ない! ! あいつ、今も芽衣が好きなんだよ!?」

──えっ?

頭の中がグチャグチャになっていく。

第194頁

「アツシがバイトしたのも、芽衣に1ヶ月記念でプレゼントしたかったからだし。ほかに好きな女なんて、いるわけないって」

ナツくんは信じられないという顔をするアタシに、念を押すように言った。 「今さら……。だって……あのメールは……」

混乱しすぎて、言葉が出ない。

ガチャ

「コーラ持って来たよ!」

優梨が部屋に入って来た。

「優梨……」

「め、芽衣? 大丈夫?」

戸惑うアタシの姿を見て、優梨がアタシの隣に座った。

「アツシが芽衣には言うなってゆうから今まで黙ってたけど、話して良かったな……。ふたりで話し合ったほうがいいんじゃないか?」

「……」

「芽衣とアツシ、何か誤解し合ってんじゃない? 誤解は解いたほうがお互いのためにいいよ」

事情が飲み込めない優梨は、黙ってふたりを見ている。

「それに……今アツシを救えるのは、芽衣だけなんだよ。無視しないで、前みたいに戻ってやってくんないかな?」

救えるのはアタシだけ……。

その言葉が胸に刺さった。

第195頁

夏休み前のアッくんの姿が頭に浮かんだ。

たくさんアタシを笑わせてくれて……。

悠哉への気持ちを抑えさせてくれたのも、アッくんの存在だった。 たくさんアタシを救ってくれた。

アッくんがクスリをしてると優梨に聞いたとき、すぐにアッくんに会いたいと思った。

それがアタシの末音なはず……。

「話してくる」

「芽衣、アツシは今は家にいるはずだから……」

アタシはコーラを一気に飲み干し、優梨の家を出た。

そして走ってアッくんの家に向かった。

「芽衣チャン! あけおめ! 急いでドコ行くの? 待ち合わせ?」 途中で菜穂さんとすれちがった。

……待ち合わせ。

そうかもしれないね。

「うん! 夏休みの待ち合わせを果たしに行く!」

「はぁ!?」

アタシは走り続けた。

逃げちゃう訳じゃないのに、急いでアッくんの家を目指した。

第196頁

別れの理由

アッくんのマンションの前に着いたときには、アタシの胸はバクバク激しく打ち、苦しくて息もできない程だった。

こんなに走ったの、久々だよ……。

真冬なのに汗もかいた。

思わずマンションのエントランスに座り込んでしまった。

そのとき──

「芽衣? ……ハァ、ハァ」

マンションの中から息を切らしたアッくんの姿が現れた。

「へっ?」

「窓の外見てたら、芽衣みたいな子がいたから、走って来た……」 アッくんは、痩せた顔でアタシにニコッと笑った。

尐し困った顔をしてたけど、とっても嬉しそうに──

会ったら緊張すると思ったけど、アタシも思わずつられて笑ってしまった。 「久々だから緊張するな。だけど、懐かしい」

「うん。アタシは緊張はそんなにないかな。……それより疲れた!」 「とりあえず、ウチ行く?」

アタシは息が整うのを待ってマンションの中に入った。

つき合ってた頃のように、自然にアッくんの部屋に向かう。

あの夏、もう二度と来ることはないと思った部屋のドアが見えてきた──

第197頁

久々に来たアッくんの部屋は、前よりも尐しだけゴチャゴチャしていた。 読みかけの雑誌。

飲みかけのペットボトル。

そして、なぜか絵馬がふたつ。

「適当に座ってー」

「うん……」

ソファーに腰かけると、アッくんはベッドに座った。

初めてアッくんの家に来たときと同じだった。

「前もこうやって座ったよな」

アタシの気持ちに気づいたのか、アッくんが懐かしそうに言った。 「そうだね……」

あの頃は、末当に楽しかった。

1ヶ月マイナス1日しかない短い期間だったけど、幸せだった── ふたりの間に、沈黙が流れる。

穏やかな沈黙が、尐しずつ気まずい沈黙になって……。

「今日……なんでオレんちに来たの?」

「あの……。アタシ……」

また沈黙──

「……会えて良かった。話して謝らなきゃいけないって、ずっと思ってた」 「アッくん……」

「芽衣、あの日迎えに行けなくてごめんな」

楽しみにしてた1ヶ月記念。

嬉しくて、楽しみで……、ウキウキしながらアッくんを待っていた。 あの日の自分を思い出すと、胸が痛かった。

第198頁

「アタシは……アタシは、アッくんと話し合わないで別れたこと後悔してる。アッくんからのメール見て、すごくショックで……逃げちゃったんだ。でもね、そんな別れ方はよくなかったよね。学校でも気まずかったし……」 「?」

「アッくん、どんどん痩せたよね。気になってたの」

ナツくんから聞いた話は、言わないほうがいい。

全部アッくんの口から聞きたかった。

「芽衣? メールって……どうゆうこと?」

「好きな女できたから別れようって、メールしてきたでしょ?」

「は? してないけど……。芽衣がコータ先輩たちと一緒にいるのを見て、やっぱり何かあってオレよりコータ先輩を取ったのかと思ってた……。カレンから、芽衣に話したって聞いたし。だから、俺は何も言えないなと思って……」 やっぱり、メールは何かの間違いだった。

多分、カレンが勝手に送ったのだろう──

クスリでおかしくなっていたアッくんの携帯をいじる隙くらい、いくらでもあるはずだ。

第199頁

こんなことって、あるんだね。

話し合っていれば、すぐに解けた誤解。

アタシがアッくんのしたことを許せたとしたら……、今もつき合っていたのかな?

アタシはタバコに火をつけて、ひと息吸ってから確信を突く質問をした。 「なんで、カレンとヤッちゃったの? すごくショックだった」

なんでクスリなんかするの?

ショックだよ。

そんな意味を込めて……。

アッくんは黙っていた。

そして、しばらくしてから口を開いた。

「……今、うまい嘘考えたけど、思い浮かばなかった」

「今さら、嘘はいいよ」

「オレさ……芽衣とつき合う前、クスリやってたんだ。たまにだけど、エクスタシーってやつ。知ってる?」

アッくんの言葉に、胸がズキッと痛んだ。

クスリなんかしてない……。

心のどこかで、そんな期待をしてたのかもしれない。

「知らない」

「タマって言われたりしてるんだけど……キマると嫌なこと忘れられるから、あの日カレンにタマもらったんだ。

それでそのまま……ごめんな。オレ、馬鹿だよな……」

アッくんは溜め息をついて、アタシから目をそらした。

第200頁

胸が痛い。

忘れたはずなのに、別れた彼氏なのに……。

悲しくて、涙が頬を伝っていく。

「今も、クスリしてるんでしょ? クスリって痩せるってテレビで見た……」 アッくんは答えなかった。

「泣くなよ……ごめんな」

代わりにそう言って、アタシにティッシュの箱を手渡した。

「クスリ……やめて……」

「もぅ、やめようと思ってた」

「ほんとにやめる?」

アタシは、涙でうるんだ瞳でアッくんの目を見た。

尐し戸惑った顔をしたアッくんは、アタシの瞳から目をそらす。

「ほんとにやめよう……。お願いだから、やめて欲しいよ」

「……じゃあ、そばにいて?」

「えっ?」

アッくんはベッドから立ち上がり、アタシを抱き締めた。

頭の中が真っ白になって……、そして、グチャグチャに混乱していった。 「そ……そばにいてって? どうゆうこと?」

「オレは……」

抱き締める手が強くなる。

小柄なアタシの体が、もっと小さくなって……。

「オレは、芽衣がいないとダメなんだよ……」

小さな声で、アッくんはつぶやいた。

第201頁

戻れないふたり

?~?~?~

「携帯鳴ってる……」

「あっ、ごめん!」

アッくんがアタシから離れた。

「ごめん、思わず……」

アッくんは我に返って恥ずかしかったのか、尐し赤くなっている。 いいタイミング……。

ドキドキする胸を押さえて、アタシは電話に出た。

相手はお母さんだった。

ふと時計を見ると、すでに夜の8時を回っていた。

「今から帰るね」と伝えて電話を切り、バッグを手に取る。

「もう帰んの?」

寂しそうに声をかけてくるアッくん。

尐し気持ちはグラついたけど……。

「帰るね……またメールして。アドレスは変わってないから」

「わかった。さっきはいきなり抱き締めてごめんな」

アッくんに見送られながらマンションを出て、アタシは家に向かった。 家まで送るって言われたけど、それは断った。

ナツくんに聞いたこと、そして、抱き締められたことでも、アッくんがアタシを好きなのかなって実感してしまったから……。

期待させてしまうのは良くないと思った。

第202頁

あの夏、アタシは確かにアッくんを好きだった。

悠哉への気持ちも忘れるくらいに恋してた。

だけど──

今はあの頃と違う。

アッくんはあの頃のようにアタシを好きでいてくれたのかもしれないけど……。

アタシは忘れようと努力して、冬になった頃にはアッくんを見かけても胸すら苦しくならなかった。

それって、好きじゃないってことだよね?

抱き締められた感触がリアルに蘇る。

あたたかくて、優しくて、ドキドキして……。

嫌じゃなかった。

この気持ちは何なんだろう。

アッくんが心配。

それだけではない。

だけど、わからない──

考えているうちに、家についてしまった。

「ただいまー」

ドアを開けると、見慣れない男の靴とパンプスがあった。

誰だろ?

「お母さん~」

靴を脱いでお母さんに声をかけると、リビングの扉が開いた。

「おかえりー」

「悠哉!?」

片手に箸を持って、何か食べてる悠哉。

リビングには食事中の悠哉ママとお母さんの姿もあった。

第203頁

部屋にバッグだけ置き、リビングで久しぶりに悠哉たちとご飯を食べた。 「由美さんと悠哉くんと一緒にご飯たべるのは2年ぶりくらいよねー」 「そうねぇ、懐かしいわぁ」

悠哉ママとお母さんは、偶然デパ地下で会ったらしく、たくさんのお惣菜がテーブルに並んでいた。

悠哉はテレビに映るお笑い芸人のコントにときどき笑いながら、あんかけ焼きそばを食べ続けている。

アタシはチビチビとサラダをつまんだ。

お腹は空いているんだけど、悠哉の前で肉とかガツガツ食べられない。 一緒の夕食は嬉しいけど、悠哉の前だと恥ずかしくって、大食いの女だって思われたくないんだもん。

ご飯を大方食べ終えた後、悠哉が声をかけてきた。

「ちょっとコンビニつき合ってくれない?」

「いいよー」

何も気にせず、悠哉に答えた。

でも……。

コンビニへの道で、悠哉から意外な言葉を聞いてしまった。

第204頁

厚着をして、悠哉と外に出た。

「寒いーっ!」

「ごめんなっ……」

悠哉は、寒そうに両手をこすりながら言った。

「俺、春菜ともぅダメかもしんないよー」

「は!?」

いきなりで驚いた。

てっきりうまくいっていると思っていたから。

悠哉は続けた。

「うまくやってく自信なくなったぁー!」

投げやりに言ったようだったけど、悠哉は寂しそうな顔をしていた。 アタシは何も答えられない。

何も答えられないというか、何と答えればいいのかわからなかった。 ザク……ザク……

尐しだけ積もった雪を踏み締める音だけが、ふたりの間に流れる。 「芽衣は最近どぉなんだよー? 恋愛してんの?」

──ドキッとした。

頭にアッくんの顔が浮かんだ。

そして、隣の悠哉の視線にも……。

ドキドキと胸が激しく鼓動を鳴らしている。

第205頁

「してないよ!」

アタシは下を向きながら答えた。

だって……してないよ。

してないと思うもん。

……ていうか、よくわかんないんだもん。

アッくんに抱き締められた感覚。

悠哉が春菜とうまくいってないこと。

考えると、また頭がグチャグチャになっていく。

「コンポタ買おっ! あとはねぇ、コーラ!」

アタシは気持ちを振り切るように、明るく言った。

「俺は……アイス! にしよーかなぁ」

「雪食べたら?」

ふたりは目を合わせて笑った。

コンビニはもう目の前だ。

自然と早足でコンビニに入り、好きな物を買った。

悠哉が時折見せる、寂しそうな顔に気づいた。

「悠哉、大丈夫? 芽衣で良かったら、また話聞くから」

「ありがと。今度、聞いてもらっていい?」

「うん」

それから悠哉は、わざとらしいくらいに明るかった。

きっとアタシに心配をかけさせないため……。

ふたりはコンポタが冷めないように、急いで家に帰った。

第206頁

夜11時──

悠哉たちは尐し前に帰り、リビングにはアタシとお母さんのふたりきりになった。

「もう遅いから、寝なさいね」

「はぁーい」

お母さんに言われ、自分の部屋に向かった。

今日はきっと眠れなさそう……。

ひとりになると、今日の出来事が頭の中にたくさん浮かんできた。 悠哉と春菜、別れちゃうのかなぁ。

なんでなんだろ?

アッくんも、ちゃんとクスリやめてるかな?

大丈夫かなぁ……。

「あーっ。もぅっ!」

頭に次々と浮かぶ答えの出ない問題たちを消すように、アタシは頭をブンブン振った。

ハァ……。

……暴れたら喉渇いちゃった。

寝てるかもしれないお母さんのことを考え、アタシは静かに部屋を出た。

第207頁

廊下に出ると、真っ暗なリビングから音がした。

「グスッ……ウウッ……」

お母さんの泣き声が聞こえる。

押し殺したような、お母さんの泣き声──

アタシは足を止め、ゆっくりと部屋に戻った。

胸が痛くて……。

アタシのせいなんじゃないかっていう疑問も、また頭に浮かんできた。 アタシは携帯を手にして、電話をかけた。

誰かと話したい。

優梨……。

美亜……。

ふたりとも電話に出ない。

悠哉は、受験シーズンだし……。

アッくんは……?

何してるのかな?

?~?~?~

「ん?」

〈アッくん〉

画面には、そう表示されていた。

胸がドキドキ鳴る。

「はぁい……」

「寝てた?」

「ううん。起きてたよ」

良かった……。

携帯から、アっくんのつぶやきが小さく聞こえた。

アッくんを思い出したら、かかってきた電話。

驚いた……。

「誰かと話したくて、芽衣にかけちゃった」

アッくんは笑った。

まるでアタシの心が読まれてるみたい……。

同じことを考えてたんだね。

第208頁

それからふたりは、いくつもの話をした。

つき合っていた頃の楽しかった話、優梨とナツくんの話、美亜が初詣でガタガタ震えて爆笑した話。

楽しい話ばかりした。

つらいことを話し出せば、止まらなくなってしまう。

そしてまた、アッくんの優しさに甘えてしまう。

「そー言えばオレ、よく神社行くんだよ」

「そーなの?」

アタシはアッくんの部屋に絵馬があったことを思い出した。

アッくんが神社に行くって、意外だった。

「願いごと、叶った?」

「叶った☆」

「そっかぁー。良かったね!」

そしてまた話は変わり……。

次第にアクビとまばたきが増えていく。

朝6時過ぎ──

携帯を耳に当てたまま、アタシは寝てしまっていたらしい。

「ファーッ……うぅん」

寝返りをうって、目が覚めた。

時計を見ると、昼の3時。

「あ、そう言えば携帯は!?」

電話しながら寝てしまったことを思い出し、携帯を探した。

枕の脇に開いたまま転がってる携帯を手にして……。

「ええっ!?」

携帯の画面が、通話中になっている。

14時間38分。

あせって電話を切った。

第209頁

夕方過ぎに、アタシはアッくんに電話した。

「ん……?」

「寝てた?」

「大丈夫……」

アタシは、通話中に寝てしまったことを謝った。

そして、ずっと通話中になっていたことを話した。

「うん、そうした」

「へっ!?」

驚きもせず、普通に答えたアッくん。

「芽衣、何かあった感じだったし……寂しいのかなって思ったから、携帯そのままにしといたんだ。ふたりで寝てる感じすんだろ?」

「……そうだったんだ」

アッくんにはお見通しだったんだね。

前からそうだった。

「話せるなら、話せよ」

「うん……」

アタシとアッくんは、翌日会う約束をして電話を切った。

「どうしよ……」

また気持ちがグラつく。

甘えないって決めたのに……。

アッくんの優しさ、嬉しかった。

ドキドキした。

これって、どういうことなんだろう。

自分の気持ちがわからなかった。

第210頁

翌日──

アタシはアッくんの家に向かって歩いていた。

コンビニに寄って、お菓子を買って……。

アッくんの家に着くと、今日もお母さんはいなかった。

「おじゃまします」

「どぉぞ?」

アッくんの部屋に入ると、テーブルにチョコが乗っていた。

「あれ、アタシが好きなチョコじゃん?」

「前に好きだって話してたから買っといた」

「実はアタシも~」

コンビニの袋から、買ってきた同じチョコを取り出した。

ソファーに座り、さっそくチョコの包みを開けた。

「2個あるから、いっぱい食べれるねっ」

「だよなっ」

アッくんは笑いながら、アタシの隣に座った。

アッくんはいつもベッドに座るのに……。

距離が近くて、緊張するよ。

「チョコ、うまいな!」

「う、うん!?」

声が裏返ってしまった。

アッくんは爆笑する。

アタシは恥ずかしくて、顔を赤く染めた──

第211頁

そして、それを隠すように、もくもくとチョコを食べた。

「そぉいえば、あさってから3学期だよなぁ~」

アタシの気持ちに気づくわけないアッくんは、のんきに話しかけてくる。 今度は声が裏返らないように気をつけて答えた。

「そうだねぇ。3学期かぁ……」

3学期が終われば3年生になる。

クラス替えがあって、みんなとバラバラになるかもしれない。

そして、悠哉はいなくなる。

「寂しいね……」

「悠哉センパイがいなくなるから?」

「えっ?」

アッくんの言葉にドキッとする。

手にしたチョコを落とし、あわてて拾った。

「芽衣は素直だな」

「え!? えっと……そうゆう訳ではなくて……」

「いいって、いいって」

「……」

アタシは何も言えなくなってしまい、尐し膨れてとがらせた口先にチョコを運ぶ。

「いじけるなよー。芽衣が寂しそうだったのは、悠哉センパイのことか?」 「違うけど……んー、多尐はあるけど、違うかなぁ……」

「どっちだよ」

からかわれて、アタシは尐しスネてしまった。

アッくんはそんな状況を楽しむように、アタシの頭をナデナデする。

第212頁

アッくんは何がしたいんだろう……。

ナツくんはアッくんがアタシを好きだと言ったし、アッくんにも必要だって言われた。

でも……。

好きならこんなコト、言ったりしないよね。

頭が混乱する。

それなのに、なでられた頭から伝わるアッくんのぬくもりがあたたかくて── また気持ちが揺れる。

グラグラと、ドキドキと……そして、胸がキューッと痛む。

「じゃあ、アッくんはどうなの?」

「え?」

「クラス替えとか、寂しくないの?」

「芽衣と離れたら寂しくなるねー」

……。

赤くなっていくのが、わかるよ。

「もう1回、つき合わない?」

「えぇっ?」

「また裏返ってる」

頭の中がパニックになる。

アッくんは優しく笑っていた。

「でも……」

「悠哉センパイを好きでもいいよ。前もそうだったじゃん。つき合っていたとき、芽衣は悠哉センパイを忘れてくれただろ?」

……違う、違うの。

アタシは前のアタシじゃない。

頭の中に、レイプされてしまったことがまた鮮明に浮かび上がってくる──

第213頁

コータと愛のないセックスを経験した。

そしてレイプされて、汚されて……。

それ以来は誰とも経験はないけど。

「もう絶対に芽衣を裏切らない。絶対にクスリもしないから、お願いだから……」

アッくんは何もわかってないよ……。

アタシ自身の問題なんだよ。

アッくんはアタシを抱き締めた。

そして、顔が近づいてきて……。

唇と唇が触れ合う。

気持ちよくて、優しさが唇から伝わってきて……。

でも──

アッくんの舌が唇の間から入ってきたとき、アイツらの顔が頭に浮かんできた。 アイツらとキスしてるような錯覚……。

「ンッ……イヤッ……」

「ごめんっ……」

顔をそらしてキスを拒んだ。

アッくんは、あわてて抱き締めていた手を離した。

アッくんの悲しそうな目……。

「ち、違うのっ」

「むりやり、ごめんな。そんなに嫌がられると思わなくて……」

「ホント、違うの……」

「ごめんな」

アタシは、これ以上何も言えなかった。

レイプされたなんて、絶対に言えない。

答えの代わりに、涙が勝手に頬をつたった──

第214頁

「泣くほど嫌だった?」

「違う……チガ……ゥ」

アタシの意思とは別に、流れ続ける涙。

「ご、ごめんっ…帰るっ……」

アタシはバッグを手に、アッくんの部屋を逃げるように出た。

アッくんは何も言わず、追いかけても来なかった。

来た道を戻りながら歩いた。

その間も涙は止まらなく流れ、家が見えてきた頃にやっと涙を止めることができるようになった。

泣いてることがお母さんにバレないように、玄関からリビングに向かって明るく声をかけた。

「ただいまぁ!」

そしてアタシは、すぐに自分の部屋に入った。

ハァ……。

アッくんを傷つけてしまったことに後悔が襲ってくる。

忘れたつもりだったのに、アイツらはアタシの心の隅にまだいたんだ。 どこまでアタシを苦しませるの?

いつまでいるの?

──早く消えてよ!

消えてよ! 消えてよ! !

見えない影に向かって、アタシは心の中で叫んだ。

第215頁

アタシは憂鬱な気分のまま、3学期の朝を迎えた。

アッくんからは昨日、メールがきていた。

〈昨日はむりやりごめんな。もうしないから。友達として、明日からもまたヨロシクな!〉

アタシもメールした。

〈うん!〉

文章が思い浮かばなくて、それだけメールした。

ピンポーン──

いつも通りの時間に悠哉が迎えに来た。

「行ってくるね!」

「はぁい、気をつけていってらっしゃいね」

お母さんに挨拶をして、玄関に出た。

「おはよ!」

「おはよぉ~」

悠哉とアタシは並んで学校へ歩き出した。

「あと何回くらい一緒に通えるんだろうね」

「50回くらいじゃね?」

「じゃあ、絶対に遅刻しないでね?」

「芽衣もな!」

悠哉と歩く学校までの道のり。

離れ離れになってしまうカウントダウンが始まった。

第216頁

それから毎日、変わらない学校生活を送った。

3年は進路や受験で大変そうだったけど、アタシたち2年は関係ない。 アッくんとは何もなかったように友達として過ごしている。

ナツくんと優梨はケンカもあるけど仲良くて……。

美亜は前にアタシも会ったことのある、車に乗っていた男とつき合うとかつき合わないとか騒いでいた。

そして、気づけば1月は過ぎ去ってしまった。

2月、3月、……時は流れて──

たくさん遊んだ春休みも終わって、アタシは3年生になった。

始業式──

暖冬でもう散ってしまった桜並木を通り過ぎ、アタシはひとりで学校へ向かった。

隣にいた悠哉はもういない。

悠哉は希望していた高校に落ちたけど、スベリ止めの高校に合格した。 アタシの家で、一緒に合格祝いをした。

お祝いのとき、春菜も家に来ていた。

悠哉と春菜に微妙な距離があったことに気づいたけど、あれから悠哉には何も言われなかったからアタシはふれなかった。

ひとりでの登校は学校までの距離が、とても長く感じた。

第217頁

?~?~?~

学校に着く尐し前、アッくんからメールがきた。

〈クラス替え、最悪だよー! !〉

よくわからないまま、学校に向かう。

学校に着いて張り出されたクラス替えの紙を見たとき、やっと意味がわかった。 1組 アタシ

2組 アッくん

3組 優梨

4組 美亜

5組 ナツくん

見事にバラバラなクラス替え。

しかもアタシのクラスには、話せる友達がひとりもいなかった。

教室の前まで行くと、いつもの5人組が自然と集まった。

「マジやだよ~!」

「最悪だょなぁ……」

次々とこぼれるグチ。

キーンコーンカーンコーン──

無情に鳴るチャイム。

渋々それぞれの教室に戻る。

アタシも1組に入った。

出席番号順で決められた席は、一番後ろだった。チョコンと椅子に座り、下を向く。

「芽衣チャンだよね?」

いきなり声をかけられて顔をあげると、隣のクラスだった高橋クンがいた。 高橋クンはコータたちとも仲が良く、かなり遊び人な雰囲気。

名前は知っていたけど、話すのは初めてだった。

そう言えばクラス替えの紙の1組のところに、高橋クンの名前もあった気がする。

第218頁

「高橋クン……だょね?」

「知っててくれたんだぁー! それならもっと早く話しかけてれば良かった!」

高橋クンはニコッと笑う。

そして空いていたアタシの隣の席に座った。

「目立つから、うちのガッコで知らない人いないんじゃない?」

「それをゆーなら芽衣チャンもだろ? あと、美亜とか。美亜はクラス一緒だったから、友達なんだょねっ!」

「そーなんだぁ!」

高橋クンとアタシは、話が合って先生が来るまで話し込んでいた。 高橋クンは、コータたちとあの家でよく飲んでいたらしい。

会わなかったのが不思議だねって話した。

クラスに友達ができて良かったぁ……。

不安だったから、ほんとにホッとした。

そして休み時間──

高橋クンの席には数人の男が集まって来た。

みんな学年では有名で目立つ男の子。

コータたちみたいな集団だ。

「ねー、ねー。芽衣チャン」

「ん?」

「今日、どっか行かない? 美亜や優梨ちゃんと俺らと」

高橋クンは、周りの男たちをグルグルッと指さした。

第219頁

美亜は高橋クンとも友達みたいだから来そうだけど、優梨は……。 「優梨、ナツくんとつき合ってるからダメかも?」

「ナツってサッカー部のキャプテンだよね? 優梨チャン彼氏いるんだぁ~」

「マジで落ちるんだけどっ! !」

「お前、フラられたな」

騒ぐ高橋クンと、明らかに落ち込むひとりの男。

確か、中田クン。

中田クンはイカつい系で、ケンカが強いって聞いたことがある。

怖いイメージだったけど、意外といい人そう。

「今、優梨と美亜にメールして聞いてみよっか?」

「してみてよ!」

高橋クンに言われ、メールを打つ。

〈今日、高橋クンたちとどっか行かない?〉

メールを打ってから1分も経たないうちに、美亜が1組の教室に現れた。 「芽衣~? たかチャン~? メール見たょん!」

「おぅ、どっか行こうぜぇ~」

「たかチャンと遊びに行くの、初だょね!」

高橋クンはたかチャンと呼ばれてるらしい。

美亜は乗り気。

優梨は──

?~?~?~

〈ナツに言ったら許可されませんでした!ごめん!〉

やっぱりそうだょね。

「優梨は無理みたい」

「マジで!?」

またまた落ち込む中田クン。

第220頁

その日の放課後、遊びに行ける人は1組に集まることになった。

最初に中田クンが来て、さっきいた男の中から酒井クンが来た。

バッチリ化粧した美亜も、尐し遅れて登場。

最後に、さっきはいなかったけど高橋クンとよく一緒にいる神谷クンも来た。 「もぉ来なそうだから、学校出ない?」

高橋クンの声で6人は教室を出た。

ゾロゾロと校舎を後にして、とりあえず駅の近くのマックに移動した。 校門でアッくんとナツくんと優梨にバッタリ会った。

なんとなく、気まずい……。

「あっ! 優梨たちじゃん☆ 優梨っ! アッくんっ! ナツく~ん! じゃあねっ! また明日ねー! !」

「美亜っ! 芽衣っ! バイバァイ!」

「じゃーなっ!」

優梨とナツくんは手を振り返す。

第221頁

アタシも軽く手を振って声をかけた。

「じゃあね! また明日」

「はぁい!」

「おぅ、またな~」

「……」

アッくんはタバコを取り出して火をつける。

アタシの声は無視されてしまった。

「アツシ! ここでタバコ吸ってんじゃねーよ!」

「おう、じゃーなっ」

中田クンが声をかけるとアッくんは笑って普通に答えた。

そして、3人は駅とは逆の方向に歩いて行った。

しばらく歩いたとき、美亜はアタシにコソッとささやいた。

「なんか、アッくん怒ってなかった? 無視したよね?」

「うん……」

「何かあった?」

「……わかんない」

無視されて尐しムカついてきた。

何もしてないし……。

きっと高橋クンたちと一緒だから怒ったんだと思う。

だけど、そんな理由で怒られても困るよ……。

マックに着いた6人は、それぞれ好きな物を注文して食べた。

話してみるとかなり気が合った6人は、食べ終わったらカラオケに行こうという話になった。

その頃にはアッくんのことは頭の隅にいってしまっていた。

第222頁

カラオケに入るとアタシはバッグからタバコを取り出した。

「あれ? 芽衣チャン吸うんだぁ~」

「うん、吸う人だよ」

「意外だねーっ」

カラオケに来たはいいけど、誰も歌い始めなくて、6人はまた話し込んでしまった。

「そーいえば俺、中田クンって言われるより下の名前がいいんだけどっ!」 「俺も!」

「名字であんまり呼ばれないし……」

そういうことで、それぞれ名前の呼び方が決まった。

高橋クン→たかチャン

中田クン→拓弥クン

酒井クン→酒井

「なんで俺だけ酒井で呼び捨て!?」

「俺らも酒井は酒井って呼んでるだろ? 拓弥は拓弥だし、俺は美亜にもたかチャンって言われてるじゃん。めんどくせーから、酒井で」

みんな爆笑していた。

酒井は話してみるとお笑いキャラで、楽しい人だった。

身長もほかの3人より低くて160ちょっと。金髪のボウズみたいに短い髪が、子ザルを連想しちゃう感じ。

可愛い弟みたいなイジラレ系の人っぽい。

第223頁

「充は充でいいだろ?」

「なんでもいーよ!」

神谷くんは充って言うらしい。

「充だから、ミツは?」

神谷クンの隣に座る美亜が言った。

「任せるっ」

「じゃあミツで?」

4人の呼び名が決まった。

「うちらも呼び捨てでいぃから! ねっ、芽衣☆」

「うん、いーよ!」

6人は友達になったばかりなのに、どんどん仲が良くなっていった。 たかチャンたち4人は、仲がいいのに性格はバラバラな気がした。 だから仲がいいのかな?

たかチャンは、ひと言で言うとチャラい。

顔はカッコイイけど軽そう。

コータみたいな人だなと思った。

拓弥クンは、優しい。

ルックスは中の中で、見た目は怖い。短髪の茶髪で、イカつい。だけど話すと純粋。

酒井はお笑い。

そして、ミツ。ミツはよくわからない。

たかチャンの一番の親友らしいけど……。

顔は、かっこいい。

かっこ良すぎなくらいに整ってる。

肌は黒いけど、ほかの3人と違って黒髪で大人っぽい。

無口なのか、あまり話さなくてクールな感じ。

でも……。

ときどき見せる笑顔は幼くて優しい。

第224頁

それから6人は、歌って騒いで楽しく過ごした。

あっという間に夜になり、解散することになった。

「美亜! 家近いし、一緒に帰ろうぜー」

拓弥クンが美亜に声をかける。

そしてアタシは、一番家が近かったたかチャンと帰ることになった。 暗くなった道をふたりで歩く。

今日の朝まで、まったく話したことのなかった人と仲良くなって……、ヘンな感じ──

「明日からまた学校でヨロシクな~」

「こちらこそっ☆」

たかチャンと携帯の赤外線通信で連絡先を交換した。

クラスに仲良くできる友達ができて良かった。

しかも隣の席だし、ホントに良かった!

これから学校生活が楽しくなりそう。

──そう思っていた。

でも現実は、違っていたんだ。

アタシにとって学校は、どんどん居心地の悪い場所になってしまったんだ……。

第225頁

修学旅行

この日以来、たかチャンたちとアタシはどんどん仲良くなっていった。 そしてクラスの女の子にも友達ができた。

沙良とアイちん。

沙良はちょっとギャル系の女の子。

アイちんは下北沢にいそうな古着とか大好きな子。

優梨や美亜とはもちろん仲がいいけど、沙良とアイちんと過ごす時間も増えてきた。

アッくんとはあの日以来、気まずくなっていた。

挨拶はするけど、極端にメールは減っていった。

それに、アッくんに会うときはたかチャンたちといることが多くて、まともに話しもしなかった。

アタシの中で、アッくんに対しての好意がどんどん小さくなっていったからかもしれない。

冬には「まだ好きかも?」と思っていたのに、時間と距離はアタシの気持ちを冷めさせてしまった。

今は新しい友達といるのが楽しい。

それで満たされていた。

そんなアタシに、アッくんは気づいていたのかもしれない。

第226頁

4月も終わりかけたある日の放課後。

アタシは優梨とふたりで遊んでいた。

「ナツくんとは順調?」

「だねっ☆」

明るい優梨の返事。

「芽衣は好きな人は~?」

「……わかんないっ。今は誰も好きじゃないのかも」

「そっかぁ」

好きな人……。

最近、意識してなかったなぁ。

「友達と遊んでるのが楽しくて忘れてたよ。言われてみたら、好きな人や彼氏欲しいなぁー」

「アッくんは?」

「えっ!?」

「それとも高橋クン?」

「……へっ!?」

優梨は尐し真面目な顔をして、アタシの目を見た。

「最近の芽衣、高橋クンたちとばかりいるから、アッくん複雑みたぃだょ~」 「……そっかぁ」

アッくんの様子からわかってはいたけど、優梨の口から聞くと胸が痛んだ。 「それに、高橋クンとできてるって噂立ってるよ」

「ええっ!? たかチャンは友達だよ!?」

「それはわかってる! だけど、噂が立ってるの。けっこーみんな知ってるよ」 「えっ……」

訳がわからない。たかチャンとは何もないのに……。

第227頁

「アッくんも知ってるの?」

「……うん。ナツがアッくんも知ってるって言ってた」

「誤解、解かなきゃ! !」

あわてて携帯を取り出す。

優梨はそんなアタシの姿をジッと見て、言った。

「芽衣がアッくんのことを好きになれないなら、噂は放っておけば?」 「なんで!?」

「アッくんが可哀想になってきた……」

どういう意味?

ウソの噂なんだよ?

「アタシは芽衣と親友だけど、アッくんも親友だと思ってる。だから……中途半端な芽衣の気持ちに振り回されたら可哀想だって思う」

「中途半端なんかじゃないよ──」

「アッくんがクスリしてるって知ったとき、側にいるからって約束してやめさせたって言ってたじゃん。でもさ、3年になってから、一度もアッくんとふたりで遊んでないじゃん? みんなで遊ぶときだって、アタシは2回しか来てないよ。ほかは高橋クンたちと一緒じゃん」

「そ、それは……」

言い返そうにも言葉がなかった。

優梨に言われなくてもわかってる。

たかチャンたちといるのが楽しいんだもん……。

だけど──

第228頁

アタシは優梨と別れた後、アッくんの家に向かった。

頭じゃなく、足が勝手に歩いている感じ。

家に着くと、驚いた顔をしたアッくんが迎えてくれた。

「どしたの? ビビった」

「近くにいたから、久しぶりに遊びに来ちゃった」

嘘をついた。

自分でも、なんで来たのかよくわからない。

アッくんの部屋に入り、たわいもない会話をする。

尐しぎこちない空気の中、沈黙がないようにベラベラと話す。

アッくんはしばらくアタシの話を聞いてから、口を開いた。

「来て平気なの? 高橋は?」

「は? 関係ないよ! ヘンな噂あるみたいだけど、誤解だもん」 「そんな否定しなくてもいいよ。オレに気を使わなくていいよ」

「違うって!」

アタシは必死に否定した。

何でかわからないけど、アッくんには誤解されたくなかった。

「ホントに違うから──」

ギュッ

いきなりアッくんに抱き締められた。

そして、キス。

ビックリして、されるがままのアタシ。

そしてアッくんは離れた。

「……」

驚いて、声が出ない。

第229頁

アッくんは絶句するアタシの背中に手を回し、座っていたソファーに押し倒した。

「!?」

目の前にはアッくんの顔があって、天井のライトが見えて……。

アッくんの手が、アタシの胸を揉んだ。

「えっ!? ち、ちょっと……」

「……黙ってて」

「え!?」

パニックになる。

その間もアッくんの右手は胸で動き続け、左手でアタシの内モモをなでる。 訳がわからない。

でも……、久しぶりに触られた体は敏感に反忚する。

強引なのに、指先は優しくて……。

アタシは理性を忘れてしまった。

そして快感に身を委ね、最後まで許してしまった。

終わった後、アタシの心はポッカリと穴が開いたようになっていた。 体だけは満たされて汗ばみ、息があがっている。

下着を着け、アッくんに背を向けた。

「……ごめん」

「謝らないで。謝られると惨めになりそうだから……」

アタシは、自分の中にある末能というものがわからなかった。

こんなに簡単にセックスしてしまった罪悪感と、久しぶりに感じた快感── 心は揺れ動いていた。

第230頁

翌日──

学校に行くと、教室は修学旅行の話で盛り上がっていた。

たかチャンがアタシを見つけ、声をかけてきた。

「芽衣! おはよ! 来週、修学旅行のホームルームだって! 一緒の班にしようぜっ!」

「う……うん! そうしよーよ」

たかチャンと話しながらも、アタシは周りをキョロキョロと見渡した。 たかチャンとデキてるっていう噂がある──

みんながアタシをそういう目で見てるんじゃないかと気になってしまう。 「あと、誰にする? 班は5人だよな?」

「誰にしよっかぁ……」

「酒井もだろ?」

「もちろん!」

始業式の翌日、教室に行くと離れた席に酒井がいた。

カラオケのときは知らなかったけど、実は同じクラスだったことが発覚。 あとふたり。

……! ! ちょうど、沙良とアイちんで5人だ。

そしてタイミング良く沙良が教室に入って来た。

「沙良、おはよ!」

「おはよ!」

そして、沙良に修学旅行の班の話をした。

「マジで!?」

「うん。嫌かな?」

沙良は驚いていた。

たかチャンたちと沙良は全然仲良くないから、嫌なのかも……。

みんなによく怖がられてるみたいだし……。

第231頁

「やっぱ、ダメかな。芽衣は沙良とアイちんと同じ班が良くて……でも、たかチャンたちとも──」

「ちょー嬉しい! ありがとうっ! !」

沙良は驚いたと思ったら、今度はアタシの両手を握ってピョンピョンはねて喜んでいる。

「?」

「アタシね……」

沙良はアタシの耳元で言った。

「高橋クン、好きなんだぁ~?」

沙良は満面の笑顔。

「マジで!? もっと早く言ってくれたら良かったのにー! !」

「ち、ちょっと! 声でかいってば! !」

思わず大声が出たアタシを、沙良が真っ赤になって止めた。

「ごめんごめん」

「もうっ!」

沙良はたかチャンが好きなんだぁ?

確かにたかチャンはモテる。

彼女も好きな人もいないみたいだし、同じクラスになってからアタシが知るだけでも5人にコクられていた。

沙良もそうだったなんて……。

協力してあげよう!

アイちんに話すと尐し悩んでいたけど、沙良の気持ちを聞いて了解してくれた。 「これで班が決まったねっ!」

「沙良の恋愛作戦も☆」

「恥ずかしい……」

修学旅行が楽しみ!

ウキウキしてきた! !

第232頁

さっそくたかチャンと酒井に話し、5人で集まった。

「田口と中川とはほとんど話したコトないけど、これからヨロシクな!」 「うん☆ 高橋クン?」

たかチャンの言葉にデレデレな沙良。

その日から5人で仲良くなった。

アタシはその状況がとても嬉しかった。

沙良にはたかチャンとうまくいって欲しいという気持ちが日に日に強まっていく。

でも、その一方で純粋に恋できる沙良が羨ましかった。

アタシはあの日から、アッくんと時々関係を持ち続けていた──

誰にも言えない。

みんなに軽蔑される。

そんな関係を持つ自分が嫌だったけど、ついつい会ってしまう。

このときは、なぜだか自分でもよくわからなかった。

きっと、愛を感じて繋がっていたかったからなんだと思う。

自分が愛してる愛してないは関係なくて、愛されている感覚が心地良かった。

そしてセックスを覚えたてのアタシは、麻薬中每のようにセックスの快感の虜にもなってしまったんだ……。

寂しかったのかもしれない。

第233頁

愛していた悠哉に愛されなくて、

初めてできた彼氏に裏切られて、

友達に裏切られて、

レイプされて、

自殺朩遂して、

養子とわかり、親も離婚して……。

1年の間にこれだけのことが起きた。

寂しさがないなんて言えば、嘘になる。

表には出なくても、寂しさは蓄積されていた。

セックスしているときは、何も考えなくていい。

快感に身を委ねるだけ。

一時的に、満たされる。

アッくんとのセックスの後は、決まって虚しさが襲ってきた。

ヤラなきゃ良かったと毎回後悔した。

でも、それ以上の何かがセックスにはあった。

幸せなセックスしかしたことのない人にはわからないかもしれない。 だけど、不幸なセックスをした人ならわかってくれると思う──

あっという間に5月も終わり、6月なかばにある修学旅行まであと尐しになってきた。

パンフレットが配られ、班別のミーティングが毎日のように行われる。 大阪に2泊3日の修学旅行。

大阪に行ったことのないアタシは、今からショッピングや観光で頭がいっぱいだった?

第234頁

修学旅行まであと1週間──

「来週は修学旅行だから、今日も班別に分かれて計画を立ててください!」 学級委員の声で、生徒はゾロゾロと同じ班同士で集まっていく。

最近、ホームルームは修学旅行の準備ばかりで楽しかった。

「高橋クン、横に座っていい?」

「いーよ!」

沙良がすぐにたかチャンの横の席をキープ。

沙良は末当にたかチャンが大好きで、最近は好きだってことがバレバレな態度。 沙良の気持ちに気づいてないのは、たかチャン末人くらいだと思う。

ホームルームが終わると、クラスに拓弥クンとミツが入って来た。 「大阪で1日、自由行動の日あるじゃん。吉末見に行こうぜ~」

拓弥クンがみんなを誘う。

「行きてぇ~! 沙良ちゃん、お笑い好きだよな☆」

「うん、行きたい! みんな行こうょ! 高橋クンも行くでしょ!?」 酒井はノリ気。

沙良もノリ気でアタシたちを誘う。

視線はたかチャンだけど……。

「俺は……ちょっと大阪の友達の家に行くから無理かな」

「えーっ……」

明らかに落ち込む沙良。

「仕方ないよ! うちらで行こう!」

「……うん、そうだね」

第235頁

修学旅行の予定がいろいろと決まってきた。

朝8時に駅に集まり、新幹線で大阪に向かう。

大阪に着いて、みんなで大阪城や博物館を見て……。

その日はそれで終わり。

2日目は、自由行動の日。

アタシたちはみんなで吉末だ。

途中で抜けて、優梨と美亜に会う予定。

3日目は班別で観光して、新幹線に乗って帰る。

放課後、帰る用意をしているアタシにたかチャンが聞いた。

「芽衣は吉末行きたい?」

「え? んー…ぶっちゃけ、どっちでもいいかな? USJ行きたかった!」 「そっかぁ。じゃあ、また明日な!」

「バイバイー!」

アタシはひとりで学校を出た。

しばらく歩くと、私服のアッくんに会った。

「あれ? 学校は?」

「さぼった」

相変わらず適当なアッくんに、苦笑いのアタシ。

「夜中までヒマだから、家来ない?」

「アタシもヒマだし行こうかな~」

ふたりはアッくんの家に向かって歩き始めた。

そのとき尐し離れた場所からふたりを見ていた人がいた。

──沙良だ。

沙良はふたりの仲の良さそうな姿を見て、声をかけそこねて帰って行った。

第236頁

アッくんの部屋で、アタシはベッドに横になりながらくつろいでいた。 隣にはアッくんが横になっている。

「修学旅行、楽しみ?」

「うん☆」

「オレは行きたくないですよ~」

アッくんはアタシを抱き締めながら、ダルそうに言う。

アッくんのクラスは真面目な人ばかりで、合いそうな人は確かにいなかった。 「つまんないよ~。芽衣、夜這いしてねっ?」

「あははっ?」

笑い飛ばしながらも、言われるままに夜這いしてしまいそうな自分。 アッくんとアタシの関係は何なんだろう……。

セフレ?

それとも?

よくわからないまま、今日も抱かれてしまう。

──というか、考えても結論が出なかった。

壊れ始めた友情

「芽衣! 起きて! !」

「う、う~ん……」

シャーッ

部屋のカーテンをお母さんに開かれ、アタシは朝日の眩しさに目を細める。 時計を見ると、朝の6時半を尐しまわっていた。

「今日から修学旅行でしょ!? 早く起きなきゃ置いていかれるわよ! !」 「うぅ……ん。起きるぅ……」

ベッドから起き上がり、タバコに手を伸ばす。

「タバコはやめなさいって言ってるでしょ! 修学旅行でバレたら、途中で強制帰宅よ! !」

母はタバコを取り上げてリビングに戻っていった。

「あぁ……タバコ……」

仕方なく、リビングに向かう。

修学旅行は楽しみだけど、早起きはダルい!

リビングのゴミ箱から捨てられたタバコを拾い、トイレにかけこんで鍵をかけた。

「芽衣! タバコはやめなさいってば! !」

鍵もかけてるし、無視して寝起きの一服。

最近、お母さんは強くなった気がする。

夜中の泣き声も聞こえなくなり、よく怒る。

うるさいなって思う日もあるけど、元気になったお母さんをアタシは嬉しく思っていた。

第237頁

集合時間の8時ギリギリに駅に着くと、みんな集まっていた。

尐し遠くにダルそうなアッくんの姿も見える。

「楽しみだねっ! 新幹線、隣の席に座ろうね!」

沙良は朝からハイテンションで、アタシの隣で騒いでいる。

アイちんは尐し離れた場所で、ほかのクラスメイトと話していた。 新幹線に乗り、いつものチョコを取り出す。

沙良とつまんでいると、たかチャンがやってきた。

「ひとつ食いたい!」

「いーよ☆」

たかチャンはチョコを食べながら、またどこかに行ってしまった。 「あー??たかチャンかっこいい……」

沙良はたかチャンの姿を目で追いながら、独り言のように言った。 「ほんと好きだねぇ」

「うん!」

迷いのない沙良の言葉。

「アタシね、修学旅行中にコクろうと思うんだ! !」

「えっ!?」

「頑張るっ!」

「頑張ってね~??協力するから☆」

沙良の決意には驚いたけど、忚援したかった。

友達には幸せになってもらいたい………。

「協力、頼みますっ!」

「もちろん! !」

アタシと沙良は手を握り合った。

第238頁

大阪に着き、バスに乗り換えた。

隣にはまた沙良が座り、明日の吉末の話や班別行動の話をした。

それから大阪城を見て、博物館を見ていると、あっというまに夕方になった。 バスは宿泊先のホテルに向かった。

夕食を取り、入浴してから部屋に戻ると美亜が部屋に遊びに来た。 「ちょっと芽衣、外、出れない?」

「? 待ってて~」

沙良とアイちんに声をかけ、アタシは部屋の外に出た。

美亜はアタシの手を引いて、ひとけのない場所に向かって行った。 「……どうしたの?」

「あのね、さっきたかチャンに会って……芽衣に話があるらしいよぉ。みんなにバレないようにコッソリ会いたいんだって。ホテルの横にある神社の境内で待ってるって☆」

「何かあったのかなぁ?」

「わかんない~。とりあえず、今から行ってみて!」

「……うん」

アタシは先生にバレないようにホテルの外に出た。

そして、隣にある小さな神社の境内に向かった。

第239頁

ジャリ……ジャリ……。

丸石が敷き詰められた道を歩く。

外は陽が落ちて暗くなり、肌寒かった。

境内にたかチャンの姿はない。

来るのが早すぎたかな……。

「おぅ!」

「キャッ! !」

暗闇からいきなり声がした。

心臓がバクバク鳴って体が固まった。

誰?

たかチャン?

すぐに暗闇から、苦笑いのたかチャンが姿を現した。

「驚かしてゴメンな!」

「ほんとビビった! 暗闇で何してたの?」

「あっちに小さい道あんだよね」

よく見ると、たかチャンの出てきた場所に小さな小道があった。 「あそこから、ホテルの裏口に抜けれるんだよ」

「マジだぁ☆」

「裏口はセンセーの見張りがないから、ここから抜け出せば夜中も遊び放題! !」

アタシとたかチャンは目を合わせて笑った。

そしてふたりは境内に座って、タバコを吸った。

「移動中とか吸えなくて、マジきつかった!」

「アタシも今日、トイレで吸ったりしたくらい。ヤニ切れだよー」 「だよなぁ……」

「……うん」

沈黙が流れる。いつもは気にならないのに……。

何か話さなきゃいけない気になる。

第240頁

「そういえば、夜にふたりきりで会うのは初めてだねっ」

「そうだな……」

沈黙を破るように、明るくアタシは言った。

いつもたかチャンはおしゃべりなのに、その日は静かだった。

ヘンに緊張する。

「あのさぁ、芽衣は今彼氏いるの?」

「いないよ。知ってるじゃん」

「じゃあ、好きなヤツはいる?」

「えっ?」

頭に悠哉とアッくんの顔を思い浮かべた。

だけど、胸はドキドキしなくって……。

「いないよ」

アタシはそう答えた。

たかチャンは静かに2末目のタバコを吸い始める。

「俺は……いるよ」

「そうなんだぁ……」

またなぜか胸がバクバク鳴り始めた。

ヘン……。なんでだろう……。

自分でもよくわからなかった。

「たかチャンが好きな人いるなんて、初めて聞いたよー」

「まぁな……」

また会話が続かない。

第241頁

たかチャンはタバコを地面にこすりつけて消した。

そして、アタシの方を真っ直ぐ向いて──

「芽衣、俺とつき合わない?」

「へっ!?」

頭が真っ白になる。

理解できない──

たかチャンはそんなアタシをよそに、しっかりと目を見ながら続けた。 「好きな人って、芽衣のことだから……」

「あ……あの……」

さっきからあったヘンな緊張やヘンなドキドキは、このせいだったのかな? 自分では気づかないうちに、予感してたのかな?

でも、たかチャンの気持ちには答えられないよ。

だって……、たかチャンは沙良の好きな人──

「俺のこと、どう思ってる?」

「え、あ、あの……」

──どうって聞かれても──

「と、友達としてしか……見てなかったから」

「これから、男として見れない?」

見れる訳がない。

沙良がどんなにたかチャンを好きだかわかるから……。

でも、そんなこと言えない。

「……見れないかな。ごめん」

そう言うしかなかった。

──ほんとは見れると思う。

たかチャンは性格も好きだし、顔もタイプだし……。

第242頁

沙良の気持ちさえなければ、嬉しい告白だった。

「そっかぁ……ごめんな。いきなり」

「ううん、ごめんね」

たかチャンの気持ちを考えると、胸が痛んだ。

下を向いてしまうアタシ。

「あのさ、明日だけでいいから、1日つき合ってくれない?」

「えっ?」

「そしたら諦めるから……明日1日だけ、彼女になってくんない? 自由行動が終わったら俺は芽衣の友達に戻るから、ほんとお願いっ! !」

顔を上げると、たかチャンはペコッと頭を下げていた。

プライド高くて、女の子に人気があるたかチャン……。

そんなたかチャンが、アタシに頼んでる姿は切なかった。

「うん、わかった」

「マジで!? ありがと、芽衣……」

「だけど、ひとつ約束してほしいの。みんなにバレると友達関係がおかしくなるから、ふたりで明日過ごすのは内緒にしよう」

「……わかった」

アタシは小道を通って裏口からホテルに戻った。

廊下はひっそりと静まり返り、同級生の姿は見当たらない。先生に見つからないように静かに部屋に戻った。

第243頁

部屋に戻ると、部屋の隅にいた沙良とアイちんがアタシを呼んだ。

後ろめたさから沙良の顔を真っ直ぐ見れない。

アタシが悪い訳ではない。

だけど、たかチャンの気持ちは沙良ではなく自分にあることを知ってしまった。 「どうしたの?」

「あのね、たかチャンに明日コクろうと思ってるの」

「……」

沙良の言葉に返す言葉がなかった。

どうしたらいいんだろう……。

「芽衣もアイちんも協力してねっ☆」

「うん! !」

「……うん」

歯切れの悪いアタシの返事に、沙良は不安そうな顔をした。

「芽衣、何かあった?」

「え!? ……べ、別にないよ」

「なんか、ヘンだよ」

「あ、あの、お腹痛くてさぁ……」

苦笑いするアタシ。

「ちょっとトイレ……下痢だから、部屋じゃなくて廊下のトイレ行くね」 「大丈夫?」

「う、うん……」

アタシは逃げるように部屋を出た。

嘘は苦手。

沙良の気持ちを考えると、部屋にいることができなかった。

第244頁

廊下に出ると、アタシは美亜の部屋を訪ねた。

「タバコいかない?」

「いーねぇ☆」

美亜はバッグからタバコを取り出して、廊下に出た。

ふたりはさっきの裏口から外に出た。

「こんな道、よく見つけたねー」

「たかチャンに聞いたんだぁ……」

たかチャンの名前を出すと、胸が痛かった。

神社の境内に入り、さっきたかチャンと座った場所に腰を下ろす。 「さっきね……」

アタシはたかチャンに告白されたことを美亜に話した。

美亜はウン、ウンと静かに聞いてくれた。

「すごく気まずいんだよねぇ……」

「そっかぁ……」

話を聞き終わった美亜は、尐し考えてから話し始めた。

「たかチャンから芽衣の相談されたことあったんだ。沙良チャンのこともあるけど、たかチャンの気持ちも考えてあげてほしいな」

「でも……沙良が旅行中にコクるって言ってるの。どうしたらいいんだろ?」 「フラれるのがわかる告白だもんねぇ……。まだ早いからもう尐し待ってみたら? って話すとか……」

ふたりで話し合っても、結論は出なかった。

第245頁

気が重いまま部屋に戻ると、沙良がアタシのほうに走り寄ってきた。 片手に薬の瓶を持っている。

「大丈夫~!? これ、腹痛の薬だからちゃんと飲んでね!」

「……ありがとう」

沙良の優しさに、胸が痛んだ。

大好きな友達なのに、沙良を傷つけてしまう。

どうしたらいいんだろう……。

たかチャンに告白されたなんて、絶対言えないよ。

どうして人の気持ちはすれちがってしまうのかな。

アタシは悠哉を好きだった自分と、今の沙良の姿を重ねた。

「ハァ……」

溜め息しか出ない。

「大丈夫?」

「医者行く?」

ほとんど話したことのない同じ部屋のクラスメイトまで、心配してアタシに声をかけてきた。

「大丈夫……ほんとごめんね」

ごめんねって言葉は、心配かけてごめんという意味。

そして、沙良に対してのごめんという意味も……。

その晩はみんなと話しながらも常に上の空だった。

深夜に布団に入ってもなかなか寝着けない。

そんなとき、携帯に1通のメールが入ってきた。

第246頁

みんなを起こさないように、コッソリ携帯とタバコを持って部屋を出た。 メールはアッくんからだった。

〈起きてる?〉

そのひと言。

廊下に出たアタシはすぐに返事した。

〈今、廊下!どこに行く??〉

〈行動早くね!?何かあった??〉

メールの返事を作っていると、尐し遠くにアッくんの姿が見えてきた。 ふたりは手を取り合って、静かにホテルを抜け出した。

裏口から神社を抜けて当てもなく歩いていると、小さな公園にたどり着いた。 深夜の公園は静かで、薄暗い。

「公園って、昼間と夜は全然ちがうよね~」

アタシは小さなブランコに座って、タバコを取り出す。

アッくんも隣のブランコに座り、ブランコをこぎ始めた。

「何かあっただろ?」

「まぁ……ウン」

「どした?」

アッくんは元カレだし、話しづらい……。

「だ、大丈夫!」

「言いたくないならいいけど、あんまり無理すんなよ!」

「うん、ありがと」

第247頁

アッくんはブランコからピョンと飛び降りた。

そして、アタシの正面にきて……。

「何かあったら、いつでも相談乗るからな──」

「うん……」

そう言いながら優しくアタシを抱き締めてくれた。

アッくんの胸の中はあたたかい。

久々に感じたアッくんの優しさ。

「つらいときや悩んでるとき、いつもアッくんが側にいてくれるね……」 「そうか?」

「うん……。つらいとき、一番効くお薬がアッくんかも」

「お前サァ……まぁ、オレもかなぁ。芽衣といると楽しいし、癒されるねぇ~?」

アタシとアッくんの仲は、不純かもしれない。

つき合ってないのにセックスするなんて、ただのセフレかもしれない。 だけど、絆がある。

どんな絆かはわからないけど、何かで繋がって通じ合って……。 お互いにとって、お互いが大切な存在なんだ。

第248頁

始まり

翌朝──

アタシは眠い目を擦りながらも起きて、朝食を食べに大広間に向かった。 4時過ぎまでアッくんと公園にいたから、ほとんど眠れなかった。 「クマできてるよ?」

「どしたの?」

何も知らないアイちんと沙良が、声をかけてきた。

「夜中に脱出して、前のクラスの友達と遊んできちゃった?」

「マジ!?」

「うけるねっ!」

「先生に見つかったらどうしようって怖かったよお」

気まずさをまぎらわすようにふざけて笑う。

3人は大広間に着くと、班別に分けられたテーブルに座った。

たかチャンと酒井はまだ来ていなくて、尐しホッとする。

気まずくて、たかチャンに会いづらい……。

しかも、隣には何も知らない沙良がいる。

朝食の時間まで3人で話していると、いきなり沙良の顔がパァッと明るくなった。

「高橋クン! 酒井クン! こっちだよ~?」

「おぅ! おはよー」

沙良の視線の先には笑顔の酒井と、尐し気まずそうなたかチャンがいた。 「おはよ……」

「おはよう」

アタシも自然を装って、声をかけた。

第249頁

5人が揃い、気まずい中で食事をした。

表面的には楽しい食事を装ったけど、全然喉を通らない。

?~?~?~

アタシの携帯の着信音が鳴った。

〈今日みんながホテル出たら迎えに行く〉

たかチャンからのメールだ。

携帯の画面から目を上げると、たかチャンと目が合った。

気まずい瞬間──

パッと目をそらしてしまう。

沙良に気づかれたら大変だよ……。

部屋に戻ると、沙良とアイちんは吉末に行くために用意し始めた。

「アタシね、前のクラスの友達と自由行動することになっちゃった……。だから、吉末行けないや」

「えっ?」

「なんで!?」

ビックリする沙良と、露骨に嫌な顔をするアイちん。

アイちんは、アタシに詰め寄った。

「約束してたじゃん。なんでいきなり!?」

いつも優しいアイちんは、明らかに不機嫌そうだった。

沙良は荷造りの手を止めて、アタシとアイちんを見ている。

「自由行動中に一緒にいる子がいないって聞いて……ひとりは可哀想だから……」

アタシはまた嘘をついた。

最近、ふたりには嘘ばかりついている。

第250頁

嘘をつき続ける自分は嫌なのに、また嘘を重ねた。

「途中で合流するね。友達をほうっておけなくて、ごめんね」

「……」

アイちんとアタシの間に険悪な空気が流れた。

「仕方ないよ。友達が可哀想じゃん。修学旅行なんだから、側にいてあげなよ」 そのとき、沙良がフォローに回ってくれた。

アイちんも沙良の言葉を聞き、納得したようだった。

「ごめんね……」

謝りながら、部屋を出る。

心配する沙良の姿を、これ以上見れなかった。

アタシは昨日行った神社に向かった。

そして、携帯を取り出した。

……たかチャンには悪いけど、断ろう。

これ以上、沙良を騙せないよ。

沙良を裏切れないよ──

たかチャンの携帯を鳴らした。

「もうみんないないの? 迎えに行こっか?」

何も知らないたかチャンは、楽しそうに話す。

たかチャンの気持ちを考えると心が痛んだ。

でも……。

このままじゃダメだよ。

たかチャンとの約束を断って、沙良に全部話そう。

沙良とずっと気まずいのは嫌だった。

第251頁

「今日会うのはやめない?」

「えっ!?」

「ごめんね……」

「どこにいるの?」

「神社だよ」

たかチャンの沈む声に胸が痛む。

しかし、沙良の気持ちを一番に考えたかった。

「アタシは……」

「──芽衣! !」

受話器から……。

そして、後ろからたかチャンの声がした。

「え!?」

振り返ると、ホテルの裏口に繋がる小道からたかチャンの姿が現れた。 「芽衣、どうしていきなり……」

たかチャンは走ってきたのか、息を切らしている。

ハァ、ハァと苦しそうにアタシに問いかけた。

「だから……今日は一緒に過ごせない」

「なんでだよ!?」

「理由は……」

唇を噛み、下を向いてしまうタカちゃん。

断る言い訳が思い浮かばなかった。

「たかチャン、ごめん」

「芽衣……」

そのとき、たかチャンの頬にひと筋の涙がつたった。

ケンカも強く、リーダー的なたかチャンが泣いていた。

「ご、ごめんっ……」

アタシは動揺しながらハンカチを取り出した。

「お願いだから。今日だけだから……俺、マジだせぇけど……今日だけつき合ってくんない?」

「たかチャン……」

ハンカチを強く握り締めた。

第252頁

そんなたかチャンを見たら、断れないよ……。

沙良を思う気持ちは、たかチャンの気持ちと涙に負けてしまった。 「ご飯でも行く?」

「……マジで?」

「だって……」

「涙は男の武器だねぇ」

「は!? わざと?」

「さぁ?」

たかチャンは急に笑顔になり、アタシの手を取って歩き出した。

よくわからないまま手を引かれるアタシ。

「どこ行くの?」

「USJ! 行きたいって言ってただろ?」

「──マジで!?」

こんな状況なのに、顔がほころんでしまった。

「行きたいって言ってただろ?」

「……うん」

──今日が最後だから。

今日だけだから。

自分にそう言い聞かせる。

たかチャンが強引だから仕方ない。

そう心の中で繰り返す。

アタシは、そうやって罪の意識から逃れようとした。

たかチャンと過ごしたUSJは楽しかった。

手を繋いでアトラクションをまわり、たくさん写真を撮って歩いた。 「楽しいねっ☆」

素直な気持ちが唇から溢れていく。

沙良……。

今日で終わりにするから許してね。

沙良……。

楽しんでごめんね。

第253頁

楽しい時間はすぐに過ぎ、夕暮れになってきた。

「もう帰らなきゃね」

「そっか……」

たかチャンは悲しそうな顔で空を仰いだ。

西の空は赤く染まり、太陽がアトラクションの隙間に隠れようとしている。 「……帰りたくねぇな」

「……」

うん。とは言えない。

たかチャンと過ごした時間は確かに楽しかったけど、夢のように限られている時間──

ホテルに帰ったら、覚めてしまう夢。

「出ようか」

「……そうだな」

無言でゲートに向かうふたり。

隣で歩くたかチャンの横顔は、とても悲しそうだった。

ホテルへ向かう電車は、夢から現実に戻る電車のようだ。

USJからほとんど口を開かないたかチャンに、アタシは声をかけた。 「今日は楽しかったね。ありがとう」

「おぅ」

夢──

この感覚は、アッくんと過ごした屋上での出来事を思い出させた。

あのときアッくんに気持ちが揺れ動いたように、今日1日でアタシの気持ちはたかチャンに向かっている。

友達を越えた、何か違う気持ち……。

第254頁

たかチャンともう尐し一緒にいたい気持ちになる。

そんな気持ちはダメという理性。

まだ一緒にいたいという末能。

ふたつの両極端の思いで、アタシの心は揺れる──

トンッ……。

電車の揺れに合わせて、肩に重みを感じた。

ふと肩を見ると、たかチャンの頭が乗っていた。

スー、スー、と気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。

「寝ちゃったんだ……」

たかチャンの顔にかかった前髪をそっと払ってあげると、可愛い寝顔が見えた。 いつもはキリッとしてるのに、寝顔は子供のように幼い。

可愛くて、思わず頭をヨシヨシとなでてしまった。

電車がホテルの最寄り駅に着き、たかチャンとアタシは電車を降りた。 たかチャンはまだ眠いのか、瞼をゴシゴシこすっている。

「なかなか起きなかったから、乗り過ごしちゃうんじゃないかと思った! ! 起きてくれて良かったよぉ」

「わりぃー寝ると思わなかった!」

「もぉ~っ」

怒ったフリをするアタシに、謝るたかチャン。

駅のホームを歩き、改本を抜けた。

第255頁

もうすぐふたりの時間は終わってしまう……。

駅を出ると、同じ中学の生徒の姿が見えた。

「別々にホテル帰ろ」

「あ、ああ。そうだよな。一緒だと怪しいよな」

みんなにバレたら大変だ……。

アタシは立ち止まり、たかチャンに手を振った。

「楽しかった! 先に行っていいよ。ホテルでまた!」

「……じゃあな。ありがとな。芽衣」

永遠の別れでもないのに、切なくて涙が出そうだった。

遠くなるたかチャンの背中──

見えなくなるまで、アタシは小さく手を振り続けた。

ホテルに戻り、また班別に夕食を取った。

たかチャンとは何事もなかったように話し、沙良たちの吉末の話を聞いた。 食事が終わり部屋に戻ると急激な眠気が襲ってきた。

睡眠不足なのにUSJでたくさん歩き、夕食で満腹になっている。 もう起きているのは限界だった。

「ごめん、寝る……」

「ええっ!?」

「まだ9時だよ?」

あまりの早寝に驚く沙良とアイちん。

「相談があるのー!」

沙良はアタシの肩を揺さぶって、起こそうとする。

第256頁

……沙良には悪いと思いながらも、アタシの眠気は覚めなかった。 「ごめんっ、起きたら聞くから……」

「芽衣~っ……」

アタシは深い眠りに落ちた。

眠っている間に、信じられないことが起きていた。

幸せなのは、眠っているアタシだけ──

ガヤガヤする騒ぎ声で、アタシは目を覚ました。

枕元の携帯を手に取ると、AM2:00──

なぜか部屋の電気はまだついていて、誰か泣いているようだった。 「……こんな夜中にどうしたの?」

電気の眩しさに目を細めながら声の方向を見ると、アタシ以外の同じ部屋のクラスメイトが集まっていた。

「起きたみたい……」

「よく寝られるよね」

みんなはアタシの方を見ながらヒソヒソ話している。

みんなの中心で、沙良が泣いているようだ。

「どうしたの? ……沙良、泣いてるの?」

「はぁ!? 『泣いてるの?』 じゃないよ! ! 芽衣のせいだよ! !」 「えっ?」

アイちんがキレた。

睨まれて体が固まる。

嫌な予感がした。

第257頁

沙良は大きな涙をポロポロとこぼしながら、アタシの布団に近づいてきた。 悲しい瞳──

沙良のこんな目をみたのは初めてだった。

何かにとりつかれたように、表情は何もない。

「さ……沙良……」

沙良の様子に体が震えた。

逃げるように布団から出て、座ったまま後ずさりするアタシ。

頭から血の気が引いていくのがわかる……。

沙良は壁に背をつけたアタシの目の前にペタンと座りこんだ。

そして感情のない声で話しかけてきた。

「ねぇ……何で嘘ついてたの? アタシの話聞いて、心ん中で笑ってたの?」 「違うよ……」

「高橋クンを好きだった沙良はバカみたいだよね」

沙良はいつもの沙良ではなかった。

第258頁

アタシはパニックになりながらも、沙良に話しかける。

「沙良、ちが──」

「何が?」

「話をきい──」

「言い訳はいらない」

沙良は聞く耳すら持たない。

沙良の目から、いきなり激しい憎悪が伝わってきた。

沙良はキレた。

「友達だと思ってたのにぃーっ! !」

バシッ!

沙良は叫び、近くの枕をつかんでアタシに投げつけた。

頭がおかしくなったように、発狂し始める──

「高橋クンに今日、コクったんだよ! 昨日芽衣にコクってフラれたらしぃじゃん! ! どーゆぅこと!?」

沙良はアタシにつかみかかった。

周りのクラスメイトは呆然としている。

「キャッ! ! 沙良! ! や……やめてぇっ! !」

「ふざけんなよっ! !」

アタシの髪を片手でつかみ、空いた手で何回も叩く沙良。

沙良の腕を握り、抵抗する。

しかし、沙良はびくともしなかった。

こんな力があるとは思えないほど強い力で、アタシを押さえつける。 ──そして、沙良の両手がアタシの首にかかった。

首に指がグッと食い込んでいく。

息が……、息が、できない──

第259頁

「芽衣さぁ、今日何してたのぉ~!?」

「!?……ウッ……グッ……」

沙良の指にギューッと力が入る。

「はぁ? 聞こえないんだけど! 高橋クンといたって、ほかのクラスの子から聞いたんだよねっ! ! 腹痛いんじゃなかったの! !」

「……さ……アッ……ッ……ウッ」

「言い訳してみなよ!」

苦しくて、息ができない。

気が遠くなって……沙良の声も小さくなっていく──

「やめなっ!」

「死ぬよ! !」

「ハァ!? 死ねばいいのにっ! !」

アタシ……、死ぬのかな?

第260頁

「……い! ……、……てょ! !」

頬に何かが当たる感覚と、誰かの叫び声。

意識が朦朧として……、何が起きてるのか、わからない。

「……い! 芽衣! ! 起きて! ! 起きてよぉっ! !」

「芽衣! !」

優梨? 美亜?

パチ……パチッ……。

頬が痛い。

「芽衣! ! 起きてっ! !」

ゆっくりとアタシは瞼を開いた。

目の前には、泣きじゃくる優梨と真っ青な顔で頬を叩く美亜。

周りを見回すと、担任教師と学年主任とクラスメイトたちの姿も見える。 「ほっぺ、痛い……」

「芽衣!?」

「芽衣が起きたぁ!」

優梨と美亜は横になっているアタシに抱きついた──

体のあちこちが痛くて、ふたりの重みで骨が軋む。

「い、痛っ……」

「ごめんっ!」

「思わず」

パッと離れ、代わりにアタシの手を握る美亜。

優梨は「知らせてくる!」といい、部屋を駆け出して行った。

第261頁

何が起きたのかな?

頭の中がグチャグチャで、訳がわからない。

夜中に起きたら沙良が泣いていて……、叩かれたり殴られて、首締められて……。

「……そうだ! ! 沙良は!? ──ウッ! 痛……痛い」

慌てて起き上がろうとしたアタシの体を激痛が襲った。

耐えきれず、そのまま横になる。

「しばらく横になっていなさい。今ホテルに医者が向かっているから」 担任教師がアタシに声をかけた。

「沙良は!? 沙良に謝らなきゃ……」

「……」

黙って下を向く担任。

「ねぇ……沙良は!?」

「今、病院にいる……」

「……?」

意味がわからない。

怪我したり気を失ったアタシが病院にいるならわかるけど……。 なんで沙良が?

「ウッ……ッ」

「起きたらダメだ!」

「寝てなっ!」

担任や美亜の声を無視して、アタシは痛む体を起こした。

「……ッ。寝てられない。どうゆうことなの!?」

「芽衣! 落ち着い──」

「落ち着けないよ! !」

「芽衣……」

アタシの剣幕に、美亜は黙る。

第262頁

「ねぇ!? 何があったの!? みんな知ってるんでしょ!?」

「芽衣! お願いだから落ち着いて! ! 話すから、落ち着いて! !」 「……わかっ……ッ。イタッ……」

動くとアバラが痛い。

興奮して息が上がり、アバラがズキズキと痛んだ。

車にひかれたときと同じ痛み──

「中川沙良は、ホテルの非常階段から飛び降りた。意識不明の重体だ」 「は!?」

「近くの病院にいる」

「……嘘。嘘でしょ? ……ねぇ?」

部屋にいた全員が黙る。

アタシと目が合うと、みんな目をそらして下を向いた。

その態度が、真実だということを表している……。

「な、なんで!?」

「中川は首を絞めた直後、廊下に走り出したらしい。そして非常階段の扉を開

いて飛び降りたようだ」

「……沙良は、沙良は、助かるの?」

「まだわからない」

目の前が、真っ暗になった。

沙良……。

なんでなの?

第263頁

人殺し

しばらくすると、部屋に医者と優梨が入って来た。

「案内して来たよ!」

「患者はどちらですか!?」

白衣の医者はアタシを手早く触診し、すぐに病院に行くことを進めてきた。 先生たちに付き添われ、アタシはタクシーで病院へ向かった。

沙良のいる救急病院だ。

診察の結果、肋骨にヒビが入っていて腕と足が打撲していることがわかった。 先生は驚いて家に電話していたけど、アタシ自身はなんとも思わなかった。 自分のことより沙良のことが気になって仕方なかった。

「同じ病院だし、沙良の様子を見てから帰る」

「えっ!?」

「それは……」

アタシの言葉に戸惑う先生たち。

結局会わせてもらえないまま、ホテルに返された。

ホテルに着く頃には、朝6時の起床時間を過ぎていた。

廊下には何も知らない眠そうな生徒たちの姿……。

「あの部屋に戻りづらいよ。先生の部屋に行ったらダメ?」

「ん……まぁ仕方ないな。女の先生の部屋に行きなさい」

先生たちの部屋に向かった。

アタシのせいで沙良が死んでしまったらどうしよう。

そう思うと、体の震えが止まらなかった。

第264頁

トン、トン

「はいっ」

ノックすると、部屋の中から女の人の声がした。

ガチャ

担任がドアを開けると、保健の先生の姿が見えた。

「この部屋だよ。保健の長谷川先生が一緒にいてくれるから、横になって休みなさい。あと、お母さんが始発の新幹線で迎えに来てくれるそうだから……長谷川先生、よろしくお願いします」

「はい、わかりました。芽衣ちゃん、どうぞ入ってちょうだい」 アタシはおとなしく部屋に入った。

その姿を見て、担当教師は足早に立ち去って行った。

「体、痛いわよね……大丈夫? 今から布団敷いてあげるわね」 「あ、すいません……」

「お腹も空いてるかしら? 朝食を持って来てもらえるようにするから、もう尐し待ってね」

アタシは敷いてもらった布団に横になった。

目をつぶってもまったく眠気はなく、バクバクと鳴り続ける心臓と震え続ける体……。

「先生……沙良は助かるの? なんでお見舞いに行けないの?」 助かるよって言ってほしい。

大丈夫だよって言って……。

第265頁

「……中川さんは、まだ意識が戻らないのよ。体もそうだけど、頭も強く打ったらしいの。落ちてしまった場所が芝生だったことが、不幸中の幸いだったわ……。コンクリート──」

長谷川先生は、そこで言葉を止めてしまった。

コンクリートなら死んでいたかもしれない──

きっと、そう言いかけたんだよね。

神様……。

沙良を助けて──

布団の中で手を合わせ、アタシは祈り続けた。

「尐し眠ったほうがいいわよ。中川さんの意識が戻ったらすぐ起こしてあげるから休みなさい」

「眠れないです……アタシのせいなんですっ」

長谷川先生はアタシの枕元に来て座った。

そして、頭をなでながら優しく話しかけた。

「そんなに自分を責めないで……。あなたのせいじゃないわ」

「だって……アタシがたかチャンと遊んだからっ。告白されたことも言えなくて、沙良を傷つけたっ! だから……ッ! 痛っ……だから──」 「無理しないで! 尐し落ち着いて! !」

興奮するアタシの体を押さえる長谷川先生。

第266頁

でも感情はどんどん溢れ出して、止まらなかった──

「アタシのせいで! アタシの……アタシが──沙良が死んだらどうしよう!? アタシ……アタシッ……ウウッ……あぁーっ! !」

涙がポロポロ流れ出し、たえきれず号泣してしまった。

今まで押さえていた気持ちが、叫びや涙になって体から出ていく──

しばらく経って気持ちも落ち着いた頃、部屋に担任教師が来た。 長谷川先生がドアのところで話している。

「朝食を持って来ました。ふたり分です」

「ありがとうございます」

「あと……長谷川先生、ちょっといいですか?」

長谷川先生はこっちを振り向いてから、担任と部屋の外に出て行った。 聞かれたらまずい話なの?

まさか──

嫌な予感だけが頭をめぐり、不安に押し潰されそうになる。

「……じゃあ、また後で」

「はい。わかりました」

長谷川先生が戻ってきた。

顔には笑顔があり、悪い話ではなかったようだ。

アタシはホッと胸をなで下ろした。

第267頁

朝のニュースが終わった頃、ほかの女教師たちが部屋に戻って来た。 アタシに優しく声をかけながら、荷物をまとめ始めた。

「お母さんはもう大阪に着いたそうだから……あと尐し待ってね。先に帰ることになって残念だと思うけど、お家でゆっくりしなさいね」

「はい……」

「9時に長谷川先生とあなた以外の人たちはバスで出発するの。お母さん来るまでは部屋でゆっくりして、気をつけて帰るのよ」

「……はい」

楽しみにしていた修学旅行だったのに──

最悪の旅行になってしまった。

しばらく経つと廊下が騒がしくなり、起き出したほかの生徒たちの明るい笑い声や弾む足音が聞こえ始めた。

沙良は意識不明なのに、どうして笑えるの?

なんで!?

バンッ

「うるさいよ!」

アタシは床を叩いた。

やつ当たりだって、わかってる……。

沙良を自殺まで追い込んでしまった自分に腹がたっていた。

そして、抱えきれないほどの不安──

どこにこの気持ちを持っていけばいいんだろう。

頭が狂いそうだった。

第268頁

しばらくするとお母さんが迎えに来て、アタシはホテルを出た。

新幹線に乗りながらも、頭の中は沙良のことでパンクしそうになった。 携帯には次々とメールが入ってきた。

〈怪我したの!?〉

〈帰ったって聞いたけど何で!?〉

事情を何も知らない友達から、こんなメールもきた。

〈中川が意識不明で入院したらしいよ〉

ズキッ──ズキッ──

頭の中がキューッと締めつけられ、鼓動と同じようなリズムで痛む。 お母さんは怪我を気遣いながらも、事情は何も聞かなかった。

先生から聞いて、わざと聞かないでいてくれたんだと思う。

そんなお母さんの優しさが、胸に染みた──

ほとんど会話のないまま、ふたりは家に着いた。

リビングには、脱ぎっぱなしのお母さんのパジャマが投げ出されている。 引き出しも、開いたまま……。

第269頁

お母さんは綺麗好きだから、こんなに汚い部屋は初めて見た。

「お母さん、心配かけてごめんね。急いで来てくれたんだよね……」

グチャグチャでも気にならない程に焦って、急いで駆けつけてくれたお母さん──

「そう思ってくれるなら、お母さんのためにもゆっくり休んでちょうだい」 「うん……」

アタシは自分の部屋に入り、ベッドに潜り込んだ。

ギュッと目をつむり、頭から布団をかぶった。

──それから1週間後。

アタシは家にいた。

体のことや沙良のことがあって、ずっと学校を休んでいた。

先生が言うには、沙良は集中治療室を出て普通病室に移れたらしい。 だけど……意識が戻らないまま。

1週間も意識が戻らないから、周りは皆心配していた。

「植物人間になっちゃうんじゃないの?」

そう噂する人も出てきたらしい。

アタシはそういった沙良の噂を聞きたくなかった。

恐くて、聞けない。

植物人間は生と死の境──

生きてるのではなく、機械に生かされてるようなもの。

沙良がそんなことになったら……。

アタシは人殺しと同じだ。

第270頁

仲の良い友達は、アタシを心配して毎日連絡をくれた。

しかし、クラスメイトたちからの中傷のメールも毎日のように届いた。 〈沙良が死んだら許さない〉

〈学校に来ないで〉

首謀者はアイちん。

そして、修学旅行で同じ部屋だったクラスメイトたちが送っていると噂で聞いた。

アタシは中傷のメールに言い返す言葉もなくて……。

メールがくるたびに自分を責め続けた。

アタシが沙良を裏切ったから……。

ピンポーン──

家中に響く音。

アタシは無視して自分の部屋で横になっていた。

リビングまで行くのがダルい……。

ピンポーン──

ピンポーン──

しつこく鳴り続けるインターホン。

尐し苛立った気持ちでリビングにあるインターホンの所に行った。 「はい。母は今いません」

ガチャ

言うだけ言って、インターホンを切った。

カメラがないし、相手が話す前に切ったから誰かはわからないけど、どうせ集金か勧誘だろう……。

ピンポーン──

部屋に戻りかけたが、しつこくインターホンが鳴る。

──いいかげんにしてよ……。

第271頁

ガチャ

「はい、どちらさまですか!?」

「……あ、あの……」

「酒井ですけど、芽衣さんいますか?」

「えっ? 酒井?」

「芽衣? 俺とミツだよ。オートロック開けてよー」

なんで酒井とミツが!?

よくわからないまま、オートロックを解除して玄関でふたりを待った。 家に来た酒井とミツをリビングに通した。

「今日、親いないの?」

「うん」

「そっかぁ……」

会話が続かない。

酒井たちも、アタシを人殺しと思っているのかな……。

今からアタシに悪口言うのかな……。

そう思うと恐くなる。

体が震え始めた……。

「芽衣?」

ミツがすぐ気づいた。

アタシの顔色はどんどん悪くなっていく。

「アタシのこと……恨んでるよね……」

「は!? 恨むって……」

「アタシのせいで沙良が……」

「違うだろ! 芽衣のせいじゃない。酒井も俺も…俺らは芽衣のことをそんなふうに思ってねーから! だから今日も来たんだろ!? 心配だったんだよ」 声を荒げるミツ。ミツとはクラスも違うし、そこまで仲良くないのに……。

第272頁

いつも冷静なミツ。

大きな声を出す所なんて初めて見た。

酒井もアタシに言う。

「ミツのゆー通り! アイちんたちがいろいろ言ってるのは知ってるけど、俺らは芽衣の味方だからな。沙良は心配だけど、それと芽衣のことは関係ねーよ」 「でも……」

「俺ら以外にも、美亜や優梨ちゃんや仲間いるじゃん。だからさ、体がよくなったら学校来いよ」

ミツと酒井の優しさが嬉しかった。

涙がこぼれそうになる──

「みんなアタシを恨んでて、嫌ってるんだと思ってた……」

「バカじゃねーのっ」

「悩みすぎ!」

ふたりは笑った。

つられてアタシも笑った。

だけど……。

笑い声よりも先にこぼれたのは、涙だった。

ふたりの優しさが嬉しくて……。

「泣くなよー」

「おい~」

「あ……ありがとっ……ウゥ~」

アタシは泣きながら笑ってしまった。

ピンポーン──

また?

涙を拭いて、深呼吸して自分を落ち着かせて……。

ガチャ

「はい」

「芽衣!? 美亜だよ! みんな来てる!?」

「え? ミツと酒井はいるよ」

「じゃあ、まだか~。とりあえずオートロック開けてー!」

どういうこと?

第273頁

負けない

美亜は笑顔で家に入って来た。

「久々! お菓子買って来たぁ! 芽衣の好きなチョコもあるよん☆」 「あ、ありがと!」

「これからみんな来るからねっ! 芽衣のママには許可もらってるから??」 「えっ!?」

アタシ以外の3人は顔を見合わせて笑う。

どーいうことかわからないアタシに、美亜が説明してくれた。

「芽衣は何も言わなかったけど、アイちんたちのこと知ってたの。もぅ学校に行けるけど芽衣が行きたがらないって芽衣のママに聞いて……アイちんたちのことで不安なんだなって思って、今日の計画たてたんだ! 味方がいるのをわかってほしかったの☆」

「美亜……」

「たかチャンも沙良の怪我した理由を知って学校に来なかったけど、昨日から登校してるの! だから、芽衣も行こ!」

ピンポーン──

「あ! 次は誰だろ!?」

「……誰……かな?」

次々と友達が来てくれた。

まだ授業中だっていうのに、嬉しくて、嬉しくて……。

涙が止まらないよ──

第274頁

「サボって大丈夫なの??」

「平気~」

酒井、ミツ、美亜、拓弥クン、ナツ、優梨……。

ほかにも5人の元クラスメイトと、今のクラスからも3人。

尐し遅れて、たかチャンも来てくれた。

アタシが台所にジュースを取りに行くと、たかチャンがスッと顔を出した。 みんなに聞こえないような小さな声でアタシに言う。

「俺のせいだよな。困らせてごめんな」

たかチャンは小さく頭を下げた。

「違うよ……だって、楽しかったもん。嬉しかったよ」

アタシは素直な気持ちを口にした。

沙良の自殺朩遂の原因だとしても、何も知らなかったたかチャンに罪はない。 ふたりで過ごした時間は楽しかった。

こんなことになってしまったのに消したくない事実……。

「芽衣を好きにならないよーに頑張るから。友達として、好きになる。ごめんな!」

「……うん」

ズキッ──

胸が痛んだ。

なぜかつらかった。

こんな状況なのにつらいなんて……。

なんでなんだろう?

モヤモヤした気持ちを押さえ込むように、

たかチャンにさとられないように──

アタシは笑顔を作った。

第275頁

翌朝──

久々に7時に起きた。

ベッドの中でタバコを1末吸い、リビングへ歩く。

「おはよう~」

「おはよ! もうすぐお弁当できるからねっ」

アタシは今日から学校に行く決意をしていた。

アイちんたちに会うのは恐い。

……だけど、アタシには心配してくれるたくさんの友達がいる。 アタシは1週間以上ぶりの制服に袖を通し、用意を始めた。

用意を終えると、元気よくお母さんに「行って来ます」と言って、玄関の扉を開けた。

ガチャ

目が痛い程、眩しい朝日が射し込んでくる。

マンションを出ると、アッくんが立っていた。

「えっ!? どしたの?」

「昨日行けなかったお詫びにチョコ買ってきた!」

そう言いながらコンビニの袋をフラフラと揺らすアッくん。

嬉しくてアッくんに駆け寄る。

「ありがと! !」

アタシはアッくんの手を取って、歩き始めた。

久しぶりの通学路になぜか懐かしい気持ちが込み上げる。

そして、隣のアッくんの笑顔にも……。

第276頁

しばらく歩くと、同じ中学の制服を着た人たちの姿が見え始めた。 尐しずつ重くなる足取り……。

不安になってきた。

みんなの視線がアタシを恨んでいるように見えて──

気のせいかもしれないけど、視線が恐くて顔も上げれない。

「大丈夫だから。大丈夫。オレが一緒にいるだろ」

「う、うん」

アッくんの声に尐し安心した。

体が震えそうになるのを押さえて、足を前に前にと出す。

校門をくぐって玄関まで行くと、重い足はさらに重くなってしまった。 「恐い……」

アタシの足は、ついに止まった。

地面についてしまったように動かない。

行かなきゃいけない。

ここまで来れたんだ。

「大丈夫だから……」

アッくんの声も今じゃ何も効力がなかった。

どうしよう……。

「芽衣! 来れたんだ!」

誰かがアタシに声をかけた。

ふと振り返ると、たかチャンが笑顔で立っていた。

たかチャンの笑顔につられ、アタシの顔からも笑顔がこぼれた── 「たかチャンおはよ!」

「おう! アツシも今日は早いじゃん!」

「うるせーよ。オレ用事あるから、芽衣のことクラスまでよろしくな!」 「えっ?」

アッくんは手を振りながら玄関をまた出て行った。

第277頁

急にいなくなったアッくん。

アタシは取り残されてしまった。

「アツシ、どうしたんだろーな」

「ねっ。いきなり……」

「まぁいっか。教室行くぞ!」

ふたりで並んで教室に向かう。

あ……あれ?

なんで?

さっきまで足が動かなかったのに、自然とアタシは歩いていた。

不安は変わらずあるのに、たかチャンの歩調に合わせて歩けている体──

教室の廊下で、たかチャンはアタシの目を見て言った。

「何かあっても、絶対俺が守るから……心配すんな!」

「たかチャン……」

たかチャンの斜め後ろを歩きながら、1組の教室に向かった。

廊下には修学旅行で同じ部屋だった女たちがいる。

アタシの姿を見て、聞こえるように会話し始めた。

「沙良チャン、大丈夫かなぁ?」

「全部あの女のせいだよねー」

「よく来れたよね」

耳を塞ぎたくなる悪口。

そんなこと、言われなくたってわかっている。

胸が掻きむしられるように痛い……。

「うるせーよ! ブス共、黙れ」

たかチャンの声──

「だって……」

「はぁ!? なんだよ?」

言い訳しようとする女たちにガンつけて、キレそうになっていた。

女たちは怯えて固まっている。

第278頁

「芽衣、気にすんな」

たかチャンは急に笑顔になり、アタシにほほえんだ。

「……うん」

複雑な気持ちで頷く。

女たちは何か言いたそうにこっちをずっと睨んでいた──

それから毎日、たかチャンは一緒に登校してくれた。

クラスでも側にいてくれる。

アイちんたちには物が隠されたり、嫌な噂も流された。

たかチャンがいつも側にいてくれてるから、たかチャンのいない隙を狙って陰険なイジメを繰り返される。

──だけど、たかチャンは何かあるたびにイジメる女たちに言い返してくれた。 隠された物も一緒に探してくれた。

次第に悪口を言われる回数も減っていった……。

──そんなある日のホームルーム。

「中川さんの意識が戻りました」

教室に入ってきた担任が、開口一番に言った。

沙良は1ヶ月ぶりに目を覚ましたのだ。

第279頁

教室に歓声がわく。

嬉しくて、涙を流して抱き合うクラスメイトたち。

……良かった!

沙良が生きていた! !

嬉しくて、ホッとして……、ポロポロと涙が流れた。

たかチャンはそんなアタシの涙を手で拭ってくれた。

「芽衣、泣きすぎ。マスカラ落ちてるぞっ」

そう茶化してきたけど、たかチャンの瞳にも涙がうっすらと滲んでいた── 沙良が意識を回復したことで、アタシへのイジメは尐なくなった。

日に日に居心地のいい学校生活に戻っていった。

アタシたちは毎日放課後、マックに集まった。

「沙良のために何かしてあげたい!」

「何かないかな?」

沙良が意識を取り戻した日の美亜と酒井の会話。

それがキッカケで、皆は何かできることを探していた。

大阪までは遠いからお見舞いは行けないけど、何かしてあげたい。 ──「偽善者だね」と陰口を言うクラスメイトもいる。

「芽衣が自殺朩遂させたんだから、そんなことしても迷惑だろうし罪は消えない」と言う人もいる。

アタシだって罪が消せると思ってない。

許してもらえるとも思ってない。

ただ、大好きな沙良に何かしてあげたいだけ……。

第280頁

アタシも去年、自殺朩遂をした。

だから沙良の気持ちがわかる……。

孤独と寂しさを感じているはずだ。

学校にも、戻りづらいと思う。

「手紙は書くでしょ?」

「メールと同じじゃない? 何かモノとかは?」

「なんかないのー?」

今日もなかなか意見がまとまらない。

ポテトとジュースばかりが減っていく。

「ねぇ、千羽鶴は?」

ベタだけど……、早く元気になって戻って来てほしいという気持ちを込めて折れる。

アタシの意見にみんなが口を閉ざした

センスなかったかも……って不安になった。

「いーじゃん!」

「やろうぜ! 鶴折れないから教えて」

「芽衣、いー意見!」

みんなの笑顔に安心した。

「さっそく折り紙を買いに行こ!」

代表で美亜とアタシが近くのデパートに向かった。

千羽鶴が採用されて、ホントに嬉しかった。

今のアタシにできることは、それしか思い浮かばなかったから……。

沙良に謝罪の手紙を書こうとも思ったが、何を書けばいいのかわからない。 逆に神経を逆なでして、沙良を苦しめるかもしれない。

第281頁

沙良の立場にたって考えると、アタシから手紙が来たら戸惑うと思う。 言葉じゃなくて、誰からか特定できないもので、元気になってほしいという気持ちを贈れるもの。

それが千羽鶴だった。

歩きながら美亜がポツンとつぶやいた。

「芽衣の考えてること、わかった」

「え?」

「いっぱい折ろうね」

いつも美亜には全部お見通しだ。

アタシは小さく頷いて、デパートまでの道を急いだ。

第282頁

急な転校

折り紙を買ってマックに戻ると、メンバーが増えていた。

みんな、沙良を心配してる。

沙良に気持ちが伝わることを願って、千羽鶴作りをスタートさせた。 沙良が元気になりますように……。

みんな、待ってるよ。

気持ちを込めてひと折りひと折り丁寧に作った。

アタシは言葉で伝えられないから、鶴に想いを託した。

「できたぁ!」

「やったぁ~」

作り始めてから数日後、やっと千羽の鶴ができあがった。

不恰好な鶴、折り目がずれた鶴。

見た目はよくないかもしれないけど、みんなの気持ちがたくさん込もっている千羽の鶴たち──

「沙良に今から送るけど、差出人に芽衣の名前は入れないでいいの?」 再確認する優梨。

アタシは頷いた。

気持ちが伝わればいい。それだけでいい。

沙良の気持ちを考えたら、それが一番いい……。

段ボールに千羽鶴と手紙を入れて封をする。

全員でコンビニに運び、宅急便で沙良の入院する病院に送った。

第283頁

今日はどこかに寄り道して帰りたい気分。

久々にアッくんの部屋に遊びに行こうかな……。

迎えに来てくれて一緒に登校した日以来、ほとんど話せてない。 いつも側にたかチャンがいてくれたから、挨拶をかわす程度だった。 メールや電話はしてたけど……。

最近はアタシからメールを送ったり電話をかけてばかり。

〈今日、何してる?家に行ってもいい??〉

メールを打った。

?~?~?~

〈友達と出かけるけど、それまでなら平気。〉

携帯を見ると、もう6時過ぎだった。

また夜遊びかぁ~。

そう思いながら足早にアッくんの家に向かった。

家に着くと、アッくんは髪にワックスをつけてセットしていた。 「もう行くの? 時間ないの?」

「あと1時間はあるよ」

「そっかぁ……」

尐し寂しい気持ちになりながらソファーに腰を下ろした。

アッくんは鏡に向かいながら、アタシに聞く。

「いきなりどしたの? 千羽鶴はできた?」

「できたよ! さっきコンビニで送った☆ 最近ずっと鶴折ってて話せなかったから話したいなと思って来たの」

「そっかぁ」

鏡越しに目が合う。

第284頁

「今日、高橋は?」

「え? 知らないけど……」

アッくんの口から出た、たかチャンの名前。

アタシの胸はドキッとして、なぜか動揺してしまった。

「わかりやすっ」

「え? 何が?」

アッくんは尐し寂しそうに笑った。

「どうゆーこと? なんで笑うの? わかりやすいって、何?」 「自分でわかるだろ?」

頭の中でたくさんの「?」が浮かぶ。

──だけど、答えはでない。

鏡越しにアッくんの目を見ながらアタシは言った。

「意味がわかんないよー!」

「だからぁ……オレのところに来るんじゃなくて、高橋のところに行ってやれよ」

「え? なんで?」

「好きなんだろ?」

好き──?

アタシがたかチャンを!?

「そんな訳ないじゃん~」

思わず爆笑してしまった。

「たかチャンは友達だよ! ありえないしー」

笑い続けるアタシを、アッくんは黙って見ていた。

アタシは笑いながらベラベラとひとりで話し続けた。

「ほんと意味わかんないー最近暑いから、おかしくなっちゃった!? ほんとウケるんだけど──エッ? 何?」

アッくんが近寄ってきた。

第285頁

アッくんは片手でアタシの胸を揉み、もう片方の手でソファーに押し倒す。 「チョ……チョット、どしたの?」

「やろぉよ」

「え!? 待って……」

「なんで?」

近づいてくるアッくんの顔。

そして、唇が重なる──

……

なんか違う。

押し寄せる嫌悪感。

キスもセックスも、アッくんとは数えきれないくらいに交わしたのに── こんな気持ちになる理由がわからなかった。

アッくんの手が、スカートをめくりあげる。

「エッ!?」

頭の中に、たかチャンの笑顔が浮かんだ。

告白してくれたときの真剣な顔も──

アタシは必死にアッくんの手首をつかんだ。

「──イヤッ」

抵抗も男の力にはかなわなくて、アッくんの手はアタシの敏感な所へ── 「アッ……アアッ。ンッ──」

アッくんの指の動きに合わせてこぼれる声。

体は感じているのに……。

嫌だ──したくないっ! !

鼻の奥がツゥと痛くなって、視界がボヤけた……。

「……芽衣。わかっただろ?」

「………グスッ。ごめん……」

アッくんは手を止め、アタシから離れた。

そしてベッドに横になって、背を向けた。

第286頁

アッくんの背中は寂しそうだった。

アタシは乱れた制服を直し、こぼれた涙を拭う。

「別にさぁ、いいんじゃない? 好きになるのは止められないし、お互い好きなんだから……」

「アッくん……」

「やっと自分の気持ちに気づいた?」

自分の気持ち──

アタシは──

「高橋が好きなんだよ」

止まっていたはずの涙が、また溢れ出す。

「ごめんね……」

「謝るなよ。ホント芽衣はニブいなっ」

「いつから気づいてたの?」

「一緒に学校に行った日だよ。オレとだとビビって玄関から動けなかったのに、高橋が来たら笑って教室に向かえただろ?」

「じゃあ、用事あるってゆぅのは……嘘だったの?」

アッくんは何も言わなかった。

その態度が、嘘だったという答えだよね……。

「アッくん──」

「オレ、そろそろ出かけるから……あとさ、もうオレん家に来んなよ。高橋と頑張れよ」

背中を向けたまま、片手をヒラヒラ振るアッくん。

アタシはバッグを持って立ち上がった。

アッくん、ありがとう。そして、ごめんね。

余韻を噛み締めるように、ゆっくり家を出た。

第287頁

自分の気持ちに気づいてから、たかチャンの行動や仕草が気になって仕方なかった。

──たかチャンの気持ちが気になる。

告白されてからすでに2ヶ月近く経っていた。

友達になれるようにするとも言われている。

今は片思いかも……、遅すぎたのかもしれない。

それに、彼は沙良の好きな人。

そう思っているうちに、1学期が終わって夏休みになってしまった。 夏休みは嬉しいけど、今までのように学校で毎日会うことができない。

夏休み初日──

アタシは美亜の家にいた。

クーラーをガンガンにきかせた部屋で、まったりする。

「優梨はナツとデートらしいよー」

「へぇー? 相変わらず仲いいねぇ」

「うちらは独り身で寂しいですねぇー」

美亜は前につき合いそうになった年上の彼と破局。

最近は自然と彼氏ナシのふたりで過ごすことが増えていた。

学校行きたいな……。

たかチャンに会いたい。

好きになったらいけない人……でも、好きだから。

「あー! 何か楽しいことないかなぁ~。海でも行く?」

「うーん。──あっ!」

海なら自然とたかチャンを誘える。

たかチャンに会える! !

「みんなも誘わない?」

「たかチャンでしょ☆」

……図星。

第288頁

美亜にはすべて話してあった。

アッくんとのことも、たかチャンへの気持ちも……。

「たかチャンが好きなこと、気づいてなかったの?」と、美亜は笑っていた。 自分で気づかないだけで、周りから見たらバレバレだったらしい。 美亜がみんなに連絡してくれて、3日後に海に行くことになった。 もちろん、たかチャンも一緒だ?

楽しみで、自然と顔がニヤけてしまう。

「芽衣、海でコクっちゃえば!?」

「えっ!?」

吸っていたタバコを落として真っ赤な顔をするアタシ。

「あっ! ヤバッ! 燃えてないっ……良かった……てゆぅか、無理! 無理だよー! !」

落としたタバコを拾いながら美亜のほうを見た。

美亜はニヤッと笑い、アタシの肩をポンポンと叩いた。

「芽衣チャン、動揺しすぎだから~。……でもさ、アッくんの気持ち無駄にするの? 好きな女の恋の後押しするなんて、つらかったと思うよぉ?」 「好きってさぁ……過去だよ、きっと。セフレ状態だったもん」

ていうか、そう思いたい。

アッくんの気持ちから目をそらしたかった。

もし好きでいてくれたなら、ひどいことをしたと思うから……。

第289頁

あの日から、アッくんを傷つけたかもしれないという罪悪感があった。 その予感を事実にはしたくない。

これ以上、周りの気持ちを傷つけたくなかった。

傷つけたという罪悪感を背負いたくなかった。

沙良を傷つけただけでもつらい。

アッくんの気持ちも傷つけたとしたら、耐えられなかった。

アタシ、ズルいな……。

「沙良がまだ退院してないのに早すぎるよ……」

そう伝えて核心からアタシは逃げた。

美亜は追求してこなかった。

翌日、新しい水着を買いに街中を歩いた。

罪悪感のある恋なのに、好きな人に会えるのは嬉しい。

海で、可愛い水着を見てもらいたい。

アタシは数回試着を繰り返し、レースが裾についた水着を購入した。 可愛いと言ってもらえたらいいな……。

ショップの袋を抱き締めながら、駅に向かって歩いた。

?~?~?~

携帯が鳴っている。

相手は酒井だ。

「はいはぁ~い☆ どうしたの? 海はまだだょん??」

「今、話せるか?」

上機嫌なアタシとは反対に、真面目な酒井の声。

第290頁

どうしたんだろう……。

海、行けなくなったのかなぁ?

「今、野口から電話があったんだ」

「野口って、うちのクラスの?」

「あぁ。あいつ今、大阪の親戚の家にいるから、沙良の見舞いに行ったらしいんだけど……」

「何かあったの!?」

ギュッ

アタシは、抱き締めている袋を強く握った。

嫌な予感──

「沙良、記憶喪失なんだって……」

──え?

き……記憶喪失?

記憶喪失って、記憶がないってことだよね?

「沙良の親に、沙良を転校させるって言われたらしい」

「──ほんとに?」

「こんな嘘つかねーよ。頭ん中、真っ白。マジ訳わかんねーよ……」 「……」

「みんなに電話すっから、また連絡する! じゃあな! !」

プー…プー…プー…

酒井の言葉が理解できなくて、頭の中が混乱する。

アタシは携帯を耳に当てたまま、呆然と立ち尽くしていた。

──どれくらい時間が経ったのだろう。

5分かもしれないし、1時間近く経っていたのかも……。

ドンッ

「邪魔なんだよ! ガキ!」

第291頁

痛っ……。

人とぶつかり正気に戻り、声の相手を見た。

顔をしかめたヤクザ風な人たちがいる。

「──あっ……すいませんっ」

頭を下げ、足早に歩き出す。

どこへ向かえばいいのかわからないまま、アタシはひたすら歩いた。 まるで、不安から逃げるように──

得体の知れない恐怖が追いかけてくるようだった。

沙良はどうなっちゃうの?

アタシは沙良を傷つけただけじゃなく、大事な記憶まで奪ってしまったの? 信じられない。

信じたくないよ……。

──翌日

担任から電話があった。

沙良が転校すると告げる担任。

やっぱり事実だったんだ……。

明日は海だけど、全然そんな気分になれないよ。

〈ゴメン。明日行けない。家の用事ができたの。〉

アタシは美亜にメールを送った。

気を遣わせないように、嘘をつく。

──しばらくすると、美亜から返信がきた。

〈そっかぁ。残念だよ…みんなに伝えとくね!また近いうちに海いこうね。〉 はぁ……。

アタシ、どうしたらいいんだろう。

神様──

もしあなたがいるのなら、沙良を助けてください。

そして、たかチャンを好きになったアタシを許してください。

第292頁

涙が止まらない日

考えれば考える程に苦しくなった。

夢にまで沙良が出てくる。

そして、自分を責める──

……忘れられる日はなかった。

食事は喉を通らなかった。

食べても吐いてしまう。

夜も眠れない──

お母さんは心配して、毎日アタシに声をかけてくれた。

だけど、そんなお母さんの言葉さえ頭には入らない。

そんなある日、担任から電話がきた。

きっと、沙良の話だ……。

次は何が起こったの!?

悪いほうに、悪いほうにばかりどうしても考えてしまう。

恐くて体が震える──

しかし、担任は意外な言葉を口にした。

「中川が会いたがってるそうだ」

「えっ?」

担任の言葉の意味がわからなかった。

なぜアタシに?

第293頁

担任は言葉を続けた。

「今の中川は、何も覚えてないらしい。だが、中川は日記をつけていたらしく、それを読んで会いたいと思ってるそうだ。会うなら入院先の大阪まで行ってもらうことになるが、考えてもらえないか?」

「……」

なんて答えたらいいのか、言葉に詰まった。

返事ができないまま、アタシは電話を切った。

2日後──

悩んだ未に、アタシは新幹線に乗っていた。

行き先は大阪だ。

キッカケはお母さんの言葉だった。

「沙良チャンのためだけじゃなく、芽衣のためにも会ってきたら? このまま沙良チャンが転校して、二度と会えなくなったら後悔するわよ。大好きな友達だったんでしょ? 会って気持ちを整理して、芽衣も沙良チャンも先に進んでほしい……」

お母さんはそう言い、涙を浮かべた。

そして細くなったアタシの体を抱き締めて、声を殺して泣いていた── アタシはそんなお母さんの姿を見て、決意した。

沙良に会おう。

大阪へ行こう──と。

「次は新大阪、新大阪です」

駅員のアナウンスが大阪に着いたことを告げた。

第294頁

新大阪で、電車に乗り換える。

15分ほどで病院の最寄り駅に着いた。

「あっつい……」

駅を出ると、蒸し暑い空気に包まれた。

久々に外に出たアタシに8月の日差しはキツい。

近くにいた人に病院までの道を聞き、汗を拭いながら歩いた。

やがて大きな病院が見えてきた。

沙良のいる総合病院──

ドキ……ドキドキ

早まっていく鼓動。

アタシは立ち止まると、落ち着くためにタバコを吸った。

こんなに早く吸い終わるのかと思うほど、タバコはすぐに吸い終わってしまった。

深呼吸をして、歩き始める。

もう病院は目の前だ。

受付で病室を聞き、ゆっくりと沙良の元へ向かった。

聞き慣れない関西弁が飛びかう廊下が、余計にアタシを不安にさせる。 沙良の姿を見ることが恐かった。

気持ちの整理はつけてきたはずなのに──

小刻みに震え始める体を押さえられない。

沙良の病室は、7階の1番奥にあった。

重そうな入り口の扉は閉まっている。

どんな顔で会えばいいの……。

第295頁

そう思うと、扉が開けられなかった。

扉の前で立ち尽くしてしまう。

「あ、あの……芽衣さんですか?」

後ろから標準語の女性の声が聞こえてきた。

振り返ると、沙良に目元が似た中年の女性が立っていた。

きっと沙良のお母さんだ──

「はい、そうです……沙良さんに会いに来ました。修学旅行のときは私のせいで──」

「違うのよっ! 違うの……尐しあっちで話さない?」

沙良の母は、頭を下げようとするアタシを止めた。

そして休憩所を指さし、歩き出す。

アタシは言われるまま、沙良の母の後をついて行った。

休憩所のソファーで並んで座ったふたり。

何を話せばいいのかわからない……。

頭の中が混乱し続けていく。

先に口を開いたのは、沙良の母だった。

「芽衣さん、自分を責めないでほしいの」

「でも……アタシは……」

「私たち夫婦も、最初は芽衣さんを恨んだわ。──だけど、それは間違っていた。沙良の日記を見て、気持ちが変わったの。日記にはあなたへの気持ちがたくさん書いてあった。芽衣さんがどれだけ沙良に優しくしてくれたか、よくわかったわ……」

沙良の母はバッグを開け、ピンクの表紙の末を取り出した。

第296頁

沙良の日記だ。

前に教室で、沙良が書いている姿を見たことがある。

沙良の母は、悲しそうな顔で日記を抱き締めた。

「沙良は記憶がまったくないの。ケガの理由も覚えてないから、自殺朩遂ではなく事故だと教えてあるわ。つらい記憶を無理に思い出させるより、嘘でも幸せな記憶を与えてあげたいと思ってるの」

沙良の母の頬に、涙がひと筋流れていった。

アタシは無言でその涙を見ていた。

しばらく沙良の母と話し、気持ちを落ち着かせて病室の前に戻った。

トントン──

「失礼します……」

相部屋なので気をつかいながら、静かに扉を開いた。

沙良は手前のベッドで雑誌を読んでいた。

「沙良──」

沙良は雑誌から顔を上げ、アタシの姿を見つめた。

「誰? もしかして、クラスメイトの人ですか?」

ニコッと笑う沙良。

その笑顔はいつも見ていた沙良の笑顔で、アタシは泣きそうになってしまった。 「あ……あの……芽衣です」

「芽衣チャンなの!? 会えて嬉しい。座ってくださいっ」

沙良はベッドから起き上がり、横にある丸い椅子にアタシを招いた。

第297頁

見た目は沙良なのに、まるで初めて会う女の子のように感じた。

沙良も尐し恥ずかしそうにこっちを見ている。

「初対面なんだけど、仲の良い友達なんですよね? ヘンな感じ──」 「アタシも沙良に芽衣チャンって言われたのは久々。芽衣って呼び捨てで呼ばれてたから……怪我はよくなってきたの?」

ぎこちないふたりの会話。

沙良の頭には白い包帯が巻かれ、腕に痛々しい傷あとがあった。

「あっ……この傷、みっともないですよね。アタシ、ドジみたいで……」 アタシの視線を感じた沙良は、スッと腕を布団の中に隠して苦笑いをした。 ヤバい……。

泣きそうだよ──

アタシは涙を必死に堪えた。

沙良とはもともと気が合ったから、すぐに意気投合していろいろな話をした。 「アタシ、どんな人でしたか? 芽衣チャンと仲が良かったみたいだから、聞きたいと思ってたんです」

沙良は言った。

アタシの頭の中に、楽しかった沙良との思い出が浮かんでくる──

楽しそうに笑う沙良。

遅刻してきて苦笑いする沙良。

そして、たかチャンが好きだとはにかむ沙良──

尽きることがない沙良との思い出。

第298頁

楽しかった日々が鮮明に甦る。

だけど、あの頃の沙良はもういない──

「沙良は……さ、沙良…っごめんっ──」

込み上げて溢れる涙を押さえることができなかった。

両手で顔を覆い、アタシは号泣した。

「あたしはいい子でしたか? 好きでしたか?」

沙良の問いに、頭をコクコクと縦に振った。

「だ……大好き……ウゥッでした──」

声を詰まらせ、答える。

沙良は嬉しそうにほほえんだ。

そして沙良の頬にも涙がつたっていった──

気がつけば、陽が沈みかけていた。

面会時間の終わりが近づいてくる……。

「最後にひとつだけいいですか?」

「何? 聞いてっ」

「高橋クンは、どーゆぅ人なのかな?」

アタシは動揺し、言葉に詰まってしまう。

「アタシ、高橋クンって人が好きだったんですよね? 気になっちゃって……」

「たかチャンは──いい人だよ。かっこよくて優しくて、すごくいい人……」 「でも高橋クンは、芽衣チャンが好きなんだよね?」

「──え?」

意外な沙良の言葉。

第299頁

なんで知ってるの?

記憶がないなら、知らないはずなのに……。

「日記に書いてあったんです。高橋クンが好きだけど、彼は芽衣が好きなんだって──。芽衣チャンの気持ちは? 高橋クンのことをどう思っているの?」 アタシは……、たかチャンが好き。

「……好きだよ」

もう沙良に嘘をつきたくなかった。

正直な気持ちを伝える。

「そっかぁ。良かった☆」

「良かったって、意味わかんないよ?」

「だって両想いでしょ? 沙良は失恋だけど、好きな友達の幸せは嬉しいと思

う。まだ告白してないの? あたしに気はつかわないでね」

「……告白はしないよ。できないよ──」

「だって、あたしは高橋クンが誰かすらわかんないんだよ? 好きじゃないんだから告白してっ。──お母さん、沙良が書いていた日記取ってください」 同室の患者と話し込んでいた沙良の母は、さっきのピンクの日記を手渡した。 沙良は日記をペラペラとめくり、ある1ページを開いてアタシに渡した。 「ここ、読んで。あたしが前に書いたと思うと恥ずかしいけど、読んでほしいんだ……」

そこには懐かしい沙良の字が並んでいた。

第300頁

沙良の日記。

書かれた日付は、修学旅行の前日だ。

*****

明日から修学旅行だ。

大好きな高橋クンと一日中、一緒☆

芽衣とアイちんと3人で予定をたてた最終日の買い物も楽しみ。

ほんとは高橋クンとふたりでどこかに行きたいけど。

高橋クンに好かれてる芽衣がうらやましいな。

芽衣は可愛いし優しいし、勝ち目がないよ。

それに、初めてできた沙良の親友だ。

中2までいじめられて学校が嫌いだったけど、芽衣のおかげで毎日が楽しくなった。

好きな人もできて、楽しかった。

アタシは高橋クンより芽衣が大切。

だから、告白してフラれて気持ちを吹っ切ろう。

芽衣は今、誰が好きなのかな?

もし高橋クンだったら切ないけど、そしたら両想いだし忚援しなくちゃ。 こんなに友達のこと思えたのは、初めてだぁ!

それだけ芽衣がアタシに優しくしてくれて、アタシを幸せにしてくれてるからだねっ。

レズじゃないけど、芽衣が大好きだよ!

*****

「さ……沙良ぁ──」

そんなに想ってもらえてたなんて……。

沙良はこんな気持ちでたかチャンに告白してたのに、アタシは何もわかってあげられなかった。

第301頁

修学旅行2日目の夜、沙良はアタシに話があると言った。

それなのにアタシは眠くて寝てしまって……。

きっとこのことを話したかったんだね。

沙良の気持ちが胸の奥に届いて、アタシは目から溢れ出す涙を止められなかった。

「アタシ、こんな良い子じゃない……っ…沙良に、う、嘘ついて……たかチャンと遊んで…まだ、謝って……ない沙良ぁ……ウゥッ、ごめんねっ……」 泣き崩れるアタシ──

沙良は記憶のない事実に戸惑い、悲しそうな顔でアタシを見つめていた。 ──だけど、すぐに沙良は言った。

「何か事情があったんでしょ?」

「……だ、だけど──」

「事情もなしに芽衣チャンがそんなことするなんて思えないよ……そうだよね?」

沙良はすがりつくような目をしていた。

信じているというか、信じたいように見える。

日記の中で見つけた親友に、裏切られたなんて思いたくないんだよね……。 「結果的には沙良を傷つけたかもしれないけど、そんなつもりじゃなかったんだ。芽衣にとって、沙良は大事な友達だから……」

「──良かった」

沙良は安心したように微笑んだ。

第302頁

「面会時間は終わりですよ」

病室のドアが開き、看護士がアタシに言った。

「もうそんな時間……芽衣チャンはいつまで大阪にいるの?」

「今日帰るんだ。……明日から塾の夏期講習があって」

「そっかぁ……」

沙良は一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐにニコッと明るい笑顔を作った。 「今日は遠くからわざわざありがとう。すごく嬉しかった……退院したらアタシ、大阪のお婆ちゃんの家に住むの。だから次はいつ会えるかわからないけど、芽衣チャンのことはずっと忘れないから──幸せな毎日が残ってる日記、た……宝物だよ。芽衣チャ……ン……グスッ……」

沙良は泣きながら抱きついてきた。

昔と同じ沙良のシャンプーの匂いがフワッと香る。

アタシは戸惑いながら沙良の背中に手を回した。

「沙良……ありがと──」

「幸せになって……」

「沙良……沙良ぁ……ッ」

──病院を出ると、空は薄暗くなっていた。

アタシは涙を拭い、沙良の病室を見上げた。

逆光でよくわからないが、病室の窓に沙良と沙良の母らしき人影が見えた。 沙良……ありがとう……。

第303頁

──翌朝

アタシは朝から塾に向かって歩いていた。

それまでは塾なんて通っていなかったが、アタシもよく考えたら受験生。 推薦は完全に無理だし、そろそろ勉強しないと行ける高校がなさそうだ。 眠さを堪えて近所の塾に向かった。

昨日は深夜までお母さんと話していた。

帰ってから食事を取ったアタシを見て嬉しそうに、涙を流し続けてくれた。 そして、じっくりアタシの話を聞いてくれた。

そんなお母さんの姿を見て、アタシは心配をかけたことを素直に謝った。 お母さんの涙を見るのはつらい。

もう見たくないよ──

塾に着くと、塾に似つかわしくない美亜の姿が目に入った。

ダルそうに椅子に座っている。

「プッ」

思わず吹き出してしまった。

「みぃ~あ! おはよぉっ! !」

「──あっ! ! 芽衣っ! おはよ? 待ってたんだよぉ☆」

ギャルふたり組の姿に、周りの真面目な学生は尐し引いている。

だけどそんなこと、ふたりには関係ない。

「来年から高校かぁ。同じ高校に行こうね! 優梨は頭いーから同じ高校は無理だけど、ウチらは似たよーな頭だし?」

「確かにっ。偏差値50が限界! 優梨は偏差値60はあるもんね」

第304頁

この塾は地元では有名な塾で、違う中学からもたくさんの学生が来ていた。 高校はこんな風に、知らない人たちが集まって来てるんだよね。

みんなとお別れだし、寂しいな……。

勉強すればする程に、リアルに感じる〈卒業〉の2文字。

「なんか、みんなに会いたくなっちゃった」

塾からの帰り道、美亜がポツンと呟いた。

「わかるっ。卒業なんてまだ先だと思ってたけど、すぐ卒業なんだよねー」 「寂しいねっ。思い出作らなきゃ……」

「そうだね」

沙良のことが頭をよぎる。

積み上げてきた思い出たちが消えてしまうって、どんなにつらいことなんだろう──

「実は昨日、沙良に会って来たんだ……」

「え? そうなの?」

「ゆっくり話したいから、あそこに座んない?」

ふたりは近くにあったコンビニに行き、ジュースだけ買って駐車場の地面に座った。

お金がないときは、駐車場や公園がふたりの喫茶店代わりだ。

「沙良ね……修学旅行前に、たかチャンの気持ちを知ってたみたいなんだ」 「芽衣のこと? じゃあ、なんでコクったの? 全然わかんない……」 美亜の頭の中は、混乱してるようだ。

第305頁

美亜はアタシからすべて聞き、やっと理解したようだ。

「沙良は、ホント芽衣が好きだったんだね。好きな男より、イジメられてた毎日から救ってくれて仲良くしてくれた友達が大事かぁ……わかる気がするね」 「アタシには美亜や優梨やたくさん友達がいるけど、沙良にはアタシとアイちんだけだったんだよね……」

「たかチャンのことも、芽衣に話したらたかチャンと距離あけたり沙良に気をつかうのがわかったから言わなかったんじゃない? コクってフラれても、そのまま芽衣とは仲良くいたかったんだよ。芽衣のせいでフラれたってなったら、どうしてもギクシャクしちゃうじゃん?」

「……そっか」

「それなのにふたりでUSJ行ってたって聞いて、裏切られてショックだったんだね。きっと芽衣の話を聞けないくらいにパニくって、あんなことしちゃったんだよ。でも、お互いがお互いを大事な友達だと想うからした行動じゃん。それがすれちがっただけじゃん?」

「そうだよね……でもUSJがキッカケでたかチャンを好きになった気がするから、アタシ最悪じゃない?」

美亜はブンブンと首を横に振った。

そして、アタシの目を見て真剣に言う。

第306頁

「人の気持ちなんて、どーにもならないじゃん。止めようとしても止まらないもんだもん。今の沙良はわかってる。記憶なくさなくても、きっとすぐわかってくれたと思うよ? それに沙良は、芽衣の気持ちどーこーじゃなくて、密会したみたいなことにキレたんじゃん。それを謝って、たかチャンを好きになったことも伝えたんだから……。もぅ、沙良に気をつかって自分の気持ちを押さえる必要はないよ。自分はたかチャンが好きなんだって、素直になっていいと思う! ! 美亜は忚援するから☆」

喉が乾いたのか、ジュースを一気飲みする美亜。

美亜はいつも、アタシに必要な言葉をくれる。

「……誰かにそう言ってほしかった。すごい楽になった」

「へへっ☆」

「アタシ、たかチャンを好きでいてもいいのかな?」

美亜はニコッと笑って、頭をクシャッとなでてくれた。

沙良も大阪で、美亜のようないい友達を見つけてほしい。

──きっと見つかるよね。

沙良はアタシの大好きな友達だもん。

沙良とアタシは二度と会えないかもしれないけど、一生心で繋がっていれるよね?

アタシは繋がっていたいよ──

第307頁

夏期講習は学校へ通うより大変だった。

アタシは毎朝早く起きて、ダルくても塾へ通い続けた。

お金を払ってまで来てるんだから、サボってたらお母さんに悪い気がする。 嫌いな数学はサッパリわからないけど、アタシなりにわかるように努力した。 友達の誘いも断り、家に帰ると毎日必ず予習復習する。

その甲斐あって、夏期講習が終わる頃には1学期の勉強の遅れを取り戻していた。

大変だった夏期講習も終了し、夏休みも残り1週間だ。

今日まで頑張った分、とことん遊んでやるっ?

アタシは久々に気合いの入ったメイクをし、家を飛び出した。

「あんなに勉強を頑張ってくれると思わなかったわ。宿題も終わってるみたいだし、残り1週間は楽しく過ごしなさい」

お母さんはそう言い、快く送り出してくれた。

今日は美亜や優梨やたかチャンたちとカラオケに行く約束をしている。 夏休みが始まってから美亜以外には会っていなかったから、ほぼ1ヶ月ぶりの集合だ。

たかチャンに会える……。

そのことを今は素直に喜べる。

楽しみで、アスファルトの熱い照り返しさえ心地良い。

第308頁

カラオケ屋の前に、酒井と拓弥クンが立っていた。

アタシは走ってふたりに向かっていった。

「ひさびさぁー!」

アタシに気づいた拓弥クンが手を振りながら叫んだ。

酒井が走り寄ってくる。

「ハァ、ハァ……元気だった!?」

「おぅ! ! 沙良に会いに行ったんだろ? 俺も行ったよ! 芽衣が来て嬉しかったって言ってたぞ☆」

「マジ!? 嬉しいーっ!」

酒井の話によると、沙良の記憶はいつ戻るかわからないが怪我は順調に治ってきているそうだ。

退院も間近らしい。

「良かった……」

「だよな! ──あっ、美亜! !」

「美亜ー!」

遠くにド派手な美亜の姿が見えた。

また日サロで焼いたのか、かなり黒くなっている。

「あち~っ! みんなはまだ!? 遅いんだけどぉっ」

「美亜も遅刻なんですけどっ。あとは、たかチャンと優梨とミツだよ」 4人でしばらく待つと、優梨が謝りながら走って来た。

あとはたかチャンとミツだけなのに、なかなか来ない。

せっかく可愛く化粧をしたのに、汗で崩れてきちゃうよ。

ドタキャンなの?

時間が経つにつれ、不安になる──

第309頁

待ち合わせから30分が過ぎた。

しびれを切らした拓弥クンがミツの携帯に電話をかける。

「おいっ! 遅ぇーよ! ……えっ? マジ? ……うん……うん。わかった! !」

電話を切った拓弥クンは、明るい顔でみんなに言った。

「今から海までドライブだってよ! ミツの兄貴たちと俺らでバーベキューだって!」

「マジ? たかチャンも?」

「おう! 今、車で向かってるって!」

「ちょー楽しみ!」

「やったぁ! !」

みんなから歓声がわきあがる。

アタシも待たされたイライラや不安が一気に吹っ飛んだ。

テンションが上がっていく☆

──しばらく待つと、2台の車が現れた。

ミツの兄の悟ニィと、友人の章サン。

そして、なぜかあの人が乗っていた。

「菜穂サン!?」

「芽衣チャンだぁ! 美亜チャンも! ! 久しぶりぃー」

菜穂サンは車から降り、ふたりに抱きついた。

「知り合い?」

「うん! 可愛い後輩☆」

悟ニィの声に答える菜穂サン。

菜穂サンとアタシたちは一時期気まずくなったけど、また仲良しに戻っていた。 最近は時間が合わず、なかなか会えなかった。

久々の再会に盛り上がる3人。

第310頁

悟ニィの車には菜穂サン?アタシ?美亜?優梨が乗り、章サンの車にたかチャン?拓弥クン?酒井?ミツが乗った。

2台の車は海に向かって走り出す──

悟ニィの車はベンツだ。新しい革の匂いがする。

ミツの父は大手商社の社長で、母はエステサロンを経営してるらしい。 この車は母からのプレゼントだと悟ニィは言う。

そして、菜穂サンと悟ニィはつき合っているそうだ。

彼氏がいるとは聞いていたが、まさかミツの兄だとは思っていなかった。 「悟と章サンは高3で、あたしと同じ高校なんだぁ? 誕生日がふたりとも早いから、免許取ってるの。悟の運転、上手でしょ☆」

助手席に座る菜穂サンは後部座席に振り向き、尐し照れながら言った。

菜穂サンの顔はゆるみっぱなしで、悟ニィが大好きなんだなって伝わってきた。

──1時間後。

「海だぁー!」

駐車場に止まった車から降り、浜辺に向かって走った。

太陽の光をキラキラと反射する広い海と、雲ひとつない青い空──

最高に気持ちいいっ! !

「待ってー」

「芽衣、早すぎっ!」

アタシは後ろから追いかけてくるみんなに手を振り、一番乗りで浜辺に駆け込んだ。

第311頁

今の時期はクラゲがいるから、海には入れなかった。

それは残念だけど、波打ち際で遊ぶのも楽しい。

しばらく遊んでから、女の子たちはバーベキューの下ごしらえを始めた。 慣れない包丁で野菜を切り、鉄板に油を引く。

ジューッ

お肉がいい音をたてて焼けていく。

「美味しそう?」

「うんっ!」

グゥと鳴りそうになるお腹の音を抑え、ひたすら焼けるのを待った。 みんなの視線も鉄板の肉と野菜に釘づけだ。

「焼けたぞー!」

章サンの声をキッカケに、みんなは鉄板の肉や野菜に箸をのばす。

尐しかたい人参も、焦げかけた肉も、みんなで食べると美味しかった。 そして、アタシの切った野菜を美味しそうに食べるたかチャンの顔に、幸せを感じた──

第312頁

陽が暮れてきた頃……。

花火をしようという話が出た。

「アタシ、散歩好きだから買ってこよーか?」

「ほんと? ありがと!」

アタシは隣にいる美亜を誘った。

「美亜、行かない?」

──すると美亜は、急にお腹を押えて「イテテ」と苦しそうに言い始めた。 「え!? どうしたの?」

「アタシ、お腹痛いかも……たかチャン! 代わりに行ってくれない?」 「俺!?」

「優梨も靴ズレで足痛いみたいだし……もぅ暗いから、女の子だけは危ないじゃん?」

優梨も何か悟ったのか、急に足が痛そうな素振りをする。

アタシは真っ赤になる顔を隠すように下を向いた。

たかチャンとふたりきりになるチャンスを作ってくれてるんだ……。 「わかった! じゃあ、行くか?」

「──うん」

たかチャンの快い返事に、顔がどんどん火照っていった。

美亜は小さくピースをしている。

アタシとたかチャンは立ち上がり、コンビニを目指して砂浜を歩き始めた。 「いってらっしゃーい☆ ゆっくりでいいよ?」

後ろから聞こえる美亜の意味深な声。

第313頁

たかチャンとふたりきりになるのは久しぶりだった。

ドキドキドキ

心臓が大きな音で鳴っている。

緊張して、顔もこわばってきた。

「美亜、大丈夫かな? 優梨チャンも元気そーだったけど、足痛かったんだなぁ……美亜はだいぶ肉食ってたから、食い過ぎだろーな」

「あっ……う、うん。そうだね……」

緊張しすぎて、恥ずかしくて……、会話にならないよ。

自然と会話がなくなっていくふたり──

しばらく歩いたとき、たかチャンが言った。

「俺とじゃ嫌だった?」

「──え?」

「さっきから態度おかしいから……」

寂しそうなたかチャンの横顔──

うまい言い訳が思い浮かばなくて、黙り込むアタシ。

「修学旅行のことのせい? ごめんな……」

「え?──」

「もぅ芽衣にコクって迷惑かけたりしないから、普通にしてくれよ……」 「そうじゃなくて……あ、あの……」

頭の中がグチャグチャになっていく。

迷惑なんかじゃない! って言えたら……、嬉しかったんだ! って言えたら、どんなに楽なんだろう。

──でも、そんな勇気はないよ。

第314頁

尐し歩くと、コンビニの光が見えてきた。

「やっと着いたね」

「おぅ……」

ふたりの関係はギクシャクしてしまった。

気まずい空気の中、コンビニに入って花火を買った。

「じゃあ、戻るか」

「……!」

アタシの目にアイスのケースがうつる。

アイス買いたいな……。

たかチャンのアイスも買って、謝ろう!

「先に歩いてていいよ! すぐ追いかけるから……」

尐しだけひとりになって、謝る言葉を考えたい。

「……わかった」

「追いつけないかもしれないから、ゆっくり歩いててね!」

たかチャンは大量の花火を抱え、コンビニを出て行った。

アタシはさっそくアイスを選ぶ。

アタシのはバニラと苺の味で、たかチャンはチョコ。

レジが混んでいて、思ったより時間がかかってしまった。

急いでコンビニを出て、小走りに歩道を走った。

でも歩道にたかチャンの姿は見えない。

けっこー先に行っちゃったのかな……。

プッ、プー

「どこ行くのー?」

振り向いて足を止めると、黒い車がアタシの横に止まった。

20歳くらいの男が窓を開けて話しかけてきた。

ナンパだ。ウザい……。

アタシは無視してまた歩き始めた。

第315頁

「どこ行くのー?」

「遊ぼうよー」

歩調に合わせたスピードで、車はしつこくついてくる。

だんだんイラついてきた。

「しつこい! キモいんだけどっ! !」

アタシは男に向かって怒鳴る。

「はぁ? ガキのくせに調子乗ってんじゃねーよ」

ガチャ

後部座席のドアが開き、イカつい男ふたりが降りてきた。

ヤバい……。そう思ったとき、

「キャッ! !」

男に思い切り腕を捕まれ、車に引きずり込まれそうになった── 「やめてっ! ! キャー! !」

叫んでも周りに人はいない。

頭の中に、去年の夏のレイプのことがフラッシュバックした── 男たちのニヤニヤした笑いも、同じだ。

「い、嫌ぁっ! ! たかチャン! ! たかチャン! !」

「叫んでも助けはこねーよ」

もうダメ……。

抵抗もむなしく、アタシの体は車に半分くらい押し込まれてしまった。

──そのとき。

バコッ! !

鈍い音が聞こえ、アタシを押し込もうとする手が緩んだ。

第316頁

「俺の女に手ぇ出してんじゃねーよ! !」

……たかチャンの声!

「てめぇ、誰だよ!」

殴られてないほうの男が、たかチャンに襲いかかる──

恐くて見れないっ!

目をそむけて半分体が車に入ったまま両手で顔を覆った。

バコッ!

バキッ! !

「ウッ……」

たかチャンがヤラれちゃった!?

「なんだよあのガキ……」

運転手が呟いた──

「芽衣! 降りろ! !」

「……へ?」

ノロノロと車から降りると、足元にはふたりの男がのびていた。 「逃げるぞっ!」

「は、はぃっ! !」

たかチャンはアタシの手を引いて走り出した。

緊急事態なのに、手を繋いだことにドキドキしてしまう。

走り続けること5分。

やっと浜辺が見えてきた。

もう走れない!

限界ー! !

「ハァ、ハァ……こ、ここまで来たら……平気だろ」

「……ハァ、ハァ……」

立ち止まり、座り込むたかチャン。

アタシもベタッと地面に座り込んだ。

第317頁

甘い花火

「もぅ…動けない。ハァ、ハァ……」

「てゆぅかさ……あんな奴らに、何つかまってんだよ……バカ!」

「バカって……ヒドイ」

「バカだろ? 俺がいなかったら、どーなったか……わかんねーぞ……ハァ、ハァ。……息があがって、うまくしゃべれねー」

バカって言わなくたっていいじゃん……。

むりやりだったんだよ。

怖かったんだから……。

「浜辺の手前に……公園あっただろ? とりあえず……そこ行こ。確か自販あったから、ジュース買いたい」

「……」

「ふてくされんなよ……行くぞ!」

アタシは黙って下を向く。

たかチャンはそんなアタシに片手を差し出した。

「ほら……行くぞ? ジュースおごってやるからさ」

「……」

ふてくされながらも、伸ばされたたかチャンの手を握り締めた。

ダメだね、アタシ。

かまってほしいから、こんな態度を取っちゃうんだ──

たかチャンの手は、大きくてあたたかい。

優しい性格が手にも現れているよ……。

「ふてくされたと思ったら、今度はニヤけてない?」

「──そ、そんなコトないよっ!」

「そんなにジュース飲みたいのかぁー」

……鈍感っ!

第318頁

公園に近づくと、皆の笑い声が聞こえてきた。

浜辺でキャーキャー言いながら、走り回っているようだ。

「あ、自販あった!」

「アタシはコーラね」

「俺もー!」

コーラを2末買い、ふたりはベンチに腰かけた。

ベンチは子供用なのか尐し小さくて、座ると体がたかチャンに当たってしまう。 触れ合う部分が熱くなり、高鳴る鼓動が伝わってしまいそうだ。

アタシはもらったコーラのプルタブを開け、コクンとひと口飲んだ。 炭酸の刺激が乾いた喉に痛かった──

しばらく経つと呼吸が普通に戻ってきた。

隣のたかチャンにも慣れ、尐しは鼓動も落ち着いてくる。

「あの……さっきはありがと」

恥ずかしくてたかチャンの方は見れなかったけど、アタシは素直な気持ちを伝えた。

だけど、たかチャンからの返事はない。

ふと横を向くと──

街灯に照らされ、真っ赤な顔をしたたかチャンの姿。

パチッと目が合う。

「……見んなよ!」

「赤く……なってる?」

「マジうるせぇ……」

見るなって言われたけど、目が離せない──

第319頁

静かな公園に、遠くから聞こえるみんなの声とふたりの呼吸だけが響く。 落ち着いたはずの心臓がまた忙しく動き出す──

「なんで……?」

「芽衣、ほんと天然だしニブいな……」

「ニブいのはそっちでしょ!? ──あっ……」

思わず言った言葉に、自分で驚いた。

追求されなきゃいいけど……。

──だけど、こんなときばかり、たかチャンは鋭い。

「ニブいって何が!?」

「え? あ、あの……動きが……ニブい?」

「俺、ずっと体育5だけどっ!」

「え? じゃあ、誤解でしたっ」

自分でも訳のわからない言い訳を言い、余計に動揺していくアタシ……。 「そろそろ、みんなの所に行こっか? ……あ! ! 花火は!?アタシのアイスもないっ!」

「今頃!? とっくにないよ。アイスかなんかわかんないけど、芽衣の持ってたコンビニ袋はあいつらの車の中!花火は道路に投げてきたぁー」 「マジ!? どーしよー……」

「芽衣が無事で何よりだろっ!」

たかチャンがアタシの肩をポンポンと叩いた。

たかチャンの言葉も仕草も、全部……全部嬉しくて、胸がキューッと締めつけられていく──

第320頁

ベンチから立ち上がるたかチャン。

アタシもゆっくりと立ち上がった。

「じゃあ……行くか? 皆には花火はなかったって俺が言うからさ」 「……ごめんね」

たかチャンは先に歩き出す。

アタシは半歩後ろを歩いた。

たかチャンと並ぶと、たかチャンの姿が見えないでしょ?

たかチャンを見ていたいんだ……。

たかチャン……。

あなたの気持ちが知りたいよ。

助けてくれたときの「俺の女に何してんだよ!」って言葉。

さっきの赤く染まった顔。

それは、何を意味しているの?

まだ、アタシを想ってくれているんですか?

アタシは今日一日で、前よりも好きになりました。

あなたが……。

たかチャンのことが……、大好きです。

浜辺に戻ると、みんな待ちくたびれたように浜辺に座っていた。

「花火はー?」

「手ぶらじゃん!」

たかチャンは手を合わせ、「ゴメン! なかった!」って謝ってくれた。 アタシも合わせて謝った。

みんなは残念がっていたが、疑いもせず諦めてくれたようだ。

ただひとりをのぞいて……。

第321頁

「芽衣チャァーン? ちょっとアッチ行かない?」

美亜に誘われ、みんなの輪を抜けてふたりは波打ち際に歩き出す。 「どしたの?」

「どしたの? じゃないでしょー☆ 海辺のコンビニに花火がない訳ないよね? 白状しなさいっ!」

相変わらず鋭いんだから……。

パタパタパタ

「あたしも行くー!」

後ろから優梨も走って来た。

「芽衣チャン、ウチラは親友だよね!?」

「はい……白状しますっ!」

優梨も追いついたところで、アタシはふたりにさっきの出来事を話し始めた。 「キャァ☆ ヤラしぃ!」

「ラブラブだねぇ? あたしとナツには負けるけどねっ」

さっきまでの話を聞き、ふたりがアタシをからかう。

「ラブラブかなぁ? たかチャン、もぅアタシのこと冷めてないかなぁ?」

「ナイ、ナイー!」

自信ありげなふたりの反忚を見て、尐しだけ安心した。

「もぉ9時! 帰るよー! !」

遠くから悟ニィの声が聞こえた。

「9時かぁ……今日、楽しかったね!」

「たかチャンとの時間が……でしょ?」

「気をきかせてふたりにしたんだからねっ」

いじわるなふたりの返事を聞き流し、アタシはみんなのところに走り出した。

第322頁

行きと同じメンバーで車に乗り込み、地元に戻る。

悟ニィと章サンは、みんなを家に送り届けて帰って行った。

「ただいまぁ!」

アタシは家に着いたあとも、たかチャンのことで頭がいっぱいだった。 今日は怖い思いもした。

……だけど、それよりたかチャンが助けてくれたことが嬉しかった。 ──襲われて良かったと思えてしまう程に、たかチャンが大好き。 久々に会って、再確認したよ。

翌朝──

目が覚めて携帯を見ると、1件メールが届いていた。

寝ぼけながらメールを開く──

〈今日、花火行こ!〉

宛先は……たかチャン!?

夢心地の頭が、パッと現実に戻る。

アタシは急いで返信をした。

〈行きたう!〉

送ったあとに気づいたが、「行きたい!」の間違いだ。

焦って、あ行を押しすぎてしまった……。

今日は地元の最後の花火大会。

まさか一緒に行けるとは思わなかったから、嬉しくて眠気は一気に覚めていった──

第323頁

昨日は皆で花火ができなかったから、今日は大きな花火を見て盛り上がりたいな☆

美亜と優梨は浴衣で来るのかな?

合わせた服装で行きたいし……。

〈今日、何着てく?〉

ふたりにメールを送る。

しばらく待つと、意外な返信が返ってきた。

〈今日は浴衣でナツとラブラブ☆〉

〈え?今日約束したっけ??〉

──え?

なんで?

みんなは行かないの?

もしかして……。

ふたりきり!?

うっそぉ……。

マジで!?

顔に血がのぼり、真っ赤になっていくのがわかる。

念のためにたかチャンにメールを打つ。

〈今日だれくるの?〉

すぐに返事がきた。

〈ふたりはヤダ?〉

やっぱりそうなんだぁ……。

たかチャンとふたりきりで遊ぶのは、USJ以来だ。

恥ずかしさと嬉しさで、アタシは枕を抱き締めて大騒ぎしてしまった。

第324頁

──夕方。

アタシは浴衣に着替え、たかチャンからの連絡を待っていた。

ふたりきりで会うんだから、浴衣を着た可愛い姿を見てほしい……。

帯で締めつけられて尐し苦しいけど、そんな苦しさは苦にもならなかった。 ?~?~?~

「! !」

携帯の画面に表示された、たかチャンの名前。

「はぁい?」

「用意終わった?」

「うんっ?」

自然と可愛くなってしまう声──

「じゃあ、迎えに行くよ! !」

「はぁーい? じゃあ後でねっ!」

ピッ

電話を切り、用意を始めた。

ピンポーン

自宅にインターホンが鳴り響いた。

……え?

たかチャン?

早くない!?

ガチャ

「はいっ!」

元気よくインターホンに出る。

「迎えに来たよ!」

やっぱりたかチャンだ!

「早いねっ」

「実は芽衣の家の前で電話した?」

「すぐ行くっ! !」

鏡で最終チェックをし、家を飛び出す。

エレベーターを待つのすらもどかしく、浴衣の裾を持ち上げてマンションの下まで階段を駆け下りた。

早く会いたい──

昨日会ったのに……、もうたかチャンに会いたいよ! !

第325頁

1階まで降りると、エントランスにたかチャンの姿があった。

「たかチャン! !」

「──芽衣!?」

声をかけると、たかチャンは露骨に驚いた顔をした。

何か変だった?

ダサい!?

不安になり、体中をチェックするアタシ。

……だけど、別におかしいところは見当たらない。

「あ、あの……ヘンかな?」

今だに呆然としているたかチャンに聞いてみる。

「……っーか。マジ、可愛いんですけどっ……ヤベッ。言っちゃった……」 「──!?」

たかチャンは、思わず言ってしまった言葉に真っ赤になっていた。 ちょー嬉しいっ!

……だけど、恥ずかしくて言葉にはできない──

アタシは顔を赤くして、下を向いていた。

「……行くか!?」

たかチャンは、顔を反むけながら言う。

赤い顔を隠してるみたいだけど、耳が赤いからわかっちゃったよ……。 ねぇ……。

この反忚は、期待していいのかな?

まだ両想いなのかな?

アタシは甘い期待を抱え、花火大会の会場に向かって歩き始めた。

第326頁

歩いていると、陽も暮れて暗くなってきた。

「寒くない?」

「平気だよ☆」

「疲れただろ?」

「平気だって?」

所々で気をつかって声をかけてくれるたかチャン。

そんな気づかいが、大事にされてるようで嬉しかった。

花火大会の会場に着くと、会場の河原は混んでいた。

目を離すとたかチャンとはぐれてしまいそう……。

人混みが苦手なアタシは、たかチャンの姿を追いかけるだけで精一杯だ。 「待ってぇ~」

「大丈夫か?」

何度となく繰り返される会話。

人に流され、気がつくとバラバラの方向に行ってしまったりもした。 「あと尐し! あっちが空いてるから、行こ!」

「う……うん……キャッ!」

「大丈夫か?」

すれちがう人の肩が当たり、痛くて肩を押さえた。

キレイだった浴衣も、すでに着崩れ始めている。

人混みヤダよ……。

むしろ、帰りたい!

──そのときだった。

ギュッ

あたたかい大きな手が、アタシの片手をつかんだ。

「こーすれば、はぐれないだろ? 俺が道つくるから、手ぇ離すなよ!」 「は、はい!」

たかチャンの背中にピタッとくっついて、手を引かれて歩く。

第327頁

これならはぐれないね。

安心して歩ける……。

しばらく歩くと、だいぶ空いてる場所についた。

「もぉ大丈夫だろ?」

「うん、ありがと……」

パッと離される手。

繋いでいた手は、すこし汗ばんで……。

手のひらにリアルな感触が残った。

「この辺に座るか?」

「ビニールシート持ってきたんだぁ!」

お母さんに持たされた大きめのシートを開き、ふたりで座る。

──打ち上げまで、あと尐しだ……。

「俺……。チョット嘘つきかもしんない」

「え?」

いきなり発された、意味不明な言葉。

たかチャン、真剣な顔をしてる……。

「芽衣に嘘ついたんだ。……つーか、結果的に嘘になったって感じなんだけどさ……」

「え……何?」

「ゴメンな」

……何?

何が嘘なの?

胸がザワザワする。

「俺、やっぱりー」

「高橋ー! ! 芽衣チャン! !」

えっ!? 誰!?

──たかチャンの声を遮る聞いたことのある声。

「おぃ! ! こっちー!」

キョロキョロして、声の主を探すふたり。

第328頁

混んでてわかんない!

……誰!?

「──おぃっ! コッチだよ!」

人混みを抜け出し、手を振りながら来た人……。

その人は──

卒業してしまってから疎遠になっていたコータだった。

コータはピンクの浴衣の女の子を連れ、アタシたちの前に来た。 「久々だなぁ!」

「そうっスね!」

「ぅん、久々……」

嬉しそうに声をかけてくるコータ。

たかチャンも笑顔で話し始める。

──気まずいよ。

タイミングが悪い……。

アタシはコータと関係を持っていた。

何度か寝てしまった……。それに、レイプの話も……。

たかチャンにバレてしまったら、どうしよう──

余計なこと言われたくないし、早くどっかに行ってほしいよ……。

「コータン☆ アタシ、足疲れたぁ! 歩けないょぅ。ココ、お邪魔できないのぉ??」

甘ったるい声でピンクの浴衣が言う。

「そうだな! このシート、俺らも座っていい!?」

はぁ!?

確かに4人で座っても充分なスペースはあるけど……、

ピンクの浴衣!

ずうずうしくない!?

コータも空気を読んでほしいんですけど……。

第329頁

アタシは焦りとイライラで、タバコに火をつける。

──結局、

断れないまま、コータと女と4人で花火を見ることになってしまった。 あぁ……最悪──

ある意味ドキドキして、花火なんて見てられないよ。

コータは何も知らないから、アタシとたかチャンはただの友達同士だと思ってるし……。

お願いだから、余計なことは言わないでくださいっ! !

ピュー……

ドォーーン! !

「始まったな!」

そんなことを考えているうちに、花火が始まった。

真っ暗な夜空にうち上がる花火はとてもキレイで……。

「……うわぁ~。スゴいねぇ……」

気がつけば、アタシも花火に魅了されていた。

大きな花火、

小さな連発の花火、

ハート型の花火……。

次々と打ち上がる花火が、夜空に色とりどりの絵を描いていく── キレイ……。

横を見ると、3人も無言で夜空を見つめていた。

──あっというまに3000発の花火は終わってしまった。

「キレイだったねっ☆ コータン??」

ピンクの浴衣は、コータにキュッと抱きつき甘えている。

第330頁

もう終わっちゃった……。

アタシもあんな風にたかチャンに甘えて花火を見たかったな……。 ピンクの浴衣がうらやましかった。

「これからどうする?」

コータがたかチャンに声をかけた。

「俺らは……どうする?」

たかチャンはアタシの方を見た。

「アタシ……」

「じゃあ~、みんなでどっか行こうよぉ?」

……えっ!?

「アタシねえ、芽衣チャンと話してみたいと思ってたんだぁ☆ コータンと仲良かったんでしょ? 高橋クンからも、中学時代のコータンの話を聞きたいなぁ~??」

たかチャンと目が合った。

ヤバい……。

嫌な予感──

「まぁ……、いろんな面で仲良かったよなっ☆」

──え?

チョット待って! !

言わないでっ! !

「何? 何?」

「……まぁ、ミキがヤキモチやくから言えないっ」

「えぇ~!? もしかして、つき合ってたのぉー?」

「つき合ったよぅなもんかなぁー☆ なぁ芽衣チャン?」

……もうヤダ……。

言っちゃったじゃん……。

コータのバカ! !

「……そうなんスすか?」

ずっと黙っていたたかチャンが口を開いた。

第331頁

「俺らさぁ──」

……限界っ!

「ア……アタシ、帰るっ!」

アタシはバッグを持ち、下駄を履いた。

「あれ?」

「チョットぉ~」

不思議そうにアタシを見るコータとピンクの浴衣。

「時間が……遅いし。帰るねっ。じゃあ、またっ!」

「──送ってくよ!」

「平気だからっ……」

アタシは逃げるように、河原を立ち去った。

──最悪だよ……。

コータと関係あったの、バレバレじゃん。

コータにはいろいろ感謝してるけど、ホントに口が軽すぎじゃない? きっと、たかチャンに嫌われちゃった。

楽しみにしてたのに……。

「……グスッ」

涙が出てきた。

化粧も崩れて、慣れない下駄で足は靴ズレ……。

ボロボロだよ──

「……い! 芽衣! !」

後ろから呼ぶ声がする。

この声、たかチャンだ……。

こんな顔じゃ、振り向けないよ。

タッ…タッ…タッ…

「待てってば! !」

「──ッ!」

走る足音が真裏にきて、グッとつかまれる腕──

「芽衣……どうしたんだよ!?」

「……なんでもナイ」

「泣いてんじゃん!」

「……」

こんな姿、見られたくない……。

第332頁

「……グスッ」

「なんで泣くんだよ──もしかして? 芽衣、コータ君が……!?」 「……?」

「だったら大丈夫! あのピンクの浴衣の子、彼女じゃないぞっ」 「?」

あ、あの──

誤解……されてる?

たかチャンは真剣にコータについて語っていた。

そして、ついに──

「待ってろ! 今コータ君呼んでくるからっ! !」

走りだそうとするたかチャン。

「ち……ちょっと待って! ! あの……誤解してない? アタシ、コータを好きじゃないよ?」

「無理すんなよ!」

「だから、無理してなくて……アハハッ?」

「え?」

思わず、笑ってしまった。

たかチャンは、訳がわからないようで、「えっ?」って顔のまま、固まっている。

涙は止まったが、代わりに笑いが止まらないアタシ。

「……違う……の?」

「──うんっ」

たかチャンはペタッと地面にしゃがみこんだ。

「あ……マジ良かった……」

そしてポツリとつぶやいた。

……アレ?

今、なんていった?

「俺……まだ芽衣が好きだから、ビビった──」

嘘──!?

第333頁

──好きだから。

そう言ったよね……?

「……言わないって約束したのに、また今言っちゃったな。ゴメン、聞き流して──」

「え……」

無理──

聞き流せる訳がない。

だって、好きなんだもん。

「……さっき河原で言いかけた嘘ついてるって話は?」

「好きにならないよーにするって言ったのに……まだ好きだから……」 ペタン

腰が抜けたように、アタシも地面に座り込む。

「め……芽衣?」

「──ホントなの?」

「あ……ウン」

気まずそうに頷くたかチャン。

嬉しすぎて、信じられない……。

アタシたち、両想いなんだね──

「アタシも……」

「──え?」

気持ち、伝えよう。

たかチャンの目を見て……。

精一杯の愛の言葉──

「アナタが好き──」

たかチャンの動きが止まった。

恥ずかしくて……、目をそらしてしまいたくなる。

だけど、両想いを知って喜ぶアナタの顔を見てみたいから……。 視線はそらさないね。

第334頁

鳩が豆鉄砲をくらったような顔って例えがあるけど、

そんな顔があるなら、今のたかチャンはまさにソレ。

恥ずかしい思いをしながら告白してるんだよ。

もっと嬉しそうにしてよ。

「嘘? ……だろ?」

「……ホント」

「──! !」

ボトッ

「マジでぇっ!?」

我に返ったのか、やっとたかチャンに反忚があった。

持っていたバッグを落として、嬉しそうに叫ぶ。

「驚いてバッグ落とすなんて、ベタな俳優みた──」

「芽衣っ……」

アタシの言葉は遮られてしまった。

たかチャンは愛おしそうにアタシを見つめる。

瞳がキレイで、吸い込まれそう──

たかチャンの手が背中に回っていく。

そして、アタシの小さな体は引き寄せられて、壊れ物を扱うように優しくたかチャンはアタシを抱き締めてくれた。

「これでもまだ、信じらんねぇ……ホントに俺のこと?」

「好きです……」

迷いなく伝えられるよ。

だけど恥ずかしくて、すぐにたかチャンの胸に顔を埋めた。

たかチャンの甘い香水の匂いがする……。

アタシ……幸せだよ──

第335頁

たかチャンの胸の鼓動が聞こえる。

バクバクと鳴り続けて、あまりの早さに壊れちゃうかもって、心配になってしまった程。

「俺……マジでダセェ……震えてきた……」

背中に回された手が、厚い胸が──

──震えてる……。

「好きすぎて──緊張する……」

そんなこと──

言われたことなかった。

胸の中が、あたたかいモノで満たされていく。

アタシの心に、頭に、

甘酸っぱく響く、たかチャンの声。

そして、アタシにドンドンたかチャンの気持ちが伝わってきた。 抱き合うなんて、何回も経験があった。

さっきまでは自然とできた抱き合うという行為。

だけど……。

今は朩経験の尐女のように、緊張してしまう。

──今日たかチャンは、アタシの中に……、大きな大きな甘い花火を打ち上げてくれた……。

第336頁

翌日の朝──

アタシはたかチャンの彼女になった。

彼女って響き……、かなりくすぐったい。

アッくんとつき合ったときとは違う。

初めてのちゃんとした彼氏っていう感覚がする。

後ろめたさもない。

大好きで片想いをして実った恋。

皆に秘密にする必要もない。

アッくんとの恋を否定する訳ではないけど……。

好きな人が彼氏に昇格して、普通の恋人ができたという感覚──

こんなに幸せだと思わなかったよ。

昨日は時間も遅かったから、たかチャンがすぐに家に送ってくれた。

マンションの前で、また優しく抱き締めてもらって、甘い余韻を残して、眠りについた。

──そして、今日。

もともと、皆で集まる約束をしていた。

「集まる前にふたりきりで会う時間を作って」って言われて……。 可愛くて不器用な告白をうけたんだ。

「あっ……あのさ……昨日テンパって伝え忘れたんだけど……つき合って……くれるよな?」

確かに、何か足りなかった昨日の告白。

アタシはそんなドジなたかチャンも愛しくて……。

「コチラこそお願いしますっ」

──と、丁寧に返答した。

第337頁

恋人になったふたりは、みんなとの待ち合わせ場所に手を繋いで登場した。 「え!?」

「マジ?」

「キャーッ?」

驚きと歓声がまざったみんなの様子。

そして、たかチャンは宣言した。

「俺、芽衣の彼氏になりましたぁ! 絶対に幸せにしますっ! !」 「やっ……やだっ。恥ずかしいよぅ……」

そう言って、たかチャンを止める。

だけど……、ホントは嬉しくて仕方なかった。

ギュッ?

繋いでいるたかチャンの手を、強く握った。

たかチャンもギュッ?と握りかえしてくれて、まるで、〈好き〉の合図みたいに何度も繰り返す──

後々聞くと、たかチャンとアタシの気持ちを知らなかったのは末人たちだけだったらしい。

「やっとかよっ!」

っていうツッコミが、みんなの末音のようだ。

そして遊んでいる間、からかわれまくってしまった。

みんなに祝ってもらえて、認められて……末当に幸せ☆

たかチャンが好きすぎて、幸せで、頭がとろけてしまいそう。

この幸せが一生続くように……。

アタシはそう願った。

第338頁

──2学期の始業式の前日。

アタシは数人の人に電話をかけた。

たかチャンとのことを、話すためだ。

始業式になって学校に行けば、たかチャンとアタシがつき合ったことはみんなが知ることになるだろう。

それより先に、自分の口で話さなくてはいけない人たちがいる。

なんて言われるかな……。

つらくなることを言う人もいるだろう。

だけど、言わなくちゃ──

アタシは携帯を開き、ひとり目に電話した。

「はぃ」

「……アッくん? 話せるかな?」

「いいよ。どうした?」

アッくんとは、あのとき以来の会話だ。

アタシの気持ちを後押ししてくれた人──

素直な気持ちに気づかせてくれた人だ。

「アタシたかチャンに気持ち伝えたよ。つき合うことになったよ……」 「……そっか。良かったな。幸せになれよ!」

アッくんは尐しの沈黙の後、お祝いの言葉をくれた。

「もぅ、自分の気持ちから逃げんなよ。オレも……いい恋探すわ!」 アッくんはそう言って、笑っていた。

尐し声が震えたような気がしたけど、アタシは気づかないフリをした。 アッくん……。

傷つけてばかりでゴメンね。

第339頁

去年の夏から、アッくんには甘えてばかりだった。

自分勝手で、つらいときにはいつも支えてもらって。

いつも側にいてくれたね──

アッくん……。

ホントにありがとう。

──そして、次の電話の相手は沙良だ。

沙良に伝えるのは酷かもしれない……。

だけど……、沙良は忚援してくれた。

無理してたかもしれないけど、優しい言葉で悩んでいたアタシを救ってくれた。 もう退院してるはず……。

アタシは、メモしていた沙良の祖母の自宅番号に電話をかけた。

トゥルルルル──

トゥルルルル──

「はい、中川です」

沙良の声だ……。

「あ、あの……沙良?」

「──もしかして、芽衣チャン!?」

「うん。久しぶり」

「あー☆ 嬉しいっ! ありがとう!」

喜んでいる沙良の声に、言い出しにくくなる。

だけど、思いきって伝えなきゃ──

「アタシ、たかチャンとつき合うことになったんだ」

「ホント!?」

「う……うん。ゴメンねっ……」

「謝るコトないって! アタシに気をつかってつき合わないほうがヤダよ。アタシも新しく思い出つくって、恋もするから☆」

明るく答える沙良。

第340頁

沙良はスゴイね……。

アタシだったら、絶対こんなに強くなれないよ。

そして、最後に残った人にかけた──

それは、アイちんだ。

何を言われるかわからない。

アタシをイジメてる張末人。

アイちんがアタシをイジメたキッカケは、沙良のことだった。

沙良に対しての友情からきたイジメだ。

理解してもらえなくてもいい。

反対され、余計にイジメられても仕方ないと思ってる。

だけど、アタシはアイちんに筋を通したい。

たかチャンと堂々とつき合っていきたい。

久々に見るアイちんのメモリ。

深呼吸をして、通話ボタンを押した──

数回コールが鳴ったあと……。

「……はい」

気まずそうな、怒ってるような……、アイちんの声。

「芽衣だけど……」

「……何か用?」

「アタシ、たかチャンとつき合うことになったんだ」

ガチャ──

プー…プー…プー…

一方的に切られた電話。

複雑な気持ちを抱え、アタシは携帯を握り締めた。

翌朝──

楽しみと不安が混じった2学期が始まった。

第341頁

クリーニングのタグを取り、久々の制服に袖を通した。

塾で毎日勉強したし、予習もやってある。

2学期は勉強も頑張るぞ!

自然と気合いが入り、背中がピッと伸びる感じがした。

こんな休み明けは初めてだった。

……きっと、たかチャンのおかげ。

学校に行けば、毎日たかチャンに会える。

それだから、勉強に熱が入ったり、頑張れる力が湧いてくるんだと思う。 イジメは今は怖くない。

守ってくれるたかチャンや、友達がいるもん。

……アタシ、強くなったな。

コレもたかチャンのおかげ。

愛のパワーって、スゴいんだね。

こんなにもアタシを変えてくれた。

「早く会いたいな……」

思わず顔がほころんでしまう。

よし!

行こうかな! !

「行って来ます!」

「頑張ってね! !」

キレイに磨かれた革靴を履く。

笑顔のお母さんに手を振り、アタシは学校に向けて歩き出した。

第342頁

学校に着くと、案の定イジメはスタートしていた。

……靴、ナイし。

来賓用のスリッパを履き、教室に向かう。

こんなことに負けたくない。

アタシにはみんながいるんだから……。

──そう自分に言い聞かせながら歩いた。

尐しずつなくなっていたイジメの復活に、胸が痛まないと言えば嘘になる。 悲しくて、ホントは泣きたいくらいにつらいんだ。

だけどね、それを認めたくない。

イジメになんか……、もう負けたくない。

「おはよ!」

教室に入ると、大好きな彼氏が迎えてくれた。

「……おはょ☆」

笑顔で答える。

履いているスリッパも、アイちんからのキツい視線も、全部アタシの視界には入らない。

胸の中の悲しみだって、たかチャンの笑顔にかき消されていくよ。

そして、代わりにあたたかいモノと愛しさが、アタシの胸に溢れていった──

第343頁

それから4ヶ月後──

季節は変わり、冬を迎えていた。

アタシとたかチャンの恋は、順調に続いている。

席替えでズルをして、ずっと隣同士。

学校だけじゃ物足りないから、放課後も週3日は一緒に過ごしていた。 周りからバカップルと言われるほど、仲良しなアタシたち。

カップルは3ヶ月周期で倦怠期がくるっていうけど、アタシとたかチャンにはそんなジンクス関係ない☆

日に日に絆が深まっていった──

つき合って1ヶ月目には、初めてのキスを交した。

緊張して、鼻がぶつかって……、ふたりで笑った。

そして、クリスマスには……、体を重ねて、愛を確かめあった── 新年の初詣。

アタシは神様に祈った。

このままずっと、たかチャンと過ごしていきたい。

神様。

アタシの願い、叶えてくれるよね?

大好きなたかチャン……。

ずっと仲良しでいようね。

明日は1月3日。

たかチャンの誕生日だ。

一緒に過ごす、最初の誕生日。

贈り物は……もう決めてある。

アタシとアナタの絆の証だよ──

第344頁

「ココは蝶のデザインでいくのかな?」

「はい! コレで☆」

「まだ若いのに、いーの?」

「うん! !」

アタシは、ある場所に来ていた。

サンプルを見て、デザインを書いてもらっている。

──タトゥーのデザインだ。

アタシは明日、タトゥーを入れる。

たかチャンの名前【陸】と、一目惚れした蝶の絵。

下絵をジッと見るアタシに、彫師は聞いた。

「なんでタトゥーを入れよーと思ったの? 痛いのに」

──理由は、たかチャンだ。

つき合ってからわかったんだけど……、たかチャンはスゴくヤキモチやきな人だった。

──芽衣は俺の女だ! っていう証が欲しい。

離れても一緒ってコトで、お互いの名前を彫ろう。

……そんなたかチャンからの言葉。

アタシは悩んだが、結局「いいよ」と快諾した。

アタシの体に、大好きなたかチャンの名前を刻みたいと素直に思った。 「明日は彼氏の誕生日だから入れたいの?」

「……そっかぁ。ラブラブだねぇ?」

彫師はそう言って、アタシの肩をポンポンとたたいた。

第345頁

タトゥーって、ホントは18歳朩満は法律で禁止されているらしい。

どうしようかと悩んでいたアタシに、「兄貴の先輩で彫師がいる」と、ミツが教えてくれた。

……それで紹介してもらったのがこの彫師の人。

体中に何ヶ所も刺青が入っていて、職人っぽい雰囲気がする人だ。

「蝶みたいに彼氏も飛んでっちゃわないよーになっ! ! 気をつけてねっ?」 「あははっ。アタシたちは大丈夫☆」

──そして翌日

アタシのお尻の上に、小さな蝶とたかチャンの名前が刻まれた。

痛かったけど……、早くたかチャンに見せてあげたい。

喜んでくれるよね?

──たかチャンとは、たかチャン家の目の前の公園で待ち合わせをした。 意外とタトゥーに時間がかかり、待ち合わせには間に合いそうもない。 小走りで走り続けたが、公園に着いたのは待ち合わせの時間から30分過ぎだった。

誕生日なのに、ちょー遅刻しちゃった……。

たかチャンごめんね──

第346頁

公園に着くとベンチに座って携帯をいじるたかチャンの姿が見えた。 寒さでかじかむ両手を擦り合わせ、走ってベンチに向かう。

「待たせてゴメン!」

「遅い!」

「……ゴメンね」

「実は……俺も遅刻なんだよねー。今来たばっかり」

たかチャンはニコッと笑った。

良かった。寒い中で待たせてなくて……。

アタシは胸をなで下ろす。

ギュッ

どちらからともなく、ふたりは手を繋いだ。

……あれ?

繋いだたかチャンの手は、雪のように冷たかった。

──ホントはずっと待っててくれたんだ……。

気をつかわせないように遅刻したなんて嘘ついたんだね。

たかチャンの可愛い嘘が嬉しくて……、アタシの中の愛が溢れてしまった── たかチャンに思いっきり抱きつく。

「えっ!?」

「だぁい好き! !」

チュッ??

「わかっちゃったもんねっ?」

チュッ???

キスを何度もたかチャンに贈る。

事情がわからないたかチャンは、不思議そうな顔をしてそのキスを受け止めていた。

第347頁

そして、その日の夜……。

アタシはたかチャンにプレゼントを披露したんだ──

いつものように、たかチャンの部屋でイチャイチャしていたふたり。 たくさんのキスをして、愛を確かめ合う?

そして、その流れでたかチャンが服の上からアタシの胸を触ったとき── 「チョット待って! !」

「──え?」

アタシはたかチャンの腕をつかんで手を止めた。

「今から……プレゼントあげる☆」

「? 芽衣の体?」

……バカ。

でも、ある意味当たってる。

「エッチするとか、そんなんじゃないよ!」

そう断り、アタシは着ていたニットのワンピを脱いだ。

そして、傷口に貼られたガーゼを剥がす──

「……嘘……マジで!?」

「やっちゃった?」

明るい電気の下……。

下着だけのアタシのお尻の上には──

たかチャンの名前と、可愛い蝶の姿……。

「……触っていい?」

手を伸ばしかけたたかチャンの声に、コクンと頷く。

たかチャンは恐る恐る、愛の証に手を伸ばした。

第348頁

「痛そうだな……腫れてる」

「……チョットね」

たかチャンはアタシの蝶に、そっと口づけした。

そして──

「ありがとう……すげぇ嬉しい☆」

そう言って、優しく抱き締めてくれた。

「アタシはずっと、側にいるよ……大好きだからね? お誕生日ホントおめでとう☆」

「芽衣……愛してるよ。傷をつけさせてゴメンな。でも、ホントに嬉しい」 アタシとたかチャンの絆は、もっと深まったね……。

切れない絆──

運命の相手……。

それはきっとアタシたちふたりのこと。

愛してる……。

愛してるよ──

「ヤバい……抱いちゃっていい?」

「──うん」

たかチャンの柔らかい唇がアタシの体を這う。

いつもより……愛を感じて体中が敏感になる。

「今日は……ゴムなしでもいい? 芽衣に直接イレたい」

「アタシも……アァ……直接感じ……たい──」

初めての隔たりのないセックス。

今日は0.数ミリのゴムですら、アタシとたかチャンの間に入ってほしくなかった。

「好きだよ……」

「アタシも──」

ふたりは愛を確かめ合うように、求め合った──

第349頁

高校受験

ふたりで同じ高校に行って、卒業したら結婚しよう──

愛しい行為のあと、アタシたちは約束した。

そして数日後──

たかチャンの腕には、【芽衣】という文字と龍のスミが入れられていた。 二の腕にグルッと巻きつくような龍。

まだ線だけだけど、かっこ良かった。

アタシ以外には強気なたかチャンに、ピッタリ似合ってるね。

──冬休みはあっというまに終わってしまい、ふたりは中学最後の学期を迎えた。

毎日着ているダサい制服も、

ボロい校舎も……。

もうすぐお別れと思うと全部恋しくなる。

そして、アタシたち受験生の慌ただしい日々が始まった。

──卒業はアタシとたかチャンの新しい始まりだ☆

3学期はつらいけど、それを乗り越えたら3年後には?

アタシはそう思い、受験勉強を頑張った。

志望校は地元では平均レベルより尐し下の県立高校。

制服が公立のわりに可愛くて、美亜とずっと憧れていた高校だ。

第350頁

みんなの最終的な志望校も決まっていく。

アタシ、美亜、たかチャン、ミツは同じE高校。

優梨は私立で一番レベルが高いM高校。

拓弥クンと酒井はK工業高校が志望校だ。

ナツはサッカーが強い隣の県の高校へ進学が決まっている。

試合を見た高校の人からスカウトがきたらしい。

アッくんは……。

最近あまり話さないから、よくわからない。

ずっと距離を置かれている。

優梨が前に聞いた話だと……、

「元カレと彼氏が近くにいると、芽衣が困るだろ?

高橋はすげーヤキモチやきって聞いたことあるし」

アッくんはそう言って、笑っていたらしい。

だから、距離をあけたのはアッくんなりの優しさなんだろうけど……。

アタシたちは、毎日ひたすら勉強をした。

「今までサボっていた分、寝る時間を削らないと間に合わないっ!」 みんなはそう言って、必死だった。

アタシはというと……。

尐しだけ、余裕☆

夏期講習の時以来、毎日予習復習を続けてきた。

2学期は週1で塾に通い、冬期講習も受けた。

今は週2で塾に通っている。

第351頁

デートも遊びも我慢して、頑張ってきた受験勉強。

明るかった髪の毛も、今は真っ黒に染まっている。

公立より受験が早い私立受験。

優梨は皆よりも早く受験し、予想通り志望校に合格した。

「みんなも頑張って?」

優梨は、嬉しそうに皆にエールを送る。

ホント幸せそうな優梨……。

──アタシも頑張らなきゃ。

次はアタシたち県立志望の番だ。

そして数日後──

公立の受験日の朝がやってきた。

朝日がのぼるのを、勉強机から見ていたアタシ。

──眠れなかった。

徹夜で勉強したけど、余計に勉強がわからなくなってきた。自信ないよ……。 ギュッ

不安になるたび、お守りを握り締める。

コレは、姉の春菜が受験で使ったものだ。

昨日春菜が家に来て、お守りを渡しながらアタシに言った。

「コレ今まで3戦3勝のお守りだから☆ 絶対受かるよ! !」

地元では有名な神社の赤いお守り──

「……アリガト!」

「あたしが来年使うんだから、3勝1敗にしないでねっ」

「ええっ!?」

「嘘、嘘☆」

冗談すら、あまり笑えない……。

第352頁

ピピピピピ

「あっ……もぅ6時半かぁ……」

あと2時間半で受験が始まる。

ヤダ……。

怖い。不安だよ……。

トントン

「芽衣~、入るわよ!」

「あ、ウン……」

ガチャ

お母さんがエプロン姿で部屋に入ってきた。

美味しそうな朝食の匂いも一緒に入ってくる。

「昨日は寝れた?」

「……まったくダメ。勉強してもはかどらないしさぁ」

アタシは頭を抱えた。

頑張ってきたはずなのに……。

自信あったはずなのに……。

不安になってしまう。

「大丈夫! ここまで頑張ってこれたんだもの! ! お姉ちゃんだって、受験の朝は胃薬飲んでいったんだから?受験生はみんな不安で、同じ気持ちなのよ。リビングおいで。ご飯食べて元気出そ☆」

……あの強い春菜が、胃薬?

受験なんて余裕だったって言ってたのに──

「プッ……アハハッ」

「その笑顔よ?」

春菜のそんな姿は想像できなくて、思わず笑ってしまった。

──落ち込んでても、仕方ない。

もうやるしかないんだ!

お守りを握り締め、気合いを入れた。

第353頁

受験の定番の朝食、カツ丼も残さずに食べた!

受験票もお守りも、しっかり持ったし。

忘れ物、ナシ!

「行ってくるね!」

「はぁい! 頑張ってね! !」

アタシは元気に家を出た。

中学の近くの駅で、みんなと待ち合わせをした。

──絶対に大丈夫!

何度も何度も自分に言い聞かせながら、駅までの道を歩いた。 駅で合流した4人は、口数も尐ないまま電車に乗った。 車内の所々に、同い年らしき人たちの姿がある。

「E高を受験しに向かってる人もいるんだよね……」 美亜がポツリと言った。

E高校の最終的な受験倍率は、2.3倍。

ふたりにひとり以下しか受からない。

車内の中学生たちがみんなライバルに見えて、怖かった。 E高校に着き、受験会場の教室に向かう4人。

不安で体がガタガタと震えてくる。

落ちたら……どうしよう。

スベり止めの私立なんて、受けてない。

アタシにはE高校しかないの──

「たかチャン……」

アタシはたかチャンの手を強く握った。

第354頁

──そして、アタシたちの受験が始まった。

配られたテスト用紙に目をやると……。

……あ!

コレ、塾でやったじゃん!

ココはヤマをはったところ! !

鉛筆はスラスラと動いていく──

運にも恵まれて、すべてに近い解答欄を埋めることができた。 ……良かった。

春菜のお守りのおかげかな?

昼過ぎに、すべての受験が終わった。

自然と笑みがもれる。

……自信ある!

絶対、大丈夫! !

嬉しくて、近くの席の美亜に声をかけた。

「どうだった!?」

「塾でやったトコが出たよね? たぶんイケる!」

ミツも笑顔でふたりの近くに来た。

「俺、首席入学の自信あるよ! ! マジ完璧! !」

「やったね! !」

ひとりだけ隣の試験会場になってしまったたかチャンも、すぐに来た。 「けっこー書けた☆ 今日はどっかに遊びに行こーぜ!」

「──それより、この黒髪ヤダァ! !」

「……とにかく、みんな良かった☆ 放課後に頑張った甲斐があったねっ?」 4人は手を取り合って喜んだ。

まだ結果は出てないけど、きっと4人でE高校に行けるよね☆

第355頁

そして4人は、今までの受験勉強のストレスを発散した。

カラオケに行き、喉が枯れても歌って騒ぐ。

途中から酒井と拓弥クンや優梨も集まって……、カラオケのフリータイムが終わったあとも、コンビニ前でたまって遊び続けた。

アタシはたかチャンに甘えながら、高校生活を想像した。

「高校入ったら、一緒にバイトしよ☆」

「おぅ! クラスが同じだったらいぃな!」

たかチャンは笑顔でアタシの頭をなでてくれる。

「3年後まで、ずっと仲良しでいようね!」

「当たり前だろ! !」

チュッ?

みんなの前だったけど、アタシとたかチャンはキスを交す。

「やらしいっ!」

「ふたりの世界に入らないでくださいねー?」

はやしたてるみんな。

アタシたちは、照れ笑いをした。

早く高校生になりたいな……。

楽しみ??

アタシは心からそう思ったよ──

だけど……。

そんなに運命は甘くなかったね。

こんな運命って……、ヒドすぎるよ──

第356頁

崩れた関係

合格発表の日──

4人は揃って合格番号を見に来ていた。

高校の壁に張り出された白い紙。

緊張しすぎて、具合が悪くなってきた。

受かってるよね……?

受かってますように──

そう願い、アタシはお守りを握り締めた。

「心の準備できた? ──見ようっ!」

美亜の声で、4人は自分の番号を探し始めた。

アタシは4654。

──ありますように!

プリントされた数字の中から、自分の数字を探す4人。

数字は、1番とばしや2番とばしで書かれている。

さすが2倍以上の倍率だ……。

自信はあるけど、不安になってくる。

自分の番号の近くを探し、目を凝らす。

4649……

4651……

4652……

4654……

──ん!?

4654!?

受験票を見る。

そこには、4654って書いてあった。

アタシの番号……。

あったよ──

受かったぁ……。

第357頁

「受かったぁ! !」

隣の美亜が叫んだ。

その直後……、

「俺も! あったぁ! !」

ミツも叫ぶ。

「──アタシも! !」

嬉しくて、涙が出そうだった。

3人はハイタッチをして、喜び合う☆

……だけど。

たかチャンは白い紙と受験票を交互に見て、呆然としていた……。 「──俺……番号ナイわ……」

たかチャンの声に、固まる3人。

頭から、血の気が引いていく──

……嘘?

嘘でしょ!?

「何番なの!?」

「4763……」

4758……

4759……

そして──

4764……

何度みても、4763はない。

アタシは地面にペタンと座り込んだ。

目頭にたまっていた涙もスーッと引き、頭が真っ白になっていく── 「俺だけ……か。落ちたの──ゴメン。先帰るわ……」

「──ッ! たかチャン! !」

たかチャンはアタシの声を無視して、走り去って行った。

アタシは座り込んだまま、動けなかった。

美亜とミツは黙っている。

3人は、小さくなっていくたかチャンの背中を見つめ続けた──

第358頁

残された3人は、とりあえず近くのファミレスに入った。

たかチャンの携帯は、繋がらない。

家にもいなかった。

「俺ら……アイツに悪いことしちゃったな……」

ミツが肩を落として言った。

ミツとたかチャンは小学時代からの親友。

アタシもつらいけど、親友と離れてしまうミツもつらいよね……。 美亜もジュースのストローをいじりながら言う。

「アタシが最初に叫んだんだ……。たかチャン、どこに行ったんだろ……」 合格して嬉しいはずなのに、まったく喜べなかった。

たかチャンのことを考えると、みんなつらかった。

ガタッ

「……ゴメン! やっぱ、たかチャン探してくる!」

アタシは席から立ち上がった。

……なんでさっき、追いかけてあげれなかったんだろう。

アタシが今いなきゃいけない場所は!?

──ここじゃない。

ガタガタッ

「──美亜も!」

「俺も行く! !」

ふたりも立ち上がる。

急いで会計を済ませ、みんなでファミレスを出た。

見つかるかなんて、わからない。

だけど、3人は自然と走り出していた──

第359頁

どこを探しても、たかチャンはいなかった。

「もう、帰ろう……」

ミツの声に頷くアタシと美亜。

探し疲れて、声も出ない。

これだけ探しても見つからないなんて……。

……どこにいるの?

3人は、重い足取りで家に帰って行った。

家に帰るとお母さんが心配そうな顔でアタシを迎えた。

「おかえり。遅かったのね」

「……ごめんね」

「──あ、あのさ……どうだった?」

お母さんは気まずそうに聞いてきた。

確かに、今のアタシの顔は暗い。

何も知らなければ、落ちてしまった人のようだ。

「あっ……それは大丈夫! 受かった! !」

「──やったじゃないっ?」

お母さんはパッと笑顔になり、抱きついてきた。

頭をグシャグシャになでられる──

「良かった……グスッ……ほんと、良かったわ……」

しまいには号泣してしまった。

「お母さん、泣かないでよぉーっ」

「だって……ウウッ……頑張ったね……」

受験勉強の日々が頭によぎる。

そしてアタシの胸はいっぱいになって、お母さんの涙につられて、頬に涙が流れた──

第360頁

泣き続けること、10分──

「……もう8時だわ。お腹空いてない?」

グゥーッ

お母さんの言葉に、お腹がタイミング良く鳴った。

「あらっ? ──今日はお祝いでご馳走を作ったのよ。ご飯にしましょ!」 お母さんは真っ赤な目を擦り、嬉しそうに小走りでキッチンに入って行った。 ホントに嬉しそうだった。

良かった……。

──そう思ったときだった。

?~?~?~

携帯から流れ始めた着メロ。

──! !

この曲、たかチャンだ! !

焦りながら携帯を出し、通話ボタンを押す。

「たかチャン!? どこにいるのっ!?」

「……あぁ。今はほかの中学の友達んちにいる」

「探したんだよ──」

「……ゴメンな」

良かった……。

何かあったら、どうしようかと思った。

「今、話せる?」

「ウン! ! 話せるよ! !」

「俺さ……私立行かないで通信高校行くことにした」

えっ?

「俺んちは金ねーから、公立以外は無理なんだよね……。働いて通う」 「……」

返す言葉がなかった。

アタシは黙ってしまう。

第361頁

そしてその直後──

たかチャンの口から、信じられないような言葉が出た。

「だからさ……芽衣もE高、やめない?」

「えっ!?」

やめないって?

まさか──

「一緒に通信通おうぜ。俺、芽衣と離れんのヤだし……ダメかな?」 「──あ、あの……それは……」

言葉に詰まる。

アタシもたかチャンと一緒の高校に行きたい。

だけど……、あれだけ頑張って合格したE高校を諦めろっていうの?

「もし通信が無理なら、夜間高校でもいいよ! 俺、ホント嫌なんだ……」 「……」

「ずっと一緒って約束しただろ? 結婚したら学歴なんて関係ねぇし、一緒に行こうぜ?」

……なんかおかしくない?

そんな話、間違ってるよね?

「お母さんが喜んでて、アタシ裏切れない……」

「──じゃあ、俺は裏切れるのかよ」

「そうじゃなくて……」

「──だったら、落ちた俺が悪いってゆうことか!?」

声を荒げて、明らかに不機嫌なたかチャン。

返す言葉が見つからないよ……。

たかチャン──おかしいよ?

第362頁

戸惑いながら、アタシは話しかけた。

「ねぇ……怒鳴らないで……」

「──ッ! ご、ごめん……思わず……」

アタシの声に、たかチャンの声のトーンは元に戻る。

そして、たかチャンは黙ってしまった……。

「アタシだって、同じ高校に行きたい……だけど、やっぱり無理だよ。アタシだけの問題じゃないもん……ゴメンね」

アタシは素直な気持ちを伝えた。

アタシだって、離れるのは嫌だ。

今までみたいに毎日ずっと教室で顔を合わせていたい。

だけど──

E高校に行けないたかチャンには悪いけど……。

アタシはE高校に行きたいんだ。

「……そっかぁ。そうだよな……」

独り言のように呟くたかチャン。

「ゴメンね……離れちゃうのは嫌だけど、毎日会おうね」

たかチャン……。

わかってほしい。

──携帯から、悲しいくらい弱い声が聞こえてきた。

「……俺……不安なんだよ。E高校に行けないことより、芽衣と離れることがつらいんだ──」

痛い程にわかる気持ち……。

でも、これはどうにもできない現実なんだ。

第363頁

電話を切ると、なんとも言えない悲しさが襲ってきた。

「はぁ……」

溜め息をつき、携帯をポケットにしまう。

たかチャンの気持ちは、すごくわかった。

でも……尐しだけ、重かった。

E高校の受験のために、必死に勉強した姿……。

たかチャン知ってるのに──

それとも彼女なら、彼氏のために合わせるものなの?

アタシの選択……、間違ってたのかな?

「芽衣ー! できたわよっ☆」

「あっ──はぁい! ! 今行く! !」

リビングから、お母さんの声がする。

──今日のご馳走は、すごかった。

お刺身、ステーキ、エビチリ……。

そして、ホカホカのお赤飯とオードブル。

アタシの好きな物ばかり……。

食べきれない程に食卓に並んでいた。

「たくさん食べてね!」

「──うんっ☆」

これだけ作るのに、何時間かかったんだろ……。

お母さん、ありがとう☆

お母さんの優しさと嬉しそうな顔を見て、アタシの気持ちは固まっていった。 アタシの選択は間違ってない。

お母さんの笑顔を、泣き顔にはできないもん──

第364頁

翌日から、たかチャンとの学校生活は終わりに近づいていった。

合格発表の日以来、たかチャンの前で高校の話はタブーになっている。 誰かが決めた訳じゃないけど……、なんとなく、話しづらかった。 休み時間、みんなはいつも1組に集まっていた。

自然と溜り場になっているウチのクラス。

こんな風に集まれるのも、あと尐しかぁ。

──そう思うと悲しい。

涙が出そうになって、必死に押さえ続けた。

「芽衣のこと、見ててくれよっ!」

「おぅ」

「美亜に任せて☆」

たかチャンは、最近よくミツと美亜にこんなことを言う。

アタシにも「浮気するな」とか「毎日会おう」とか、

心配したり、束縛することが増えた。

離れることが、不安なんだろうな……。

「大丈夫☆ 大好きだから!」

そう言うと、たかチャンは子供のようにニコッと笑う。

そんなたかチャンが可愛くて……、アタシはヤキモチを焼かれることが嬉しかった。

愛されてるなぁ……。

──そう思い、浮かれていたんだ。

──そう、

高校に入学するまでは。

第365頁

監視

3月17日──―

アタシは中学を卒業した。

ボロい校舎

だっさい制服──

嫌だったはずなのに……。

離れるとなると、すべてが愛しくなる。

そして、3年間の思い出たちが頭をよぎって──

「そ、卒業……グスッ……したくないよぉ……」

アタシは卒業式の後、教室で号泣してしまった。

クラスの所々からも、泣き声が聞こえてくる。

配られたばかりの卒業アルバムに、ポタポタと涙がこぼれ落ちて……。 染みを作っていった──

「はいっ」

そんなアタシに、そっとハンカチを手渡してくれたたかチャン。 ──たかチャンとの学校生活も、今日でもうおしまいだ。

高校でつらくて泣いたって、側でなぐさめてくれるアナタはいない……。 アタシはハンカチをギュッと握り締め、止まらない涙を拭い続けた── 先生からの最後の話も終わり、もう帰宅できる時間になった。

名残りを惜しむように、生徒たちは教室に残り続ける。

写真を撮る男の子、

卒アルに寄せ書きを書き合う女の子、

そして……。

第366頁

ポンポンッ

下を向いて泣き続けるアタシの肩を、誰かが弱くたたいた。

……誰?

たかチャン?

涙でグチャグチャの顔をあげると──

そこには、気まずそうな顔をした樋口サンがいた。

アイちんと一緒に、アタシをイジメてたクラスメイトだ。

──なんで?

「……あ、あの」

「あたし……イジメてごめんねっ!」

樋口サンは、バッと頭を下げる。

「……ほんと後悔してる。ごめんね──」

頭を下げたまま謝る姿に、アタシの胸にはポォーッとあたたかいモノが流れていった……。

「頭、上げてっ……もういいから──」

樋口サンは、恐る恐る顔を上げる。

アタシは卒業アルバムの最後のページを開いた。

「ここに寄せ書きしてほしいな」

「──え!? いいの?」

「うん……」

〈ありがとう。頑張ってね。樋口絵里〉

白紙だったページに書かれた言葉。

「あの……アタシも──」

「芽衣チャン……」

アタシと樋口サンの様子を見ていたのか、次々とアタシの席にクラスメイトが集まって来た。

このとき──

アタシは苦しかったイジメから解放された。

第367頁

アタシの中学3年間は、ほんとにいろいろあった。

恋をして、友情を育んで……。

苦しいこともあったけど、友達に支えられて乗り越えてきた。

この校舎で、たくさん笑い合ったね。

そして──

たかチャンとも、この校舎で出会った。

いっぱい思い出が詰まった、中学時代とこの校舎。

楽しかったこと。

つらかったこと。

今となれば、すべてが宝物だよ。

──いつものように、1組には美亜とミツと拓弥クンと酒井が集まって来た。 「じゃあ、行こうか」

「俺んちに集まろうぜっ! !」

みんなはゆっくり廊下を歩いて、それぞれの想いを胸に、校舎を出た。 これから酒井の家で卒業パーティだ。

高校に入ったら、こんな風に集まることも減るだろう。

今日が中学生でいられる最後の日。

たくさん、最後の思い出を作りたい──

第368頁

酒井の家に着くと、大量のお酒が待っていた。

「準備いいじゃん! 飲もうぜぇー!」

「おぅ! !」

受験があったから、アタシたちにとって久々のお酒。

今日はお祝い!

たくさん飲んじゃおう! !

1時間もすると、みんなはすでにできあがってしまった。

たかチャンとミツはふたりで語り合い、美亜は酒井に絡んでいる。 拓弥クンは、「優梨を呼べーっ」って大騒ぎ。

……まだ好きだったらしい。

アタシもお酒がまわり、楽しくなってきた。

「拓弥ぁー! めめしいっ! ! 会いたいならコクればぁ!?」

酔っぱらった美亜は、酒井から拓弥クンに矛先を変えた。

酒井も一緒になって、コクれって騒ぐ。

拓弥クンには悪いけど、今、優梨はナツの部屋にいる。

4月から県外に行ってしまうナツ……。

優梨は、尐しでも長く一緒にいたいと言っていた。

そう思うと、アタシは幸せなのかもしれない。

たかチャンと高校は違っても、いつでも会える距離だから……。

第369頁

この日は夜までみんなで語り合った。

あと1年くらい中学生でいたかったな。

もう尐しでバラバラになるなんて、実感わかない……。

そして翌日──

中学生のような、高校生のような、微妙な春休みが始まった。

中学は卒業してるけど、まだ高校には入学していない。

プータローになった気分だ。

──今日は、朝から姉の春菜が家に来ていた。

合格祝いに来てくれたらしい。

「これ、ありがと☆ 受験、4勝にしといたよ!」

アタシはご利益のあったお守りを返す。

春菜はお守りを受け取りながら、意外なことを口にした。

「芽衣、ほんと良かったね! ! お父さんも、すごく喜んでるんだよ」 「──え?」

「酔って帰ってくると、いつも芽衣に会いたいって言うんだから……」 ……お父さんが?

お父さん、アタシに会いたがってくれてたの?

「今度さ……お母さんとお父さんとウチら4人で、ご飯でもいかない?」 思ってもみなかった春菜からの誘い……。

アタシは返事に困ってしまった。

第370頁

お父さんには、会いたいけど、会いづらいよ。

どんな顔して会えばいいの?

──お互いにそうだよね。

一度開いてしまった心の距離は、いくら親子でも埋めにくい。

それに、アタシとお父さんは実の親子ではないから、余計にそうだ。 アタシはお父さんの言葉で、とても傷ついた。

死んでしまいたいくらい、傷ついた。

それが末心ではなかったとしても──

「ちょっと考えさせて……」

「──だよね。ごめんねっ。アタシ、また前みたいに4人で暮らしたくて……

芽衣の気持ちをあんまり考えれなくて、ごめん」

お姉ちゃんの気持ちは、よくわかる。

住み慣れた街を離れて、悠哉とも離れて……、きっと、寂しいんだよね。

第371頁

ピンポーン

「──あっ? 来たぁ?」

春菜のテンションが急に上がった。

笑顔でリビングを飛び出し、玄関に走って行く。

「はぁ……」

お父さんの話が終わって良かった。

……でも、誰だろ?

「おじゃましまーす」

「どーぞっ!」

──! !

悠哉の声だった。

最近は連絡も取っていなくて、新年の挨拶以来の久々の再会。

昔は毎日会ってたのにな……。

ガチャ

リビングの戸が開き、ふたりが入って来た。

悠哉はニコッと笑い、片手に持っていた紙袋をアタシに差し出した。 「これ、進学祝い!」

「うっそ……ありがとー! ! ……てゆうか、久しぶり☆」

「そうだな! たまには連絡しろよ」

「悠哉こそ、ねっ☆ これ、開けていい!?」

紙袋の中をのぞくと、アタシの大好きなショップの包みがあった。 何だろぉー?

ガサゴソと包みを開く。

──中にあったのはパスケースだった。

第372頁

「うわぁ? ちょー可愛いっ! !」

「春菜から、芽衣はこの店の小物が好きだって聞いてさぁ。女物の服屋に入るなんて、マジ恥ずかしかった!」

「──嬉しいっ!」

ギュッ☆

照れ笑いをする悠哉に、アタシは抱きついた。

「お……おいっ!?」

いきなり抱きつかれた悠哉は驚いている。

春菜は尐しすねた顔をして、「あたしもー」ってふたりに抱きついてきた。 リビングではしゃぐ3人。

……幼馴染みって、ほんとにいいね。

数ヶ月会わなくたって、会えばまた──

すぐに仲良しだ☆

中2の頃まで、アタシは悠哉が好きだった。

悠哉とつき合った春菜に嫉妬して、避けていた時期もあった。

だけど……今はもう大丈夫。

今日久々に3人で集まって、それがよくわかったんだ。

しばらく経つと、

「これからデートしてくるねっ?」

そう言い残し、春菜と悠哉は家を出て行った。

だいぶ前に別れの危機を迎えたふたりだったけど、今は仲良しらしい。 アタシもたかチャンに会いに行こうかな?

ふたりに刺激されちゃったよ?

第373頁

連絡を取ると、たかチャンは家にいた。

悠哉からもらったパスケースに小さい頃の3人の写真を入れ、バッグにしまう。 あたたかくなってきた春の道をゆっくり歩き、たかチャンの家に向かった。 たかチャンの家に着くと、玄関前でたかチャンは待っていてくれた。 「どうしたの?」

「いや……チョットな」

言葉を濁すたかチャン。

「家、入っていーい?」

「──え!? ちょっと待って! !」

──?

なんで?

訳がわからないまま、アタシは家の前で待たされた。

5分ほど経った頃、

「ちょっと、ここにいてっ……」

たかチャンはそう言い、ひとりで家の中に入って行ってしまった。

何かあったのかな?

ガチャ

「もう大丈夫! 待たせてごめんな!」

「……うん」

アタシは違和感を感じながらも家にあがった。

そして……

部屋でイチャつくうちに、そんなことはすっかり忘れていた。

「俺、通信と夜間の願書出したよ!」

「そっかぁ? 受かったらいいね!」

「もう後がないから落ちれねーよ」

笑い合うふたり。

第374頁

そういえば……、

「これ、見てー?」

アタシはバッグからパスケースを取り出した。

「これ、何?」

「悠哉にもらったの。可愛いよね!」

「──は?」

たかチャンの笑顔が消えた。

えっ……。

何かしちゃった?

たかチャンはアタシの手からパスケースを取り、3人の写真を見る。 「これ……芽衣と姉ちゃんと悠哉センパイ?」

「……うん。何か、怒ってる?」

「別に……」

たかチャンは立ち上がり、末棚からアルバムを1冊持ってきた。

そこには、楽しそうに笑うアタシたちの笑顔がある。

ピリッ

たかチャンは、アルバムから1枚の写真を取り出した。

「この写真入れといて! ほかの男の写真は持ち歩くなよ!」

「……」

たかチャンに渡された写真は、アタシとたかチャンがキスしてる写真だった。 「悠哉は男ってゆうか……幼馴染みだから──」

「でも、男だろ?」

「……」

キレた話し方……。

なんで機嫌が悪いのか、よくわからないよ?

アタシは複雑な心境のまま、パスケースから写真をはずした。

そして、代わりにふたりの写真を入れた。

第375頁

たかチャンはパスケースに収まったふたりのキス写真を見て、また笑顔に戻った。

「こっちの方がいいじゃん☆」

「……そうだねっ」

言い返すこともできず、アタシはたかチャンに合わせた。

……ただのヤキモチよね?

それにしても、あの顔は怖かった。

それから7時頃までたかチャンの部屋で過ごし、アタシは帰宅した。 家に帰ると春菜がパジャマを着て、リビングでくつろいでいた。

「今日、泊まるから?」

「ほんと!?」

お父さんと出て行ってしまって以来、一度も家に泊まらなかった春菜。 嬉しくて、顔がほころんでいく……。

その夜、ふたりでいろいろ語り合った。

「最近どうなの?」

「んー……まぁ、順調かな?」

「お母さんに迷惑かけてないよね!?」

「──はい!」

「なら、良かった」

春菜は笑い、ベッドに横になった。

アタシも春菜の隣に寝ころぶ。

第376頁

「お姉ちゃんこそ、どうなの?」

「アタシ? 普通かなぁー。勉強もやってるし、仲良しの友達もできたし」 「……悠哉は?」

「えっ!?」

いきなり真っ赤になり、動揺する春菜。

そしてふたりはお互いの恋を話し、気づけばそのまま眠っていた── 翌日の昼、春菜はお父さんの所に帰って行った。

「また来るね」

そう言って玄関で靴を履く春菜の姿に、思わず涙が出てしまった。 お母さんも泣いている。

仲良く家族4人で暮らしていたときを思い出した。

「もう! 泣かないでよっ」

春菜はそう言い、笑う。

……だけど、目からは大粒の涙が溢れていた──

第377頁

数日後──

たかチャンは、夜間の高校に合格した。

皆で集まって、合格祝いをしてた。

「たかチャン、おめでと! 進路が決まって良かったねっ!」

美亜の言葉に照れるたかチャン。

「ほんと良かった! 来月からはみんなで高校生だね! !」

「そうだな」

たかチャンは、ほんとに嬉しそうな笑顔をしていた。

……良かった!

アタシは心からそう思った。

4月になり、皆は新しい春を迎えた──

それぞれ新しい道へ進んで行く。

アタシも、新しい制服に袖を通していた。

「お母さん、今日は9時半から入学式だからね!」

母に念を押し、家を出た。

今日はE高校の入学式だ。

悠哉にもらったパスケースに定期を入れる。

──そして、

たかチャンにメールを打った。

〈これから学校に行ってくるね!たかチャンも遅刻しないようにっ☆〉 今日はたかチャンの高校も入学式。

高校は違うけど、ふたりは同じ日に新しい一歩を踏み出した──

第378頁

美亜とふたりで電車に乗り、E高校へ向かった。

高校へ着くと、知らない顔の人ばかり……。

気まずいな。

ふたりはクラス表を見て、自分のクラスを探す──

……あった!

1年1組だ。

──しかも

美亜と一緒じゃん! !

「一緒だ! !」

「ほんと!? ちょー嬉しいっ! !」

美亜と同じクラスになったのは中1以来で、ふたりはクラス表の前で大騒ぎしてしまった。

教室に行くと、出席番号順に席が決められていた。

美亜は前の方で、アタシは後ろの方の席。

「さすがに席まで隣にはならないかっ」

美亜は尐し落ち込んだ様子で、席に着いた。

アタシも緊張しながら、決められた席に着く。

……なんかヘンな感じ。

ドキドキするなぁ。

アタシの左隣は、いかにもガリ勉な男の子だった。

──そして、右隣はまだいない。

どんな人なんだろ?

期待に胸を膨らませた。

第379頁

ガラガラ

教室の扉が開き、いかにも遊んでそうな男が入って来た。

その男は座席表を見て、アタシの右隣に座った。

「……ヨロシクね」

「……」

軽く流された挨拶。

……なんだ、コイツ。

尐しイラついたけど、なんとか押さえた。

男は不機嫌そうに、携帯をピッピッといじり始めた。

感じ悪い……。

男の姿をジッと見る。

視線に気づいたのか、その男はチラッとこっちの方を見て言った。 「──なんだよ」

「別に……」

「あのさぁ……アンタ芽衣って子がどの子か知ってる?」

「──!?」

いきなり出た自分の名前──

なんでコイツが!?

……芽衣って名前はめずらしいから、きっとアタシのことだよね? なんでアタシを探してるの?

「……アタシかも。アタシ、芽衣ってゆうんだぁ」

「マジで!? 陸のカノジョ?」

陸って、たかチャンの名前だ。

この人……、たかチャンの知り合い?

「陸って、高橋陸だよね?」

「そうそう!」

「アタシ、彼女だよ」

第380頁

「──マジで!?」

そう言って、驚く男。

アタシがコクンと頷くと、男は急に人なつっこい笑顔になった。 さっきまでの不機嫌な顔とは大違い……。

そして男は、片手をアタシに差し出した。

「俺、羽柴海斗! よろしくな! ! 陸とは小学生からの友達なんだよ」 「──そうなの?」

差し出された手を握った。

海斗はまた、ニコッと笑った。

──!

よく見ると、この男はたかチャンと雰囲気が似てるかも。

笑った顔とか、服装のセンスとか……。

今さっきイラついたはずなのに、急に親近感を持ってしまった。 「アタシ、芽衣! よろしくね! !」

「こちらこそー」

ガラガラッ

「おはようございますー! ! 今日から君たちの担任になる町田です」 いきなり前の入り口が開き、秋葉系の男が入って来た。

このクラスの担任らしい。

「……Aボーイじゃね?」

海斗がボソッと言う。

「確かにっ」

ツボが同じで、思わず笑ってしまった。

海斗は思ったより、いいヤツなのかもしれない……。

意外と気が合いそうだ。

第381頁

町田先生の挨拶が終わると、皆は入学式のために体育館に向かうことになった。 アタシは美亜のもとに駆け寄った。

「美亜! 一緒に行こっ」

「──てゆうかさぁ? 隣の男の子とさっそく仲良くしてたねぇ☆ しかも、かっこよくない?」

美亜はからかうように、アタシの腕をつついた。

……完全に勘違いされてる。

「あの人は、たかチャンの小学生時代からの友達なんだって! だから、怪しくないよ!」

「え? マジ?」

美亜は驚きながら、尐し前を歩く海斗を見た。

「アタシはたかチャン一筋だから、高校生になっても浮気はしませーん!」 アタシは、美亜に宣言する。

……だって、たかチャン以上の男なんていないもん?

──そう思い、ニヤついてしまう。

入学式はすぐに終わり、アタシたちはまた教室に戻って来た。

アタシは美亜を海斗の席に連れていき、さっそく紹介した。

「親友の美亜! たかチャンとも仲良しなんだよっ」

「よろしくっ?」

いつもより1オクターブ高い美亜の声。

タイプなのがバレバレ。

思わずアタシは、恥ずかしくなってしまった。

第382頁

「海斗クン、友達になってよ! ! 番号とメアド交換しよ」

ポケットから携帯を取り出す美亜。

初めて見た積極的な美亜の姿に、アタシは驚いてしまった。

「いーよ!」

「やったぁ!」

美亜は嬉しそうに、声をあげた。

そして、アタシにも話をふってきた。

「芽衣も隣同士なんだから、交換したらー?」

「──あっ! そうだねっ。赤外線しよーよ!」

隣同士だし、海斗はたかチャンの友達だ。

これからのことも考えて、仲良くしていきたい。

──だけど……、

「陸にボコられたくないから無理でしょ!」

海斗はそう言って、気まずそうに笑った。

「芽衣チャンの監視してくれってスゲェ頼まれて……俺のほかにも監視役がいるから、浮気とかはやめといたほうがいいよっ☆」

……は? 何それ?

呆気にとられるアタシと美亜。

「陸さぁ、スゲェ心配してんだよ」

「……そうなんだ」

「ヘンな男が近寄ったらブッ殺すとか言ってたー。陸って顔広いから、E高のヤツにもかなり回ってんじゃない?」

第383頁+

……なんか、やりすぎじゃない?

そう思うのはアタシだけかな?

「まぁ……愛されてる証拠じゃないのかなぁ?」

美亜は苦笑いをしながら言った。

取ってつけたような、フォローの言葉だった──

その日の放課後、アタシと美亜は高校の近くのマックにいた。

「マックって、ほんとどこにでもあるんだねぇ」

「確かにっ! 中学でも溜り場はマックだったし、高校でもマックになりそうだね」

大好きなポテトをつまみながら答える。

周りの席には、同じ制服の学生がたくさんいた。

──だけど、皆見たことのない人ばかり。

「早くE高に慣れて、友達作らなきゃね!」

「だねー。初登校の感想はどう?」

「──どうって……なんか、たかチャンの話聞いたら気まずくなってきたかも……」

──監視してる。

海斗の言葉を思い出した。

「美亜はどう思う? 海斗は隣の人だし、たかチャンの友達じゃん? だけど、番号交換が無理で、アタシ知らない人たちに監視されてるらしいし……それ聞いて、なんか嫌だったんだぁ」

第384頁

美亜は話を聞き、コクコクと頷いた。

「確かに微妙だよねっ。監視されなくても芽衣は浮気なんてしないし……心配しすぎだね!」

「でしょ!?」

思わず身を乗り出してしまう。

やっぱ、美亜もそう思ってたんだ……。

「これから大変そうだよね。男となんかあったら、ほんとボコりにきそう」 「──ッ! ! マジ笑えないよぉ……」

ほんとにそう。

──誤解を招く行動なんて、絶対にできない! !

「一忚……今日海斗と話したことをたかチャンに言っとこっと。なんか嫌だなぁ~」

「──あっ! ついでに海斗のことを聞いといてほしいっ! !」

「?」

なんで?

もしかして……。

「海斗のこと、気になるの?」

「──えっ!? ……バレたぁ? 海斗クンにマジになりそうかもっ?」 「──やっぱり!? そんな感じ、したんだぁ☆」

美亜は恥ずかしそうに顔を赤くした。

そして、照れ隠しに指でクルクルと髪をいじる。

その姿があまりにも可愛くて……。

「協力するからっ!」

アタシは心の底からそう思った。

第385頁

溜め息

アタシの言葉を聞き、美亜は嬉しそうに笑った。

「ヤバいっ。恥ずかしいかも……」

「アタシに任せといてっ! バッチリ聞いとくから!」

「──お願いっ! !」

パチンッ

美亜は両手を合わせ、頭を下げた。

「アタシさぁ……こんなドキドキしたのって、久々なんだよね。いつも年上の男と、適当に遊んだりつき合ってたから……」

「……」

恋愛に関しては、アタシより何枚も上手に見えた美亜。

そんな美亜が一瞬、不安そうな顔をした──

「……アタシの中学のときの話、海斗クンには言わないでもらっていい? 年上の男と遊んだりしてるって思われたくないかも──」

「……美亜」

美亜はアタシが思ったより、海斗に真剣なのかもしれない。

知られたくない過去──

それは、アタシにもある。

美亜や優梨が黙っていてくれるから、たかチャンはアタシの汚い過去は知らな

い。

「わかってる。アタシもそうだから……」

「──ありがと」

美亜はやっと安心した顔をした。

そのとき──

?~?~?~

アタシの携帯が鳴った。

第386頁

「噂をすれば……」

──たかチャンからの電話。

アタシは複雑な気持ちで電話に出た。

「……はーい」

「おぅ! 入学式、どうだった?」

「まぁまぁかなぁ~。そっちは?」

「友達や知り合いがけっこーいたよ。クラスに俺みたいに受験に落ちたヤツがいて、仲良くなった! ! ほかにも働いてるヤツとかいろいろなヤツがいたよー」

たかチャンは楽しそうに話す。

受験失敗のショックは、多尐は残っているだろう。

だけど、前向きに夜間で頑張ろうとしてるのが伝わって、嬉しくなった。 「楽しそうで良かったね! !」

「芽衣は? ヘンな男とかと知り合いになってないよな?」

「大丈夫っ! ! ……そうだ! 海斗クンに会ったよ! !」

「マジ!? 海斗は俺の小学生からの友達なんだよ☆」

たかチャンは嬉しそうに海斗の話を始めた。

小学生の頃の思い出や、最近もちょくちょく遊んでいた話──

パサッ

美亜がマックの紙ナプキンをアタシの目の前に置いた。

……?

何か書いてある。

『彼女いるか聞いて』

美亜はまたパチンと両手を合わせた。

第387頁

そして、美亜は口パクで「お?ね?が?い」と言う。

──よしっ! 任せといてっ☆

「そういえば……海斗って、彼女いるの?」

「は!? なんで?」

いきなり切り出した質問に、たかチャンは露骨に嫌な声を出した。 「えっと……ただ、気になっただけなんだけど──」

「ふーん……」

ごまかそうとするが、たかチャンの声は、明らかに不機嫌になっていく。 どうしよ……。

ヘンな風に思ってる?

アタシは顔をしかめた。

そんなアタシの姿を、美亜は心配そうに見ている。

「……どうなのかな?」

恐る恐る、もう一度聞いてみた。

パサッ

また美亜から紙ナプキンが置かれた。

〈美亜が気に入ってること、言っていいよ!ごめんねっ〉

たかチャンの不機嫌な様子に気づいたのか、美亜は申し訳なさそうな顔をした。

第388頁

「あ……あのね。美亜が気に入ってるから知りたいんだって」

「──!? それなら早く言えよーっ。海斗は女いねーよっ! !」

たかチャンは美亜の気持ちを知ると、すんなりと教えてくれた。

──良かった。

アタシは美亜の目を見た。

美亜は不安そうに見つめてくる──

そんな美亜に笑顔を向けて……、

「そうなんだぁ。彼女いないんだ! ──美亜、いないって?」

アタシはたかチャンに答え、美亜にそう伝えた。

「ヤッタ!」

美亜は小さく叫び、ガッツポーズをした。

翌日──

美亜の猛アタックが始まった。

美亜は日に日に海斗を好きになっていってるようだ。

尐しずつ、ふたりは仲良くなっていく。

そんな親友の姿を見て、アタシはほんとに嬉しかった。

美亜に幸せになってもらいたいよ。

両想いになって欲しい……。

「アタシがもし海斗クンとうまくいったら、ダブルデートしよう!」 最近の美亜の口グセはこれ。

ほんとにそうなったらいいのに……。

実現したらいいな──

第389頁

その一方で、アタシは複雑な思いで毎日を送っていた。

原因は、たかチャンの束縛──

それは、日に日に強まっていった。

「毎日、登校前と学校が終わった後は電話して」

「放課後にどこか行くなら、誰とどこに行くか連絡して」

「男とあまり話さないで」

数え出したらキリがない程の約束をさせられた。

──そして、一番アタシを困らせた約束は……、

『毎日、会う!』

中学のときにアタシからしてしまった約束だった。

──アタシは夕方5時になると、必ず地元の駅前にいた。

ここがたかチャンとの待ち合わせ場所。

「おぅ!」

毎日笑顔で迎えてくれるたかチャン。

これは、最初はとっても嬉しかったことだった。

大好きな人に迎えられて地元に帰るなんて、すごく幸せなことだと思ってた。 駅の構内のエスカレーターで立ち止まる時間すらも、もどかしくって、走りながら改本に向かっていた。

だけど──

さすがに毎日はキツかった。

第390頁

高校にも慣れ、クラスメイトたちからの遊びの誘いが増えた。

だけど、アタシのタイムリミットは、毎日4時40分。

この時間の電車に乗らないと、5時までに地元まで帰れない。

だから、友達と尐しの時間しか遊べなかった。

……一度遅刻したとき、たかチャンはとても不機嫌になった。

そして──

アタシの行動を詮索し始めた。

携帯の着信履歴を見られ、送受信メールもチェック。

遅刻したくらいで……。

やましいことなんてしてないのに。

そのときは、尐しだけ気分が悪かった。

だけど、たかチャンともめたくもない。

アタシは、何も言わなかった。

──アタシが5時に着けばいい。

遅れたアタシが悪いんだ。

そう考えて……。

5時に着けば、改本前に笑顔のたかチャンが待ってくれている。

アタシは、たかチャンの笑顔が大好きだった。

笑顔を見ると、友達と遊べないつらさもすべて忘れられる。

……たかチャンに会えて嬉しい。

そう心から思う。

束縛が嫌だと思いながらも、会えばいつも幸せだった。

第391頁

たかチャンは6時過ぎの電車で学校へ向かう。

たった1時間のデート。

別れを惜しむように、アタシは毎日ホームまでたかチャンを見送った。

──4月も終わりに近づいたある日曜日。

ふたりは街に遊びに出た。

いつものように手を繋ぎ、プリクラを撮ったり買い物をする。

「最近ゆっくり話せるのは土日くらいだなぁ」

「……そうだねっ。平日は5時から6時までの1時間しか会えないもんね……。寂しいね」

「今日はいっぱい一緒にいよーな!」

クシャクシャ

アタシの頭を、愛しそうにたかチャンはなでてくれた。

──そのとき、

「おーい! 芽衣! !」

そう言いながら、正面から男の子が来た。

同じクラスの男子だ……。

チラッとたかチャンの顔を見ると、明らかに怒っている横顔──

「チッ。行くぞ」

「──ッ!」

たかチャンは、グイッとアタシの手を引っ張った。

近寄ってくる男子を無視し、歩き出してしまうたかチャン……。

「あっ! また明日ねっ──」

アタシは男子に声をかけ、引きずられるようにたかチャンについて行った。

第392頁

どんどん不機嫌になるたかチャンの顔……。

アタシの手を引いて、たかチャンは歩き続けた。

「ね……ねぇ……さっきの人はクラスメ──」

「──別にいいよ」

アタシの声は遮ぎられた。

──機嫌悪くなっちゃった。

男子に感じ悪いこともしちゃったし……。

振り返ると、さっきの男子が不思議そうにアタシを見ていた。

はぁ……。

いきすぎのヤキモチだよね。

「──なんで振り返ってんの!?」

「え? なんでって言われても……」

「そんなに今のヤツが気になんのかよ!」

つかんでいたアタシの手を放し、たかチャンは立ち止まった。

なんでそんなに怒るの?

ただのクラスメイトと話しただけじゃん……。

「せっかくの日曜なのに、なんでそーゆうことすんだよっ。一日中一緒にいれんの、楽しみにしてたんだけど」

「……ごめん」

たかチャンの剣幕に圧倒され、思わず謝ってしまう。

──だけど、内心は違う気持ちだった。

アタシ……、謝らなきゃいけないようなことしてない。

なんで謝らなきゃいけないの?

第393頁

たかチャンの態度……、そして言葉に不満が募っていく。

「──もう、こーゆーのはやめろよ」

「わかった……」

「それなら、もういいよ」

アタシが謝ると、満足そうにたかチャンは笑った。

ハァ……。

溜め息が溢れる。

最近、溜め息が多いな……。

「じゃあ、今からカラオケでも行こーぜっ!」

ギュッ

たかチャンにつかまれた手のひら……。

──違う。

手を繋いでも、心があたたかくならなかった。

中学の頃……、手をギュッと繋げば、気持ちを伝え合える気がした。 手のひらから、お互いの気持ちが伝わって……、心が繋がってる。 ──そう思っていたのに。

今日は全然違うよ……。

たかチャンのヤキモチは、アタシの心に黒い染みを垂らしていった。 ポツン……。

ポツン……。

尐しずつだけど、確実に黒く染まる心。

──気がつけば、アタシの真っ白なたかチャンへの気持ちは、グレーで迷いのある気持ちへ変わっていた。

もうすぐ限界がきてしまいそう。

我慢できないかもしれないよ……。

第394頁

迷いの中で

アタシは不満を抱えたまま、5月を迎えた。

今日はGW初日だ。

学校に行かなくてもいいという気持ちから、昼過ぎに起きてしまった。 ?~?~?~

寝ぼけた頭に、しつこく鳴り響く携帯──

……たかチャンだ。

「……はーい」

「はーいじゃねーよ。何度も電話してんだけど」

「寝てたぁ……」

「嘘だろ!? だってもう昼過ぎだぞ。こんな遅く起きるの、おかしくない?」 またこんな会話かぁ……。

いつもの勘ぐり病が始まったよ。

「……休みなんだから、昼過ぎまで寝てただけ」

「はぁ? じゃあ、昨日俺と遊んだあとに夜遊びして寝坊したのか!? ──誰だよ! ! 高校のヤツだろ!?」

「──だから、違うってばっ。携帯で小説読んでたら、夜中になってて今起きたの!」

毎日エスカレートしていく、たかチャンの妄想。

可愛いヤキモチも、ただのイラつきに変わっていく。

「高校入ってから変わったよな。疲れるよ」

「──ッ! それは……」

それはこっちのセリフだよ! !

──怒鳴りたくなる気持ちを、アタシは必死に抑えた。

第395頁

最近、こんな会話ばかりだ。

たかチャンがキレて、アタシが説明して……、最後は意味もわからないままに謝る。

「今日、どーすんだよ? とりあえず、家に来るか?」

「……」

「おい! 聞いてんの!?」

……なんか、疲れたなぁ。

たまには美亜や優梨と遊びたい。

今日、ふたりは一緒にいるはずだ……。

「今日……美亜と優梨と遊んだらダメかな?」

「──はぁ!? 無理っ」

思いきって聞いたのに、即答で断られてしまった。

たかチャンの言葉は冷たく突き刺さる。

「たまにはいいじゃん。優梨とは電話で話すくらいで、全然会ってないもん……」

「俺とだって、あんまり会えねーだろ!?」

「でも……」

「なんだよ! !」

「……」

尐しの沈黙──

やっぱり無理だね……。

謝って、たかチャンと遊ぼう。

──そう思ったときだった。

「……じゃあいいよ。俺もミツや拓弥たちと遊ぶわ」

「マジで!?」

「つーか、嬉しそうに言う意味わかんない。俺は、芽衣のためを思って時間空けてんのに……」

第396頁

たかチャンはボソッとつぶやいた。

「……」

何も言えないアタシに、たかチャンは続ける。

「学校違ってあんま会えないから、寂しがらせないよーにしてるつもりなんだよ」

「ごめん……」

この束縛は、たかチャンなりの愛の形で優しさ。

──わかってる。

だけど、この優しさの束縛が、アタシの首を絞めていくんだよ。

アタシを苦しめて、悩ませているんだよ──

たかチャンとの電話を切ったあと、アタシは優梨に電話をした。

優梨の家にはすでに美亜もいるらしい。

アタシも行きたいと伝えると、ふたりは驚いて言った。

「たかチャンはいいの?」

「平気!」

ふたりの問いに、明るく答えた。

……傷ついた様子のたかチャンのことは気にかかる。

だけど──

自然と顔に笑みがこぼれた。

──楽しみ! !

寝起きの顔を思いっきり洗い、スッピンのまま走って優梨の家に向かった。

第397頁

「久々ー! !」

「芽衣ー! !」

3人で揃ったのは、春休み以来だった。

そんなに月日は経っていないのに、懐かしく感じる。

「芽衣も来れるとは思ってなかった!」

「アタシもっ!」

「来てくれて嬉しかったぁ!」

3人は中学時代のように、輪になって座った。

そして、近況を語り合う。

「ねぇ、海斗クンってどんな人なの!?」

優梨の問いに、美亜の顔は赤く染まっていった。

恋をしてから、ほんとに美亜は可愛くなったなぁ……。

「……海斗クンはねぇ、マジでかっこいいのぉ? それに、優しいんだぁ」 「まぁ、確かに顔はいいよね!」

「──でしょ!? ジャニーズなら、○○クンに似てるよねぇ?」 ……そこまではいってない気がするけど。

まぁ、そこはつっこまないことにしよう。

「そーなんだぁ! でも、いい人に会えて良かったね!」

「うん! ! 美亜、頑張るよぉ☆ 優梨はどうなの? ナツくんとは相変わらず順調なの?」

「──え?」

美亜の質問に、優梨の顔が一瞬曇った。

第398頁

だけど──

すぐに優梨はいつも通りの顔に戻る。

「順調だよ?」

「そっかぁ~☆」

嬉しそうに笑う優梨。

さっきの顔は、何なんだろう……。

──気にかかる、あの顔。

まぁ……順調らしいし、気のせいかな?

「芽衣は……なんだかんだでも、変わらずラブラブだよねぇ」

「──!? アタシ? アタシは……」

いきなり話をふられ、動揺してしまった。

「うーん……順調なのかなぁ?」

「毎日会えるんだから、順調でしょ!?」

「そうでもないかも……束縛ひどすぎるし、勘ぐり病もひどいもん」

「──まぁ、そうだよねぇ。たまに優梨もいきすぎかなって思うけど……愛してる証拠だよ?」

「確かに! 愛がないとできないよ! クラスの男子と話すだけで、怒るらしいもんね」

ふたりは笑っていた。

アタシもつられて笑顔になる。

たかチャンの束縛や妄想や勘ぐりは嫌だけど……、「愛してる証拠」と言われ、ほんとに嬉しかった。

アタシはたかチャンに不満を感じつつも、愛してるんだな──

……そう実感した。

第399頁

気づけば、夜の8時をまわっていた。

「もうそろそろ帰ろうかなぁ?」

「……もう!?」

「はやっ! !」

「うん。帰るよぉー」

まだ3人でいたいけどね……。

それより、アタシはたかチャンに会いたかった。

傷つけたことも謝りたい。

優梨の家を出ると、すぐにたかチャンの携帯に電話した。

トゥルルルル……

〈留守番電話センターに転送します〉

機械的な女性のアナウンスが聞こえる。

……あれ?

携帯に出ないなんて、珍しいな。

?~?~?~

「──あっ!」

たかチャンからメールがきた。

〈今、ミツと拓弥と酒井と4人で遊んでる!どうした?〉

……まだ一緒なんだね。

会えないかな?

自分から断ったくせに、たかチャンからのメールはショックだった。 〈そっかぁ…今から会いたかったんだぁー。〉

すぐに返事がくる。

〈芽衣が優梨チャンや美亜と遊ぶって言ってたから、まだかかると思った。今は無理だから、夜中に会おう。11時くらいは?〉

11時かぁ……。

第400頁

──やっぱり、帰っちゃおうかな?

無理して会うことないし……。

アタシはたかチャンの家に向かうのを止め、自宅方向に引き返そうと足を止めた。

──そのときだった。

視界に……いるはずのない人が歩いて来た。

「……え?」

人違いだよね?

次第に近くなり、顔がはっきりとわかるようになったとき……。

「芽衣じゃん!」

人影は、芽衣に声をかけた。

「酒井……何してんの?」

「久々ー! 今、拓弥とふたりで待ち合わせてるところ! 高橋は来ないけど、芽衣も行く?」

「……あ。アタシはいいや。あのさ……たかチャンと一緒にいた?」 ──いた。

そう言ってほしい。

だけど……。

「高橋はいないよ! 今日、断られたぁ。芽衣と一緒じゃないんだぁ……」 酒井の声が、アタシを奈落の底に突き落とす──

たかチャン。

アナタは今、何をしているんですか?

第401頁

アタシは、なぜか平然を装って答えた。

「そっか! 一緒かと思ったよ。今、優梨たちと会って帰ってるところなんだ。またね!」

「おう! !」

バクバクバクバク

気持ちとは裏腹に、鼓動が速まって足も震えてきた。

地面に立つだけで苦しかった。

たかチャン、嘘ついたんだね……。

──そう思うと、涙が出そうになる。

だけど、嘘をつかれた惨めな姿は、誰にも見せたくない。

酒井がどこかに行くまででいいから、アタシの足、しっかり地面に立たせて──

酒井は手を振って歩きながら、スッと角をまがった。

そして、視界から消えた。

ペタン

アタシはそのまま地面に座り込んでしまった。

「あはは……」

なぜか、笑いが溢れてくる。

アタシ……、何してんだろう。

たかチャンがアタシに嘘ついたこと、誰にも知られたくなくて── 酒井にも、知らないフリをした。

?~?~?~

〈返信ないけど11時でいい?ダメならこのまま酒井んちに泊まるよ?〉 たかチャンからのメールだ。

第402頁

……酒井んち?

今、酒井に会ったんだけどね。

喉まで出かかった言葉を、胸に閉まう。

……そして、

アタシはそのまま、携帯の電源を切った──

……優梨の家に戻ろう。

帰った意味がなくなってしまったアタシは、優梨の家に引き返した。 頭の中で、たかチャンの声がグルグルと回る……。

たかチャンが嘘をついた。

たかチャンが嘘……ついた。

その事実が、頭にこびりついて離れない──

家に着くと、玄関で優梨が迎えてくれた。

美亜はちょうど帰ったところらしく、入れ違いになってしまったようだ。 「どうしたの? 忘れ物?」

「……ううん、違う。じ、実は──」

──話そうとしたときだった。

急に唇が震え始めて、声の代わりに、涙が溢れて来た。

「──何かあったの!? とりあえず、アタシの部屋に行こっ……」 「──ッ……グスッ……」

優梨に手を引かれ、アタシは優梨の部屋に向かった。

第403頁

「……たかチャンが……嘘……グスッ……嘘をついたのぉ……」

「え? 嘘って、どしたの?」

困惑する優梨。

アタシは泣きながら説明をした。

混乱してうまく説明ができなかったけど、優梨は優しく聞いてくれた。 嘘ついたなんて、信じたくない。

だけど……、優梨に話したことで、たかチャンの嘘は現実なんだと実感してしまった。

「……浮気とか?」

「──!?」

まさか……。

それはないよね?

すべてを聞き終えた優梨の口から出た言葉に、一瞬息すらできなくなった。 体が固まり、不安は強まっていく。

──そんなこと考えたくもないけど、もしかして……。

アタシの不安と疑惑は、どんどん増していく。

「ねぇ、どうしよう? 浮気だったら……」

「あ、あの……万が一だよ、万が一。多分違うよー」

動揺するアタシを見て、慌てて優梨は訂正した。

「浮気してるなんて……」

優梨の声は、今のアタシには届かなかった。

頭の中に、悪い想像ばかりが広がっていく──

「非通知でたかチャンにかけてみようかな……」

「……?」

「非通知なら、電話に出るかもしれないし……」

たかチャンを騙すような行為だってことはわかってる。

──だけど、アタシは携帯を手に取った。

電源を入れ、たかチャンの番号の前に184をつける。

「それでいいの? もし出て、浮気してたら嫌じゃない!?」

「だけど、このままじゃ……」

今、たかチャンが何をしてるか知りたい。

メールなら嘘をつけるけど、電話なら周りの音から事実がわかるかもしれない。

どうしよう……。

知りたくないけど、知りたいよ──

ピッ

躊躇しながらも、通話ボタンを押した。

トゥルルルル……

呼び出し音が鳴る度に、胸がギューッと痛くなる。

鼓動が早まっていく……。

「──はい」

5回目の呼び出し音で、携帯からたかチャンの声がした。 そして──

「キャハハハッ?」

「……だよねぇ??」

たかチャンの声と一緒に、女の声も耳に入ってきた。 予想していた最悪な現実が突きつけられる──

「誰?」

「……」

頭が真っ白になった。

鼓動はさっきよりも激しく鳴り、体中から冷や汗が出てくる。 なんて話せばいいの?

──声も出ない。

「──チッ。誰だよ? ……イタ電か!?」

「陸、誰ぇ?」

「切っちゃえー?」

怒るたかチャンの声。

そして、耳に障る女の声が聞こえる。

……女が陸って呼んだ。

なんなの?

アタシだって陸なんて呼んだことないのに……。

──アタシの彼氏に馴れ馴れしくしないで!

女の声に、頭に血がカーッとのぼっていった。

「黙ってんなら切──」

「つーか、何やってんの? 誰といんの!?」

女の声で、さっきまでの不安や恐怖は消えた。

代わりにアタシの頭の中は、苛立ちに支配されていく。 怒りで体が震えた──

第404頁

浮気

「……芽衣か?」

恐る恐る、たかチャンは言った。

──芽衣か? ……だって。

はぁ!?

「何してんの!?」

「あ……あのさ……拓弥の知り合いの女がいて……たまたま今、話してたところだったんだよなぁ」

「──はぁ? 拓弥クンは今、酒井とふたりで遊んでるんじゃないの?」 「何言ってんだよ……一緒だってメールしただろ?」

「嘘つきだね。あと、陸って呼んだ女って誰なの?」

しどろもどろになりながらも、嘘をつき続けるたかチャン。

それがアタシを、余計に腹立たせていく──

「誰なの!?」

「だから……」

「拓弥クンの知り合いが、なんでたかチャンを陸って呼ぶの!? ──嘘つかないでよ! ! アタシ、さっき酒井に会ったんだからっ! ! ほんとは何してんの!?」

悔しい……。

ほんと最低だよ──

第405頁

頭の中がグチャグチャに混乱していく……。

「……今から行く。どこにいんの?」

「もういいよっ。浮気してる人になんか会いたくもないっ!」

「──浮気はしてないって! 会って話すから、話聞いてくれよ! !」 「もういいってば! しばらく会いたくないからっ! !」

ピッ

プー…プー…プー…

アタシは一方的に通話を切り、そのまま電源も切った。

これ以上、言い訳も何も聞きたくない。

「……大丈夫?」

「ハァ……大丈夫じゃないよ……」

優梨の声に、カッとなっていた頭から血が引いた。

怒りも消えていく。

そしてアタシの胸には、虚しさだけが残った──

「ありえないよ……一緒にいる女たち、誰なんだろ」

たかチャンが浮気するなんて、思ってもみなかった。

あれだけ毎日一緒にいて、束縛されて……。

愛されてるって思っていたのに。

ねぇ?

あれは偽りの愛情表現だったの?

第406頁

優梨はアタシを諭すように言う。

「ちゃんと話し合ったほうがいいんじゃない?」

「……もういいよ。会いたくないもん」

「芽衣……会わなくていいの?」

コクン──

アタシは首を縦に振った。

──しばらく優梨と話し、アタシは重い気持ちで家に帰った。 頭の中がたかチャンでいっぱいで、ベッドに入っても眠れない。 今、何してるんだろ……。

まさかさっきの女と!?

……ううん、違うっ!

そんな訳ないよねっ!?

自問自答を繰り返し、嫌な想像を消すように頭を振る。 気になって仕方ないよ。

やっぱり、素直に会えば良かった。

意地を張らずに話し合えば良かった。

メール、きてるかな?

不安に耐えきれなくなり、アタシは携帯の電源を入れた。 ?~?~?~

受信7件。

すべてたかチャンからのメールだった。

〈電話して!〉

〈話したいから電話かけて!〉

同じような文章で、電話してという内容のメールが6件。

第407頁

そして最後の1件のメールは……。

〈今、芽衣んちの前にいる。来てくれるまで待ってるから!〉 ……えっ?

受信時刻は、夜の11時過ぎだ。

今は──

携帯の待ち受け画面を見ると、AM03:35と表示されていた。 4時間半も前のメールだし、もういないよね?

まだ5月になったばかりだから、外は寒いし……。

アタシは携帯を閉じて、毛布を頭から被った。

──だけど……。

頭の中に、たかチャンの誕生日の日の光景が浮かぶ。

寒い中、アタシを待っていたたかチャン。

氷のように、冷たくなった手のひら……。

もしかして──

アタシはベッドから降り、パジャマにジャケットをはおった。 そして、静かに家を抜け出す。

きっと、いる訳ない。

……だけど、もしかしたら?

アタシは階段を駆け降りた──

第408頁

ウィーン

オートロックの扉を出ると、外はシンと静まり返っていた。

やっぱいる訳ないよね。

──足を止め、引き返そうとしたとき。

「──ックション! ゴホッ……ゴホッ──」

「──!?」

外から咳き込む声が聞こえた。

まさか……。

アタシは声のする方向に走った──

暗がりの中、マンションの脇に座り込む人影。

「……たか…チャン?」

声をかけると、座り込む人影はアタシの方を振り向いた。

月明かりに照らされたその人は──

「なんでいるの? もう、真夜中だよ……」

「待ってるって、メールしただろ……ゴホッ……」

寒そうに震えるたかチャンだった。

……なんで待ってんの?

馬鹿じゃないの?

アタシははおっていたジャケットを脱ぎ、たかチャンに駆け寄った。 そして、座り込むたかチャンの肩にジャケットをかける。

「………さみぃ。やっと出てきたな」

「馬鹿っ! ! 風邪ひくじゃん! !」

「馬鹿は風邪ひかねーから、大丈夫!」

そう言い、たかチャンは笑った。

第409頁

「とりあえず、うちに行こ?」

「……いいの?」

「仕方ないじゃん……」

アタシはたかチャンに手を伸ばした。

──冷たっ……。

アタシの手を握るたかチャンの手は、冷えきっていた。

部屋に入ると、たかチャンは床にペタンと正座をした。

「──な、何!?」

「今日はほんとにごめんなっ。悪かったと思ってる!」

たかチャンは頭を下げた。

「……今日は、何してたの?」

「ミツと海斗と一緒にカラオケ行ってた。……途中で海斗が同中の女を3人呼んで、6人で遊んでた」

「……ふうん」

平然を装いながら答えるアタシ。

末当は頭が混乱して……、気を抜くと、全身が震えそうだった──

電話でわかっていたけど、たかチャンの口から事実を聞きたくなかったよ……。 「──そ、それで?」

「ただ、カラオケ行って帰っただけ……」

「……」

聞きたいことは山ほどあるのに……。

臆病なアタシは、何も聞けなくなった。

「芽衣、許してもらえない? もう誘われても絶対に断るから……」

第410頁

「……」

許してしまいたい気持ちと、絶対許せない気持ちで揺れる心──

「もう、絶対にしないから……嘘つかないから──」

「……信じれない」

一度やったことは、二度も三度も繰り返してしまうんじゃないの?

アタシは一度もたかチャンを裏切ってないのに……。

束縛だって我慢してる。

友達より、いつもたかチャンを優先してた。

それなのに、たかチャンはアタシを裏切ったんだよ──

「……簡単に、信じれないよ」

「信じて……」

「……わかんない」

末当にどうしたらいいのかわからない。

好きだから……。

信じてたから……。

その分、今日はショックや怒りが強かった。

「だから……もうしないって言ってんだろ?」

「……信じれないもん」

「いい加減、わかってくれよ! 何で信じてくんねぇの? ハァ……」 そんな簡単に許せないよ。

たかチャンは溜め息をついた。

そして……。

「芽衣チャン、お願いだから許してよー……」

「──ッ! !」

たかチャンが立ち上がり、ベッドに押し倒してきた──

第411頁

「──ッ……何してんの!? 嫌っ……」

「許してくれたら、離してあげる?」

「──はぁ!?」

開き直ったように笑うたかチャン。

アタシはベッドに押さえつけられ、身動きが取れなかった。

「芽衣が好きだから、もうしないっ! ! 機嫌直してっ☆」

「……はぁ!? ちょっといい加減にしてよっ!」

振り払おうと、バタバタもがく。

──すると、たかチャンはふざけるのをやめた。

「元はといえば、芽衣も悪いだろ? 芽衣が美亜たちと会わなければ、俺だって行ってねーし!」

「アタシのせいにしないでよっ! 最低だねっ!」

開き直ってごまかして……。

しまいにはアタシのせい!?

ふざけないでよ……。

頭に血がのぼっていく──

「いい加減にしてって言ってんでしょ!? なんなの!? ──もういい! 別れるっ! ! 毎日束縛ばっかりで、嫌気がさしてたの! ついてけな──」 バシッ

左頬に痛みがはしった。

……?

何が起きたの?

アタシ……。

──叩かれた?

たかチャンは、アタシを睨みつけた。

「はぁ!? ふざけんな!」

第412頁

まるで、何かが乗り移ってしまったようだった。

こんな顔、見たことがない──

「てめぇが一緒にいなかったのが悪ぃんだろ!? 別れねぇからな! 俺と友達、どっちが大事なんだよ! !」

「……え?」

「え? じゃねーだろ! 答えろよ! !」

ビクッ

怒鳴り声に体が震えた。

怖いよ。

質問の意味も、わからない……。

メチャクチャだよ──

叩かれた左頬が、ズキズキと痛み出した。

どうしたらいいの?

「……たかチャン。怖いよ……急になんで──」

「前からずっと気になってたんだよ! いつもいつも俺より高校のヤツばっか見て──なぁ? そうだろっ!?」

たかチャンはアタシの肩をつかみ、グイグイ揺さぶった。

されるがままのアタシ。

「年始ぐらいにコータ君からも聞いたよ! お前、コータ君とヤッてたらしいじゃん! ! しかもコータ君を利用するだけして、捨てたんだろ!? そんなん

聞いて、不安になんねーヤツいるかよ!」

──聞いてたんだ。

たかチャンの目は、怒りから悲しみに変わっていった。

第413頁

「……だってそうだろ!? 俺だっていつ捨てられるかわかんねぇーじゃん!」 「たかチャン……」

肩をつかむたかチャンの手が、フッと緩んだ──

そして、たかチャンはそのままアタシを強く抱き締めた。

「……俺の気持ち、わかるか? 芽衣を……自分の彼女のことを……芽衣チャンは危ないから気をつけてねぇとヤバいぞ……って……そぅ言われた俺の気持ち──芽衣はわかるか? ……束縛してねぇと不安になんだろ」 たかチャンの声は震えていた。

ビクッ

叩かれた左頬をなでられ、思わず体が固まる……。

「──ッ。怖がるなよ……もう叩かないから。ごめんな。痛かったよな……」 それは、いつもの優しいたかチャンの声だった。

「……ウ……ウウッ……」

気が緩み、思わず泣いてしまった。

怖かった……。

怖かったよ……。

「ごめん……もう絶対にしないから。浮気もしないし、芽衣を怖がらせないから──」

たかチャンはアタシの涙を拭い、赤くなった頬を優しくなでた……。

第414頁

異常な行動

そして、アタシとたかチャンはベッドで愛を確かめ合った。

たかチャンを不安にさせたアタシが悪いんだ。

アタシがたかチャンに浮気させてしまったんだ……。

たかチャン、ごめんね。

このときから、アタシは感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。 暴力を振るわれたのに。

恐怖があった分……、その直後の優しさを、とても幸せに感じてしまった。 思わず振るってしまった暴力は、たかチャンを尐しずつ狂わせていく──

GWが明けると、アタシは前と変わらない日々に戻った。

毎日高校へ通い、放課後はたかチャンと会う。

そして、必ず1日の報告をした。

──今日何があって、誰と何をしたよ?

アタシの話を、たかチャンは笑顔で聞いていた。

いろいろあったけど、こうして好きな彼氏に会えるのは幸せなんだよね……。 アタシは、そう思った。

だけど……、そんな日々は、すぐに崩壊する。

人間は、そう簡単に変われないものだった──―

第415頁

きっかけは、5月の未に届いた1通のメールだった。

ブー…ブー…ブー…

6限目も終わりに近づいた頃、アタシの携帯が震えた。

……たかチャンかな?

先生にバレないように、そっと携帯を開く。

──あれ?

どうしたんだろ?

〈放課後、会いたい。無理?〉

優梨から短いメールが入っていた。

優梨は、たかチャンの束縛も放課後に会ってることも知っている。 その優梨が頼むんだから、きっと何かあったに違いない。

──だけど、今日も放課後、たかチャンが駅に迎えに来るだろう。 どうしよう……。

──ふと、GW初日を思い出した。

たかチャンの約束より、優梨と美亜を優先したアタシ。

たかチャンを傷つけ、嘘をつかせてしまった。

頭の中で、友情と彼氏が葛藤する──

……やっぱり、無視できないよ。

アタシは気持ちを固め、たかチャンにメールを送った。

〈会うのを放課後じゃなくて、たかチャンの学校の後にしてもいい?優梨に何かあったみたいだから、放課後に聞いてあげたいんだ…〉

第416頁

きっとわかってくれるはず……。

アタシは返信を待った。

──優梨は大切な親友だ。

たかチャンとは夜でも会えるけど、門限のある優梨は放課後しか会えないし……。

今日は優梨を優先したかった。

ブー…ブー…ブー…

──きた!

急いで携帯を開く。

そこには、目を疑うような文字が並んでいた。

〈嫌だ。優梨とは電話で話せばいいだろ?〉

……ダメなの?

〈何かあったみたいだし、優梨は親友だもん…今日だけだから、わかって!〉

キーンコーンカーンコーン──

返信と同時に授業は終わり、放課後になってしまった。

ブー…ブー…ブー…

〈無理!待ってるから来いよ!〉

……そんなぁ。

なんでわかってくれないの?

夜には会えるのに──

「はぁ……」

溜め息をつき、優梨に断りのメールを作り始めた。

たかチャンが無理っていうなら、行けないよ……。

ブー…ブー…

メールの文章を作っていると、優梨から電話がかかってきた。

第417頁

「──はい。どうしたの?」

「……グスッ……め、芽衣ぃ……」

──えっ?

優梨、泣いてる?

優梨の声は震え、鼻声になっている。

「どうしたの!?」

「……アタシ、どうしたらいいのか……わかんないよ……ウウウッ……」 「──え!?」

「芽衣ぃ……会いたいよぉ……」

優梨に何があったの!?

まったくわからなかった。

いつもアタシより全然大人なのに……。

こんなに泣いてすがる優梨は、聞いたことがない。

「……ど、どこいるのっ?」

「……グスッ。芽衣の高校ぉの……前ぇ……。今から来てぇ……」 どうしよう……。

行ったらまた、たかチャンを怒らせる。

アタシは即答できなかった。

「……グスッ。やっぱ……ダメだよね……」

「……」

「か……帰るね……」

帰ろうとする優梨……。

──ッ!

たかチャン、ごめんっ! !

アタシはバッグをつかみ、走り出した──

たかチャンには悪いと思うけど、泣いてる優梨を無視できない。

第418頁

校門を出ると、塀に背をつけて下を向く優梨の姿が見えた。 「──優梨っ! !」

「芽衣……」

優梨は顔を上げ、アタシを見る。

その顔は化粧がくずれ、涙に濡れていた。

「どうしたの!? 何があったの?」

「……ご、ごめんね。来ちゃって──」

「いいから! とりあえず場所変えよっか……」

アタシは優梨に駆け寄り、抱きながら立たせた。

……どうしたんだろう。

優梨に何が?

ふたりは学校の近くのカラオケボックスに入った。

「ここなら皆に聞かれる心配もないし……、何があったか話して?」 「……心配かけてごめんね」

優梨はソファーに座り、涙を拭いながら言う。

「アタシ……どうしたらいいんだろ──」

そして優梨は天井を見上げた。

頬を伝い、次々と涙がこぼれ落ちる……。

「……」

「あたし、お腹に赤ちゃんがいるんだって……」

「──!?」

……嘘でしょ?

耳を疑った。

「8週目らしいよ……」

優梨は他人事のように言い、お腹を優しくなでた。

第419頁

「病院行ったの?」

「うん……今日早退して行って来たんだ」

「そっか……」

……間違いとか、気のせいじゃないってことだよね。

優梨のお腹に、命があるってことだよね?

「父親はナツくん?」

「もちろんナツだよ。たぶん、春休み中にできたんだと思う」 ……そうなんだ。

実感がわかなくて、アタシは優梨のお腹に手を伸ばす。

優梨はその手を軽く握り、お腹に導いた──

「まだお腹は出てないけど、どうぞ?」

涙でグシャグシャな顔で笑う優梨。

嬉しそうな、悲しそうな、母親の笑顔……。

優梨のお腹は、相変わらずへこんでいた。

ここに命があると思うとヘンな感じがする。

「このことナツくんには言ったの?」

「……ううん。絶対言いたくない」

「なんで!?」

ナツくんが父親なのに。

なんで言わないの?

「堕ろせって、ナツの口から言われるのが怖いんだ。それに──ナツには罪を背負わせたくない……苦しむのはあたしだけで充分だから、ナツには知らせたくない」

第420頁

優梨は涙を流しながらも、しっかりとした口調で言った。

「だけど、ふたりの子供なんだよ? それに……産むことは考えてないの?」 「──ッ……産める訳ないじゃん……うちら、まだ高1だよ? ナツは夢を追いかけて、隣の県でサッカー頑張ってるんだから──邪魔したくないの……」 優梨は寂しそうに呟く。

──でも、そんなのって……。

「ねぇ、優梨……アタシは話し合ったほうがいいと思うよ? 赤ちゃん、産みたくないの?」

「それは……どうしたらいいのか、自分でもわからないの……どうしよう、芽衣……」

?~?~?~

優梨が両手で顔を覆ったとき──

携帯が鳴った。

「優梨の携帯じゃない?」

「あ……うん。──アッくんだ」

──えっ!?

アッくん?

「さっき、アッくんにも電話してたの……でも、繋がらなくて──出てもいい?」

「うん……」

久しぶりに聞くアッくんの名前に、尐し複雑な心境になる──

第421頁

たかチャンとつき合うことになったとき、アタシとアッくんは、お互いに距離をあけた。

そして、卒業してから一度も会っていない。

アタシの高校から歩いて10分ほどにある商業高校に進学したことは聞いているけど……。

優梨はしばらく話し、電話を切った。

「どうだった?」

「あのね……今からアッくんが来たらまずいかな?」

「──マジで!?」

アッくんが来る?

ここに?

?~?~?~

今度はアタシの携帯が鳴った。

〈あと10分で電車乗れよ! !そうしないと遅刻になるからな! !〉 たかチャンからのメールだ。

携帯の時刻を見ると、4時半を尐し過ぎていた。

……どうしよう。

行かないと、また怒らせる。

だけど──

「……たかチャンから?」

「うん……。もう行かなきゃ間に合わないかも──」

「そっか……今日は尐しでも話せて良かった。芽衣はアタシの親友だから……」

優梨は寂しそうに笑い、アタシに手を振った。

……これでいいの?

アタシは親友を置いて行くの?

第422頁

迷いながらもバッグを持ち、立ち上がった。

「また後で電話するから……」

「……うん」

部屋を出ようとし、ドアに手をかける……。

でも……どうしよう。

ここを離れてもいいの?

アタシがつらいとき、助けてもらったのに……。

ドアノブを握り締めたまま、アタシは動けなかった。

「……やっぱ、残るっ!」

「えっ!?」

「たかチャンにはメールして断るから……」

──やっぱり行けない!

6限目から考え抜いた未、優梨を取った。

たかチャンには、

〈優梨といるから今はいけない。夜に会おう〉

とメールする。

「アッくん来ても平気だよ。これからどうするか、3人で考えていこう?」 「……芽衣ありがと」

優梨は泣きながらメールを打っていた。

……たかチャン怒ったかな?

きっと、怒ってる──

しばらくすると、部屋にアッくんが現れた。

変わらないなぁ──

「あれ!? ──芽衣?」

「あ……。さっき言ってなかったよね?」

「……」

第423頁

アタシに会いたくなかった?

露骨に黙るアッくんに、不安がよぎる……。

──尐しの間の後、アッくんは尐し笑って言った。

「久々だな。制服、似合ってる」

「アッくんもね……」

初めて見た制服姿のアッくんは、中学時代の学ランより似合ってる気がした。 嫌がられてないみたいで、良かった……。

──だけど、今はそれどころじゃない。

「優梨……話せる? アタシから話そうか?」

「──うん……ゴメンね」

優梨は切なそうに顔をしかめ、両手で顔を覆う。

つらいだろうな。

不安だよね──

「さっきの電話の話、ほんとなのか?」

「妊娠8週だって……」

「……」

口に出すのがつらかった。

アタシたちが大人なら、愛し合うふたりの子供なんだから、祝福できたのに──

アタシは優梨から顔を反むけた。

姿を見てたら、次の言葉なんか言えないよ……。

第424頁

優梨のお腹にいる小さな命に、死刑を宣告する言葉。

「……ナツくんに内緒のまま、堕ろすんだって」

「優梨……そうなのか?」

問いかけるアッくん。

優梨は顔を覆ったまま、小さく頷いた。

「それはやめろよ。ナツと話し合えよ」

「ナツくんを悩ませたくないみたい……」

「芽衣に聞いてるんじゃない。優梨に聞いてんだよ」

アッくんは優梨の横のソファーに移動する。

そして、顔を覆う両手を下ろさせた。

目をジッと見るアッくんと、斜め下を見て視線をそらす優梨……。

「優梨はそれでいいのか? ナツは父親だ。子供は優梨だけの子供じゃないだろ?」

「……ナツの邪魔したくないの。心配かけたくないし、子供ができたことで気

まずくなるのは嫌なの──」

「──は?」

「堕ろして、何事もなかったようにする……それが一番いいでしょ?」 見る見るうちに、アッくんの顔色が変わっていく。

アタシは、黙ってふたりの様子を見ていた。

第425頁

「……だったら、最初から作るんじゃねーよ。避妊しなかったら子供できんの当たり前だろ!? ナツにも責任あんだろ? ──子供の命はそんなに軽いのかよ! !」

バンッ

「──ッ! !」

アッくんはやり場のない怒りをぶつけるように、壁を叩いた。

「アタシだって──ウッ……アアッ……」

優梨はアッくんの肩にしがみついて泣く。

アタシには、優梨の気持ちもアッくんの言い分もよくわかる……。 見ているのがつらかった。

「ほんとは……ウウッ……こ、こんなことしたくないっ! ナツの赤ちゃん……グスッ……産みたいよ。堕ろせって言われるの……わかるからっ……それなら言わないで堕ろしたい──」

……優梨。

やっぱり産みたいんじゃん。

好きな人の子供なんだから……。

どんな状況だって、嬉しく思う瞬間があるんだろう──

?~?~?~

あ……。

たかチャンだ。

時計を見ると、針は5時過ぎをさしている。

……どうしよう。

待ってるのかな──

第426頁

腕時計から顔を上げると、優梨と視線がぶつかった。

「──たかチャン?」

「……」

この状況だし、電話なんて出れないよ……。

それに、アッくんの前だ。

アタシの幸せを願って、背中を押してくれたアッくん。

今出たら、たかチャンは怒鳴りちらしてキレるだろう。

そんな姿、見せれないよ──

プチッ

アタシは電話を切り、サイレントに設定した。

「……大丈夫か?」

「うん、平気。学校の友達だったから……」

アタシは嘘をついた。

そして、携帯をバッグにしまう。

「ごめんね……話、続けてっ」

携帯はバッグの中でもピカピカと光り、着信を知らせている。

たかチャンがかけ続けているんだろう。

なんでたかチャンはいつもこうなの?

アタシの都合を何も考えず、束縛する……。

「なぁ、優梨。産みたいなら、なおさら言ったほうがいいと思うぞ。ナツに話せよ。産みたいって伝えろよ」

「……無理だって言ったじゃん」

「だから……言わなきゃわかんねーだろ?」

アッくんの言葉に、優梨は戸惑っていた。

第427頁

優梨とナツのことを真剣に考え、アッくんは一生懸命に話し続ける。 友達思いなところも変わってないね……。

トクン──

アタシの心臓は、大きく脈を打った。

たかチャンは、どうして友達を大切にさせてくれないんだろう。 アッくんと全然違うね。

──ダメッ! !

比べたらダメだよ……。

アタシ、何してんだろ?

元カレと今カレを比べるなんて、最低だよね……。

しばらく3人は話し合い、ひと晩考えることになった。

「また明日どこかで集まろ。優梨も体が大変そうだし」

「──ありがと」

「じゃあ、駅に向かうか!」

3人はカラオケを出て、駅に向かって歩き出す。

優梨は尐しずつ、笑顔をのぞかせるようになった。

ふたりに話して、尐しは気持ちが楽になったのかな?

「もう空が暗いな」

「何時かな? 門限ヤバいかもっ……」

時計を見ると、夜の7時半になっていた。

たかチャン、怒ってるだろうな……。

電話したいけど、今は授業中だよね。

後で謝らなきゃ……。

第428頁

地元の駅に着くと、たくさんの学生たちで溢れかえっていた。 「あっ! あれ、佐々木だよな?」

「あっちには翠じゃん」

「同じ中学の人、けっこーいるもんだねっ」

人混みから知り合いを探して盛り上がる3人。

優梨も精神的に落ち着いたのか、久々に会う友人と話し込んでいる。 優梨の気持ちが楽になったみたいで、ほんとに良かった。

これからが大変だしつらいだろうけど……。

アタシなんて何もできなかったから、アッくんのおかげだね。 優梨を家に送り届け、アッくんとふたりで夜道を歩いた。

懐かしいな……、ふたりきりの帰り道。

まるで、中学時代に戻ったようだね。

「懐かしいな。中学んときみたいだな……」

「──えっ……」

同じことを思ったことに驚いた。

トクン──

──また心臓が。

なんなの?

この変な気持ち。

朩練?

──何か違う。

じゃあ、なんだろう……。

「送るよ!」

「えっと……」

アッくんが昔のように言った。

前なら当たり前だったことだけど……、でも、今は、彼氏がいる。

第429頁

「大丈夫だよ。ひとりで帰れるし☆」

アタシは笑顔で言う。

「……でも──」

「平気だって!」

「……そっか。そうだよな。高橋も気分悪くなるだろうし……」 アッくんは尐し寂しそうに笑った。

……ごめんね。

優しさを踏みにじってしまったようで、胸が痛んだ。

「もう、ここでいいよ。また明日ね!」

「……あ、あぁ」

「じゃあね!」

なんとなく気まずい……。

そんな空気に耐えきれず、アタシはアッくんに別れを告げた。 笑顔を作り、手を振って歩き出す。

しばらく歩くと、自宅のマンションが見えてきた。

……帰ったら優梨に電話をしよう。

ひとりきりになって、また悩んでる気がする。

タッタッタッ──グッッ

「キャァ! !」

後ろから近づいた足音とともに、アタシは強く腕をつかまれた。

──誰っ!?

「ちょっと来いよ」

「──え!?」

……なんでここに!?

アタシは前を向いたまま、地面に視線を落とした。

第430頁

振り向かなくったって……、アタシの後ろにいるのは、誰だかわかってる。 「……学校は?」

「はぁ!? 行ける訳ねーだろ! こっち向けよ! 」

腕を引っ張られ、むりやり後ろを向かされる。

そのとき、アタシの目に映ったのは……。

怒りに満ちた目をしたたかチャンの姿だった。

「なんで電話シカトしてんだよ!」

「……ごめんっ」

「──だから、聞いてんだろ!?」

ビクッ

たかチャンの大声に、体が震えた。

「GWに話し合ったばっかだよな! なんでお前は同じことばかり繰り返すんだよ! !」

ドスッ

「──うっ……痛っ」

腹部に鈍い痛みが走った。

たかチャン、怖いよ……。

腹部を両手で押さえ、しゃがみ込む。

たかチャンは、アタシを殴った右手の拳を開いて

そのまま振りかざしてきた──

バシッ

「──! !」

真上から降ってきた痛みに、アタシは声もあげれなかった。

何が起きているのかわからなくて……。

頭の中が、真っ白になる──

第431頁

痛みで呆然としてしまった。

そして、頭の中に次々と恐怖の意識が生まれていく──

……怖いよ。

こんなの、たかチャンじゃない。

このままだと、何されるかわかんない……。

「──嫌っ! !」

アタシは立ち上がり、マンションに向かって走り出した。

逃げなきゃ……。

早く、逃げなきゃ──

「──おいっ! 待てよ! !」

追い駆けてくるたかチャンの声。

走りながら振り返ると、こっちを睨みつけていた。

──ッ! !

あと尐し……、あと尐しで家だからっ──

必死にマンションに駆け込み、エントランスを通り抜ける。

携帯につけているオートロック用の鍵を取り出し、慌ててドアを解除した。 ウィーン

バタバタバタ

「ハァ、ハァ……」

アタシは階段を駆けあがった。

「待てよっ!」

「──ヒッ! !」

後ろから、たかチャンの気配が近づいてきた。

………嫌っ!

誰か……、誰か助けてっ! !

尐しずつ距離が縮まっていくふたり──

第432頁

ガチャッ

間一髪、自宅に逃げ込んだ。

ドアを閉め、すぐに鍵とロックをかける。

「ハァ、ハァ……」

恐怖と家に着いた安心感で……、腰が抜けたように、玄関に座り込んでしまった。

?~?~?~

アタシを恐怖の底に突き落とすように、たかチャンからの着信音が鳴り響く──

アタシは座りこんだまま、ドアを見つめた。

このドアの1枚先には、たかチャンがいるだろう……。

──そう思うと、体がガタガタと震え始めた。

彼氏なのに……。

大好きなはずなのに──

怖くてたまらない。

翌日──

アタシは寝不足で学校へ行った。

あれからずっと、たかチャンからの電話が鳴り続けている。

頭がヘンになりそうだった。

学校で授業を受けても、まったく集中できなかった。

そして放課後──

アタシは疲れきった体で、優梨とアッくんとの待ち合わせ場所に向かった。 いつどこでたかチャンに会うかわからない。

周りを見回しおびえながら、待ち合わせの場所へと急いだ。

第433頁

大切なモノ

待ち合わせ場所に向かうと、遠くにアタシを待つふたりの姿が見えた。 「──ゴメンッ! 遅くなったぁ!」

「平気だよっ☆」

走りながらふたりの元に急ぐ。

──あれ!?

近づいて気づいたのだが、アッくんの陰にはひとりの女の子が立っていた。 優梨と同じ制服を着ている。

小柄な可愛い女の子。

その子は片手でアッくんのブレザーのジャケットの裾をつかんでいて……。 「あ、あのー」

「──あ、この子は麻美チャン。あたしのクラスメイトなんだ!」 アタシの視線に気づいたのか、優梨が言った。

「──麻美です。こんにちは」

「あ……こ、こんにちは」

麻美は笑顔で頭を下げる。

その笑顔に、アタシの胸にはモヤモヤした気持ちが込み上げてきた……。 もしかして、麻美チャンは──

「あたし、アツシの彼女ですっ? 芽衣チャンよろしく!」

「えっ……」

アッくんと目を合わせ、照れたように笑い合う麻美。

麻美はアタシとアッくんのことを知らないのか、無邪気にアッくんに甘えている。

第434頁

そして4人は昨日のカラオケに入った。

アッくんの隣には、ピッタリと麻美がついている。

部屋に入っても麻美の態度は変わらない……。

アッくんの横のソファーに座り、甘えた声で話す。

気づけばふたりは手を握り合っていた。

──優梨が悩んでるのに、その態度は何?

麻美の態度にイラついていく。

優梨はアッくんと麻美の様子を、尐し寂しそうに見つめていた……。 ──この女、最低。

「てゆぅか、なんでアッくんの彼女が来てんの?」

「──え? アタシ優梨の事情聞いたし、仲いいから……来ちゃいけなかったかな?」

「だったら、その態度やめたら? ──優梨の気持ち、わかんない?」 麻美に対しての苛立ちを、思わず言葉に出してしまった。

部屋の中が、シンと静まりかえる。

「──ちょっと芽衣……そんなイラつかなくても……」

「だって──」

麻美とアタシの間に入り、止めようとする優梨。

アッくんはその様子を見て、麻美から尐し離れて座り直した。

第435頁

アタシの態度に驚いたのか、麻美は黙って目を伏せた。今にも泣きそうに顔をしかめ、軽く唇を噛んでいる。

……そして、小さな声で優梨に謝った。

「ゴメンね……」

こらえきれなかったのだろう。

謝罪の言葉を言い終わった直後、麻美の頬には涙がつたっていった。

「──ッ! オレが悪いんだ。麻美とつき合い始めたのに、ずっと忙しくて……会いたいって言われても、ずっと断ってた。……今日はつき合ってから初めて会ったんだよ。麻美の気持ちもわかってくれないか? 優梨には悪かったと思ってる。麻美じゃなくて、全部オレが悪いから……末当にゴメン……」 アッくんはとっさに麻美をかばい、優梨に謝った。

麻美の頬に流れ続ける涙を袖で拭ってあげて……。

麻美のために必死になっている。

──アッくんは、麻美チャンをホントに好きなんだね。

ズキッ

アタシの胸は痛んだ。

……この痛みは、アッくんが麻美を大事にしてるから?

第436頁

そう思った瞬間──

頭に、あの人の笑顔が浮かんだ。

アタシにも、こうして守ってくれる人がいるよね?

たかチャンは──

いつもアタシを守ってくれた。

イジメにあったときも、しつこいナンパにあったときも、側で守ってくれた。 暴力は怖かったけど、それよりもたくさんの優しさや愛をくれたはず── たかチャンと話したい。

たかチャンに会いたい……。

「オレ、麻美を家に送ってくる。それから戻って来ていいかな? ほんとゴメンな──」

「ゆ、優梨……ごめんっ……グスッ」

アッくんに肩を抱かれ、麻美は謝りながら部屋を出て行った。

「……優梨、大丈夫?」

「うん、平気ぃ…それより、麻美チャンつれて来て気まずかったよね。ゴメンね」

「……こっちこそ、感じ悪くしてごめん」

麻美チャン、ごめん……。

あまりにもキツく当たり過ぎた自分を反省した。

「──あたし、結論出したんだ」

優梨は、アタシの目をジッと見つめた。

第437頁

結論って──赤ちゃんのことだよね。

何も言わないで堕ろすなんて、間違ってる気がする。

ひとりで痛みを背負うなんて、つら過ぎるよ……。

優梨に視線を向けると、愛おしそうにお腹をなでている姿が目に映った。 優梨は小さく息を吐いて、口を開く──

「あたし……ナツに話す。全部気持ち伝えて話し合うよ」

「……優梨」

「不安だけどね。あたしは決めたの──この子を産みたい」

優梨は笑った。

優しくて──

強い意思をもった母親の笑顔だった。

「あたしひとりの問題じゃないってわかった。命って、そんなに軽いものじゃないよね……ここで何も言わないで堕ろしたら、きっと後悔する……ナツに会って、とことん話し合うよ。それが一番だよね?」

良かった……。

アタシは優梨の言葉に、ホッと安心した。

「素直に気持ち伝えて、話し合ってね。頼りにならないかもしれないけど、何かあったらまた話して──」

優梨はアタシの返事を聞き、嬉しそうに頷く。

──優梨の気持ち、ナツに届いてほしいよ。

第438頁

芽衣も、たかチャンと話し合いなよ。何かあったんでしょ? 芽衣を見て、わかってたよ。アタシも頑張ってナツに話すから、芽衣も話して。さっきから、ずっと携帯鳴ってる……たかチャンなんでしょ?」

サイレントにしてある携帯は、今もテーブルの上でカラフルなライトを点滅さ

せていた。

たかチャンからの着信を知らせるライト。

「──出てみたら?」

「……」

そっと携帯に手を伸ばす。

折り畳まれた携帯を開き、通話ボタンに親指を置いた。

「あ……」

携帯を持つ手が……ガタガタと震え始める。

通話ボタンを押すことができない。

……なんで?

さっき、会おうって思えたじゃん。

話し合いたいって思ったのに、なんで!?

──気持ちとは裏腹に、アタシの体はたかチャンの恐怖に怯えていた。 「──ッ!」

アタシは携帯を畳み、テーブルの上に戻す。

体中に冷や汗が染み出て、震えが止まらない。

「……芽衣、何があったの?」

優梨は不安そうにアタシを見つめた──

第439頁

優梨の問いかけも、耳に入ってこなかった。

優しかったたかチャン。

大好きな笑顔。

──そして、怒りに満ちたあの顔。

アタシを殴る姿……。

「い……嫌っ──」

頭の中は、どんどんおそろしい思い出に支配されていった。

頭を抱え、頭の中からたかチャンを追い出すように頭を振る── ……どうしたらいいの?

あんなに優しく守ってくれたたかチャンの姿が……。

おそろしいたかチャンに書き消されていくよ──

話し合いたいと思うのは頭の中だけで、体と心は悲鳴をあげている。 こんなにも、体が拒否をしてしまう。

「アタシ、昨日たかチャンに会ったんだ……また、殴られた。──ねぇ、優梨……優しいたかチャンと、怖いたかチャン、どっちがほんとのたかチャンなのかな……」

アタシは独り言のように、答えなんかない質問を投げかけた。

第440頁

──この日の夜

アタシは駅前で、学校帰りのたかチャンを待っていた。

胸にはひとつの想いと決意を抱えている。

震えそうになる体を堪え、今でも迷ってしまう想いを押さえる。

……逃げちゃいけない。

アタシの気持ちを伝えよう。

そう自分に言い聞かせ、アタシは電車が着く度に改本を見つめた。 6末目の電車が駅に着いたとき──

改本から流れ出すサラリーマン達の中に、ひとりだけ浮いているたかチャンの姿が見えた。

──来た!

どうしよう!?

いざたかチャンの姿を見ると、頭の中が混乱していく。

足もすくんでしまい、体が動かない──

たかチャンは改本を出ると、片手に持っていた携帯電話を開いた。 ?~?~?~

たかチャンの動きに合わせ、アタシの携帯が鳴り始める。

──たかチャンの電話の相手はアタシだ。

近くにいると知らないたかチャンは、携帯を鳴らし続けた。

覚悟を決め、通話ボタンを押す。

第441頁

「……はい」

「め、芽衣!? やっと出たよ……」

たかチャンは、ホッとしたように話した。

その声に、胸がキューッと締めつけられる……。

「無視してごめん……」

「俺こそ、この前……末当に悪かった。女に手をあげるなんて、最低だよな……」

たかチャンは駅の脇にしゃがみ込んで……。

ドスン

「──えっ!?」

バランスを崩して、地面に尻もちをついてしまった。

「……プッアハッ……アハハハハッ」

恥ずかしそうにお尻を上げ、しゃがみ直すたかチャンの姿が滑稽で……、緊張の糸は切れ、笑ってしまった。

たかチャンは真っ赤に染まった顔で、周りをキョロキョロ見渡している。 「……な、なんで笑ってんの? なんかあったのか? ……あれ? もしかして──」

周りを見るたかチャンの視線が止まって……、アタシの視線とぶつかった。 その瞬間──

アタシの笑いは消え、ふたりの間には沈黙が流れた。

「……なんでいんの?」

「あっ……」

たかチャンは立ち上がり、ゆっくりと歩み寄って来た。

ふたりの距離が縮まっていく──

第442頁

たかチャンはアタシの目の前まで来て、足を止めた。

「どうしてここに?」

「……話したかったから、駅前で待ってたの」

「芽衣……」

たかチャンはアタシの言葉を聞き、パッと嬉しそうな顔をした。 ──ッ……。

そんな顔、見れない。

アタシはたかチャンから目を反むけた。

だって……アタシは……。

これから、あなたに告げる、

ずっと考えていた、別れの台詞を──

「俺んちで話さない? 芽衣の好きなチョコ買ってあるんだ!」 「……ううん、ここで話したい」

「なんで?」

「……」

アタシの態度に、たかチャンの顔色が変わっていく。

「アタシは……」

「……なに?」

「もう……」

急激に早まっていく鼓動──

言うって決めたのに、なかなか口が開けない。

今までの楽しかった思い出が頭をよぎって、溢れ出しそうになる涙を、グッと堪えた。

そして──

「──アタシと別れて」

胸の中から、声を絞り出す──

第443頁

たかチャンは、言葉が理解できないみたいだった。

しばらく呆然としてから、ゆっくりと口を開く。

「……嘘だろ? 冗談はやめろよ」

「……」

「悪いところは直すから……浮気や殴ったり……ほんともうしないから……だから──」

もう殴らないって、GWにも言ってたじゃん。

それでも殴ったよね。

信じたいよ……。

だけど、もう無理なんだ。

「別れよう?」

「──嫌だ」

「もう無理だから……決めたの」

揺らぎそうになる決心。

信じたいよ。好きなんだから──

暴力を振るわれる前の頃に戻りたい。

たかチャンを信じていたあの頃に戻れたら、どんなに幸せなんだろう…… 「もうダメなの……」

「もしかして……高校で好きな奴でもできたんだろ! ──誰だよ、そいつ! つれて来いよ! !」

たかチャンは呆然としたと思ったら急に苛立って……。

ガシッ

アタシの肩を思いきりつかむ。

第444頁

……そう。

たかチャンはいつも妄想が激し過ぎるんだ。

それで暴力を振るって……。

だから嫌なんだよ──

「もう、末当に無理なの! !」

アタシはたかチャンの手を振り払った。

「てめぇ……」

バシッ

「キャッ! !」

たかチャンがアタシの頬をたたく。

「──あっ……」

たかチャンは驚いた顔をしてジッと手のひらを見つめた。

アタシはたたかれた頬に手を当て、たかチャンを睨みつける。

「もう無理だからっ! !」

ヒリヒリと焼けつくように痛む頬。

変わらない。

たかチャンは変わらない。

楽しかった頃の思い出も色あせて……。

アタシの気持ちは限界を迎えていた。

「サヨナラ……楽しかったよ。アタシ、幸せだった──」

「ちょっと待てよ! ! なぁ……考え直してくれよ……」

サヨナラ──

アタシは踵を返し、駅前から走り去った。

──こうして、アタシはたかチャンと決別した。

第445頁

大好きなのに、別れなくてはいけなかった。

暴力さえなければ、ずっと一緒にいたかった。

たかチャンと一緒に、もっと幸せな想い出を作っていきたかった。

別れたときに文句を言わなかったのも、せめてたかチャンとの想い出は、キレイな形で終わらせたかったから。

心の底から愛して、愛されて……。

幸せなときを過ごした。

──文句を言うと、今までの幸せだった日々も消えてしまう気がしたんだ。

翌朝──

アタシは携帯電話の番号を変えた。

番号を変えた瞬間、たかチャンからの着信も途絶える。

昨日の夜、たかチャンから何度も電話がかかってきた。

無視をしながらも、携帯を見つめていると涙が流れた。

会いたい。

声が聞きたい。

携帯に伸ばしかけた手を、何度も引っこめる。

……胸が張り裂けそうだった。

たかチャンとの別れより、暴力に耐えるほうが幸せなんじゃないのかな? アタシは選択を間違ったのかな?

──そんなことを考えてしまう程に。

失った後、たかチャンの存在の大きさを思い知った。

だけど、アタシは新しい一歩を踏み出すことを選んだんだ。

第446頁

携帯の番号を変える前、1通のメールをたかチャンに送っていた。 アタシの素直な思い。

伝えれなかった言葉を、電波に乗せてたかチャンに送った。

〈ディア たかチャン

昨日は逃げてごめん。電話も出れなくてごめんね。

今まで、ありがとう。たかチャンには、たくさん守ってもらったよね。 イジメられたとき……

寂しかったとき……

アタシの一番近くにいてくれたのは、あなただった。

末当にありがとう。

これから先、一緒にいれないけど……

幸せになって。

アタシたちの関係が壊れてしまったこと、ほんとにつらいよ。

ほかに誰か好きな人なんかできてない。

たかチャンとの朩来が見えなくなって、別れようって結論を出したの。 このまま一緒にいたら、いつかアタシはたかチャンを憎んでしまう。 そうなる前に……

幸せな記憶を持ったままで別れたいんだ。

お互いのために……

アタシの気持ち、わかってほしい。

芽衣より〉

……大好きだったよ。

たかチャン。

第447頁

──アタシは新しい携帯を手にして、駅前に向かった。

今日は日曜日。

あたたかくなってきた初夏の日差しが眩しくて……

泣きはらした目を細めた。

──日曜なのに、たかチャンが隣にいない。

ヘンな感覚だった。

こんな日々にも、そのうち慣れていくのだろう。

半年後、1年後……。

アタシは、誰の側にいるのかな?

誰かを想っているのかな?

「にゃー」

駅前に着くと、可愛い声が聞こえた。

足元を見ると、子猫が足にじゃれついている。

アタシのサンダルの飾りが気になるらしい。

「……可愛いねぇ?」

子猫が愛しくなり、そっと抱き上げて頭をなでた。

「──芽衣! !」

「あっ! 待たせてごめんねっ!」

手を振りながら、優梨と美亜が歩いて来る。

優梨も昨日、ナツくんと話し合うと言っていた。

ふたりはどうなったのだろう……。

「……あれ? その猫、どうしたの?」

「あっ、この子? さっき、見つけたの。……可愛いからつれて帰ろうかなぁ?」

第448頁

「ダァメ! ! あっち見てみなよ。母猫が見てるでしょ?」

優梨が道の脇の街路樹を指さした。

そこには子猫と同じ模様の母猫がいて、ジッと子猫を見ている。

「……そっかぁ。ママと離れたら嫌だよね」

『みゃー』

子猫は返事をするように鳴いた。

アタシは地面に子猫を降ろす。

「……なんか、優梨が芽衣のお母さんみたい」

美亜はふたりのやり取りを見て、クスクス笑う。

優梨は優しくほほえんで、

「あたしはお母さんだもん? ねぇ、赤ちゃん?」

そっとお腹をなでていた。

アタシと美亜は顔を見合わせる。

もしかして……。

「ふたりに報告があるの。アタシね、明日休学届を出してくるよ。……お腹の赤ちゃん、産みたいんだ」

「えっ? ナツくんや親に話したの?」

「──うん。てゆうか、ナツとは別れるかも……堕ろしてって言われちゃった。でも、親は説得したよ。ナツがいなくても頑張って育てていこうって言ってくれたの。お婆ちゃんが最近死んじゃったから、余計に命の大切さを考えてくれるのかもしれない」

第449頁

「……優梨はそれでいいの?」

「うん。──不安だけどね。赤ちゃんには何も罪がないのに、アタシが勝手に殺せないよ……この子はいっぱいいる女の人の中から、アタシを選んでくれたんだもん」

優梨の顔からは、昨日までの迷いが消えていた。

16歳になったばかりの優梨には、たくさんの試練があるかもしれない。 だけど、きっと今の優梨なら、乗り越えていけるよね。

「アタシも……たかチャンとのことを結論出したよ。──別れたっ! !」 「えっ!?」

──驚くふたり。

「……これからは暇になるから、遊んでねっ!」

「……芽衣」

暗くなってしまいそうな気持ちを消すように、アタシは明るく笑った。 「えっと……甘い物でも食べに行きませんか!?」

美亜は戸惑いながらも笑顔を作り、アタシと優梨の肩を抱いた。

「そうだねっ!」

「行こっか!」

3人は近くのケーキ屋に向かって、歩き始める。

第450頁

「アタシは、優梨のことを忚援してるからね」

「──美亜も! ナツにも、優梨の気持ちが伝わったらいいね。それに、芽衣

のこれからの人生も忚援してるよ☆ たかチャンがいない寂しさ、アタシと優梨で埋めてあげるからっ!」

「そうだよ? アタシたちがいるんだから、寂しいときは一緒にいようねっ。親友なんだから! !」

……最高の友達。

ふたりとも、大好きだよ。

優梨は、頑固だけど、すごく優しくて、素直で真っ直ぐな女の子。

美亜はちょっとおバカさんなところもあるけど、とっても友達想いで、心があたたかいんだ。

このふたりの親友がいなかったら──

アタシは最低な人生を歩み続けていただろう。

ふたりがいたから、アタシは今、こうして笑っていられる。

大好きだよ──

第451頁

赤い糸

悠哉への恋心は、十数年間の片想いというカタチで終わってしまった。 告白すらできないまま、アタシには黙って忘れるという選択肢しか残らなかった悲しい初恋。

でも……そう簡単には忘れられなかった。

隣の家に住む悠哉の姿は毎日嫌でも視界に入ってきて、忘れるための距離なんかなかったから。

どうして貴方に出会ってしまったんだろう?

どうして貴方の幼馴染みなんだろう?

どうして貴方の好きな人は、姉の春菜なんだろう?

繰り返し答えのない疑問を感じて、この運命を定めた神様を恨んだよ。 末当につらかったんだ。

そんなアタシの心を救ってくれたのは、アッくんだった。

貴方はあんなにも強かった悠哉への愛を、いつの間にか忘れさせてくれた人。 ただの友達という一線をこえ、アタシは貴方の恋人になってすべてを捧げた。 最初は偽りの恋だったけれど、それが真実の愛に変わっていったんだ。 1ヶ月という短い間だったけれど、初めてお互いに求め合えて幸せだった。 別れたあと、アタシは自分で思っていた以上に貴方を愛していたと思い知った。 悠哉のときとは違う大きな喪失感が心を空っぽにしていったんだ。

空っぽなのに、貴方を考えるたびにズキズキと胸だけが痛かった。

そんな状況から抜け出したくて、アタシは悠哉を忘れようとしたときと同じように心を埋めてくれる人を求めた。

気持ちをまぎらわすためだけに、好きでもないコータと体を重ねたんだ。

だけど、愛のないセックスは一時的な心の救いになっただけだった。

セックスが終わったあとは虚しさしか残らなくて、心に傷を作っていっただけ。今はすごく後悔してる。

アッくんはアタシのことをずっと支えてくれたよね。

たかチャンとの恋を後押ししてくれたのも貴方だった。

大好きな甘いチョコレートのように、いつもアタシの心をあたためてくれた。 そんな優しい貴方に甘えてばかりでごめんなさい。

第452頁

たかチャンとの出会いは、悠哉とアッくんにグラグラと気持ちが揺れ続ける中でだったね。

ただの男友達で、友達の沙良の好きな人。

それだけだったのに、気づけば貴方はアタシの好きな人に変わっていった。 友だちを裏切るなんて悪いことだとわかっていても、自分の気持ちが止められなかったよ。

いろいろなことがあったけど、アタシは友だちを失う代わりに愛を手に入れた。

貴方の彼女になって、深い愛と優しさを知ったよ。

一生側にいたい。離れたくない。

アタシは幼いながらに貴方への永遠の愛を誓った。

そして、その証に貴方の名前を体に刻んだんだ。

それくらいアタシは貴方を愛してるって伝えたかった。

離れてしまった今は、その証も悲しい傷痕にしかならないけど。

貴方に出会えなかったら、アタシはこんなにも深い愛を知ることはなかった。 歪んだ愛だったかもしれないけど、こんなにも愛してくれてありがとう。 暴力さえなければ、もっと貴方の側にいたかった。

どうして貴方は変わってしまったんだろう。

あの大きな背中が、今は遠くからしか見れないことが寂しいよ。

貴方に殴られることはもうないけれど、代わりに貴方に抱き締めてもらうこともなくなってしまった。

楽しかった想い出も色褪せていくんだろうね。

だけど、アタシは2人で過ごした楽しかった日々を、ずっと忘れないでいたいよ。

第453頁

運命の人は、いったいどこにいるんだろう。

気づかないだけで、もう貴方に出会ってるのかな?

それとも、貴方はまだ知らない土地で生きてるのかな?

貴方を探して、アタシはこれからも恋をするだろう。

「間違ってもいいじゃないの。傷つかない恋なんてないし、傷つけない恋もない。そこで立ち止まったらダメだけどね。そこから学んで、もっと相手と想い合える恋をしていけばいいの。別れは、新しい出会いの始まりよ。それに、別れたって運命の人ならまためぐり会える。赤い糸で繋がっているんだから。私はそう信じてるわ――」

アッくんと別れたとき、お母さんは泣きじゃくるアタシにこう言ってくれた。 今になって、やっと尐しずつ意味がわかってきた気がするよ。

アタシはまだ高校1年生だ。

これからも迷い、間違い、愛した人と傷つけ合うこともあるだろう。

でも、きっと……。

小指に結ばれた見えない赤い糸の先で、運命の人はアタシを待っている。 泣いたって苦しんだって、アタシはずっと糸をたどっていくよ。

そして、いつか貴方を探し出すからね――

※この物語はフィクションです

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