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黑柳彻子《窗边的小豆豆》

发布时间:2014-01-08 09:02:39  

黑柳彻子《窗边的小豆豆》

(黒柳徹子の小説『窓際のトットちゃん』)

くろやなぎてつこまどぎわ

【原文节选】

校長先生

トットちゃんとママが入っていくと、部屋の中にいた男の人が椅子から立ち上がった。 その人は、頭の毛が薄くなっていて、前のほうの歯が抜けていて、顔の血色がよく、背はあまり高くないけど、肩や腕が、がっちり(1)していて、ヨレヨレ(2)の黒の三つ揃い(3)を、キチンと着ていた。

トットちゃんは、急いで、お辞儀をしてから、元気よく聞いた。

「校長先生か、駅の人か、どっち?」

ママが、あわてて説明しよう、とする前に、その人は、笑いながら答えた。 「校長先生だよ」

トットちゃんは、とってもうれしそうに言った。

「よかった。じゃ、おねがい。私、この学校にいりたいの」

校長先生は、椅子をトットちゃんに勧めると、ママのほうを向いて言った。

「じゃ、僕は、これからトットちゃんと話がありますから、もう、お帰り下さって結構です」

ほんのちょっとの間、トットちゃんは、少し心細い気がしたけど、なんとなく、(この校長先生とならいいや)と思った。ママは、いさぎよく(4)先生にいった。 「じゃ、よろしく、お願いします。」

そして、ドアを閉めて出て行った。

校長先生は、トットちゃんの前に椅子を引っ張って(5)きて、とても近い位置に、向かい合わせに腰をかけると、こういった。

「さあ、何でも、先生に話してごらん。話したいこと、全部」

「話したいこと!?」

(なにか聞かれて、お返事するのかな?)と思っていたトットちゃんは、「何でも話していい」と聞いて、ものすごくうれしくなって、すぐ話し始めた。順序も、話し方も、 1 じゅんじょひぱこころぼそすすじぎぞろけっしょく

少しグチャグチャ(6)だったけど、一生懸命に話した。

今乗ってきた電車が早かったこと。

駅の改札口のおじさんに、お願いしたけど、切符をくれなかったこと。

前に行ってた学校の受け持ち(7)の女の先生は、顔がきれいだということ。 その学校には、つばめの巣があること。

家には、ロッキーという茶色の犬がいて、“お手(8)”と“ごめんくださいませ”と、ご飯の後で、“満足、満足”ができること。

幼稚園のとき、ハサミを口の中に入れて、チョキチョキ(9)やると、「舌を切ります」と先生が怒ったけど、何回もやっちゃったっていうこと。

洟(10)が出てきたときは、いつまでも、ズルズルやってると、ママにしかられるから、なるべく早くかむこと。

パパは、海で泳ぐのが上手で、飛び込みだって出来ること。

こういったことを、次から次と、トットちゃんは話した。先生は、笑ったり、うなずいたり、「それから?」とかいったりしてくださったから、うれしくて、トットちゃんは、いつまでも話した。でも、とうとう、話がなくなった。トットちゃんは、口をつぐんで考えていると、先生はいった。

「もう、ないかい?」

トットちゃんは、これでおしまいにしてしまうのは、残念だと思った。

せっかく、話を、いっぱい聞いてもらう、いいチャンスなのに。

(なにか、話は、ないかなあ……)

頭の中が、忙しく動いた。と思ったら、「よかった!」話が見つかった。

それは、その日、トットちゃんが着てる洋服のことだった。たいがいの洋服は、ママが手製で作ってくれるのだけれど、今日のは、買ったものだった。というのも、なにしろトットちゃんが夕方、外から帰ってきたとき、どの洋服もビリビリで、ときには、ジャキジャキのときもあったし、どうしてそうなるのか、ママにも絶対わからないのだけれど、白い木綿でゴム入りのパンツまで、ビリビリになっているのだから。トットちゃんの話によると、よその家の庭をつっきって垣根をもぐったり、原っぱ(11)の鉄条網くぐかきねはらてつじょうもうてせいはなようちえんうもかいさつぐちを潜るとき、「こんなになっちゃうんだ」ということなのだけれど、とにかく、そんな具合で、結局、今朝、家をでるとき、ママの手製の、しゃれたのは、どれもビリビリで、仕方なく、前に買ったのを着てきたのだった。それはワンピースで、エンジ(12)とグ 2

レーの細かいチェック(13)で、布地はジャージー(14)だから、悪くはないけど、衿にしてある、花の刺繍の、赤い色が、ママは、「趣味(15)が悪い」といっていた。そのことを、トットちゃんは、思い出したのだった。だから、急いで椅子から降りると、衿を手で持ち上げて、先生のそばに行き、こういった。

「この衿ね、ママ、嫌いなんだって!」

それをいってしまったら、どう考えてみても、本当に、話しは、もう無くなった。トットちゃんは、(少し悲しい)と思った。トットちゃんが、そう思ったとき、先生が立ち上がった。そして、トットちゃんの頭に、大きく暖かい手を置くと、

「じゃ、これで、君は、この学校の生徒だよ」

そういった。……その時、トットちゃんは、なんだか、生まれて初めて、本当に好きな人にあったような気がした。だって、生まれてから今日まで、こんな長い時間、自分の話を聞いてくれた人は、いなっかたんだもの。そして、その長い時間の間、一度だって、あくびをしたり、退屈そうにしないで、トットちゃんが話してるのと同じように、身を乗り出して、一生懸命、聞いてくれたんだもの。

トットちゃんは、このとき、まだ時計が読めなかったんだけど、それでも長い時間、と思ったくらいなんだから、もし読めたら、ビックリしたに違いない。そして、もっと先生に感謝したに違いない。というのは、トットちゃんとママが学校に着いたのが八時で、校長室で全部の話が終わって、トットちゃんが、この学校の生徒になった、と決まったとき、先生が懐中時計を見て、「ああ、お弁当の時間だな。」といったから、つまり、たっぷり四時間、先生は、トットちゃんの話を聞いてくれたことになるのだった。 後にも先にも、トットちゃんの話を、こんなにちゃんと聞いてくれた大人は、いなかった。

それにしても、まだ小学校一年生になったばかりのトットちゃんが、四時間も、一人でしゃべるぶんの話しがあったことは、ママや、前の学校の先生が聞いたら、きっと、ビックリするに違いないことだった。

このとき、トットちゃんは、まだ退学のことはもちろん、周りの大人が、手こずってることも、気がついていなかったし、もともと性格も陽気で、忘れっぽいタチだったから、無邪気に見えた。でも、トットちゃんの中のどこかに、なんとなく、疎外感のような、他の子供と違って、ひとりだけ、ちょっと、冷たい目で見られているようなものを、おぼろげには感じていた。それが、この校長先生といると、安心で、暖かくて、気持ち 3 むじゃきそがいかんようきかいちゅうたいくつししゅうぬのじ

がよかった。

(この人となら、ずーっと一緒にいてもいい)

これが、校長先生、小林宗作氏に、初めてあった日、トットちゃんが感じた、感想だった。そして、有難いことに、校長先生も、トットちゃんと、同じ感想を、その時、持っていたのだった。

散歩

お弁当の後、みんなと校庭で走り回ったトットちゃんが、電車の教室に戻ると、女の先生が、

「皆さん、今日は、とてもよく勉強したから、午後は、何をしたい?」

と聞いた。トットちゃんが、(えーと、私のしたいこと、って言えば……)なんて考えるより前に、みんなが口々に

「散歩!」

といった。すると先生は、

「じゃ、行きましょう」

といって立ち上がり、みんなも、電車のドアを開けて、靴を履いて、飛び出した。トットちゃんは、パパや犬のロッキーと、散歩に行ったことはあるけど、学校で、散歩に行く、って知らなかったから、ビックリした。でも、散歩は大好きだから、トットちゃんも、急いで靴を履いた。

あとで分かったことだけど、先生が朝の一時間目(16)に、その日、一日やる時間割の問題を黒板に書いて、みんなが、頑張って、午前中に、全部やっちゃうと、午後は、たいがい散歩になるのだった。これは一年生でも、六年生でも同じだった。

学校の門を出ると、女の先生を、真ん中にして、九人の一年生は、小さい川に沿って歩き出した。川の両側には、ついこの間まで満開だった、桜の大きい木が、ずーっと並んでいた。そして、見渡す限り、菜の花(17)畑だった。今では、川も埋め立てられ、団地やお店でギュウヅメの自由が丘も、この頃は、ほとんどが畑だった。

「お散歩は、九品仏(18)よ」 と、兎の絵のジャンパー?スカート(19)の、女の子がいった。この子は、“サッコちゃん”という名前だった。それからサッコちゃんは、

「九品仏の池のそばで、この前、蛇を見たわよ」とか、「九品仏のお寺の古い井戸の中に、流れ星が落ちてるんだって」

4 ながぼしいどくほんぶつだんちおかはたけみわたかぎなはなばたけいちじかんめじかんわりくちぐち

とか教えてくれた。みんなは、勝手に、おしゃべりしながら歩いていく。空は青く、蝶々が、いっぱい、あっちにも、こっちにも、ヒラヒラしていた。

十分くらい歩いたところで、女の先生は、足を止めた。そして、黄色い菜の花を指して、

「これは、菜の花ね。どうして、お花が咲くか、分かる?」 といった。そして、それから、メシベ(20)とオシベの話しをした。生徒は、みんな道にしゃがんで、菜の花を観察した。先生は、蝶々も、花を咲かせるお手伝いをしている、といった。本当に、蝶々は、お手伝いをしているらしく、忙しそうだった。

それから、また先生は歩き出したから、みんなも、観察はおしまいにして、立ち上がった。誰かが、 「オシベと、アカンベ(21)は違うよね」

とか、いった。トットちゃんは、(違うんじゃないかなあ!)と思ったけど、よく、わかんなかった。でも、オシベとメシベが大切、ってことは、みんなと同じように、よく分かった。 そして、また十分くらい歩くと、こんもり(22)した小さな森が見えてきて、それが九品仏のお寺だった。

境内に入ると、みんな、見たいもののほうに、キャアキャアいって走っていった。サッコちゃんが、

「流れ星の井戸を見に行かない?」

といったので、もちろん、トットちゃんは、

「うん」

といって、サッコちゃんの後について走った。井戸っていっても、石みたいので出来ていて、二人の胸のところくらいまであり、木のふたがしてあった、二人でふたを取って、下をのぞくと中は真暗で、よく見ると、コンクリートの固まりか、石の固まりみたいのが入っているだけで、トットちゃんが想像してたみたいな、キラキラ光る星は、どこにも見えなかった。長いこと、頭を井戸の中に突っ込んでいたトットちゃんは、頭を上げると、サッコちゃんに聞いた。

「お星さま、見た?」

サッコちゃんは、頭を振ると

「一度も、ないの」

5

といった。トットちゃんは、どうして光らないか、を考えた。そして、いった。 「お星さま、今、寝てるんじゃないの?」

サッコちゃんは、大きい目を、もっと大きくしていった。

「お星さまって、寝るの?」

トットちゃんは、あまり確信が無かったから、早口でいった。

「お星さまは、昼間、寝てて、夜、起きて、光るんじゃないか、って思うんだ」 それから、みんなで、仁王(23)さまのお腹を見て笑ったり、薄暗いお堂の中の仏さまを、(少し、こわい)と思いながらも、のぞいたり、天狗さまの大きな足跡の残ってる石に、自分の足を乗せて比べてみたり、池の周りを回って、ボートに乗っている人に、「こんちは」といったり、お墓の周りの、黒いツルツルの、あぶら石(24)を借りて、石蹴り(25)をしたり、もう満足するぐらい、遊んだ。特に、初めてのトットちゃんは、もう興奮して、次から次と、何かを発見しては、叫び声を上げた。

春の日差しが、少し傾いた。先生は、

「帰りましょう」といって、また、みんな、菜の花と桜の木の間の道を、並んで、学校に向かった。

子供たちにとって、自由で、お遊びの時間と見える、この『散歩』が、実は、貴重な、理科や、歴史や、生物の勉強になっているのだ、ということを、子供たちは気がついていなかった。

トットちゃんは、もう、すっかり、みんなと友達になっていて、前から、ずーっと一緒にいるような気になっていた。だから、帰り道に

「明日も、散歩にしよう!」

と、みんなに大きい声で言った。みんなは、とびはねながら、いった。

「そうしよう」

蝶々は、まだまだ忙しそうで、鳥の声が、近くや遠くに聞こえていた。

トットちゃんの胸は、なんか、うれしいもので、いっぱいだった。

きもだめひざかたむこうふんいしげてんぐあしあとにおうはやくち肝試し

『こわくて、くさくて、おいしいもの、なあに? 』このナゾナゾは何度やっても面白いので、トットちゃん達は、答えを知ってるのに、

「ねえ、“こわくて”っていう、あのナゾナゾ、出して?」

6

と、お互いに出しあっては、よろこんだ。答えは、

「鬼が、トイレで、おまんじゅう喰べているところ」

というのだけれど。

さて、今晩のトモエの“肝試し”は、こんなナゾナゾみたいな結果になった。 「こわくて、痒くて、笑っちゃうもの、なあに?」

っていう風に。

講堂にテントを張って野宿した、あの晩、校長先生が、

「九品仏のお寺で、夜、“肝試し”やるけど、お化け(26)になりたい子、手をあげて!」 といって、男の子が七人くらい、きそって、オバケになる、ということになっていた。今日の夕方、みんなが学校に集まると、オバケになる子は、思い思い(27)に、自分で作ったオバケの衣裳を用意して、

「こわくするぞ﹏﹏!!」

とかいって、九品仏のお寺のどこかに、隠れに行った。後の三十人くらいの子は、五人くらいずつのグループに分かれて、少しずつ時間をずらし(28)て学校を出発、九品仏のお寺とお墓を回って、学校まで帰って来る。つまり、

「どれだけ、こわいのを我慢できるかの、“肝試し”だけど、こわくなったら、途中で帰って来てちっともかまわない」

と、校長先生は説明した。

トットちゃんは、ママから懐中電灯を借りて来た。「なくさないでね」とママは言った。男の子の中には、

「オバケをつかまえる」

といって、蝶々を採る網とか、

「オバケを、縛ってやる」

といって、縄を持ってきた子もいた。 校長先生が、説明したり、ジャンケン(29)でグループを決めているうちに、かなり暗くなってきて、いよいよ、第一のグループは、

「出発していい」

ということになった。みんな興奮して、キイキイいいながら、校門を出て行った。そして、いよいよ、トットちゃん達のグループの番になった。

(九品仏のお寺に行くまで、オバケ出ない、と先生はいったけど、絶対に、途中で出 7 こうふんなわしばあみいしょうばこうどうのじゅくきもだめ

ないかな……)

とビクビクしながら、やっと仁王様の見える、お寺の入口に、たどりついた。夜のお寺は、お月様が出ていても、暗いみたいで、いつもは広々として気持ちのいい境内なのに、今日は、どこからオバケが出て来るかわからないと思うと、もう、トットちゃん達は、こわくてこわくて、どうしようもなかった。だから、ちょっと風で木が揺れると、「キャーッ!!」。足で、グニャッと(30)したものを踏むと、「出たア!」。しまいには、お互いに手をつないでいる相手さえも、(オバケじゃないか!?)と心配になったくらいだった。トットちゃんは、もう、お墓まで行かないことにした。オバケは、お墓で待ってるに決まってるし、もう、充分に、(キモダメシが、どんなのか)ってわかったから、帰ったほうがいい、と考えたからがった。偶然、グループのみんなも同じ考えだったので、トットちゃんは、(よかった、一人じゃなくて)と思い、帰り道、みんなは、もう一目散(31)だった。

学校に帰ると、前に行った組も、帰って来ていて、みんなも、怖いから、ほとんどお墓まで行かなかった、とわかった。

そのうち、白い布を頭から、かぶった男の子が、ワアワア泣きながら、先生に連れられて、門から入って来た。その子は、オバケになって、ずーっと、お墓の中にしゃがんで、みんなを待っていたけど、誰も来ないし、だんだん、こわくなって、とうとうお墓から外に出て、道で泣いてるところを、巡回してた先生に見つけられ、帰って来たのだった。みんなが、その子を慰めていると、また泣きながら、違うオバケと男の子が帰って来た。オバケの子は、誰かがお墓に入って来たので、「オバケ!」と言おうと思って前に飛び出したら、走って来たその男の子と正面衝突して、二人とも、びっくりしたのと、痛いのとで、オイオイ泣きながら、一緒に走って来たのだった。みんな、おかしいのと、怖かったのが終わった安心とで、ゲラゲラ笑った。オバケも、泣きながら笑った。そこに、新聞紙で作ったオバケをかぶった。トットちゃんと同級生の右田君が、「ひどいよ、ずーっと待ってたのにさ」

といいながら帰って来て、蚊に食われた、足や手を、ボリボリ掻いた。それを見て、 「オバケが、蚊に食われてる!」

と誰かが言ったから、みんな、また笑った。五年生の受け持ちの丸山先生が、 「じゃ、そろそろ残ってるオバケを連れて来ましょう」

と出かけて行った。そして、外燈の下でキョロキョロしてたオバケや、こわくって、 8 かみぎたじゅんかいいちもくさんゆ

家まで帰っちゃったオバケを、全部、連れて帰って来た。

この夜のあと、トモエの生徒は、オバケを、怖くないと思った。

だって、オバケだって、こわがっているんだ、って、わかったんだからさ。 黒柳徹子『窓際のトットちゃん』(講談社、1981年6月6日、第12刷)による。

【注释】

(1)がっちり:结实。

(2)クヨクヨ:形容衣服变了形。

(3)黒の三つ揃い:三个套西装。尤指西装的上衣、背心、裤子。

(4)いさぎよく:利落地,干脆地。

(5)引っ張る:拉,拖。

(6)グチャグチャ:乱七八糟。

(7)受け持ち:担当者,班主任。

(8)お手:抬手。命令狗抬起一只前足放在人手掌上的口令。

(9)チョキチョキ:捏住拳头,用食指和中指剪东西发出的拟声词。

(10)洟:鼻涕。

(11)原っぱ:(杂草丛生的)空地,野地。

(12)エンジ:胭脂红。

(13)チェック:格子。

(14)ジャージー:针织物。

(15)趣味:情趣;爱好。「趣味が悪い」译为“有点俗气”。

(16):一時間目:第一节课。

(17):菜の花:油菜花。

(18):九品仏:分为九品的阿弥陀佛。也指其塑像。

(19):ジャンパー?スカート:无袖连衣裙。

(20):メシベ:雌蕊。雄蕊为“オシベ”。

(21):アカンベ:做鬼脸,用手指翻出下眼皮露出红的部分,表示轻蔑或拒绝。

又作「あかんべえ」、「あかんべい」。

(22):こんもり:茂密,繁茂。

(23):仁王:哼哈二将。金刚。安置于寺门或佛坛两侧的一对金刚力士像。 9

(24):あぶら石:黑色卵石。

(25):石蹴り:跳房子,跳格子。小孩游戏。在地面画出几个方格,用一只脚跳踢方格里

的小石头。

(26):お化け:妖怪,幽灵。

(27):思い思い:各自。

(28):ずらす:错开(时间)。

(29):ジャンケン:猜拳。

(30):グニャッと:软绵绵的。

(31):一目散:(跑或跳的时候)一溜烟。

【作家简介】

黑柳彻子,当代日本著名小说家,兼任电视节目主持人、演员和联合国儿童基金会亲善大使。1933年生于东京乃木区(现为都港区),后又迁至大田区北千束。第二次世界大战中,随同父母被疏散到青森县三户郡。其父亲黑柳守纲是位音乐家,曾任NHK交响乐团首席演奏家,母亲黑柳朝,以散文写作著称。黑柳彻子从トモエ学园(该园在日本率先实行旋律教学法)和香兰女子学校(基督教会学校)毕业后,于1952年进入东洋音乐学校(现东京音乐大学)声乐科学习,1954年首次在NHK电视台演出,1961年获第一次放送作家协会女演员奖,1971年赴纽约留学一年,1976年因主持电视访谈类节目《彻子的小屋》而声名鹊起,当年就被选为“主妇心中的电视人物NO.1”(到1989年连续当选)。1977年她获得第九届电视大奖优秀个人奖,1978年获得SWART(日本妇人放送恳谈会)大奖。之后,黑柳彻子一直以电视演员和节目主持人的身份活跃于电视荧屏。

《窗外的小豆豆》是黑柳彻子的一部代表作,是作者童年生活的自传性的小说。1981年该作品出版后,不仅在日本,而且在全球也引起了极大反响。截至2001年,日文版销量达到938万册,成为日本有史以来销量最大的一本书。该书已被译成33种文字,介绍到世界各地。英文版在美国出版时,《纽约时报》发表了两个整版的书评文章。这一“殊荣”不仅在她之前没有人获得过,在此之后也再无第二人。该书的英文版仅在日本国内销量就达70万册,至今无人超越。她还被美国《纽约时报》、《时代》周刊、《新闻周刊》赞美为日本最伟大的女性。黑柳彻子使用《窗边的小豆豆》日文版的版税,于1983年创立了“社会福利法人—小豆豆基金”,建立了小豆豆文化馆,在培养专业的聋人演员、开办手语教师等方面倾注了很多心血。

10

1984年,联合国的官员在读完英文版的《窗边的小豆豆》后,认为“这个人这么了解孩子的心理,再也没有比她更合适的人选了”,因而任命她为联合国儿童基金会继著名国际影星奥黛莉·赫本之后第7位、亚洲历史上第一位亲善大使。黑柳彻子的足迹踏遍了非洲和亚洲的许多国家,她还通过媒体的力量,进行慈善募捐活动。

黑柳彻子创作了《窗边的小豆豆》及《小时候就在想的事》、《丢三落四的小豆豆》、《不可思议的小豆豆》等与儿童教育相关的一系列丛书,其中《窗边的小豆豆》一书,字里行间充满了孩童的逻辑和单纯直白的言语,向读者展现出儿童天真、丰富的内心世界,塑造了一位真正理解孩童内心世界和成长特性的教育家小林校长的光辉形象。

【作品鉴赏】

《窗边的小豆豆》创作于1981年。该作品讲述的是作者上小学时的一段真实的故事,故事发生在第二次世界大战前的东京。该书以小豆豆的观察为视角,叙述了从她因淘气,一年级被学校退学,转入巴学园后的种种经历。

巴学园是所奇怪的学校,校门不是用钢筋混凝土做成,而是用两棵矮矮的树代替,而且树上还长着绿色的叶子。学校一年级到六年级的学生人数一共才五十多名。孩子们上课的教室非常“特别”,是用废旧电车车厢做成。上课非常随意,可以“根据自己的心情和方便”,自由地选择座位。上课方式更是“特别”,可以按自己喜欢的顺序,自由地学习各个科目。上课多半是采用自习的形式,小学生们遇到自己不明白的问题,可以向老师请教,或者请老师到自己的座位上来,老师会耐心地、有针对性地一一作答,而学生完全“不会发生心不在焉的情况。”

在巴学园,每天上课让孩子们从自己最喜欢的那门开始,如果他们把一天的课程在上午学完的话,下午老师就会组织班级去校园里散步,在散步过程中,老师会带领学生采集植物标本,在学生们不经意中,教授给学生理科、历史和生物的知识。夜晚,小林校长还组织学生在大礼堂里“露营”,学生们纷纷亲自动手支起帐篷,在宁静的夜晚,学生们穿着睡衣,或躺在帐篷里,或端坐着,听小林先生讲述他在国外的旅行故事。

巴学园的音乐时间比其它学校都要多些,这是小林校长在课程设置上的一大特色。他尝试着通过教会学生韵律操,把韵律学应用到小学教育中。他指导学生们随着音乐的节拍,自由地走动和摇摆身体,使学生用身心去感受自然、触摸灵感,实现身与心两者的和谐发展。

在饮食方面,也体现出小林校长对学生们无微不至的亲切关怀。巴学园和一般学校完 11

全不同。一般学校对学生自带的盒饭仅仅要求保持“营养均衡”,而巴学园里的小林校长则要求学生们带去“海的味道和山的味道”。所谓海的味道就是鱼和红烧海味等等,而山的味道则包括蔬菜和肉类。而生长在陆地上的动物(家禽类等等)也被分类在“山的味道”之中。如此简练地分类,使家长做起盒饭更加简易,使学生们能够在用餐时,懂得什么是海里的东西,什么是山上的东西。小林校长关心孩子们,当发现谁的盒饭里缺少其中哪一样时,或者,菜没有带够时,他便会安排夫人及时给那位学生的盒饭里添加食物,使学生们幼小心灵不过早地体会到世间富有和寒酸的差距,避免他们产生傲慢和自卑的性格。

《窗边的小豆豆》这部小说以小豆豆转学进入巴学园后的学习经历为主线,行文欢快,充满温馨。该书获得巨大成功的原因在于它以一位孩童的视角,描述了原本视为“怪小孩”的小豆豆在小林校长的鼓励和引导下,完成了童年心灵的真正循序渐进地成长这一历程。这部小说揭示了几个主要思想内容。

首先是对于所谓“坏孩子”的教育问题。如何正确引导他们健康快乐地成长,是本书的一个亮点所在。孩童的顽皮和淘气是这个成长阶段的天性,可是一旦孩子们进入学校后,这些天性似乎成为学校教育始终想要纠正的问题。比如该小说中的小豆豆因为好奇,觉得自己家的桌子和学校的课桌不一样,于是乐此不疲地开开关关;画画时把图画画到了绘图纸的外面等等,这些都成为老师指责小豆豆不是正常孩子,并要求小豆豆转校退学的种种“劣迹”。

小林校长则完全不同,他崇尚自由教育,主张顺应孩子们自由天真的天性,在学习中快乐成长。他曾接受经济资助,游历欧洲,对多所小学的教育进行细致入微的考察和年复一年的研究,于1937年建立了巴学园,以自己的理想办学。小林先生倾注着无限的爱,对学生进行个性化教育,取得显著的教学效果。比如,小林校长培养出钢琴家井上园子和野边地瓜丸、女演员池内淳子和津岛惠子、电视节目主持人黑柳彻子(本书作者)等十分优秀的人才。

小林宗作先生作为一名教育家,无疑他是成功的。他对孩子们的个性化教育,在那个年代,非常具有前瞻性。“无论哪个孩子,当他出世的时候,都具有优良的品质。(中略。)我们要早早地发现这些‘优良的品质’,并让它们发扬光大,把孩子们培养成富有个性的人。”是小林先生的教育方针,从中不难看出他“有教无类”的宽广胸怀。“不要把孩子们束缚在老师的计划中,要让他们到大自然中去。孩子们的梦想,要比老师的计划大得多。”是小林先生对教员的教诲,这也令读者深刻地感受到他教育理念中的自由观。

苏霍姆林斯基说过,“学校里的学习不是毫无表情地把知识从一个头脑里装进另一个头 12

脑,而是师生之间每时每刻地进行心灵的接触。”小林先生保持和学生“平视”,而不是“俯视”的心态,鼓励学生。他不停地对小豆豆说“你真是一个好孩子”,一直对身材矮小的高桥说“你绝对能做到”,正是这样的鼓励,让巴学园的孩子们始终满怀自信。

同时,小豆豆之所以能够在巴学园里快乐成长,除了小林校长对儿童充满爱的鼓励式的教育方法之外,来自她父母的积极配合和对她的那种有原则的、宽容的爱也是关键因素之一。面对学校老师的指责和退学要求,小豆豆的妈妈为了避免在小豆豆心中留下自卑的情结,采取轻描淡写的态度,对小豆豆说:“我们去一个新学校去看看吧,听说那里很不错呢。”她守着这个秘密,直到女儿二十岁之后才讲出来。可见这是多么细腻和伟大的母亲啊!

作为小提琴家的父亲也同样非常值得尊重。二战时,面临食物越来发紧张,什么都依靠配给,小豆豆家也逐渐陷入生活困境中。而当传闻到军需工,去演奏军歌,可以领到一些砂糖、大米、羊羹等食物的时候,小豆豆爸爸选择了拒绝,他说“我的小提琴,不想用来演奏军歌。”

总之,正是小豆豆父母的配合,和以身作则,新的教育方式在小豆豆身上得到完整的实施,并获得很好的效果。

其次,字里行间隐射出作者对巴学园因战争被毁的惋惜,和对战争的厌恶之情。例如:“不知从什么时候起,在小豆豆他们的生活中,战争逐渐显露出狰狞的面孔。每一天都有邻居家的叔叔、哥哥们,在太阳旗和‘万岁!万岁’的呼喊声中被送走了,从此就消失了。吃的东西也渐渐地从商店里消失了”“日本的天空中,、出现装载着炸弹的美国飞机的身影”、 “飞机终于出现在东京的上空,每天向东京投下炸弹”、“如果没有战争,小林先生会培育出多少学生,将他们送到社会中去啊!每当想起这些,我的心中就充满了叹息和悲伤。”

小说《窗边的小豆豆》里出场的人物都不是虚构的,他们是真实存在于作者孩童时代的现实生活中。当时是个战火纷飞的年代,生活物资匮乏,可是正因为小林校长充满爱的个性化教育和小豆豆父母有原则的、宽厚的爱,以及来自同学之间的互助互爱,给小豆豆营造了一个幸福的、无忧无虑的童年。

作者黑野彻子就是小说中的小豆豆,和小林校长的相遇是她命运的转折点。之所以原本在众人眼中“怪怪”的、“窗边”的(有被排除在外围的意味)小豆豆逐渐变成为一个大家都能够接受的孩子,正是小林校长的个性化教育,亦即“素质教育” 是使她真正转变的关键因素。在当今教育出现很多问题、大家都在考虑如何应对的时候,《窗边的小豆豆》仿佛一把钥匙,为解决教育问题提供了有利的参考,且为现代教育的发展注入了新的活力。

13

【参考资料】

[1]黑柳彻子著:『窓際のトットちゃん』。日本:講談社文庫,1981年6月,第12刷。

[2]黑柳彻子著:《窗边的小豆豆》。海南:南海出版社,2003年1月1日,第一版。

[3]<黑柳彻子生平>:http://baike.baidu.com/view/87045.htm。

[4] 「黒柳徹子紹介」、フリー百科事典『ウィキペディア』(Wikipedia)。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%9F%B3%E5%BE%B9%E5%AD%90

14 (黄燕、刘家鑫编写)

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